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2013年5月22日 (水)

『近代日本の右翼思想』片山杜秀

信じてもらえないかもしれないが、『こんな日弁連に誰がした』を執筆するにあたり、一番勉強したのは、戦後左翼思想の系譜だった。なぜなら、司法制度改革を推進した弁護士にも、反対した弁護士にも、その中間にいた弁護士にも、それぞれ左翼弁護士がいて、彼らなりの左翼理論を主張し、対立していたからだ。だから、戦後左翼思想の系譜を勉強すれば、彼らの対立軸が多少理解できるかと思ったのである。

だが、さんざん勉強したあげくたどり着いたのは、「左翼思想を分類しても意味がない」という結論だった。教典(例えば『資本論』)や理想(革命)を共有するのに、理論的一貫性や整合性にこだわるあまり、細かい分裂を重ね、近親憎悪的にいがみ合う人たち。十把一絡げに「サヨク」という感覚は、案外直感的に正しいのだろう。

一方の「右翼」は、定義としては「左翼」ではなく「保守」と対立する概念だと、筆者の片山杜秀は言う。言い換えれば、「保守」の反対語である点においては、「右翼」も「左翼」も同類なのだ。

すなわち、現状を肯定するのが「保守」であり、現状を否定するのが「左翼」と「右翼」である。現状を否定する点では「左翼」も「右翼」も同じであり、ただ、否定の根拠となる理想を「未来」に求めるのが「左翼」、「過去」に求めるのが「右翼」であるという。

しかし、日本の右翼思想は、このような理念的分類になじまない。日露戦争に勝利し、第一次世界大戦では戦勝国側に名を連ねた日本は、急激な近代化、工業化、都市化が進み、旧来の価値観が崩れてしまった。この現状を否定する左翼は、理想をプロレタリア革命に求めたが、右翼は、理想を過去に求め、その中心に農業司祭であり記紀神話の中心であった天皇を据えた。

しかし天皇を神格化するほど、その天皇が現存する現状を肯定せざるを得なくなる。この矛盾の前ににっちもさっちも行かなくなった右翼は、合理的科学的な発想を放棄し、全人格的に天皇に帰依することを理想とするようになる。こうなると、日本の右翼は一種の宗教と変わらなくなるが、宗教と違うのは、教典がないところだ。その結果、右翼が理想とする天皇は、昭和天皇や今上天皇といった生身の肉体を持つ天皇ではなく、個々人の中で理想とされた天皇であり、想念としての天皇となる。個々人が忖度する天皇の意思はバラバラであり、実在する天皇の意思とすら一致しない。この考え方によれば、天皇の意思を体現すると信じて226事件を起こした青年将校など、日本の右翼思想の典型ということになるのだろう。こうして日本の右翼思想は、現状否定と天皇制肯定の狭間で「頭脳」を失い、「からだ」だけが残るのだ。

論旨は明快であり、明快すぎて眉唾な部分もあるが、日本人の思想体系を読み解く視点ないし補助線としては、とても有意義ではないかと思う。

内田樹によれば、「辺境の民」である日本人は、「日本人とはなにか」を規定する原理を持たない。それでは不安なので、いつも「きょろきょろ」しているという。片山杜秀によれば、きょろきょろしたあげく、千年以上にわたり、一つの家系が、程度の差こそあれ「元首」でありつづけたという、特異な歴史に「原理」を見いだしたのが、近代日本の右翼思想なのかもしれない。しかしその中心にいる天皇すなわち「ミカド」は「空虚」であり、「からっぽ」であると喝破したのが猪瀬直樹であった。

教典を持たず想念だけ共有する右翼は、左翼のような理論的分裂の契機を持たないから、団結力は一見強いけれども、その共有する想念が巨大な空虚であるため、結局は左翼よりもバラバラ、ということなのかもしれない。

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