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2014年12月25日 (木)

NICTのJR大阪駅実証実験に関する調査報告書について(6)

独立行政法人情報通信研究機構(NICT)が公表した『大規模センサー実証実験調査報告書』について、執筆者の一人という立場から、考えを述べる。これは委員会の総意ではなく、個人的見解であることをあらかじめお断りする。

 

個人情報保護法は、個人情報を「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう」と定義する。

この定義が本来予定していた「個人情報」とは、私の考えで一例を挙げれば、このようなものだ。

 

「マリナーズのイチロー選手は、2004101日、本拠地セーフコ・フィールドで迎えたテキサス・レンジャーズ戦で、84年間破られることのなかったジョージ・シスラーのメジャー歴代シーズン最多安打記録の257安打を更新した。」

 

内閣府IT総合戦略本部パーソナルデータに関する検討会の技術検討WGの佐藤一郎主査は、「識別」(誰か一人の情報であること)と「特定」(誰であるかがわかること)という基準で情報を分類し、「氏名、住所、顔画像」は個人情報だが、パスポート番号、クレジットカード番号や指紋は個人情報ではない、とした。

だが、この定義に従えば、「スズキイチロー」は明らかに個人情報ではない(同じ読みの氏名は多数いるから識別性がない)し、「イチロー」も個人情報ではない。だが、「マリナーズのイチロー」となれば、俄然、個人情報となる。そして、上記の例で特に注目していただきたいのは、「マリナーズのイチロー」という部分を削除しても、この記載は、個人情報性を全く失わない、という点だ。

この例が示すように、氏名や住所、生年月日等のバラバラの情報は、もともと、個人情報保護法の立法者が想定する「個人情報」ではなかった、という点は、留意しておく必要があるように思う。立法者の感覚では、このようなバラバラの情報が、それだけで、誰かの情報だと特定されることはなかったのだ。個人情報保護法の文言上も、氏名や住所等のバラバラの情報は、誰か特定の人の情報と識別するための情報と位置付けられている。

もとより、氏名や住所などの識別情報は、バラバラだからと言って、直ちに個人情報性を失うわけではない。歴史的な視点から見ると、かつては、バラバラの識別情報だけで、それが特定個人の情報であるとされることはなかったが、デジタル・データベース社会の到来と発展によって、バラバラの識別情報だけでも、特定個人の情報とわかることが可能となった、ということなのだ。

一言で総括すると、情報技術の進歩に法律が追いついていない典型例ということになるのだろう。この状況が、個人情報保護法の解釈に混乱を及ぼしているともいえる。

 

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2014年12月24日 (水)

「2007年問題」の予言を的中させた弁護士

第二東京弁護士会の久保利英明弁護士は、平成18年度・19年度の日弁連会長選挙に立候補し、選挙公報において、こう述べた。

2007年(平成19年)に新規法曹約2600名が誕生し、2010年より3000人体制に突入します。毎年新たに弁護士となる人数は、現在の約25倍となります。司法試験と修習制度の変更により、審議会意見書の提言より約5年前倒しの大増員です。かかる事態を弁護士会は最近まで予想もしておらず、対応策も不十分であると言わざるを得ません。『2007年問題』こそ、この2年間に日弁連が取り組むべき最大の課題です。

私は、これを職としての弁護士の危機ととらえています。舵取りを誤れば、職に就けない弁護士が多数出る恐れがあるとともに、弁護士のアイデンティティーを変質させ、基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士の中核価値を押し流してしまう危険があります。」

久保利弁護士が予言した2007年(平成19年)度における新60期の一斉登録日現在の弁護士未登録者数は、弁護士schulze氏のブログによれば32名、未登録率(弁護士登録可能人数(二回試験合格者数から判事補・検察任官者数を引いたもの)を母数にした未登録者の割合。以下同じ)は3.7%だった。これが、以下のように推移する。

 

