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2013年4月12日 (金)

『逆説の昭和史』 井上寿一

KindleiPadにインストールして、初めてダウンロードした電子書籍。

「スリルとサスペンスに満ちあふれた昭和史の読み物を目指している」、というだけあって、すらすら読めて面白いが、内容は深い。

各章には、「戦争を支持したのは労働者、女性、農民だった」など、刺激的な表題が並ぶ。戦争は、男性労働力の不足と、農工業生産を上げる必要性から、労働者と農民の賃金上昇や女性の地位向上、社会進出をもたらした。また、文中には戦争景気を喜ぶ小林一三(阪急電鉄創始者)のコメントも引用されている。要するに、日中戦争から太平洋戦争へ進む課程は、国民全体の歓喜と支持の課程でもあった。

戦争に対するこのような態度は、当時の日本国民としては、特異なことでも不自然なことでもない。第一次大戦以降の総力戦が、国家国民に悲惨な損害をもたらすことを日本国民が知ったのは、第二次世界大戦後だったからだ。

先の敗戦は、東条英樹をはじめとする、悪意に満ちた陰謀の結果であり、国民はだまされたか、否応なく巻き込まれたとする史観は、未だ根強い。だが、それが間違いであることは、多くの国民が気づき始めている。同様に、明治の元勲は優れていたが、昭和のリーダーは馬鹿ばっかり、という「司馬史観」も、間違いである。本書各章は、節目節目の首相らを主人公に進行するが、東条英樹を含む全員が、厳しい環境の中で、職責に応えようと最善を尽くし、それでも、最悪の結果を避けられなかった。その失敗の課程を、本書は客観的に、しかしダイナミックに論述していく。

弁護士業界においては、中坊公平が弁護士を裏切ったのだとか、愚息に跡を継がせたい弁護士が司法改革を推進したのだとか、そのために多くの弁護士がだまされ、あるいは否応なく巻き込まれたのだという言説が、未だに多い。だが、この史観は間違いである。間違った史観で歴史を見る最大のデメリットは、何の役にも立たないことだ。拙著『こんな日弁連に誰がした』で、そのあたりはずいぶん強調したつもりだが、未だに「陰謀史観」や「悪者史観」「被害妄想」から抜けられない弁護士の多いのは嘆かわしい。

もっとも、リーダー個人に悪意はなく、全力で最善を尽くしたとしても、じゃあ誰が(なにが)悪かったのか?という問題は残る。本書はそのあたりにふれておらず、惜しい限りである。

拙著『こん日』でも、「なにが悪いのか」については、断言できていない。拙著を読んだ大阪大学工学部の教授は、私に「組織のトラウマですね」と言ってくれた。いい言葉だと思う。

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