« 裁判官の減俸について | トップページ | 内藤頼博の理想と挫折(26) »

2013年4月19日 (金)

未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命 片山杜秀

「バンザイ突撃」「カミカゼ攻撃」に代表される精神主義の権化に、太平洋戦争末期の日本軍が染まっていったのは何故か。通説は、「日露戦争以後の日本人は馬鹿だから」という司馬史観だが、本書は明快にそれを覆す。

大砲や機関銃が登場した後の近代戦は、すなわち物量戦であり、国家総力戦であることを、日露戦争当時から、日本の軍エリートは洞察していた。この洞察は、論理必然的に、「持たざる国」日本は、米英と戦争しても絶対に勝てない、という結論を導く。しかし軍たるもの、勝てないことを公言できない。陸軍きってのエリートだった小畑四郎は、短期決戦・包囲殲滅戦を陸軍教義とし、兵站(ロジスティクス)を完全に無視した。しかし小畑は、短期決戦・包囲殲滅戦では英米に勝てないことを重々承知しており、弱い国とのみ闘う前提で、この戦法を主張したのだった。しかし小畑は内部抗争に敗れ、その教義だけが陸軍に残る。

英米に勝てないなら、勝てる国力を付けるまで絶対に戦争をしない、という前提で満州開拓を主張したのが石原完爾であるという。石原も、国家総力戦とは産業力と技術の勝負であり、最終兵器で敵を凌駕した方が勝つ、という近代戦の行く末を正確に予見していた。しかし、石原が主導した満州進出は、結局列強との戦争リスクを高めることであったし、石原自身東條英機との権力抗争に敗れたため、「国力がつくまで絶対戦争はしない」という主張の根本が失われてしまう。

満州進出が戦争リスクを高めるなら、対外進出せずに得られる国力には限界がある。それなら、限られた国力を最大限有効に利用した軍隊を編成するしかない。宇垣一成陸将らの進めた軍縮も、軍の機械化を目指すものだったが、それを極端に推し進めようとしたのが酒井。トップエリートとして陸軍内部で一目おかれた酒井であったが、酒井の提唱で編成された、戦車2個大隊、自動車歩兵連隊、野砲兵、工兵等からなり、車輌744両を擁する日本初の機械化兵団は、その運用をめぐって大本営と対立し、最新化の不徹底もあって、失敗に終わる。

結局当時の軍は、英米と戦っても絶対に勝てないことを熟知しながら、それを公言できない故に、精神論に傾倒していく。かといって、英米との戦争を絶対に避ける方針で国家を運営することも、軍にはできなかった。明治憲法の定める国家体制は多元化された権力分立体制であり、国会が軍に口出しできなかったのと同様、軍も他の権力機関に口出しできなかったからである。ファシズムが権力一極集中体制を意味するなら、明治憲法体制は未完のファシズムであり、それが、無謀な戦争を避けられなかった一因ではないかと、片山は示唆している。

文章は平易で、論旨は明快である。明快すぎて、多少のツッコミどころはあるが、それは次回作に期待すべきなのだろう。戦前戦後史を学ぶには必読の一冊だと思う。司馬史観を覆したにもかかわらず、司馬遼太郎受賞というのも面白い。

|

« 裁判官の減俸について | トップページ | 内藤頼博の理想と挫折(26) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/192469/57168513

この記事へのトラックバック一覧です: 未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命 片山杜秀:

« 裁判官の減俸について | トップページ | 内藤頼博の理想と挫折(26) »