2008年(平成20年) 未登録者数89名、未登録率5.6

2009年(平成21年) 未登録者数133名、未登録率7.3

2010年(平成22年) 未登録者数214名、未登録率12.0

2011年(平成23年) 未登録者数400名、未登録率21.9

2012年(平成24年) 未登録者数546名、未登録率28.5

2013年(平成25年) 未登録者数570名、未登録率30.7

 

2014年の数字は未発表だが、未登録者数が240名~250名、未登録率は30%前後になる見通しとされている。去年に比べれば未登録者の絶対数は減ったが、この3年間、二回試験合格者の3割が就職できないか、就職に何らかの困難があったことを示しており、大勢においては高止まりで変わらないというべきだろう。「職に就けない弁護士が多数出る恐れがあるとともに、弁護士のアイデンティティーを変質させ」る恐れがあるという久保利弁護士の予言は、的中したといえる。

2006年の日弁連会長選挙で、久保利英明候補の得票数は3335票。当選した平山正剛候補の7748票、次点の高山俊吉候補の3699票に及ばず、3位に終わった。しかし、予言の的中をみるにつけ、久保利候補の落選は、日弁連にとっても不幸なことであったと思う。

久保利弁護士は、選挙公報において、「2007年問題」を乗りきるための公約の一つして「業務拡大」を掲げ、一例として「数千社をこえる企業法務部には飛躍的に多数の弁護士が必要なはず」と述べている。

また、法曹人口問題については、「一部には、新規法曹年9000人説も主張されていますが、絶対反対です。3000人体制への不安感すら払拭できない現在、議論の対象にさえなりません。」と主張している。

久保利弁護士が最近、法曹人口問題等についてどのような活動をしておられるのか、不勉強にして知らない。しかし、日弁連会長選に不幸にして落選されたからといって、変節するような弁護士ではない。

是非、選挙に臨まれたときのお立場を忘れず、日本と日本の司法のため力を尽くしていただきたいと思う。

 

 

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2014年12月15日 (月)

「サンドイッチ弁護士」の終焉について

10年ほど前、弁護士業界では「サンドイッチ弁護士」という言葉が流行った。

そのココロは、「はさんで食べる」→「破産で食べる」弁護士のことであり、弁護士激増の時代、倒産事件を主たる収入源とせざるを得ない弁護士を揶揄ないし自虐的に表現したものであった。

しかし今、サンドイッチ弁護士は終焉を迎えている。

先日発行された『倒産法改正150検討課題』という書籍に推薦文を寄せた山本和彦一橋大学教授は、「現在の倒産をめぐる状況は厳しい。歴史的に見ても、これほど倒産件数が激減している時代はない」と述べた。だが、多少の常識をもつ人から見れば、倒産件数が増加している社会より、減っている社会の方が良いに決まっているわけで、それを「厳しい」と表現する山本教授は、「サンドイッチ学者」の面目躍如といったところだろうか。

それはさておき、確かに、倒産事件数は激減している。

司法統計から数字を拾ってみると、破産や民事再生などの倒産事件数は、平成15年をピークに減少の一途をたどり、平成25年時点でほぼ3分の1になっている。帝国データバンクの統計によれば、倒産件数は同期間で33パーセント減だが、負債総額は約4分の1に減った。

一方弁護士数は増加の一途をたどっており、平成25年の弁護士数33624人は、平成15年当時の19508人に比べ172%の増加。その結果、弁護士一人あたりの倒産事件数は、平成15年の14.2件にくらべ、平成25年は2.7件。実に5分の1に減少したことになる。

これでは、「破産で食べる」ことなど、およそ無理と言わざるを得ない。

山本教授は、「将来にわたり(倒産事件の減少が)続く保障はなく、事件数が増加に転じた段階で拙速に(倒産法)改正を図ることには疑問がある。むしろ倒産事件が将来量的に増加し、質的に複雑困難化してもなお対応できるような『足腰の強い』倒産手続を前倒しで整備しておく必要性は大きい」と続けている。

しかし、このグラフを見て、将来倒産事件が増加すると思える人は、相当の楽観論者、もとい、悲観論者というべきだろう。

 

 

Tousan

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2014年12月 9日 (火)

