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2012年10月22日 (月)

法は、ロボット技術とどう向き合うべきか

 以下は、EUで今年3月に開始されたRoboLawプロジェクトを紹介するEconomist紙の記事(2012年9月1日付)を翻訳したものである。何というか、こういうことに巨費を投じてマジメに探求するヨーロッパの人びとは大したものだ、と思う。かつて日本が"Japan as No.1"と浮かれていた80年代、私の守備範囲だけでも、欧州の人たちは、ネットワーク技術によってプライバシーが侵害される時代を予測し、適切な法制度を一生懸命模索していた。今の日本人は、20年後を見越した法制度検討に19億円を投じることができるだろうか。

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君はロボットかい?それとも…

「法は、人間と機械の境界を曖昧にする技術とどう向き合うべきか?」を研究するプロジェクトが発足した

今年初めに開催されたエコノミスト主催の会議で、MITのロボット研究家であるHugh Herr氏は、21世紀のテクノロジーは画期的な進歩を遂げるであろうと大胆な主張をした。舞台を歩き回ってスピーチしていた彼は、この大胆な主張を裏付けるため、突然ズボンの裾をたくし上げると、人口足となった両足を観客に示し、少し踊って見せた。「将来、人びとは不自由で、痛む四肢を人工手足に交換することになるでしょう」と彼は言う。

技術者が投げかける、このような法的あるいは倫理的な難問に取り組むためのプロジェクトが、今年3月に設置された。たとえば、人工手足は法的に見て、人間の一部なのか?人間の手足を切断し、人工手足に取り替えることが許されるのはいつか?全身麻痺で、ブレイン・マシン・インターフェースを介してのみ意思表示を行える人の持つ権利は何か?脳に機器をインプラントしたり、身体能力を強化したりする装置は、「障害」の定義を変更するのではないか?このたび設置されたRoboLawプロジェクトは、バイオ技術や神経交感技術の進展に伴い、法的枠組みのどこをどのように変更しなければならないか、という問題に取り組むことになる。このプロジェクトには、1900万ユーロが投じられ、技術・法律・規制・哲学、そして人間科学の専門家が集められる。

このプロジェクトの指揮をしている聖アンナ大学のエリカ・パルメリーニ氏は、人工器官のような新技術を規制し限界づける緊急の必要があると主張する。「もしあなたがロボット車椅子を使用している場合、その車椅子はあなたの体の一部なのでしょうか?」という問いに対し。米国弁護士であり生命倫理学者でもあるグレン女史はイエスと答える。RoboLawプロジェクトの一員ではない彼女は、航空会社の職員が損傷した「歩行介助具」は、単なる私的所有物ではなく、依頼者の肉体の延長であると主張して、最初は懐疑的であった保険会社を説得し、航空会社との示談に持ち込んだ。また、色盲のニール・ハビッソンは、イギリス当局に対し、色彩を音に変換する器具「アイボーグ」を装着した写真をパスポートに貼り付けることを認めさせた。それが、彼の体の一部であるとの理由で。これらは、これから多発するであろう法的問題の先駆けなのだ。

RoboLawプロジェクトでは、領域ごとにわかれて研究を進めている。オランダのティルブルフ法技術社会研究所においては、技術法の専門家が、ロボットデバイスを分類し、人間の自律、障害、正常、平等という定義に関連する法的問題と関連づける試みを行っている。例えば、ロボットデバイスが視覚や運動能力を回復させるなら、これらに関する「障害」を再定義しなければならない。

一方、ベルリンのフンボルト大学においては、哲学者の手によって、ロボット技術によって、「人間とは何か」という概念に挑戦する様々な方法を模索している。人間である、ということは、その肉体によって、姿によって、あるいは何か文化的な要因によって定義されるのだろうか?強化外骨格や、記憶力を強化する脳内機器は、人間とは何かという定義を揺るがすだろう。レディング大学の能力強化研究者は、脳に埋め込むだけで、感覚や記憶力を強化し、考えるだけで操作できる技術を検討している。これらの技術は、最初のうちは障害を克服するために用いられるだろうが、そのうちに、健常者の能力を増進させるために使われるだろう。ロボット技術と倫理との関係は、障害を克服する場合ではなく、肉体に埋め込まれて能力を増強する場合に問題となるだろう、と聖アンナ大学のペリクル・サルビーニ氏は言う。

脳インプラントは、プライバシーや後見に関して、新たな問題を提起している。既に、ブレイン・コンピューター・インターフェースは、全身麻痺患者と他人とのコミュニケーションを可能にしている。この場合、この患者はどのような法的地位にあるのだろうか?機器によって完全なコミュニケーションがとれる者に、後見は必要なのだろうか?

規制の強化には慎重でなければならない。シェフィールド大学のコンピュータ科学者であるノエル・シャーキーは、過度な規制は技術革新を阻害すると警告している。他方、規制があるかないか不明瞭では、ロボット技術者や医師や患者を暗闇の中に置き去りにすることになる。RoboLawの研究者は、2014年に成果を発表するときに、一定の回答を出したいとしているが、今のところ、答えより疑問の方が多いように見える。

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