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2012年10月24日 (水)

内藤頼博の理想と挫折(12)

占領下の日本で、裁判所法起草の中心となり、給費制を創設するなど、現代司法制度の礎を創ったのは、内藤頼博(よりひろ)判事ら、戦後の日本人法曹である。彼らが描いた理想と挫折の軌跡を追う。

「気骨の判決」と内藤頼博(6)

翼賛選挙を批判し、「気骨の判決」を出すことになる吉田久、松尾實友判事を応援する座談会「戦時下の裁判道」に出席した内藤頼博だが、その発言はとても少なく、3つしかない。大先輩に囲まれて、遠慮したのかもしれない。だが、その発言を吟味すると、興味深いことを言っている。

内藤の発言の第一は、裁判官が司法大臣の監督を受けると、癒着しているとの国民の疑惑を招く、という根本松男判事を受けて、「大審院長や検事総長の地位をもっと高くして、大臣の監督を受けぬような制度にするのがよいと思いますね。つまり大臣が最高ではなくて、大臣になるのはなり下がりだという様にして置く。これなら弊害も比較的少ないでしょう。」という発言である。

第二は、翼賛選挙の話題を離れ、裁判官の待遇が問題となったときの、「アメリカの連邦大審院判事の俸給は大臣より高い」という発言、第三は、裁判制度と調停制度の違いに関する発言である。

興味深いのは、これらの発言はすべて制度論だ、という点である。すなわち、他の判事の発言が、「裁判道」という大仰な論題が示すとおり、裁判官個人の心構えに重心を置いているのに対して、内藤の発言は常に、人間ではなく制度に重心を置いている。

たとえば他の判事は、政府が裁判に介入することは許されないという。だが、裁判官が適切な判決を出すにはどうすれば良いかを言わない。丁野暁春判事は、「反省すべきは裁判官の独善恣意になってはならない。…そのためには裁判官は明智が必要だ。その明智は畏れ多いことだが大御心を推しはかり奉って得るべく又そこではじめて信念が得られると思ふ、それが矢張り児島院長の態度になっている。それがなければ裁判官の職責も巡査部長辺りと選ぷ所はないのだ。」と述べているが、要するに裁判官の心がけ次第ということだ。

これに対して内藤は、裁判官に高待遇を与え、経験を積んだ弁護士から選任するという制度(英米型の法曹一元制度)によって資質を担保し、さらに、国務大臣より高い地位を保障するという制度によって政治介入を排除することを考えている。

他と比べれば先進的だが、結局は大和魂的な発想から抜けきらない他の裁判官と異なり、常に制度論によって問題の解決を図る内藤頼博の発想は、内藤自身の資質にもよるのだろうが、昭和15年の米国留学が大きく影響していると推測される。

この制度論的アプローチは、敗戦後占領下の日本で内藤が活躍する一因になるとともに、内藤が最後まで周囲の理解を得られなかった原因でもあった。

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