福岡県弁護士会木曜会講演原稿より(8)
11月16日、福岡県弁護士会木曜会設立40周年記念講演『弁護士の近未来予想図~弁護士に明日はあるか?』で40分間の基調講演を行う機会を頂きました。実は、この企画は2年前にあったが、私が倒れたためキャンセルされていたものです。折角の機会だったのですが、リベンジということで、気負いが先に立ってしまい、やや盛り込みすぎの内容になってしまいました。そこで、以下数回に分け、原稿に基づき、実際の講演内容に加除修正を加えてブログに記します。
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『紛争解決・予防型司法から、紛争創出型司法へ』と聞くと、弁護士ですら、眉をひそめる方が多いと思います。皆さんはきっとこう思っているでしょう。「なぜ、法的紛争をつくり出すことが、よいことなのか」と。
消防士が仕事を増やすため、放火することは許されません。軍人が戦争を起こすことも、医者がインフルエンザウィルスをばらまくことも許されません。これらを、俗にマッチポンプと言います。弁護士会が法的紛争を増やすことも、マッチポンプと言えなくありません。
ですが、よく考えてみると、今日、医者は病気を増やしています。肥満や高血圧、うつ病の定義が、どんどん緩くなっています。喫煙すら病気に分類されました。この傾向は、医者の仕事と収入を増やすためだという穿った見方もあります。しかし、仮にその一面は否定できないとしても、国民全体の健康増進のためには、病気を増やすことも許されるのです。
では、弁護士会が紛争を増やすことが、なぜ許されるのでしょうか。
私は、国民主権に関わることだと考えています。
国民主権とは、国民が、自分の運命を自分で決めるということです。これは、国政のレベルでは、王様ではなく国民が国家意思の決定を行うことを意味しますが、個人のレベルでは、自己決定と自己実現を意味します。とはいえ、国民が皆同じ意思や利害を持つわけではありませんから、必ず衝突が起きます。これを放置すると「力による支配」となるので、衝突を調整する仕組みが必要です。その仕組みを担うのは、国政のレベルでは国会であり、個人のレベルでは司法なのです。
たとえば、弁護士なら誰でも、未成年の子どもがいる離婚事件を処理したことがあると思います。この関係を規律する法律や判例は、ほんの少ししかありません。しかし家族の形態は千差万別です。その中で弁護士は、財産分与、慰謝料、親権と養育費の問題を処理し、面会交流のやり方を決めていきます。問題解決までの過渡的な措置として婚姻費用の支払いを確保し、金銭の支払い方法や面会交流の場所や時間など、細かい問題をその都度解決していきます。
弁護士においてすら、明確に意識されていませんが、この作業は、(もと)家族という最小の社会におけるルール作りに他なりません。いいかえると、離婚事件の処理という司法作用は、当該(もと)夫婦一人一人の自己決定と自己実現過程であり、夫婦という単位社会における立法行為なのです。つまり法的紛争の処理という司法作用は、紛争当事者間の利害調整を図るための立法作用であり、国政レベルの立法作用とは、規模が違うだけで、質的には同じものです。
国民にとって、国政レベルの自己実現が立法であり、個人レベルの自己実現が司法だということもできます。
そして、国政レベルの立法行為が憲法の枠内で、憲法の定めるルールに従って行われるのと同様、司法作用は法律の枠内で、訴訟法の定めるルールに従って行われるのです。
これが「法の支配」の意味であり、その要点は、「力」ではなく「法」に従った利害関係の調整にあります。
1980年代、世界経済の前線に進出した日本人は一様に、契約締結交渉やトラブル処理にかける欧米人ビジネスマンの気合いと情熱に圧倒されます。彼らの尖兵に弁護士の多かったことが、これに対抗するため「日本人弁護士の大増員が必要」という経済界の認識を育むことになります。しかし、契約締結や紛争解決は、欧米人にとってルール作りと同義であり、自己実現・自己決定の目的そのものですから、彼らにしてみれば熱心なのは当然です。弁護士の専売特許ではありません。日本人には、馴染みの薄いところなのでしょう。しかし、スタンダードがどちらであるかは、明白なのです。(続)
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コメント
自己決定と自己実現を国民主権と結びつけるのは面白いですね。
もっともそれらは個人の尊重(憲法13条)と結びつけるのが一般的なのではないでしょうか?
敢えて「国民主権」と結びつけているのは、弁護士による規範の創設というくだりと関係があるように思えますが・・・
そのあたりがよくわかりませんでした。
投稿: y | 2012年12月14日 (金) 14時35分
アメリカのように訴訟を増やすなら、まず、取り掛かることは下記のように制度を変えることです。
1.訴訟提起の際に支払う印紙代を訴額と関係なく定額で1万円程度にする。
2.ディスカバリー制度を導入する。
3.陪審員によって損害額を決定させる。
4.クラスアクション制度を導入する。
1.2.4は一般市民が泣き寝入りをしないで済むための制度ですし、3.も一般市民には受けが良い制度変更になるでしょう。ただ、大企業や財界は2.3.4.に対して大反対するでしょう。
投稿: | 2012年12月15日 (土) 01時08分