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2013年8月19日 (月)

『風立ちぬ』と『秒速5センチメートル』

宮崎駿の『風立ちぬ』を見たので、感想めいたことを書こうと思う。

ただ、ありきたりなことを書いてもつまらないので、ちょっと違う視点から。

それは、新海誠監督の『秒速5センチメートル』(2007)との関係である。

テスト機を工場から飛行場まで運搬するシーンがある。見送りながら、主人公の親友が、「牛に引かせて時速3キロで運ぶんだ」と吐き捨てるところだ。

これとほぼ同じ台詞が、『秒速5センチメートル』に登場する。種子島の女子高生が、片想いする主人公と二人で帰宅する途中、運搬途中のロケットに遭遇する。女子高生は、『(運搬速度は)時速5キロなんだって』とつぶやくのだ。

文脈は違うが、どちらも、高速で飛翔する最新鋭の機体が徒歩程度の速度で移動するギャップを指摘している。そして、宮崎駿が新海作品を見ていないとは考えられない。そうだとすれば、この台詞は、新海作品に対する表敬、もしくは挑戦ではないだろうか。ありていに言い直せば、宮崎監督は、新海作品への強烈な嫉妬、ないし対抗心を抱いているのではないだろうか。『風立ちぬ』は『秒速5センチメートル』に対する、宮崎監督からの回答であるとともに、日本アニメ界を牽引すべき者としてなされた、挑戦でもあるのではないだろうか。

宮崎監督は、本作品で、二つの挑戦をしていると思う。

一つは、これでもか、というほど緻密な、風景や現象の描写だ。夜空をはじめとする空間と自然の圧倒的な描写力が新海監督の十八番であることは論を俟たない。『風立ちぬ』で、宮崎監督は、突風や通り雨、明治を彷彿とさせる旧家など、随所に圧倒的な描写を尽くしてみせる。

もう一つは、現実的でリアルな、普通で平凡な人間そのものの描写に挑戦したところだ。帽子を追いかけて灌木に突っ込むといった漫画的な表現の合間に、どきっとするほどリアルな描写をしてみせる。それは寝返りや、煙草を吸う仕草といった何気ない所作だが、まるで人間そのもののような動きは、宮崎が紛れもなく、天才アニメーターであることを証明している。

『風立ちぬ』の主人公は、平凡で普通の人間だから、普通の人間並みに愚かでもある。宮崎は、火の粉が降りそそぐ火事場や、結核を病む妻の傍らで煙草を吸うシーンなどを通じて、主人公がごく普通の人間であることを繰り返し確認している。『風立ちぬ』の主人公は、漫画映画の主人公のような、理想像ではない。実写映画なら当たり前のことだが、アニメでは約束だった。この映画は今までのアニメとは違う、ということを、念押しする必要があると考えたのだろう。

ところで、普通の人間をアニメの主人公にするとき起きる問題は、話が二時間持たないことだ。その証拠に、ごく普通の人間を主人公とする新海作品は、おおむね短編である。そこで宮崎は、激動の昭和初期と悲恋を舞台に設定し、主人公の生きた時代そのものを描くことによって、完成度の高い一つの物語を成立させたのだと思う。「映像作家」である新海監督に対する、「ストーリーテラー」である宮崎監督の、面目躍如といったところだろうか。

普通の人間をリアルに描くことによって、アニメ映画は、大人向けの実写映画に接近していくことになる。それと同時に、「なぜ実写すればすむ画を手間暇かけて描くのか」という問いを抱え込むことになる。だが、自然や風景や建物は、どれほど緻密に描いても、実写にはならず、アニメ独自の世界を展開させることができる。このことは、宮崎アニメだけでなく、新海監督の描く風景(『秒速5センチメートル』)、細田守監督の描く里山(『おおかみこどもの雨と雪』)などが証明している。

そうだとすれば、ごく普通の人間を、リアルに表現したアニメもまた、実写映画とは違う表現手段たり得るのではないか。少なくとも挑戦する意義はある。成功すれば、アニメは「大人の映画」になり、市場を大きく広げることができる。宮崎監督は、こう考えたと思う。

『アバター』に代表される実写映画のアニメ化、日本の少子化と若手アニメーター不足など、宮崎監督は日本アニメの将来に、かなり切迫した危機感を抱いている。『風立ちぬ』は、日本アニメ界の先導者である宮崎監督の、一つの挑戦であり、答えでもある。

この挑戦が成功するか否かは、まだ分からない。だが私は、挑戦そのものを、支持したいと思う。

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