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2013年10月16日 (水)

『やさしいライオン』の失われたページ

やなせたかし氏が亡くなられた。大往生とはいえ、喪失感は大きい。ご冥福をお祈りしたい。

いまの子どもにとって、やなせたかしは当然アンパンマンだが、私にとっては『やさしいライオン』だった。いつも震えている雄ライオンのブルブルは、犬のムクムクに育てられるが、大きくなると、引き離され、サーカスに売られてしまう。だがある雪の夜、ブルブルは母親の子守歌を夢に見て、檻を飛び出し、母犬のもとに駆けつける。だが、たてがみをなびかせて駆け抜けるライオンに街は大騒ぎ。軍隊が出動してブルブルを追う、というお話だ。

小学生にはなっていたと思うが、その衝撃は、後の『デビルマン』や『ミノタウロスの皿』に匹敵し、大人になっても、全ての場面を明確に記憶していた。

父は転勤族で、引越の度に大量の本を捨てていた。だが子どもにとっての名作は、親にとっても捨てがたいのか、子どもがみな絵本を卒業しても、『やさしいライオン』は、我が家に残されていた。だが、きっと本がぼろぼろだったのだろう、いつの間にか捨てられ、記憶だけの存在となっていた。

実は、私がamazonで最初に買った本が『やさしいライオン』だった。ネット上で再会したうれしさの余り、親の分と二人の弟の分をあわせ、計4冊を購入して配った。親兄弟も思い入れがあったらしく、大変喜んでくれた。時代を越えて残る本というのは、そういうものなのだろう。

だが、一点、腑に落ちないことがある。私の記憶にあるページが、購入した本にはないのだ。サーカスを脱出し、母親のムクムクと再会したライオンのブルブルは、兵士に囲まれてしまう。撃たれる直前、ページいっぱいにブルブルの顔が描かれる、そのページが、記憶にあるのに、本にはない。たてがみを逆立て、怒りに燃えるような、悲しみにうちひしがれたような、何とも言えない『やさしいライオン』の顔。このページは、どこに行ったのだろう。初版にはあったのに改訂版から消えたのか、紙芝居にだけあったのか、それとも、子どもの私が作り出した偽の記憶か。私にとっては、謎のままである。

 

 

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コメント

「やさしいライオン」で検索して、こちらにお邪魔しました。
ご記憶のページは私も覚えています。あれはおっしゃる通り、初版だけの絵です。というより、改訂版は全て描き直されているそうです。初版の表紙のムクムクがブルブルを背負って歩く絵を今でも覚えています。

「チリンのすず」もすごい話でしたね。

投稿: 通りすがり | 2013年10月17日 (木) 00時56分

通りすがりさん、長年の疑問が解けました。ありがとうございました。初版本、一度読んでみたいです。『チリンのすず』はたぶん未読なので、今度読んでみますね。

投稿: 小林正啓 | 2013年10月17日 (木) 13時06分

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