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2013年5月10日 (金)

敗因を「やる気のなさ」に求める指導者について

本年56日発行の商事法務『法と実務』9巻(日弁連法務研究財団)に、拙著『こんな日弁連に誰がした?』が引用されていた。

引用したのは菊地裕太郎弁護士。東弁の現会長が引用してくださるとは、名誉なことであるが、その文脈にとても違和感があったので、一言申し上げておきたい。

まず、引用してくださったのは、次の箇所である。

「日本は、弁護士過剰時代を迎えつつある。かといって、訴訟社会化しているわけではない。過払い金事件を除いた実質的な民事訴訟件数は、ここ数年で半減したといわれている。裁判という市場が縮小しているのに、パイを奪い合う弁護士が大幅に増やされたのだ。

そのしわ寄せは若手弁護士に及び、新人が就職難に陥っている。『ノキ弁』「即独』「ケータイ弁』という言葉がマスコミを賑わせる。加えて、法科大学院の乱立は、400万円以上ともいわれる多額の費用にもかかわらず、司法試験の合格率を2割台に落としつつある。

こういった就職難や合格率の低下は、法曹界からの人材離れを招き、新人弁護士の学力低下を表面化させている。また、若手弁護士は、先輩たちが大増員のツケを若手に押しつけ、逃げを決め込んでいることに気づき始めている。日弁連は世代間で分裂するだろう。」(11頁)

この引用に続けて菊地会長は、「ここに象徴されている『反』ないし『嫌』司法改革の気分は、著者の思惑いかんに拘らず今後の司法改革運動ひいては日弁連のあり方に、以下のような大きな暗雲をもたらす」として、①改革意欲の減退、②内向きの消極的な議論、③日弁連の求心力低下、を「暗雲」として列挙している(『法と実務』9143頁)。

菊地会長の指摘する「暗雲」について、特に異論はない。①から③まで列挙されているとおりの事象が起きていることに間違いない。

だが、その「暗雲」をもたらすものが、「ここに象徴されている『反』ないし『嫌』司法改革の気分」だという下りには、大いに異論がある。この「暗雲」をもたらしているのは「気分」などという、ふわふわしたものではない。現在の弁護士業界に存在し、実体のある「事実」そのものだ。その「事実」をどうにかしない限り、「暗雲」がなくならないと知るべきである。

ところが、菊地会長の論考は、諸悪の根源が「気分」にあるとの前提だから、対応策は当然、精神論だ。曰く、「第一に、司法改革の歴史的意義に対する認識を伝承し、共有化し、前進の糧としていく作業が不可欠」だそうな。でも、精神論で「事実」は変えられないよ。大和魂でB29は落とせなかったでしょう。悪いけど。

東弁は会長選挙があり、司法改革反対派の候補者がいたそうだから(惨敗したとは聞いているけれど)、菊地会長の論考が、対立候補の主張を念頭に置いたものである点は、やや甘く見てあげないといけないかもしれない。しかし、晴れて日本最大会派の会長になった以上、言うべきことはほかにあるはずだ。戦争にしろスポーツにしろ、負けそうなときに、原因を部下の「やる気」に求めたり、「精神論」を振り回したりする指導者は、あまり尊敬されないと、相場は決まっている。

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コメント

久し振りに拝見させて頂き、さすが先生と感服いたしております。この国で一番病んでいるのが、一番保守的なのが今の法曹界(裁判官、検察、警察、弁護士)だと考えております。「精神論」では救えませんから。
先生の中坊公平批判を真から理解される弁護士先生が果たして大阪弁護士会に何人おられるのかと?考えると残念でなりません。

投稿: れいこ | 2013年5月14日 (火) 01時11分

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