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2013年4月 3日 (水)

日弁連は、沈黙すべきである(1/3)

 本稿は、大阪弁護士会月報の本年3月号「法科大学院についての私の考え(連載6回)」の第6回掲載記事に、若干の加除をして転載したものです。

 

問題の所在と私見

 

法科大学院制度は、次代の司法を支える優秀な法曹を多数養成する目的で構想された。

しかし、法曹志望者は減少の一途を辿っている。法科大学院の今年の入学者総数は、司法試験合格者数目標値の3000人を下回るだろう。 2000人割れも時間の問題だ。法科大学院の大半が定員割れで、廃校も出ている。大学入試でも、法学部の人気低下と志望者の学力低下が顕著(河合塾の分析)だ。

つまり法曹は、優秀な学生から見放されつつある。理念(宮本[1]、平野[2])や利点(広瀬[3])を並べても、教育内容をどれほど工夫しても、優秀な人材なくして優秀な法曹は生まれない。法科大学院は明らかに、その目的に背馳している。

そこで日弁連内には、法科大学院全廃説と、校数・定員数削減説が対立している。

しかし、私はどちらも支持しない。日弁連は、沈黙すべきである。

 

全廃説と削減説に対する批判

 

全廃説最大の欠点は、分かりにくさだ。法曹志望者激減の主要因は、弁護士の経済環境悪化と就職難にある。法科大学院教育に罪はない。それにもかかわらず、全廃説がことさら教育内容を攻撃するのは、司法試験合格者数を減らしたいからであり、ここに飛躍がある。その結果、ためにする批判になりがちで、法科大学院出身者の反発(広瀬)による会の分裂を招いている。大学院修了を司法試験受験要件から外せとの主張(正木[4]、岸本[5])も、法科大学院制度を瓦解させ、司法試験合格者数を減らす狙いにおいて同じだし、法曹人口問題という本題をあえて避ける議論のやりかたは、ずるいと思う。また、欠点をいくら指摘しても(坂野[6])、制度の出自や支持者を貶めても(藤井[7])、だから全廃というのは、明らかに飛躍している。

一方の削減説も、非現実性では全廃説と五十歩百歩だ。半減(高橋[8])のため廃止校選定作業に入った途端、日弁連は「適正配置」を掲げて、真っ先に潰すべき地方下位校を擁護し、その矛盾した有様が嘲笑を買うだろう。ましてや34校だけ残す(木村[9])なんて、全廃の方がよほど現実的だ。

また、「適正な法曹人口に応じて定員を設ける」(森下[10])というが、誰が「適正」を決めるのか。少なくとも日弁連ではないが、それでよいのか。

司法試験合格者数の決定権限は、かつて法曹三者にあったが、今は剥奪されている。法曹養成検討会議でも、日弁連はオブザーバーにすぎない。日弁連が司法改革の当事者から排除され、法曹人口決定権限を剥奪された現実と理由を、われわれは学ばなければならない。

日弁連は法曹養成問題の当事者でもなければ、何かを決定する権限もない。発言するほど、分裂を露呈して嘲笑されるだろう。会内一致を見た給費制すら復活させられないのに、法科大学院の半減や全廃が、なぜ可能なのか。

だから、日弁連は沈黙すべきである。

 


[1] 宮本亜紀弁護士 本連載第3 回(12月号)執筆者

[2] 平野惠稔弁護士 本連載第6回(3月号)執筆者

[3] 広瀬元太郎弁護士 本連載第4 回(1月号)執筆者

[4] 正木みどり弁護士 本連載第1 回(10月号)執筆者

[5] 岸本由起子 本連載第4 回(1月号)執筆者

[6] 坂野真一弁護士 本連載第2 回(11月号)執筆者

[7] 藤井薫弁護士 本連載第5 回(2月号)執筆者

[8] 高橋司弁護士 本連載第1 回(10月号)執筆者

[9] 木村圭二郎弁護士 本連載第5 回(2月号)執筆者

[10] 森下弘弁護士 本連載第2回11月号)執筆者

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コメント

僭越な言い方で恐縮ですが、先生のおっしゃる趣旨はなるほどと思います(だから現会長は何もしていないのでしょうか? → 皮肉のつもりです。)
 本筋ではありませんが「法科大学院教育に罪はない。」は違和感があります。
 彼らは学生の司法試験受験資格を盾にとり、半ば強制的に授業料を徴収する一方、学生の修了後のことは関係ないとばかり、就職難はギルド社会の弁護士が悪い、企業・自治体が採用しないのが悪い、お前らが新規開拓せよ、と。
 法科大学院は実務法曹を育てることが目的のはずなのに、最も重要な目的である実務への就職のことは知らぬ顔をして、授業料を徴収した後は、他人の批判ばかりしているのではないでしょうか。
 そのような無責任な法科大学院に、受験資格要件という特権を握らせておくべきでない、というのは充分合理的な批判だと思うのですが。

投稿: H.T | 2013年4月 4日 (木) 01時47分

コメントありがとうございます。ご指摘の点、誤解を招く書き方をしてしまいましたが、「法科大学院教育に罪はない」というのは、法曹志望者激減の原因は法科大学院教育にはないという意味であり、法科大学院教育を批判すべきでないという意味ではありません。一般論として教育機関は常にその教育内容を批判的に検討されるべきであり、法科大学院も例外ではありません。しかし、いま法科大学院教育内容を批判する弁護士の多く(というより私の知る全員)は、司法試験合格者数削減の為には法科大学院制度が障害であると考えており、制度を潰し合格者数を減らす目的で教育内容を批判しているので、飛躍がある、と申し上げているのです。それが証拠に、法科大学院教育が改善されれば司法試験合格者数年3000人でよい、と言っている弁護士にお目にかかったことがありません。

投稿: 小林正啓 | 2013年4月 4日 (木) 09時10分

日弁連と単位会は、大幅にコストカットすることで、会員からえげつない徴収をするのをやめてほしいと思う。

日弁連と単位会が若手から搾取して無駄な活動を継続しているうちは好循環になるわけないです。

投稿: | 2013年4月 6日 (土) 07時51分

>H.Tさん
初めまして。
たまたまこのサイト及びコメントを見たのでコメントさせていただきます。
自分は司法修習生です。
法科大学院はなぜ修了後の就職の面倒を見なければならないのか理解に苦しみます。
H.Tさんも法科大学院は実務法曹を育てることが目的と言っているのに、その後で、最も重要な目的である実務への就職と言っていますがこれは論理矛盾ですね。
実務法曹を育てる目的が就職の面倒を見ることとつながらないです。

法科大学院は理論と実務を繋ぐ教育をし、立派な実務家を育てるのが仕事ですよね。
法科大学院の先生達は教育をしっかりしようと、努力されていると自分は実感していました。すごく忙しく、倒れる方もいました。そして、教育がやっとうまく行きだしているそんな時期だと感じています。
まだ10年も経たないのに失敗だなんだというのはナンセンスだと思います。
じゃあ昔に戻せなどと言う人がいますが、じゃあ昔の制度の問題点はどうするのって感じです。
長文すみません。

投稿: @I | 2013年4月12日 (金) 00時29分

@I さん

 小林先生の本ブログの趣旨と離れますので、手短に。
 「引き取り手」のない卒業生は「実務法曹」なのでしょうか。
 「実務法曹」は、実際に仕事をできてこその「実務」法曹なのではないでしょうか。
 卒業後のことは関係ないなどと、どうして言えるのでしょうか?

投稿: H.T | 2013年4月14日 (日) 22時18分

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