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2012年6月20日 (水)

外国人研究者に対する機微情報の提供について

慶應大学SFC研究所の森本正崇氏が、「大学や研究機関における機微技術管理の進展体制構築後の運用と課」と題する平易な解説文を公表している。その中に、「海外の研究機関に籍を残したまま来日し6ヶ月経過した研究者」に対する機微技術の提供について、「一律に線引きすることは困難」と述べている箇所がある(81頁)。

この部分について、法律的な見地から解説を加えておきたい。なお、本エントリでは、外為法上国外移転等が禁じられている情報を「機微情報」といい、当該研究者は機微情報の移転が禁止される「特定国」から来たものとする。

まず基本を押さえておこう。

外為法251項は、日本国内において、機微情報を、特定国の非居住者に提供することを禁止している。この「非居住者」については、外国為替法令の解釈及び運用について(昭和55年11月29日付蔵国第4672号)が、外国人については、「本邦に入国後6月以上経過するに至った者」は居住者として取り扱うと定めている。この定めに従うなら(裁判所は行政官庁の通達に拘束されないが、本エントリでこの点は措く)、在留期間が6ヶ月になれば、機微情報をいくら提供しても適法だし、6ヶ月に1日でも足りなければ違法となる。

次に、この研究者は、外国籍であっても在留中は外為法の適用を受けるから、在留中は、機微情報を特定国に提供することや、日本国内の非居住者に提供することを禁止される。もちろん、帰国した後は、どこで誰に何を提供してもよい。北朝鮮政府の幹部に、日本で覚えた長距離ミサイル部品の製造方法を伝授しても差し支えない。だが、日本滞在中はダメだ。

この二つのルールを合体させると、こういうことになる。日本の大学等研究機関は、在留6ヶ月を経過した外国人研究者に対しては、機微情報を提供してよいし、その研究者が帰国後その情報を誰に提供するかを考慮する必要は全くない。しかし他方、その研究者の在留中の行動については、配慮するべきことになる。

その配慮とは、端的に言うと、在留中に外為法違反を犯すことを知った場合には、その研究者に機微情報を提供してはいけない、ということだ。なぜなら、外為法違反の幇助犯になってしまうからである。

注意する必要があるのは、その研究者が外為法違反を犯すことを知っていることは、その研究者自身は知らなくてもよい、という点である。なぜなら、幇助犯は、正犯(主犯)が助けられていることを知らなくても成立するからだ(これを片面的幇助犯という)。

では、どのような場合に、「その研究者が外為法違反を犯すことを知った」というべきなのだろうか。たとえば、イラン国籍の研究者は、あるいはイランの核関連企業から来た研究者は、それだけで、外為法違反を犯すとみなすべきなのだろうか。

もちろん、その必要はない。大学等研究機関としては、その研究者に対して、在留中は外為法違反を犯さないよう教育し、その旨の念書を取る程度までは行うべきかもしれないが、やるべきことをやったら、後は具体的な違反の事実なりその兆候なりが判明しない限り、違法行為を行っていないと信頼してよい。なぜなら、研究者同士の信頼関係は、大学等研究機関における活動の根本だからである。

悪意を胸の奥底に秘した外国人研究者がわが国の研究機関の門をたたくことはあるかもしれない。だが、それを防ぐのは国家の責任であって、研究機関の責任ではない。

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コメント

はじめて書き込みします。katsutoshiと申します。企業で輸出管理を担当しております。

今回のエントリー大変に勉強になりました。

「日本の大学等研究機関は、在留6ヶ月を経過した外国人研究者に対しては、機微情報を提供してよいし、その研究者が帰国後その情報を誰に提供するかを考慮する必要は全くない。」から、先生は提供の対象を当該研究者に限定されています。

しかし、森本氏の指摘は「海外の研究機関に籍を残したまま来日し6カ月経過した研究者は居住者であるか」です。つまり、提供の対象を当該研究者(居住者)又は海外の研究機関(非居住者)のどちらであると考えるべきか「一律に線引きすることは困難」としています。

私なら、安全サイドに考え、海外の研究機関(非居住者)を提供の対象としますが、先生はどのようにお考えですか。

投稿: katsutoshi | 2012年6月20日 (水) 10時45分

コメントありがとうございます。本文でも述べたとおり、在留6ヶ月以上の外国人研究者は籍の如何に関わらず「居住者」であり、機微情報を受けて何の問題もないが、それを籍のある在外機関に提供することは禁止されます。日本の研究機関は当該外国人が国内法を守ると信頼して良く、法を破ることを前提に考える必要はありません。法を破ることを前提に考えるなら、そもそも、居住者性の判断基準は意味を失い、外国人であれば何十年在留していようと機微情報の提供はできなくなりますし、日本人であっても、外国の会社に籍があるなら、同様に機微情報の提供ができなくなります。日本の研究機関が皆「安全側」に考えたら、コンプライアンス違反が無くなる代わり、日本の技術はガラパゴス化して世界に遅れることになるでしょうね。

