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2012年6月25日 (月)

「複数の論点」と「選挙・政党政治の限界」と「その次に来るもの」について

政治学の世界ではごく基本に属するのかもしれないが、ここ数日どうにも気になるので、結論がないまま書いておく。

いま国政の世界では、政府による二つの政治決断が問題になっている。言うまでもなく、大飯原発再稼働と、消費税増税だ。

この二つの論点について、国民はそれぞれ賛否の意見を持っている。論点相互には、一見して関連性(たとえば、『原発再稼働に賛成する人は増税に賛成する』という関連性)はない。だから、組み合わせで言うと4通りが発生する。念のため書いておくとA「原発賛成、増税賛成」B「原発賛成、増税反対」C「原発反対、増税賛成」D「原発反対、増税反対」の4通りだ。

だが、この4通りの意見を、選挙を使って国政に反映させることは、事実上不可能である。なぜなら第一に、都合よく4通りの政見を掲げる4つの政党はないし、第二に、仮に4つの政党があったとしても、どれか一つが過半数を取らない限り、連立工作が不可避となり、その過程で、原発か消費税か、どちらかの論点に関する多数派の民意が無視されてしまうからだ。つまり、上記の例で言えば、ABが連合すれば、増税の論点が無視され、CDが連合すれば、原発の論点が無視されてしまう。

もちろん、上記の4通りというのは、一番単純に考えれば、という話である。実際には、原発にしろ増税にしろ、「条件付賛成(反対)」という立場があるので、一論点につき最低3タイプ、二論点での組み合わせは9通りになってしまう。三論点になれば27通り。論点の組み合わせが増えるほど、民意と政治は断絶されていく。

大飯原発再稼働問題について、野田総理が比較的自由に動けた(国会から妨害を受けなかった)理由の一つは、多くの政党が挙党態勢を取れなかったからだと思う。つまり、政党の枠組みどおりに賛否が分かれないような論点については、政府は国民のコントロールを受けないので、自由に動けることになる。

もちろん、政治には通常、複数の論点が存在する。だが、かつて多くの場合、重要論点相互には一定の関連(たとえば、「改憲論者は外交では日米安保重視で国内政策では農業保護」)があったのだろう。だが、論点相互の関連性が薄れ、多数の組み合わせが発生すると、政党や議員は、論点ごとの民意をくみ上げることができなくなる。おそらくこの傾向は、今後強まっていくのだろう。

歴史的には政党は、特定の階級や階層・利益団体の意見を反映する機能を担ってきた。しかし、階級やイデオロギーが消滅し、国民がそれぞれに別の意見を持ちバラバラに行動するようになると、政党政治がその機能を失う、という見方ができるのかもしれない。

では、その後に来るものは何だろう。それはたとえば、一つの論点だけについて民意を代表する政党の登場であり、小泉郵政選挙で勝利した自民党や、その自民党を追い落とした民主党、今後躍進が噂される維新の会などが、これに該当する可能性がある。もう一つの可能性としては、デモの頻発だろう。デモは、個別の論点に関する民意を国政に反映させる手段として見直されるかもしれないが、同時に、政治の混乱に拍車をかけるかもしれない。

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