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2013年4月17日 (水)

裁判官の減俸について

411日の各紙は、衆議院憲法審査会が憲法改正について議論した際、自民党、日本維新の会及び生活の党が、裁判官の報酬減額禁止を定めた憲法802項の改正を求める考えを示した、と報じた。

憲法802項第2文は、「(裁判官)の報酬は、在任中、これを減額することができない。」と定めている。法律家の間でも案外知られていないが、この条文は、戦前にもあった。裁判所構成法731項に「判事ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ處分ニ由ルニ非サレハ其ノ意ニ反シテ轉官轉所停職免職又ハ減俸セラルルコトナシ」とあるのがそれである。これを憲法に格上げしたのが、802項なのだ。

裁判所構成法時代も、判事の俸給を減額する事件があった。大恐慌後の昭和6年(1931年)、第二次若槻内閣において、全官吏の減俸が企図され、これにあわせて判事も減俸されることになった。多くの判事は裁判所構成法違反と反対し、一部にはストライキの動きさえあったが、政府は、判事全体の減俸は司法権の独立を害するものではなく合法との立場を取った。

現行憲法下でも、平成14年(2002年)と平成17年(2005年)、平成24年(2012年)に判事の俸給の減俸が実施されている。ここでも政府は、国家公務員全体の給与引き下げに伴い、一律に判事全体を減俸するものだから、司法権の独立を害さず、憲法違反ではないとの立場を取った(以上、『司法の位置づけと立憲主義の日本的位相』馬場健一)

もっとも、現行憲法と裁判所構成法を比較すると、「その意に反して」という文言が憲法にないこと、戦前の判事は終身制だったのに対し現行憲法下の判事は10年の任期制であること、を考慮すると、現行憲法下の判事の減俸は例外なく禁止されているとの解釈は成り立つ。かかる解釈上の疑義を避けるため、憲法80条2項を改正した方が良いというのが、自民党の意見のようだ。もっとも、これは建前であり、自民党の本音は、一票の格差訴訟について、最高裁に揺さぶりをかけるのが目的だろう。

さて、この改正案には、反対する法律家が大部分のようだし、私も、今回現実化する可能性は低いと考えるが、大きな視点で見ると、減俸禁止規定の改正はやむを得ないと思う。

その理由は第一に、長期的なデフレが当たり前の世の中が来ている以上、裁判官の給料だけを聖域にはできない、という点にある。

第二に、裁判官に行政官より高い給料を支払う実質的な根拠が見いだせない、という点にある。行政側敗訴の行政訴訟が多少増えてきたとはいえ、圧倒的多数は、行政判断の追認ばかりである。行政判断の追認しかしない裁判官が、行政官より高い給料をもらえる理屈はない。このスタンスが続く限り、裁判官の俸給は減額への道筋を辿るだろう。

改正反対者は、司法権の独立が守れない、と主張する。だが国民は、司法権が独立することで、なにか良い目にあっているのだろうか?そもそも、司法権は独立していたのだろうか?

その根本のところを問わずに、憲法を守れというお題目だけ唱えても、大きな流れに逆らうことはできないだろう。

 

 

 

 

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コメント

特定の裁判官のみの減俸を禁じれば十分かと思いますね。法令に基づいて、一律の減俸であれば、それは財政上の制限から当然の制約ともいえるかと思います。憲法で禁じる俸給削減は、司法に対する圧力とならないように設定されているということを考えれば、特定の裁判官への変更を禁じることで、目的を達成できると思います。

投稿: | 2013年4月17日 (水) 11時48分

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