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2013年4月22日 (月)

内藤頼博の理想と挫折(26)

占領下の日本で、裁判所法起草の中心となり、給費制を創設するなど、現代司法制度の礎を創ったのは、内藤頼博(よりひろ)判事ら、戦後の日本人法曹である。彼らが描いた理想と挫折の軌跡を追う。

平沼騏一郎と内藤頼博(5)

帝人事件は、台湾銀行の保有する帝人株売買をめぐる、時事新報の暴露記事『番町会を暴く』をきっかけに、首相を狙う平沼騏一郎が、政敵西園寺公望の支持母体である立憲政友会を潰すために利用したと言われている。東京地裁検事局検事正・岩村通世は「帝人株の売買だけでは起訴させない。背任に伴う贈収賄の汚職を出してこい」と捜査部検事に厳命したという[1]

しかし、商取引に関する検事の理解は低く、「不渡手形」を「フトてがた」と読む検事もいたという[2]

取り調べは苛烈を極めた。政財界のエリートに革手錠を嵌めて昼夜を問わず拷問まがいの取り調べを行い、関係者を次々と自白に追い込んでいった。「動くたびに革が皮膚に食いこみ、その痛さと苦しさは想像を絶するものがありました」と河合らは公判で訴えている。革手錠は本来、自殺防止のため用いられる道具であり、食事や用便に、多大な不便をもたらしたという。捜査主任の黒田越郎検事をはじめ、2人の検事が捜査中急死したことからしても、取り調べの苛烈さがうかがえる。

その黒田越郎検事は、取調中の河合良成に対して、こう語ったという。

「俺等が天下を革正しなくては何時迄経っても世の中は綺麗にはならぬのだ、腐って居らぬのは大学教授と俺等だけだ、大蔵省も腐って居る、鉄道省も腐って居る、官吏はもう頼りにならぬ、だから俺は早く検事総長になりたい、さうして早く理想を行ひたい」[3]

「検察ファッショ」とか「戦争への道筋をつくった」とかいうと、邪悪な集団が邪悪な意思のもとに卑劣な手段を用いたと思う人もいるだろうが、実際にはそうではない。正義感にあふれたエリートが、ありあまる権力を公の目的で行使したときに、悲劇への道が敷かれるのだ。


[1] 『最高裁物語 上』44

[2] 『三十年目の証言 帝人事件』96

[3] 『三十年目の証言 帝人事件』97

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