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2012年6月14日 (木)

地獄への道は善意で敷き詰められている

黒猫氏のブログは大変切り口鋭く、よく参考にさせてもらっているが、6月12日のエントリ「法科大学院構想はきちんと『失敗』に終わるのか?」には異論がある。

このエントリは、「法科大学院構想に関与した諸勢力は、どのような構想なり思惑なりがあったのか」という疑問から、法科大学院関係者、経済界、官僚、日弁連、マスコミについて、その動機を推測している。

なるほどとうなずく記載もあるが、日弁連の動機に関する黒猫氏の推測は、間違いだ。

この点について黒猫氏は、「最も有力な見解は、法科大学院に絡む弁護士会の利権獲得を目的にしていたという考え方です」と紹介し、「日弁連や各弁護士会の執行部に属する会員の多くが『法科大学院教授』の仕事と肩書きを手に入れ、弁護士会と提携する一部の法科大学院に対しては強大な影響力を獲得することに成功しました」と指摘する。そして、大阪弁護士会の「執行部では、法科大学院導入によって生じたメリットについて、堂々と『多くの法曹実務家が、法曹養成課程に関与できるようになった』と説明して」おり、関与できることになったことそれ自体がメリットだという以上、「利権獲得自体が法科大学院導入の目的であったと正面から認めていると解するしかない」と結論づけている。

だが、「日弁連や各弁護士会の執行部に属する会員の多くが『法科大学院教授』の仕事と肩書きを手に入れ」たとの指摘には全く根拠がない。まず、法科大学院教授になった弁護士が、「日弁連や各弁護士会の執行部に属する会員の多く」であることの証明ができない(というか、実感として、そうでない弁護士も多い)。また、「弁護士会と提携する一部の法科大学院に対しては強大な影響力を獲得することに成功」したというが、これも証明できない。もしかしたら「提携する一部の法科大学院」は大宮法科大学院を指すのかもしれないが、仮にそうなら、結果的に失敗したことになる筈だ。

最大の欠点は、ここでいう「利権」の検討が足りない、という点だ。黒猫氏は文脈上、「多くの弁護士が『法科大学院教授』の仕事と肩書きを手に入れた」ことが利権だと言いたいようだが、「法科大学院教授」(教授に限らず教員全部を含めてもよい)の肩書きを手に入れた弁護士が「多い」かどうかはさておき、「手に入れた」弁護士の大部分にとって、その肩書きは利権でも何でもなく、膨大な時間と労力を要する赤字仕事であり、百歩譲っても名誉職に過ぎない。赤字仕事が「利権」なら、国選弁護事件も法テラス事件も「利権」になってしまう。「利権」は普通、こういう意味には使わない。

他人が何かに固執していて、固執する理由がよく分からないとき、「きっと甘い汁が吸えるからだ」と推測することは、嫉妬のなせる技であり、マスコミが弁護士(会)を批判する際、よく使う手口だ。曰く「弁護士が司法改革に反対するのは、既得権益擁護」。日弁連(主流派)が法科大学院構想に固執し擁護する理由がよく分からないからといって、「きっとそこに利権があるからだ」と推測するのは、マスコミを動かす嫉妬の論理と同レベルでしかない。気にくわない相手がいるとき、そいつは利権を貪る悪代官に等しいと考えることは楽だ。だが人間というものは、案外、利権や悪意で行動しないものだし、組織で行動するときは、なおさらである。

では、なぜ日弁連は法科大学院構想を推進し、今なお固執し、擁護し、「法曹養成に関与できるようになった」ことを成果と主張するのだろう。それは、日弁連にとって、法曹を自らの手で養成することが悲願だったからである。

戦前、検事・判事より下位の職業とされ、資格試験や研修制度で差別を受け続けた弁護士(会)にとって、判事・検事と同列に立つことは悲願だった。戦後、統一修習が導入されたものの、司法研修所は最高裁判所の管轄とされ、裁判実務を中心とする教育が行われたことは、弁護士会からみて打倒すべきことだった。弁護士会が理想としたのは、弁護士会が法廷弁護士を養成する、かつての英国の制度だが、現代日本に導入することは現実的ではない。そのため弁護士会は、1998年に「ふってわいた」法科大学院構想に飛びつき、熱狂したのだ。

法曹養成を弁護士自らの手で行い、法曹は全て、まず弁護士になり、そこから判事・検事が選抜されていくという法曹一元が、法科大学院構想と密接に結びついているのはそのためだし、法科大学院構想主張者が司法研修所不要論を唱えるのは、その思想的系譜を辿れば当然の成り行きである。この考え方からすれば、弁護士が司法研修所を離れ、法曹養成に関われるようになったことそれ自体が、成果に他ならない。