NICTのJR大阪駅実証実験に関する調査報告書について(5)

独立行政法人情報通信研究機構(NICT)が公表した『大規模センサー実証実験調査報告書』について、執筆者の一人という立場から、考えを述べる。これは委員会の総意ではなく、個人的見解であることをあらかじめお断りする。

内閣府IT総合戦略本部パーソナルデータに関する検討会の技術検討WGの佐藤一郎主査は、「識別」(誰か一人の情報であること)と「特定」(誰であるかがわかること)という基準で情報を分類し、「氏名、住所、顔画像」は個人情報だが、パスポート番号、クレジットカード番号や指紋は個人情報ではない、とした。

確かに、パスポート番号やクレジットカード番号は、識別性はあるが、その数字を見ただけでは誰の情報であるかは分からない、といえる。しかし、この分類で行くなら、氏名や住所だって、同姓同名や同居人がいる以上、識別性がないから個人情報とは言えないのではないか、という疑問が出てくる。

ところで、佐藤主査は、「氏名、住所」と並べ、個人情報として「顔画像」を挙げている。では、「識別性」「特定性」の基準を適用すると、「顔画像」は個人情報なのだろうか。

「顔画像」は、おそらく個人情報保護法制定当初より、「個人情報」に該当するとされてきた。たとえば総務省のWEBサイトには、「映像から特定の個人を識別することができる場合には、個人情報に当たりますが、識別できない場合には当たりません。テープに記録された音声情報も同様です」とある。世界には瓜二つの人間が三人いると言われているし、解像度等が不十分であれば、見分けがつかない場合もあろうが、とりあえずそういった点を割愛すれば、十分に鮮明な顔写真であれば、識別性(誰か一人の情報であること)はある、と言ってよいだろう。つまり、「氏名」や「住所」と異なり、「顔画像」には識別性があることになる。

では、「特定性」(誰であるかがわかること)はどうだろうか。もちろん、知り合いの顔画像であれば、誰であるかは分かる。だが、知らない人の顔画像であれば、それを見せられたところで、誰であるかは分からない。氏名も住所も分からないし、勤務場所も生年月日も分からない。「そういう顔の人」ということが分かるだけだ。いいかえるなら、例えばあなたが犯罪の目撃者となり、警察から容疑者の写真を何枚か見せられたとき、一枚の写真を指さして「犯人はこの人です!」と叫ぶことはできるが、その写真に写っているのが誰かを証言することはできない。

では、顔画像は、識別性はあっても特定性はないから、個人情報ではないというべきだろうか。賛成する人は、おそらく少数だろう。そうだとすれば、「特定性」を「誰であるかが分かること」と定義したことが問題とも考えられる。たとえば、「誰であるかが分かる」ということの意味は、「氏名が分かる」ということではなく、「後に同種の情報を複数示されたとき、その中から当該情報を指示することができる」ことである、と定義し直せば、顔画像は識別性と特定性があるから、個人情報に該当する、ということになろう。

だが、この新定義に従えば、佐藤主査が「グレーゾーン」に分類した、パスポート番号、クレジットカード番号や指紋は、個人情報に含まれることになる。

考えれば考えるほど、「識別性」「特定性」という物差しの適用範囲に混乱が深まるばかりである。こうまでぐちゃぐちゃになってくると、そもそも、「識別性」「特定性」という切り分けで個人情報を定義する、というアプローチの妥当性を疑う必要が出てくるように思われる。

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2014年12月 5日 (金)

Googleはどうやって自動車交通を支配するのか?

