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2013年10月 7日 (月)

ターミネーターはよいサラ・コナーとわるいサラ・コナーを見分けられるか?

926日のNHKクローズアップ現代は、「ロボット兵器が戦争を変える」と題して、進捗著しいロボット兵器に対して警鐘を鳴らしているが、ちょっと残念な内容だった。

番組が主として指摘した問題点は、遠隔操作性と自律性の2点だ。

遠隔操作性の代表として、米軍の無人機「プレデター」が登場し、テロとの戦いに戦果を挙げる一方、絶えない誤爆や、攻撃者と被攻撃者の極端な安全性の不均衡を指摘している。安全性の不均衡とは、被攻撃者はまるで無防備なのに、操縦者は米国本土のオフィスでコーヒーを飲みながらジョイスティックを操作している、ということだ。番組によれば、ある米軍退役軍人は、「勤務時間中」には戦争を「勤務時間外」にはデートをして、退役時には「君は1600人を殺した」と上司に褒められたと言う。

一方、自律性とは、攻撃するか否かを自分で判断する能力のことである。ロボット走行車を開発するイスラエルのメーカーの社長は、「技術的にはすぐにでも実現可能」と胸を張っていた。

全体として、「ロボット兵器とはなんて恐ろしい!」と訴えかける内容だが、「残念」と評価せざるを得ないのは、ピントがずれているからだ。

まず遠隔操作性だが、攻撃者と被攻撃者の安全性の不均衡や、誤爆の問題は、ロボット兵器に限った話ではないし、ロボット兵器に限って深刻ということもない。遠隔操作兵器とは、要するに「飛び道具」のことであって、そのもたらす攻撃者と被攻撃者の安全性の不均衡は、投擲器や投げ槍の発明、つまりは人類史と同じくらい昔から発生していた。誤爆も、航空爆撃やミサイルの登場とともに発生していた問題であって、ロボット兵器に特有の問題ではない。インタビューに答えたプレデターのもと操縦者は、テレビゲーム感覚で戦争をしてしまうと訴えていたが、弾道ミサイルの発射ボタンを押す兵士に比べれば、まだ、人間くさい戦争といえる。

次に自律性だが、これも、ロボット兵器に限った話ではない。自律性を持つ兵器とは、要するに「罠」のことであり、これもまた、人類史と同じくらい古い。近代兵器に限ってみても、地雷は典型的な自律兵器だが、普通はこれを「ロボット兵器」とは言わない。

つまり、番組が指摘するロボット兵器の恐ろしさや問題は、ロボット兵器特有のものではないし、今に始まった問題でもないし、ロボット兵器に限って深刻な問題でもないのだ。「ピントがずれている」と言ったのは、そういう意味である。

では、ロボット兵器の本当の問題は何か。それは、現在の技術水準では、攻撃対象識別能力に信用がおけない、という点にある。平たくいうと、そのロボット兵器が「敵」と「味方」と「第三者」を正確に識別して攻撃したりしなかったりすることが、完全には保証されていない、ということだ。味方に電子タグを持たせれば良いというかもしれないが、そのセンサーが正常に作動している保証はない。保証がないとなれば、そのロボットは、突然自分に発砲するかもしれない。これではひとりで歩き回る地雷や、頭のいかれた兵士や、猛獣が近くにいるようなものであり、剣呑この上ないのである。

軍の立場で見ても、いつ味方に発砲するか分からないロボット兵器では、同じ戦場に生身の兵士を投入できないことになる。民間人が多くいる市街や、自国民や同盟国民がいる可能性のある場所でも、ロボット兵器を使用できない。これでは戦争には使えない。逆説的だが、兵器の第一条件は、使用者にとって「安全」だということであり、ロボット兵器も例外ではない。完全自律型ロボット兵器の制式採用は、まだまだ先のことだろう。

番組では、「今年5月、国連の専門家は、人間の判断なしに攻撃を行うロボット兵器の開発は、凍結すべきだとする提言を出しました」と述べているが、提言のサマリーを読む限り、完全凍結ではなく、戦時国際法や交戦法規を遵守できるロボット兵器の開発を指向するものであって、NHKの指摘とはだいぶんニュアンスが異なるように思う。

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