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2014年3月19日 (水)

クレーマー主義について 再

山梨市が、18日に予定していた社会学者上野千鶴子氏の講演会を急遽中止した。314日の産経新聞のニュースサイトによると、「市民から『問題発言の多い上野さんを公費で呼ぶことはおかしい』などの意見が複数寄せられ」たからだという。

ところが、317日の朝日新聞によると、同日になって山梨市は一転して、開催を決定した。朝日新聞のニュースサイトによると、「市民から開催を求める意見が相次いだことから、市の担当者が望月清賢(せいき)市長に翻意を促し、一転、開催が決まった」のだという。

やれやれ、である。

人や集団が、物事に関する意思を決定する際に依拠(よりどころ)とする行動規範を「主義」という。議論と多数決を意思決定の依拠とするのが民主主義で、出資額の多寡を依拠とするのが資本主義だ。これに対して、その時々に浴びせられる大声を意思決定の依拠とする行動規範を、私は「クレーマー主義」と呼ぶことにしている。

昨年も、松江市の教育委員会が、学校図書室での『はだしのゲン』の閲覧を制限し、後に撤回した。これもクレーマー主義が、上野千鶴子氏の件で山梨市が依拠とした行動規範も、典型的なクレーマー主義といえる。

最近、クレーマー主義が話題になる回数が増えてきているような気がする。特に、安倍首相の思想や表現に関わる分野で、クレーマー主義の集団が増えている。非常に危険だと思う。

クレーマー主義はなぜ危険なのだろう。それは、民主主義の仮面をかぶりながら、その実、民主主義とは対極の本質を持つからだ。こういう面従腹背の怪物に比べたら、裏表のない独裁君主の方が、よほどつき合いやすい、と私は思う。

民主主義の特質は、意思決定に時間がかかる、という点にある。なぜかというと、構成員それぞれに、考えが違うからだ。健全な教育を受け、一定以上の知的能力を持つ個人が集まれば、一人ひとりの意見が違って当然である。だから時間をかけて説得し、利害を調整し、多数を獲得する手続が必須となる。その結果、極端な意見は淘汰されていく。近代民主主義は、このような自律的個人の存在を前提にしている。

ところが、クレーマー主義者が多数を占める集団では、説得と利害調整はほとんど必要ない。必要なのは、「デカイ声」だけだ。それだけで、クレーマー主義者は争ってその意見に従い、ただちに圧倒的多数派が形成されるだろう。つまりクレーマー主義は、一見、民主主義と同じプロセスを辿りながら、その実、多数派ですらない意見に、多数派の権威を与えてしまう。その結果、極めて極端な意見が、いかにも熟議の結果のような顔をして、集団の意思とされていくことになる。

だから戦前に戻る、また戦争になる、という類の言説を、私は好まない。しかし、こういった事例に接すると、戦後民主主義なり、近代的国家化の失敗を感じざるをえない。自治体の首長や、教育委員会がクレーマー主義を標榜する国家において、自律的個人が育つはずはないのだから。

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コメント

難しい事は、判らないが、偏にクレーマーと言っても、その内容は多種多様。たとえば、消費者一人のクレームが後々、大きな問題になった、何とか石鹸とか、カネ〇ーの乳液なんか、被害が多数になってから動き出してる。
年金問題がいい例じゃないか。クレームとクレーマーは違う。

投稿: はるな | 2014年3月20日 (木) 11時22分

このような主義はこの社会のすみずみにまで浸透しているように思います。クレーマー主義がなくならない理由をさらに追求すると、「合理性」が尊重されないという点に行くつくように思います。
民主主義における議論・討論はそのルールとして合理性(適切な事実を前提とした正しい推論に基づく判断)を大前提としていると思うのですが、そういったことが社会通念としてあるようにはどうも思えません。
そうだして、それがなぜなのか、近代国家化の失敗とも言えるかもしれませんし、日本の歴史を見ると、そもそもそんなことに興味がある者は非常に少数で、興味を持たないこと自体が社会生活上合理的であるかのような、奇妙な錯覚があるように感じます。

投稿: y | 2014年3月30日 (日) 12時48分

正当なクレームというものもあるでしょう。
公費で呼ぶなら社会秩序を乱すような講演をする人を避けるは当然。家庭は言うまでもなく社会秩序の基礎であり、それを壊すことを推進するようなラディカルなフェミニズムの指導者を呼ぶのは問題があります。自治体はだれを呼ぶかをよく検討すべきです。
また、そのような行政の問題に声をあげて正すのはまさに民主主義の基礎。台湾の学生運動のような暴力は論外ですが、平穏かつ適法な抗議は望ましいことでしょう。

投稿: sate | 2014年4月26日 (土) 02時01分

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