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2014年1月14日 (火)

顔認証技術の現在について

顔認証技術に対する社会の関心が高まり、その種の相談が増えた。ありがたいことだが、中には、「イオンに行っても西武に行っても、店員さんが全員私を知っていて、指さされる。私の顔認証データが流通しているのではないか」といった相談も多い。だが、あなたが007のような国際的なスパイか、オサマ・ビンラディンのような著名なテロリストでないかぎり、この種の心配は無用だ。

現在の技術水準では、顔認証の能力はさほど高くないし、費用対効果も芳しくない。普及を妨げる技術的費用的問題も数多い。そのへんの一般市民を追跡するなら、探偵を一人雇った方がずっと安くて確実だが、それでも年間1000万円を超える費用がかかる。まして、顔認証システムによって、「イオンに行っても、西武に行っても、店員さんが全員私を知っている」状態を作るためには、なん億というお金が必要である。だから、「どこへ行っても私の顔が知られている」と思うなら、「私は赤の他人から、数億円のお金をかけて追跡される価値のある人間だろうか?」と問い直した方がよい。価値がないと思うなら、「顔認証システムに追跡されている」以外の原因を検討した方が現実的だ。

なぜ、顔認証技術の能力はさほど高くないのだろう。

監視カメラが、顔認証を行うためには、まず、画像全体から、そこに写っている人間の顔を切り出して認識する必要がある。最近のデジタルカメラは、自動で人の顔を認識し、四角で囲む機能を備えているが、この機能が「顔認識」だ。

だが、「はいポーズ!」と言ってカメラの方を向いてもらった場合はともかく、カメラ目線でない顔をコンピューターが認識するのは、実はとても難しい。横を向いていたり、強い光によって顔の半分が影に隠れていたり、遠かったり霧に煙っていたりするだけで、顔認識成功の確率は大きく下がってしまう。到底、人間の能力には及ばないのだ。

この問題は、実は「見る」という行為の本質と、大きく関わっている。我々が「見る」のは、網膜に写った画像そのものではない。網膜に写った画像に対して、一定の取捨選択を行ったり、解釈を加えたりして脳が認識するものが、「見る」という行為の本質である。この取捨選択や解釈は、動物の種族によって違う。猫科の動物が、動くものに多大な興味を示すのは、彼らの脳が、進化の過程で、動くものを優先的に認識するよう、チューンナップされてきたからだ。

われわれホモ・サピエンスは、高度な集団生活と社会性の獲得によって、地球の王者になった。その進化の過程で、人の顔を見分ける能力が極度に発達している。遠くても、横を向いていても、その一部しか見えなくても、人の顔と認識するばかりか、知人を見分ける能力があり、さらには、その表情から感情を読み取ることができる。この能力は、極めて発達しているため、しばしば行きすぎるほどだ。たとえば、3つの●が逆三角形に並んでいる様や、自動車のフロントグリルを顔と認識することは、皆経験していることだし、天井の木目や、写真の背景に人の顔を見つけて「幽霊だ!」とおびえるのも、顔認識能力が高度にチューンナップされた脳がもたらす幻想だ。

 

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