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2013年11月11日 (月)

たたかえジンケンマン

ジンケンマンは悩んでいました。

「みんなの幸せのため、こんなにたたかっているのに、なぜみんなは僕を好きになってくれないのだろう」

「修行が足りないにちがいない」

ジンケンマンは、福岡の山で修行して、必殺わざの「当番パンチ」を編みだしました。

「パンチのエネルギーはどうやって補充するのですか?」

新聞記者の質問に、ジンケンマンは、自分の顔をむしり取って、食べました。

「なんとすばらしい奉仕の精神だろう」

フラッシュの雨の中で、ジンケンマンは幸せでした。

ジンケンマンは人気者になりました。「ひまわりパンチ」とか、「こうせつパンチ」などの必殺わざを、次々とあみだしました。

エネルギーが足りなくなったときは、自分の顔をむしり取って食べました。

ジンケンマンの顔は、どんどん小さくなっていきました。

「パン屋さん、新しい顔に取りかえてくれませんか?」

パン屋さんはこたえました。

「すまんが、パン生地が足りないのだ。いま、ジンケンマンジュニアをたくさん作っていてね。せかいのすみずみに、ジンケンマンジュニアを送り込むためさ」

「ジンケンマンジュニア!すばらしいですね」

ジンケンマンは目を輝かせました。

「ぼくも、がんばらなくっちゃ」

そう言うと、ジンケンマンは、顔の一部をむしり取って食べてから、飛んでいきました。

「がんばってねー」

子どもたちが叫びました。でも、パン屋さんは、首を振りながら言いました。

「言っても無駄だよ。ジンケンマンは今、自分の耳を食べたから、もう何も聞こえないんだ。いまに脳みそも食べつくすだろう」

「かわいそう。ジンケンマン、死んじゃうの?」

パン屋さんはこたえました。

「ジンケンマンは死なない。成仏するんだ」

ジンケンマンの飛び去った空を、夕日が赤く染めていました。

おしまい

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コメント


一点だけ、疑問に思うのは、ジンケンマンは、必殺技「当番パンチ」を編み出して、本当に人気者になれたのでしょうか。

せっかく「当番パンチ」を編み出したのに、人気者にもなれなくて(それなのに自分は人気者だ、活躍をみんなに求められているのだ、と勘違いして?)、次々と自分を食べなければエネルギーが不足してしまう必殺パンチを編み出していったのかもしれませんね。

悲しすぎる。

投稿: 坂野真一 | 2013年11月14日 (木) 18時47分

坂野さん
コメントありがとうございます。
福岡は、大分とともに、当番弁護士発祥の地であり、この取組は、少なくとも当時、マスコミに絶賛された、とされていますし、実際そうなのだと思います(大川真郎弁護士『司法改革 日弁連の長く困難なたたかい』の33ページ以下)。

投稿: 小林正啓 | 2013年11月17日 (日) 17時27分

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