« 内藤頼博の理想と挫折(26) | トップページ | 内藤頼博の理想と挫折(27) »

2013年4月23日 (火)

悲しいことだ。一族から、タタリ神がでてしまった。 by乙事主

ボストン・マラソンの爆発事件の容疑者とされた兄弟のうち、418日、兄が殺され、弟が翌日逮捕された。AFP通信などによると、「フェンウェイ地区の通りには約200人が集まるなど、多数の市民が街中に繰り出し、口々に大声で『USA!USA!』と叫んだ」という。テレビニュースにも、警官やカメラに向かって手を振りガッツポーズをとる市民が多数写っていた。

この光景には、違和感を覚える。

安心したのは分かるが、なぜ喜ぶのだろう。犯人は宇宙人でも、敵対する外国からの潜入者でもなかった。歓喜する市民と同じ米国市民で、同じ街に住む若者だったのに。

10年間米国で暮らした、ごく普通の若者が、その住む街で自作の爆弾を爆発させ、3人を殺し、多数を傷つけた。その中に、兄弟の隣人や同級生がいるかもしれないということが、彼らを躊躇わせることすらなかったのだ。

タタリ神が一族からでたことを、乙事主は悲しんだ。一方、タタリ神に襲われ屠った村人も、喜びはしなかった。魂を鎮める塚を築き、タタリ神があらわれた原因を探るため、村長となるべき若者を旅立たせた。そりゃまあ、ここで村人が「ニッポン!ニッポン!」と歓喜にわいたのでは、5分で映画が終わってしまうけれども、筋書きとしては、「もののけ姫」の方が、よほど「自然」だと思う。自然というのはつまり、悪い現象には原因があるし、その原因は大概、現象面よりもっと悪い、という経験則上の確信のことである。

こう書くと、日本人論に行きがちだが、この感覚は、日本人独自のものではなく、人間が自然に備えている一種の第六感だと思う。その証拠に、「もののけ姫」は世界で公開されたし、「なぜあの若者は旅に出たのか?」という疑問が出たとは聞かない(開始早々こんな疑問を持ったら、その後2時間半、この映画に付き合うことは不可能だ)。それとも、タタリ神にかけられた呪いを解く、という、とってもプライベートな旅だったとでもいうのだろうか?

USA!」と叫ぶ米国市民は、おそらくとても大事なことを感じていないか、感じる能力を失っている。私が畏れるのは、感じて当然の恐怖を感じない市民が、実は直面している、本当の悪である。

 

|

« 内藤頼博の理想と挫折(26) | トップページ | 内藤頼博の理想と挫折(27) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/57225006

この記事へのトラックバック一覧です: 悲しいことだ。一族から、タタリ神がでてしまった。 by乙事主:

« 内藤頼博の理想と挫折(26) | トップページ | 内藤頼博の理想と挫折(27) »