駅の防犯カメラは誰を守るのか
もはや旧聞に属するが、東京メトロ副都心線渋谷駅のエスカレーターで53歳の男性が刺され重傷を負った事件では、僅か二日後に、犯人が逮捕された。
YOMIURI ONLINEほか各紙によると、捜査員は同駅の209台の防犯カメラ画像をチェック。さらに20駅以上のカメラ(画像)を解析し、事件翌日には、容疑者の下車駅を特定したという。ちなみに、全国の駅構内に設置されたカメラは2011年3月現在約5万6000台とのこと。
この事件からいえることは二つある。一つは、防犯カメラは、その名称にもかかわらず、今回の防犯の役には全く役に立たなかったということ、もう一つは、しかし、捜査の役には大いに立ったということだ。
防犯カメラが防犯の役に立たないこと自体は、特に目新しい発見ではない。防犯カメラは、ごく限られた犯罪についての抑止効果は認められるが、犯罪全般について抑止効果を発揮するものでないことは、もはや定説といってよい。ただ、不思議なのは、防犯カメラが防犯の役に立たないなら、なぜ各鉄道会社は、一生懸命防犯カメラを設置し続けるのか、ということだ。犯罪防止に役立つなら、顧客サービスの一環として防犯カメラを増やす選択肢もあろう。だが、犯罪防止に役立たないなら、鉄道会社にも乗客にも、あまりメリットはない。もちろん、犯人が早期に逮捕されれば、同一人物の再犯は防止できるが、サバイバルナイフを持ち歩くような物騒な連中は、いまどき、いくらでもいるだろうから、真の再発防止にはならない。
それでは、鉄道会社はなぜ多くの防犯カメラを設置するのだろう。犯罪が起きたら速やかに警察に画像を提供するためだろうか?でもそれなら、防犯カメラの便益を享受するのは鉄道会社ではなく警察だ。警察が指導したり援助したりして駅の防犯カメラを増やしているというのなら理解できるが、そんな話は聞かない。
ヒントとなる記事が、5月25日の各紙に掲載されていた。
2011年度にJRと大手私鉄16社の駅や社内で起きた駅員や乗務員への暴力行為は845件で、比較できる統計がそろう2005年以来最高という。飲酒しての暴力行為が最も多く、民鉄協(日本民営鉄道協会)は「リーマン・ショック後の景気低迷でストレスがたまっているためではないか」と分析しているという。
駅員や乗務員への「暴力行為」は、おそらく「氷山の一角」だ。暴力行為に至らない威圧行為や、度を超したクレーム、つきまといや嫌がらせやセクハラ、迷惑行為や喧嘩、排泄やイタズラなどをカウントしたら、年間数千件に達するのだろう。そのたびに被害やとばっちりを受けるのは、哀れな駅員や乗務員だ。駅員らの方が悪い場合も皆無ではなかろうが、大半は、乗客に非があるのだろう。
すなわち、駅の防犯カメラの大半は、駅員への暴力行為を初めとする駅・列車でのトラブル対策として、駅員らと鉄道会社の責任を免れさせるために存在する。例えば悪質なクレーマーに対し、問題の場面を再生して、「ほら、我々には責任がありません」と証明するために、防犯カメラを設置しているのだ。このような防犯カメラの使用例としては、タクシーのドライブレコーダーがある。この目的であれば、鉄道会社と駅員らの利益に直結するから、彼らが防犯カメラを山ほど駅に設置する理由も得心がいく。
この仮説が真相だとして、その良否を判断することは、とても難しい。これら多数の防犯カメラは、駅員らと鉄道会社を守るために設置されており、その費用は運賃に転嫁されているし、一般乗客は潜在的加害者として監視の対象になっている。だが一方、一般乗客も直接間接に利益を受けることがあるし、多数の一般乗客が、暴行や破廉恥な行為で駅員らに害を与えていることも(おそらく)事実なのだ。
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