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2013年2月 6日 (水)

「体罰禁止国」日本と民主主義の成熟と司法について

日本は法制上、「体罰禁止国」だ。

歴史的には、1879年(明治12年)の教育令46条が、「凡学校ニ於テハ生徒ニ体罰ヲ加フ可ラス」と定めた。これは教育先進国と言われるフランスより8年早いという。この体罰禁止規定は、こんにちの学校教育法11条「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは…懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」まで、途絶えることなく維持された。

しかし、昔の教育現場に体罰がなかった、ということでは決してない。体罰禁止規定の制定は、その必要があるほど体罰が蔓延していたことの何よりの証拠だし、「教員による児童・生徒に対する体罰は日常茶飯事であったものと推測される」(長尾英彦体罰概念の混迷中京法学44巻3・4)という。

これに対して、英国は法制度上、学校教師の体罰を容認していた。しかし、欧州人権裁判所で敗訴判決が相次いだため、体罰禁止立法が審議され、1989年、僅差で可決成立した。しかし全面禁止で運用してみると、いろいろ不都合があったのだろう。その後体罰必要論が高まり、2004年、一定の体罰を許可する法改正がなされた。これをうけ、体罰の手段方法や記録義務が詳細に定められ運用されているという。

民主主義の成熟度という視点から見ると、英国の方が、明らかに日本より優れている。なにより、法律は自ら作り守るもの、という意識が、揺るぎなく共有されているからだ。だからこそ、法律の不具合が明らかになれば、躊躇無く法改正を行う。日本人なら、法改正せずに、妥当な運用をすればいいじゃん、と考えがちだが、英国人はそうしない。

そしてもう一点、法律に対する異議申立が、改正の原因となっていることも、民主主義の成熟を示す重要な要素である。「欧州人権裁判所で(英国政府の)敗訴判決が相次いだ」という事実は、体罰を容認する法制度に対して異議申立を行った英国民が相当数いたことを示している。

「法律は守るべきもの」という意識と、「法律に対する異議申立をためらわない」という意識は、一見矛盾するように見えるが、成熟した民主主義社会において、この二つは矛盾なく両立しなければならない。国民自ら法律を作り、できあがった法律を、自らチェックして、必要があれば改正する。法律は、国民の手によって制定されたことだけではなく、国民自身による事後チェックと改正の可能性が留保されているからこそ、正統性と強制力を有するのである。

そして、法律に対する、国民による事後チェックの場を提供するのが、司法の役割にほかならない。司法は、議会と並び、民主主義を支える車の両輪なのである。

ところが日本では、体罰全面禁止法は無視され、司法には、これを糺す力も、法改正を促す力もない。英国から見たら、とても不思議な国に見えるだろう。

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