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2013年5月13日 (月)

内藤頼博の理想と挫折(28)

占領下の日本で、裁判所法起草の中心となり、給費制を創設するなど、現代司法制度の礎を創ったのは、内藤頼博(よりひろ)判事ら、戦後の日本人法曹である。彼らが描いた理想と挫折の軌跡を追う。

平沼騏一郎と内藤頼博(7)

三宅正太郎は、明治20年(1887年)、海軍中将の父のもと東京府に生まれ、学習院初等科から一中、一高を経て東京帝国大学から司法官試補となった。大正8年には司法省に入って検事兼司法省参事官・民事局兼務になり、昭和9年に東京地裁所長に就任している。海軍エリートの子に生まれ学習院に入学するという「毛並みの良さ」と、典型的なエリートコースを歩んでいることが分かる。

平沼騏一郎による「司法支配」の文脈で観察するなら、この時期にエリートコースを歩んでいるということは、平沼の眼鏡にかなう人物だったという推測も成り立つ。

戦後は昭和2010月に大阪控訴院長に就任するが、翌年2月に退官して弁護士になった。同年7月には公職追放の対象になっている。公職追放については、GHQ内に異論もあったようだが、基本的には、A級戦犯として逮捕された平沼騏一郎の系譜に属するとみられたのかもしれない。

三宅が「体制派」に属することを示すエピソードとしては、丁野暁春判事(東條演説事件に対抗する対談『戦時下の司法道』を行った裁判官)が『司法権独立運動の歴史』に、次のとおり記している。

「昭和15年の終わりごろか、あるいは16年の初めごろか、当時勇名を馳せた柳川平助将軍が法相となり、これまた司法界のホープとして名声噴々たる三宅正太郎氏が(司法省)次官となり、裁判所の空気一新が喧伝されはじめた。そのころ、東京民事地裁・区裁の主だった者が、大臣就任の披露の趣旨で昼食に招宴されたことがあった。そのときの三宅氏は、詰め襟カーキ色の軍服様の国民服に、紫色の組紐の襟章をつけ、威風あたりを掃う大将軍の傍らに颯爽たる威厳を見せ、軍国司法の総指揮官とはまさにかくのごときものかと思わせるほどであった。わたくしは三宅氏までちがってきた、 裁判所にとってはただごとではないぞと思ったのだが、はたして氏は劈頭一番、皇国未曾有の非常時に際し、現在の民事裁判所はいったいなにをしているかと叱咤し、熊谷直実が武士を捨てたのは鎌倉幕府の裁判ゆえでもあるぞ、と説き、自分は現在の民事裁判所を信頼しない、もし自分の親戚に民事訴訟を起こそうとする者があったら断じてこれを止める、とまで言明した。

柳川法相は、この後間もなく昭和165月の司法官会同で、『…若し司直の府に在る者、仍ほ旧套を墨守して社会の推移に順応するの用意なくば、司法官としてその職責を尽すこと能わざるは勿論逆に司法の威信を失墜するの虞ありと謂はねばなりませぬ』と訓示しているのである。

これは三宅次官の作文と思われるのであるが、この訓示の前駆をなすものが、すなわち本件三宅次官の言明であったのである。そして右柳川法相の訓示は、昭和19年の内閣総理大臣東条英機の司法権弾圧の訓示に連なるのである。」

昭和165月の司法官会同における三宅次官の発言については、家永三郎著『司法権独立の歴史的考察』にも、「殊に現在の時局下、あらゆる官吏が国家施政の正しく行はるるために有機的に協力すべきことを求められておる際、判検事が自己の持ち場を消極的に固守するだけでは、その任を尽したりとは申せないと考へます。」と記されているところである。

また、「さつき会」のメンバーであった松本冬樹判事は、同じく「さつき会」に所属していた古川正俊判事が、司法省入りを三宅によって勧誘されたこと、「その勧誘の執拗であったことをよく知っている」と記している。三宅自身が「判事を強ひて司法省に入らしめやうと努める必要ありと思ってゐなかったし、又ことはる古川君の態度にも好感を持ち得たので、更に執拗にすすめることはしなかった」[1]と述べたことをわざわざ引用して否定していることからして、三宅に対する相当の反感が窺われる。


[1] 『裁判今昔』31

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