第三者機関(プライバシー・コミッショナー)への「事前相談」と「通信の秘密」について
政府IT戦略本部が平成25年12月20日に公表した「パーソナルデータの利活用に関する制度見直し方針」は、「パーソナルデータの保護と利活用の促進を図る」ため、第三者機関(プライバシー・コミッショナー)を設立するとともに、「プライバシーに配慮したデータ利活用の促進を図る観点」から、「罰則のあり方、法解釈・運用の事前相談の在り方」等を検討することを、政府の方針とした。
この第三者機関というのは、EUを中心とする諸外国ですでに導入されている「プライバシー・コミッショナー」制度の日本版である。行政組織ではあるが、政府の監督からは一定の独立を保っていて、パーソナルデータの流通を監督し、違法行為があれば、一定の命令や制裁を科すことができるし、捜査権限を付与された例もある。但し、「法解釈・運用の事前相談」制度を他国が導入しているかどうかは、不勉強にして知らない。
その「法解釈・運用の事前相談」というのは、たとえば、某鉄道会社が顧客の乗降履歴データを他社に譲渡する際、どの程度匿名化すれば適法になり、譲渡してよいのかを第三者機関に事前に相談する、というイメージなのだろう。相談を受けた第三者機関は、データの提供を受けてその内容を調査し、匿名化が十分かどうかを判断することになる。
だが、このような事前相談を第三者機関が行うことは、憲法の保障する「通信の秘密」を侵さないのだろうか。
「通信の秘密」は、憲法21条2項によって保障されている。
ここに「通信」とは、「郵便・電信・電話・信号などを使って意思や情報を伝達すること」(広辞苑)をさす。某鉄道会社が乗降履歴データを他社に譲渡することは、手段を問わず「通信」にあたる。
ちなみに、電気通信事業法4条1項は、「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない」と定めており、違反者には2年以下の懲役又は100万円以下の罰金が科される(179条)という重い罰則が科せられる。たとえば、総務省の、「利用者視点を踏まえたICTサービスに係る諸問題に関する研究会 第二次提言」は、「DPI技術を活用した行動ターゲティング広告」について、問題となっているデータは通信の秘密の保護対象に該当するうえ、正当業務行為として一般的に違法性が阻却されるとはいえないから、個別の同意がない限り、電気通信事業法に違反すると結論づけた。
このように、情報流通の主務官庁といえる総務省は、電気通信事業者による通信の秘密の侵害について、厳格な態度で臨んでいる。
但し、これは民間事業者を規制する「法律」のお話し。憲法21条2項が直接禁止しているのは、政府機関による通信の秘密の侵害だ。第三者機関(プライバシー・コミッショナー)も、政府機関であることに変わりはないから、問題となるのは電気通信事業法ではなくて、憲法ということになる。そして、第三者機関が某鉄道業者から顧客の乗降履歴データの開示を受け、その内容について調査することは、憲法上保障された「通信の秘密」を侵害しているように見える。
もっとも、憲法上の保障といえども絶対ではなく、必要最小限度の制限は許される。たとえば捜査機関による盗聴(通信傍受)は、通信の秘密に対するれっきとした侵害行為だが、平成11年12月16日の最高裁判決は、重大事件などの厳格な要件をあげたうえ、捜査令状による通信傍受は合憲と判断したし、「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」は、武器・麻薬の密輸等の一定の組織的犯罪の捜査に限定して、傍受令状による通信傍受を認めている。
また、外為法25条は、武器や武器製造技術など、一定の技術情報を外国人などに提供する際には、経産相の事前許可が必要と定めている。これも、情報移転に際して、その内容と譲渡の相手方とを政府機関に申告するよう義務づけるものだから、通信の秘密の侵害であることは明白だが、なにしろ「国際的な平和及び安全の維持」が目的なので、必要最小限度の事前規制はやむを得ないと解される。
だが、第三者機関(プライバシー・コミッショナー)が守る法益は、国民のプライバシーだ。たしかにプライバシーも大切な基本的人権だが、政府機関による事前調査や判断を一般的に適法にするほどのものだろうか。もし、プライバシー権保護を理由とする政府の事前規制が許されるなら、名誉毀損のおそれのある表現や報道の事前規制も許されてよいことになるが、これを是とする見解は、ごく少数だろう。
では、政府が掲げるのは、「法解釈・運用の事前相談」であって任意だから、通信の秘密の侵害にはあたらない、という考えはどうだろうか。たしかに、電気通信事業法の保護する通信の秘密は、事前同意があれば侵害されない。しかし、国家機関についても、同じ考えでよいのだろうか。「新」個人情報保護法は、一定の匿名化処置を施したデータは自由に譲渡できると定めることが予想されているが、必要とされる匿名化の程度は曖昧であり、しかも、違反者に莫大な課徴金が課せられるとなれば、企業が第三者機関に事前相談を行わないという選択肢は、事実上存在しないだろう。つまりは任意の事前相談とはいえ、事実上の強制にほかならない、という指摘は成り立ちうるところだと思う。
最後に、「通信の秘密」を保護する憲法は、事前のみならず事後規制も禁止している。したがって、譲渡された情報が国民のプライバシー権を侵害したとして、事後的に情報の内容を取り調べることも、通信の秘密への侵害行為となりうる。だが、第三者機関(プライバシー・コミッショナー)を設け、パーソナルデータの流通を監督させる以上は、当然、必要最低限の事後規制は許されることになろう。しかし、事前規制については、事後規制とは異なる検討がなされて然るべきではなかろうか。
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コメント
家族が死ぬと必ずと言っていいほど仏壇屋から電話がくる。あれは死んだ人には、プライバシーがないという観点から役所が情報提供しているとしか思えない。
投稿: はるな | 2014年4月 1日 (火) 13時28分