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2014年4月10日 (木)

小保方氏問題と手続的正義と弁護士会広報について

小保方氏は、アウトだと私は思う。

理研の調査では「悪意」「ねつ造」の有無が問題となっているようだが、本質ではない。悪意の有無にかかわらず、彼女は、プロとして決して許されないことをしたのであり、その職を剥奪されてもやむをえない。真犯人だから、あるいは冤罪だからといって、検事や弁護士が証拠を偽造するのと同じことであり、悪意がなかったでは済まされない。30歳は未熟だからとか、女性だからとかいって、その責を減免されるはずもない。STAP細胞が実在してもしなくても、その罪に変わりはない。問題は研究の手続的正義であり、結果的正義ではないからだ。

だが、彼女は許されない、ということと、彼女に弁護士が必要だ、ということとは、全く別問題だ。彼女の弁解が、どれほど非常識で、身勝手極まりないものだとしても、それを彼女のために主張する職業人の存在は、少なくとも適切な処罰と、彼女の納得のため必要だし、組織的病巣や、もっと悪いヤツがいた、という新事実が明らかになるかもしれないし、万が一だが、アウトという私の考えを根本から覆してくれるかもしれない。そして、現在の彼女に自ら弁解する能力のないことは明らかだ。逆説的に言うなら、弁解しようのない人ほど、優秀な弁護士が必要なのである。

彼女の代理人に、もと大阪弁護士会長以下そうそうたる弁護士がついたことを、盗人たけだけしいと批判する世論もあるけれど、残念なことだと思う。小保方氏の正当性を主張することが許されないなら、確定死刑囚の代理人として冤罪を主張することは、もっと許されない。彼女は罰せられるべきだ、という結果的正義の問題と、彼女に最高の弁護人がつくべきだ、という手続的正義の問題は、違う。「被害者や無辜の代理人の意見ならよい、加害者や犯罪者の代理人の意見はダメ」というのは、結果的正義に囚われて、手続的正義を知らない者の意見である。

ヴォルテールの言葉とされる、「君の意見に反対だが、君が意見を言う権利は命に代えて守る」は、表現の自由を守る趣旨と理解されているが正確ではない。反対意見の存在は、手続的正義の要諦であり、結果の正統性(正当性ではない)を担保するからこそ、命に代えて守るに値するのだ。

わが国では、近代司法の歴史が浅いせいか、手続的正義の重要性や、逆説的な弁護士の役割は、あまり理解されていない。そうだとすれば、その役割を弁護士会が広報することは、弁護士会の責務である。

先日、大阪弁護士会ホームページのブログに、小保方氏の代理人を務める弁護士の投稿が掲載された。「弁護士会が、嘘つき女の肩を持つとはなにごとか」といった批判がネットに溢れているようだが、弁護士会は、小保方氏を支持しているわけではない。

「中立たるべき弁護士会が、一方当事者の代理人の意見を掲載するのは間違っている」との意見もある。中立たるべきなのはその通りだが、だから沈黙すべきだというなら誤りだ。いいかえるなら、個別事件の結果的正義がどちらにあるかについて、弁護士会は中立を保つべきだが、手続的正義の正当性を訴えることについては、雄弁でなければならない。そうであるなら、著明事件で当事者代理人の意見を一定の配慮のもとに広報することは、極めて有効だし、必要不可欠といってよい。また、一方当事者の代理人の意見を掲載していけないというなら、犯罪やDVの被害者代理人、冤罪を訴える被告人や受刑者の代理人の活動や発言も掲載できなくなるだろう。弁護士の仕事の本質が弁護である以上、一方当事者代理人の活動を広報せずして、弁護士会広報はなり立たないといってよい。

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コメント

この事件の被害者て、理研の名誉だけ?
小保方氏のニュースの合間のCMが、「リケンの焼肉のたれ」だったことに気づいたのは、私だけか

投稿: はるな | 2014年4月10日 (木) 15時13分

最初の文章から話がすり替わってる。
国民の関心事は「悪意」の部分。
ようするに失敗した実験を名誉欲しさに成功に偽称したかどうかだけ。
理研は悪意と認めた。つまり実験自体は失敗だった。

投稿: マウス | 2014年4月14日 (月) 14時00分

はじめてコメントさせていただきます
手続的正義が重要なことはおしゃっるとおりだと考えますが、いかなる分野でも「正当な」手続きは弁護士によって担われるべきなのでしょうか?
小保方氏が理研を解雇(契約解除)されるというのなら、もちろんこれは法律上の争訟ですから、解雇理由が極めて反社会的なものであっても、弁護士さんの力で手続的正義が維持されるように図られるべきだというのは理解できます。
しかし、調査報告書を受け取る時点で既に弁護士さんが同席されていたというのは如何なものでしょうか?
さらに記者会見も弁護士さんが仕切り、冒頭から(今日は不服申立てがテーマだとか)科学的な議論を避けようとするような発言されるのはいいのでしょうか?
小林先生は、調査報告書への対応が今後の雇用関係の前提になるからそれでいいのだ、と反論されるのかもしれません。
しかしそのために科学的な議論を抑制する結果になっても構わないとはならないと考えます(「弁護士がいなくたって、あのレベルのマスコミなら、どのみち科学的に深みのある議論なんかでけへんやろ」という突っ込みはなしで)。
法律上の手続的正義があるように、科学にも科学的な手続的正義があると思います。
私は、あの時点での弁護士の登場には違和感を覚えましたし、世間が批判的なのもその点によるところが大きいのではないかと思います。

投稿: ポッペリアン | 2014年4月19日 (土) 22時54分

よく会見したなと、その勇気だけは評価の対象でしょう。
弁護士同席で武装したとしても、それを攻めるほどのものか。

投稿: はるな | 2014年4月21日 (月) 11時07分

連投になってしまい申し訳ありません
ここ数日の三木弁護士等の対応について小林先生はどのようにお考えですか?
法律的な闘争における手続的正義のためなら、他の如何なる正義・倫理的妥当性・経済的合理性も平伏すべきなのでしょうか?

投稿: ポッぺリアン | 2014年4月30日 (水) 12時38分

マウス購入履歴で小保方さん詰みましたね。
弁護士先生が新聞記者に言った「購入履歴以外のマウスを使ってない」と言質も取られてます。
これ以上あがかない方がいいのでは無いでしょうか・。

投稿: 正義とは | 2014年5月19日 (月) 20時19分

片山の事件をみると、弁護人と当事者との間にどうしてもこえられない隔たりがあるよに思える。片山が調子に乗って真犯人遊びをしなければ弁護人の力で冤罪にもっていく勢いのあった事件だけに、冤罪てなに?て思う。そうすると、巷で、冤罪と片付けられた事件が、本当に冤罪だったか疑問が残る。ある人が「あの事件が冤罪だったら、真犯人は誰?私たち地元の人たちは、いまでもあの人しか犯人はいないとおもっているからDNAの結果は、しろでも犯人としてくろ」といっていた。
真実は本人のみ知る。佐藤弁護士の冤罪ブームは真実を見逃している気がしてならない。

投稿: はるな | 2014年5月20日 (火) 10時45分

小保方氏を追い込む目的には、論文撤回問題が潜んでいるから。
往生際の悪さにもほどがある。研究の成果を示す論文はコピー、研究ノートはマウスの絵に「よかった~」じゃあ、私の日記と同レベル。
このひと、料理のレシピ作成もできないかも

投稿: はるな | 2014年5月20日 (火) 14時51分

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