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2013年3月25日 (月)

内藤頼博の理想と挫折(23)

占領下の日本で、裁判所法起草の中心となり、給費制を創設するなど、現代司法制度の礎を創ったのは、内藤頼博(よりひろ)判事ら、戦後の日本人法曹である。彼らが描いた理想と挫折の軌跡を追う。

 

平沼騏一郎と内藤頼博(2)

 

 

平沼騏一郎は慶応3年(1867年)928日に津山藩士の家に生まれた。坂本龍馬が大政奉還に向け、東奔西走していたころだ。明治11年(1878年)東京大学予備門に入り、帝大法科を明治21年に卒業。その後10年間判事職にあった[1]が、その間に大津事件(明治24年)が起きている。明治33年(1900年)に検事任官、明治42年(1909年)の日糖事件と、43年の大逆事件において中心的役割を果たし、司法部内の検察主導体制を確立する(児島惟謙没後100年記念シンポジウム―いま裁判員制度が日本に導入される意義―佐藤幸司)。当時の平沼を、弁護士会のある重鎮は「検察陣営ではもっとも鋭い頭脳と決断を持っている人で、弁護士陣営からすればおそるべき強敵である」[2]と評したという。明治44年(1911年)に西園寺内閣のもとで司法次官に抜擢され、大正元年(1912年)検事総長、大正10年(1921年)大審院長に就任。検事総長在任中の大正3年(1914年)、自ら指揮したシーメンス事件が第一次山本権兵衛内閣の総辞職をもたらし、翌大正4年(1915年)の大浦事件では、結果的に第二次大隈重信内閣の総辞職をもたらした。

 

思想的には国粋主義者とされ(現代で言うと、反米保守に分類されるのだろう。養子の平沼赳夫議員は思想的には正統な後継者と言えるかもしれない)、民主主義や共産主義、ナチズムなどの外来思想をすべて排斥し、軍部急進派ともたびたび対立した。大正15年(1926年)、国粋主義を掲げる政治結社国本社を創設し、その会長に就任している。副会長に東郷平八郎山川健次郎が就任。官僚では鈴木喜三郎塩野季彦小山松吉後藤文夫、軍人では宇垣一成荒木貞夫真崎甚三郎斎藤実、財界からは池田成彬結城豊太郎、学界からは山川健次郎古在由直らが会員となったとされ、政治的には平沼の支援団体として活動したとされる。ただ、こうやって著名人を列挙してみると、政治的に平沼と対立したり一線を画したりする者も見られるので、一概に支持者とは言えないかもしれない。

 

視点を司法に移すと、大正2年(1913年)、検事総長だった平沼は、政友会の領袖だった松田正久司法大臣と二人三脚で、司法部大改革と呼ばれる人事刷新を断行し、判事1129人と検事390人を更迭し、以後の司法省と大審院以下裁判所の人事に強大な影響力を及ぼした[3]。人事による裁判所支配と「平沼閥」育成の手法は、佐藤幸司によって、「例えば裁判官の中で使えそうな人を司法省に引っ張る、行政庁の場合は地位も給与も物すごいスピードで上がっていきます。そして偉くなって地裁所長や控訴院長などとして戻ってくる」[4]と描写されている。そうなれば、出世のために平沼派の顔色を窺う判事が続出するのも当然であろう。藤江忠三郎判事によれば、「(国本社)には所長とか地方裁判所の部長くらいまでは入っておりましたね。それは平沼さんがやっておられるから、入っている人びとのことばつきから、そう察しられましたしね。主義主張の如何に拘わらずそれにはいらなければまずいという、そういうことはあったようですね」という[5]

 

以上要するに、平沼騏一郎は、その率いる検察官僚を使って政党政治の暗部を容赦なく暴き出す一方、司法部内においては、人事権を行使して、自らの支持母体かつ権力の源泉としての陣容を整えようとしていた。その結果、平沼は政敵をスキャンダルで排除する実力を得るとともに、政治家は、検察が動くと戦々恐々として、平沼の意を受け入れることになる。今でいう「検察ファッショ」「国策捜査」を地で行った、憲政史上初の人物なのである。

 

 

 


 

[1]『私の会った明治の名法曹物語』小林俊三 日本評論社

 
 
 

[2]『私の会った明治の名法曹物語』小林俊三 日本評論社

 
 
 

[3] 新井勉『大正・昭和前期における司法省の裁判所支配』(日本法学773号 2011年)

 
 
 

[4]児島惟謙没後100年記念シンポジウム(関西大学)中での発言

 
 
 

[5] あの人この人訪問記

 
 

 

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