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2012年8月24日 (金)

専門職大学院と法科大学院とフランス並みの論理

8月23日の日本経済新聞朝刊1面「大学開国」は、「グローバル社会に対応した高度専門人材を養成しようと設立された専門職大学院が苦境に立たされている」と報じた。「実務と理論の融合」が看板倒れになっており、学者が自分の学説を一方的に講義するだけ。人材育成機関の体をなしていないと手厳しく批判している。

だが、この批判はピントがずれていると思う。大学はもともと、高度専門人材を養成しようなどと思っていなかったのだから。大学数が過剰気味だったところへ持ってきて、急速に進む少子化と長引く不況は、進学者数の減少となってあらわれ、大学経営を直撃した。そこで、少ない入学者数を長く教育することによって、学費収入と補助金を維持し、高齢化する教員の職場を確保する必要が発生した。これが専門職大学院設置の動機である。

動機が不純なら、専門職大学院制度などなくしてしまえばよい、という意見もあろうが、そうは行かない。専門職大学院制度が無くなり、大学を4年で卒業した若者が社会に出たら、国家が困るからだ。破綻しかけている年金と社会保証制度を維持するには、高齢者が年金に頼らず生活できる社会、つまりは高齢者に仕事のある社会を維持する必要がある。しかし国内産業は急速に空洞化しており、働き口は減る一方。その中で、高齢者の働き口を確保するためには、若者の社会人化を遅らせる必要があるのだ。また、学生は親の仕送りで生活するし、貯金せず使うから、地域経済の活性化に貢献する。かくして専門職大学院制度は、少子高齢化問題と過疎解決の切り札として位置づけられたのである。そのためには、学生を長く大学に置き、仕送りをどんどん使って貰えばよい。専門技能を身につけさせたり、実務と理論を融合する必要など、どこにもない。老教授の天下り先として機能すれば十分なのだ。

ところで、専門職大学院制度の嚆矢となったのは、法科大学院制度である。法科大学院制度は、司法試験合格者数を年1000人にするのか、1500人にするのかという、法曹三者に経済界を交えたせめぎ合いの中、浮上した構想だった。しかし、この程度の人数では、従前の法曹養成制度に替えて、法科大学院制度を創設する必要性に乏しい。「法曹人口拡大の規模が小さければ、法科大学院を新設するよりも現行制度を改良する方が費用対効果という観点から優れているという議論が成り立ち、法科大学院設立への根拠とはなりにくい」からである(石井美和法曹養成をめぐる制度と政策法曹三者の力学を中心として)。そこで、法科大学院構想を現実化するためには、法曹人口増員の程度を、飛躍的に高める必要があった。だから、司法試験合格者数年3000人の決定により、司法研修所の容量を明らかに超え、これに代わる法曹養成制度が必要となり、法科大学院構想が「一挙に具体化することとなった」のだ。

では、この3000人を導き出した理屈は何か。それは「フランス並み」という基準であった。なぜフランスかと言えば、先進国の中で、弁護士の人口比が最も少なかったからである。すなわち、先進国の最低レベルをクリアーすべし、という論理であった。日本人に染みついた劣等感を直接刺激する論理によって、他のすべての議論は捨象され、「3000人」が一人歩きをしていくことになる。

日弁連の山岸会長はなぜ日本の法曹界がフランス並みの法曹人口にならなければいけないのか問われそれは、はっきりしないと答えている。本当は分かっていて、とぼけているのだろうが、日弁連会長の立場としては、悪質な責任放棄ともいえる。

一方で、法科大学院は失敗したのだから廃止すればよい、と無邪気に主張する弁護士も多いが、無知にして無責任な議論との誹りを免れないだろう。まずは、法科大学院問題は、それ自身にとどまらないことを認識していただく必要がある。法科大学院制度の創設は、わが国家の構造変化と密接に結びついた歴史的な事象であり、その改変は、大学制度全体に対する大打撃となるから、おいそれとは廃止などできないのだ。

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コメント

書き込み失礼します。
専門職大学院構想として,①法科大学院,②会計大学院,③行政大学院,④教職大学院等が設置されましたが,このうち,卒業が国家試験の受験資格になっているのは①のみで,他はそうなっていません。この違いが生じた原因は何なのでしょうか。

あと,国家公務員Ⅰ種試験で③の修了が受験資格とされない,というか議論すらされないのは,日本の文系の大学院を修了する意味なんてとぼしいのだと,官僚は本音で思っているからなのでしょうかね?

投稿: すずき | 2012年8月26日 (日) 23時46分

コメントありがとうございます。②、③は知りませんが、④の教職大学院については、教員免許取得要件とすべきだと中教審が提言していると認識しています。他の二つにしても、文科省・大学サイドとしては、資格取得要件にしたいのだと考えます。もっとも、法科大学院修了を法曹資格取得要件にしたところ、怒濤の人材離れが発生してしまったことからすれば、③をキャリア官僚の資格取得要件にはしづらいのが現状だろうと思います。

投稿: 小林正啓 | 2012年8月27日 (月) 12時36分

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