「分かった、分かった。そうだとしよう」と、黒猫氏をはじめ読者はこう言うだろう。「だが、弁護士会が法曹一元を目指して法科大学院制度を推進して、それで一体、弁護士会の誰が何の得をするのか?」。

答えはこうだ。弁護士の誰も得をしないのである。法科大学院構想を推進した弁護士たちは、自分たちが何かの利得を得ようと思ってやったわけではない。かれらが法科大学院構想を推進し、法曹一元を実現しようとしたのは、それが実現すれば、ニッポンという国がよくなると信じたからである。官僚裁判官や官僚検事に司法を牛耳らせているうちは、日本は良くならないと信じたからである。

言うまでもなく、これは革命思想である。革命思想だからこそ、団塊の世代の弁護士を熱狂させたのだ。当時日本経済新聞の論説委員として司法改革の旗を振り、後に弁護士になった藤川忠広氏が司法改革を「文化大革命」に喩えたのは、ことの本質を端的に表している。

間違ったことが起きているとき、豪華な椅子に座った老人がシャム猫を撫でながら悪事を企てているに違いないと考える陰謀史観は、世の中をわかりやすく見せてくれる麻薬だ。だが現実はそうではない。弁護士たるもの、軽々に陰謀史観に飛びついてはいけない。多くの過ちは、紛れもない善意に発している。善意だから間違いを認めないし、認めるまでに長い年月を要する。善意こそ、ものすごい数の犠牲者を生むのだ。

「文化大革命」がそうであったように。

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コメント

法科大学院構想に弁護士のメリットがあったとすれば、その子女が容易に法曹となることの出来る合格者増(世襲)と、地方法科大学院卒業生の地方弁護士会への入会への期待だったのではないかと思う。統計はとっていませんが、取れば近い数値はでる実感があります。最近の法科大学院批判は歴史的事実や統計に基づかないものが少なくなく、このような立論は、弁護士の潜在的ニーズを主張するのと知的レベルが同じで、建設的とは思えません。

投稿: たま | 2012年6月14日 (木) 02時40分

はじめまして。
 確かに、法科大学院構想に対しては、日弁連などは「善意」だったのかもしれませんね。
 ただ、「善意」の確信犯ほどおそろしいものもないのですが。
 この点は、ブログ主さまも同じお考えだと思います。

 さて、弁護士の就職難問題の解決のために、このところ自治体などが狙われていますね。
 つまり、弁政連などが自治体に「弁護士を雇え」と働きかけ、若手弁護士に向けては「自治体で任期付職員として働くという手もあるぞ」とアピールしているのですが、これは「善意」ではないのでしょうね。
 この不景気なご時勢に弁護士職員を採用しろなんて自治体にとっては迷惑な話でしょうし、若手弁護士にとっても決して望ましいキャリアではないかと思います(就職先があるだけマシかもしれませんが)。
 もっとも、もしかすると本人たちには「弁護士の就職難対策のために励んでいるんだ」という「善意」の活動なのかもしれませんが。

(参考)
 弁護士資格職員採用自治体への期待と懸念
 http://kounomaki.blog84.fc2.com/blog-entry-469.html
 地方自治体が弁護士資格者を任期付職員として採用することにメリットはあるか
 http://jsakano1009.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/post-5aae.html

投稿: 利権はなくとも犠牲は生じる | 2012年6月14日 (木) 06時39分

マスコミや大学教員の子弟も多いですよね…統計的事実ではありませんが。前者はともかく(単に機を見るに敏なだけかもしれんし)後者はかなりの蓋然性があると思いますね。

投稿: ○○○ | 2012年6月14日 (木) 07時19分

たまさん、コメントありがとうございます。自分の子に後を継がせるため司法改革に賛成した弁護士がそれなりの数いることは否定しませんが、それが「会」の意思を決定するほどの勢力であったかについては疑問です。少なくとも、「司法改革に賛成した弁護士の子で、旧試験では受からず、新試験のおかげで受かった二世」の実数を見ないと統計的真実とは言えないと考えます。また、「地方法科大学院卒業生の地方弁護士会への入会への期待」については、『こん日』169頁にも書いたところであり、法曹一元への道筋として企図されたところです。

投稿: 小林正啓 | 2012年6月14日 (木) 12時24分

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