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2013年2月25日 (月)

ニュースを読む視点(6)

2月23日の朝日新聞朝刊は、下村文科相が22日の閣議後会見で、「司法試験の合格者数を年間3千人程度としている政府目標について、『間違っていたのではないか。政府側も謙虚に反省するべきところに来ている』と述べ」たと報じた

この報道を受け、弁護士のブログでは、「下村文科相の上記発言は賞賛に価します」「法科大学院制度を所管する文科省の大臣の発言は、自ら法科大学院制度そのものの破滅を宣告したに等しい」(武本夕香子弁護士)、「LS関係者は…自身の監督官庁のトップによるこの発言には、頭を抱えることになる」(福岡の家電弁護士)「文科相ですら誤りを認めるのに…。」(寺本ますみ弁護士)といった肯定的意見が相次いでいる。

しかし、水を差すようで恐縮だが、文科相の発言は、彼らが理解するようなものでは、全くないと思う。

記者会見の内容は、こうである。

「おはようございます。
本日閣議後に第2回法曹養成制度関係閣僚会議が開催されました。この会議では、法曹養成制度を巡る諸問題の重要性に鑑み、内閣官房副長官関係省庁の副大臣政務官及び有識者からなる法曹養成検討会議におけるこれまでの状況の検討報告を受けた上で、法曹養成検討会議において引き続き法曹養成問題を検討させることを取り決めたところでございます。文部科学省としても、関係各省の皆様とともに法曹養成制度の改善に向けて努力して参りたいところでございます。
 中教審で法科大学院のあり方についてすでに検討されたところでございますが、当初の法曹人口500人の国家試験合格者を3000人を目標にしたわけでありますけれども、その後2000人程度の合格者になっているという、社会的なニーズの対応に応じてでございますが、一方で法科大学院は3000人合格前提で作ったことによって、各大学において経営が非常に困窮しているというところが増えている中で、今後改めて法曹養成について関係閣僚会議で引き続き議論すると言うことでございます。」

これに対して、共同通信記者の質問に答える形で、「反省」発言が出てくる。

共同通信記者
「法曹養成の関係ですけれども、先ほど、各大学の経営が苦しいというお話があったのですけれども、整理統合が進んでいると思うのですが、大臣としても今、法科大学院はちょっと多すぎていると、今の流れでもうちょっと整理を進めた方がいいとお考えになりますでしょうか。」

下村文科相
「これはあの、自民党政権の時ですけれども、3000人養成というそもそもですね、前提条件が間違っていたのではないかということを、謙虚にですね、政府側も反省すべきところに来ているのではないかと思います。当時は司法試験合格者が500人、国家試験だったわけですが、今後の我が国の状況を考えると、アメリカ並みの社会になってくればもっと司法関係者が必要であろうと。そのために500人から3000人程度の合格者を出すことが必要であるということが一点と、それからそもそも、国家試験は受験のみのテクニック的な勉強に終始して、必ずしも司法関係者に人格的にも人間的にも、より社会の中で望ましい人ばかりではなくなっているのではないか、ということから、もっと多様な人材を司法界に導入しようと言うことで、国家試験から法科大学院に、システムとして変えたわけですね。で、もともとの数にのっとって、各大学が大学院を設置したわけですが、ところが、合格者は3000人ではなくて2000人と。だからといって数を増やせばいいということにもならないと思うんですよね。今、現実問題として、弁護士になったけど、なかなか仕事がないと。そもそも弁護士として生活していくのが大変だという社会的な現状がありますから、ですから、これについてはですね、適切に、あのー、今後の法科大学院のあり方について、ただ厳しくですね、えー、潰していくということではなくて、もっとトータル的に、あり方について考えていくべきだと思います。」

第一に、下村文科相は、「法科大学院困窮」の原因が、「司法試験合格者年3000人を前提に法科大学院を開設したこと」にあるとし、その文脈の中で「政府の反省」が必要だとしている。つまり、法科大学院は、3000人という間違った政府目標を信じて作ったため、被害を被った、と言っているのだ。つまり法科大学院は、政府の判断ミスの被害者と言っているのである。

反省すべきは政府であり、文科省が反省しているのではない。年3000人の目標値を決めたのは閣議であって文科省ではないから、文科相の発言は、形式論理としては正しい。文科相が反省の弁を述べたという理解は、間違いである。文科相は、政府閣僚の一員だが、一方で文科省のトップであり、上記発言の中では、文科省側に軸足を置き、法科大学院の立場を代弁して、政府に反省を求めているのである。

第二に、この点を理解すれば、記者に対する回答の意味も明確になる。すなわち、記者は「法科大学院の整理統合を進めるべきか」と聞いたのに対して、下村文科相は「ただ厳しく潰していくということではなくて、もっとトータル的に、あり方について考えていくべき」だと言っているのだ。

この発言を、「自ら法科大学院制度そのものの破滅を宣告したに等しい」と理解したのでは大間違いである。そもそも「制度」については、全く言及していない。しかも、法科大学院を「ただ厳しく潰していく」やり方には反対と明言している。文科相の意図は、「司法試験合格者数年3000人という政府の予測ミスの結果、法科大学院は損害を被りました。2000人を前提に法曹養成制度設計をやり直すなら、法科大学院を『ただ厳しく潰していく』のではなく、損害を償って下さい」ということである。いうまでもなく、この発言は法科大学院側の了解を得て行っているから、「法科大学院関係者が頭を抱える」事態にはなりっこない。

第三に、この文科相発言は法曹養成制度関係閣僚会議後記者会見で行われているから、同会議の明確な了承のもとに行われている点は留意しておく必要がある。すなわち文科省としては、法曹養成制度混乱の責任は文科省や法科大学院にではなく政府にある、という見解に立ちつつ、政府が誤りを認めて法科大学院側に適切な手当を行うことと引き替えなら、今後の改革に応じる(但し、法科大学院の統廃合に限定しない)という立場をとることについて、関係閣僚の了解を得たのである。

字数も多くなったし、本稿では、文科相の発言を解説するだけで、評価は行わない。だが、この発言を真っ先に批判する立場にいるんじゃないかという人が、諸手をあげて賞賛するのはいかがなものか、と思う。

 

 

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コメント

時々拝見しております。先生のブログはとても客観的で冷静でとても参考になります。
先生みたいに物事を考えられる方が弁護士会で地位を占めてたらもっと多くの人にとって適切な解決ができたのではないかななどと思います。(すでに地位についていたらすみません。)
弁護士会内でも、対法科大学院でも対政府、対マスコミでもお互い傷つけあってみんなで疲弊していくこの現状を解決するにはよほど能力と信念がある方でないと解決できそうにもありませんから。
(偉そうな事言ってすいません)
これからもお体に気をつけて頑張って下さい。

投稿: ロー生 | 2013年2月28日 (木) 18時35分

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