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2012年12月17日 (月)

福岡県弁護士会木曜会講演原稿より(9・完)

1116日、福岡県弁護士会木曜会設立40周年記念講演『弁護士の近未来予想図~弁護士に明日はあるか?』で40分間の基調講演を行う機会を頂きました。実は、この企画は2年前にあったが、私が倒れたためキャンセルされていたものです。折角の機会だったのですが、リベンジということで、気負いが先に立ってしまい、やや盛り込みすぎの内容になってしまいました。そこで、以下数回に分け、原稿に基づき、実際の講演内容に加除修正を加えてブログに記します。

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日本国憲法は、「民主主義的傾向の復活と強化」を目的とするポツダム宣言受諾を受けて制定されました。そのため、国会の権限は、明治憲法に比べ、はるかに強化されていますが、国民が主権者としての自覚と能力を持たなければ、画餅に帰します。上述のとおり、民主主義とは、国民の自己決定と自己実現を本質とするものですから、「お上が何とかしてくれる」という発想と、政府任せの国民では、およそ民主主義とは言えないのです。

とはいえ、国政の実際は複雑高度であり、日本国民に、「主権者としての自覚と能力を持て」と言ったところで、一朝一夕には実現しません。そこで憲法は、「民主主義の学校」とでもいうべき仕組みをいくつか設けました。そのなかで有名なのは地方自治ですが、司法にも、その仕組みが設けられたと考えます。

戦前までの日本人にとって、司法は「お白州」でした。被害を受けたときや、紛争が起きたとき、お白州に行って平伏していれば、お上が適切なお裁きをしてくれる筈の場だったのです。しかし、民主主義国家における国民は、司法の場においても、自己実現と自己決定を求められます。自分の立場と利益を積極的に主張しない限り、適切な紛争解決は望めないのです。民刑事訴訟法における当事者主義的構造は、国民の自己決定権、ひいては国民主権のあらわれとも考えられます。

とはいえ、司法の場における自己実現は、法のルールに則ったものでなければなりませんし、説得力を持たせるには、テクニックも必要です。

そこで、現行憲法における司法は、国民一人ひとりの自己実現を補佐する専門職として、弁護士を位置づけたと、私は考えています。民意を国政に反映させる専門職として国会議員が位置づけられるのと同様、国民が法の支配に則った自己実現と自己決定を行うため不可欠な役割を、弁護士に担わせたのです。

国民の自己実現と自己決定、すなわち国民主権原理の実質化に奉仕することこそ、弁護士が担う公益性の本質です。それゆえ、弁護士は民間事業者であるにもかかわらず、他の民間事業者にない様々な公的義務を課され、また、職域独占をはじめとする法的保護を受けているのです。司法修習生の給費制も、国民主権原理との関係性においてこそ、立法事実が肯定されると考えます。

もちろん、弁護士だけがいくらがんばったところで、国民の自己実現と自己決定は実現しません。しかし、日本国民は一般に、他人と利益が衝突したとき、互いに正当性を主張し合うことこそ「善」である、という発想をしません。両者とも衝突現場から退くことこそ「善」だと発想します。余談になりますが、「弁護士に対するアクセス障害」の本質は、この発想の壁にあると、私は考えています。この発想の壁をたたき壊し、国民一人ひとりが互いに自己の正当性と利益を主張し合う国家を建設することは、憲法が弁護士に課した公的役割であり、今次の司法改革において、国家が弁護士に負託した使命なのです。したがって、弁護士会が積極的に法的紛争を創出することは、わが国においては、国民主権原理の実現に奉仕することに他ならないのです。

「紛争解決・予防型司法から紛争創出型司法へ」という言葉によって私が提案したいことは、国民主権原理の実質化であり、国民が自らの権利と利益を自らの手で獲得する社会構造の実現です。

私は先ほど、日本は西洋的近代化に疲れ果て、江戸時代以前に向かって大きな巻き戻しを始めていると申し上げました。この認識が正しいとすれば、紛争創出型司法など、実現するはずもありません。それどころか、司法は「お白州型司法」に逆戻りして、三権の一翼たる地位を失い、行政機関の下部組織になることこそ、時代の流れということになるでしょう。

しかし、私が最後に申し上げたいことは、「歴史は繰り返す、しかし元には戻らない」ということです。歴史の流れは、紙に書かれた円ではありません。立体です。ある方向から円に見えるとしても、斜めから見れば、螺旋です。真横から見れば、波だということです。つまり、いつかは再び、向きが変わります。

「紛争創出型司法」への努力は、時代の流れに逆行することなのかもしれません。しかし、現行憲法の理念を是とする限り、法律家としては、紛争創出型司法の実現に向けて、歩むべきだというのが、私の考えです。(完)

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