投稿: 小林正啓 | 2012年6月20日 (水) 12時09分

ta-kunです。いつもブログを読んで勉強させていただいております。
質問なのですが、そもそもこの居住者・非居住者の6ヵ月とはどういう意味があるのでしょうか?たしかに蔵国第4672号によって6ヵ月という線引きはされていますが、不確かですがこれは税金か何かの関係で作られたものと聞いたことがあります。それが何故、技術の提供等の可否の線引きに使われるのでしょうか?日本人と外国人の間に何かしらの線引きが必要だったので手っ取り早く4672号を適用したということなのでしょうか?
大学などにおいて、例えば「6ヵ月以内は非居住者なので機微情報は提供しないように!提供する時は許可申請して!」と言っても、それを回避するためにその非居住者にだけ特別なカリキュラムを作る、等のことは実質不可能です。
又、最初の6ヶ月間は日本の文化や言葉を学ばせる、といったことも難しいと思います。大学でのこの6ヶ月間というのは学生や研究者にとっては貴重な時間なのだと思うのです。
大学は、居住者同士でも非居住者との対話でも、研究者同士の自由なディスカッションによって新しい研究が創造されることもあるので、その話す内容を一部規制するというのも現実的ではないと思います。
そう考えると、学生の身分だったら居住者とする、とか大学で研究する目的で来日した場合は居住者とする、とかできないものなんでしょうか?


投稿: ta-kun | 2012年6月20日 (水) 15時00分

ta-kunさん、コメントありがとうございます。ご指摘の通り、6ヶ月ルールには何の意味もありません。6ヶ月に1日足りないと非居住者で、明日になれば何教えても良いなんて、そんなアホな話はありませんが、大蔵省通達上はそうなっています。つまりこれは、大蔵省通達が示すとおり、「外国為替及び外国貿易法」の前半部分の外国為替法上のルールを無理矢理後半部部bんの外国貿易法に当てはめたため、このような不合理なルールができてしまったのです。

投稿: 小林正啓 | 2012年6月21日 (木) 00時00分

ご回答ありがとうございました。

ta-kunさんのご質問に関連して、EARでは技術の「提供」をどのように定義しているか調べてみました。

§734.2(b)(3)には次のようにありました。

(3) Definition of “release” of technology or software.
Technology or software is “released” for export through:

(i) Visual inspection by foreign nationals of U.S.-origin equipment and facilities;
(ii) Oral exchanges of information in the United States or abroad; or
(iii) The application to situations abroad of personal knowledge or technical experience acquired in the United States.

fereign nationals, situations abroadなど国籍や国境が基準になっているようです。
参考まで。

投稿: katsutoshi | 2012年6月21日 (木) 12時59分

katsutoshiさん、ありがとうございす!訳してみましたが、間違いをご指摘いただければ幸甚です。
(3)「提供する」ことの定義
技術またはソフトウェアは、次の場合に国外に提供されたものとする
(ⅰ)合衆国製の設備や製品を外国人に見せること
(ⅱ)合衆国内外において会話すること
(ⅲ)合衆国内において得られた知見や技術的経験を国外の事例に適用すること

投稿: 小林正啓 | 2012年6月21日 (木) 13時50分

翻訳ありがとうございます。私はあまり英語が得意ではないのですが、間違えは無いと思います。

EARでは技術が提供される相手について、外為法の居住性のような基準を設けていないようですね。
これは、EARが再輸出も規制しているためだと考えられます。
例えば、米国内において日本人に技術を提供しても、当該日本人が日本に帰国後、技術を再提供する際にもEARが適用されるため、居住性のような基準を必要としていないのではないかと(勝手に)考えています。

国際的枠組みを根拠にしているとはいえ、規制対象となる取引の形態が異なるのは非常に興味深いです。

投稿: katsutoshi | 2012年6月21日 (木) 14時26分

小林先生、katsutoshiさん、コメントありがとうございます。勉強になりました。
やはり国籍とか用途等で線引きした方が現実的ですよね。いっそのこと外国為替法と外国貿易法を分けた方がいい気もしています。教育研究機関の輸出管理体制は民間企業に比べて甘い面があるのも否めませんが、だからといって企業向けの外為法をそのまま教育機関に当てはめるようなことはやめてほしいものです。
私も大学の自治と国家権力の狭間にいる立場というのも何かと辛いので、何とかしなければならないと思ってます。
私もどこに矛盾点があるのか調べて纏めてみたいと思ってます。
ありがとうございました。これからも宜しくお願いいたします。

投稿: ta-kun | 2012年6月22日 (金) 11時31分

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