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2012年8月22日 (水)

士族の商法

「ご隠居さん、暑いですね」

「おや、熊さんか。まあお上がり。冷たい麦茶でも飲みなよ。何か面白い話でも見つけたのかい」

「実は、面白いものを見てね。是非ご隠居さんに言わなきゃなんねえ、と思って」

「ほう、何だね?」

「うちの長屋の西の端と東の端に、弁護士事務所がありますな」

「ああ、西弁護士と、東弁護士だな。どちらも弁護士さんは一人じゃったな」

「その西弁護士事務所の前に、大きな看板が出てたんでさ。『離婚専門』って」

「ほう?熊さんは前に、西先生にお世話になったことがあったな」

「そうなんですよ。恥ずかしい話ですが、親の相続でちょっとモメましてね。でも、『離婚専門』と聞いてちょっとがっかりですよ。相続は専門じゃなかったのかなって」

「東弁護士の方はどうなんだね」

「俺もそう思って、見に行ったんですよ。そしたら驚いたのなんのって。こっちも大きな看板が出てましてね、『離婚専門、相続専門、交通事故専門、特許専門、債権回収専門、倒産専門、労働問題専門、医療過誤専門』その他もろもろ、専門ばっかりなんで」

「それで分かった。日弁連専門弁護士制度がはじまったのだよ。日弁連が認めれば、専門分野の看板を掲げてもよいことになったんだ。医者にも内科とか、皮膚科とかあるじゃろう。弁護士も同じように、専門弁護士の表示が認められるようになったようだな」

「でも、内科といえば、外科はやらないでしょう?『離婚専門』ということは、ほかはやらない、やれない、ということなんですかね?」

「そうでもなかろう。特殊な知識や経験が必要な分野もあるだろうが、弁護士の仕事の大半は、これができるが他はできない、というものではないのだ。西弁護士も、『離婚専門』という看板を掲げたからといって、相続事件ができないということはあるまい」

「でもやっぱし、『離婚専門』と看板が出ていたら、相続や交通事故で相談してはダメじゃないかって思いますよね」

「そうだな。東弁護士が、たくさんの専門分野を掲げたのは、そのあたりを気にしたからかもしれんな」

「ですがね、あんなにたくさん専門、専門と書かれると、実はどれも大したものじゃない、って気がしてきませんかね。ほら、いうじゃないですか。『多勢に無勢』って」

「それを言うなら『多芸は無芸』じゃな。だが熊さんの言うことにも一理ある。同じ『離婚専門』とあるなら、東弁護士より西弁護士の方が、腕利きのように見えるな」

「するってーと、こういうことですかい?たくさんの専門分野を掲げると、『多芸は無芸』と思われるし、一つの専門分野に絞ると、他の分野のお客さんが来てくれないと。なんだ。日弁連も中途半端なことをやりますなあ。頭のいい弁護士が集まって、なんでそんな中途半端なことしかできないんですかね?」

「その理由は、こんな日弁連に誰がしたという本に詳しく書いてあるから読んでみるとよろしい。それはさておき、日弁連としては、おおかた医師会の真似をしたつもりだろうが、医者の場合、内科にしろ皮膚科にしろ、専門分野一つで食っていけるじゃろう。だが弁護士の場合、離婚事件を多く手がける弁護士ですら、それだけでは食っていけないのが実情じゃ。難しくいうと、市場規模が全然違うのだな」

「たしかに、西弁護士も東弁護士も、儲かっているようには見えませんね。この間、庭先から覗いてみたら、傘貼りの内職をしてましたよ」

「弁護士と言えば、昔は儲かる商売だったようだが、落ちぶれたのう。食うに困っていろいろ考えているようだが、所詮、医者の真似をする程度では、成功はおぼつかないな」

「ご隠居さん、そういうの、なんて言うか知ってますぜ」

「なんだい?」

「士族の商法」

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コメント

小林先生へ

先生も落語がお好きだったんですね。
それにしても、小林先生ってえのは、いろんな文章が書けるんですねえ。

「専門医」みたいな専門弁護士。
たしかに笑えますね。

投稿: 高嶋孝三 | 2012年8月23日 (木) 00時27分

わかさぎ さんより「前のオチの方が良かった」とのご指摘をいただいたので戻しました。コメントありがとうございました。

投稿: 小林正啓 | 2012年8月27日 (月) 12時59分

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