BLOGOSに、「Googleは自動車を支配するか 共存か、対立か 進化する自動運転」という記事が載っていた。

記事によれば、「完全自動運転」を実現する技術は主に二つ。一つは「標識や信号の位置等まで入力された高度な地図情報」であり、もう一つは「周辺環境を認識し、自車がとるべき行動を判断、実行するための、計算能力」であるという。そして記事は、「グーグルの地図が無ければ自動車が走らない日が来るかもしれないと、誰よりも驚いたのは自動車会社だった」と語る。

だが、地図に関して言うと、この記事は間違いではないが、やや大雑把との謗りを免れない。

自動運転自動車が普及するためのインフラとして、高度な地図情報が必要なのはその通りだ。だが、二次元的な地図情報そのものは、少なくともわが国では、国土地理院が精密なものを保有し公開しているし、「標識や信号の位置」等はVICSで提供されているし、近い将来、格段に精緻なものが提供されることになるから、Googleとは関係ない。Google mapは、少なくともWEBページに公開されているものだけでは、自動運転に関して、何の役にも立たない。

まず道幅の問題がある。自動運転が実現するには、そもそも自動車が通行可能か、どの車幅の自動車までが通行可能か、という情報が不可欠だ。しかも、その道幅は道路と縁石、またはラインが引いてあるだけの歩道との関係で計測されていなければならない。歴史的に欧米は、「馬車文化」の国だから、馬車の企画に合わせて道路が作られているので、「道路があれば自動車が通れる」という推測は成り立つのかもしれないが、馬車文化のなかった日本では、道があるからといって、自動車が通れるとは限らない。

地図という二次元情報では分からないものとして、道の傾斜や橋桁・トンネルの高さ情報も必要だ。

物理的な意味での道路幅や通行可能高がわかったとして、次に、それに対する法的な意味づけが必要になる。たとえ、自動車一台の通行が可能であっても、一方通行や歩行者専用との法的規制があれば、原則として、通行は許されない。法的意味づけの中には、通学路のように、時間帯や時季を限定したものがあるから、それなりに複雑である。

これらの物理的・法的情報は、ある程度恒久的なものだ。これに対して、道路工事による通行止めや、マラソンなどのイベントによる通行規制等、事前予測が可能で、一時的に発生する情報も必要だ。

同じく一時的であっても、事前の予測が難しいものとしては、事故や渋滞の情報、天候や路面の状態、道路に突然あいた陥没、等もある。「そんなものは自動車のセンサーで感知すれば十分だろう」という意見もあろうが、Google Car等が使用しているレーザーレンジセンサーは、雪やみぞれに覆われた路面の判別能力に劣るとされている。また、道が垂直に陥没したような場合(マンホールの蓋が外れた、橋が途中で落ちた)には感知が難しいとされている。

このように、自律移動を目的とするロボットは、その移動空間に関する極めて詳細な情報を参照する必要がある。自律運転自動車に限らず、ショッピングモール内を移動するロボットでも同じだ。この情報が記録されたものを、ATR(株式会社 国際電気通信基礎技術研究所)では、「空間台帳」と呼んでいる(下図)。

 

Kuukan_daicho

 

 

この空間台帳は、クラウド上に置かれ、複数のロボットがネットを通じて参照すると予定されている。個々のロボット内にダウンロードして参照するのでは、リアルタイムな状況変化に対応できないからだ。

また、自律運転自動車のメーカーはGoogle一社ではないし、ショッピングモール内のロボットにしても、外部から様々なロボットが持ち込まれることになる。したがって、空間台帳の提供社と、個々のロボットのメーカーは、同一会社ではない方が便利だ。例えば、ショッピングモール等では、当該施設の管理権者が空間台帳の提供者となるし、同施設専属のロボットもいるだろうが、利用客が外部から連れてくるロボットも想定しなければならない。

自律運転自動車の場合は、現在のカーナビ会社が複数並立しており、自動車メーカーとの対応関係ができていることからすると、空間台帳についても、類似の状況になることがありうる。しかし、それではいかにも不合理だし、電気自動車が普及する時代の自動車メーカーは多数になっている可能性もある。政策論としては、当面の空間台帳提供会社は複数でよいとしても、規格の統一は必要だろう。

法律的に見た場合、空間台帳の提供者は、どのような責任を負うだろうか。

まず、空間台帳の提供者は、正確な情報を提供する契約上の責任を、ロボットの利用者等に対して負うことに、異論は無かろう。橋桁高の情報を間違えて自動車を傷つけたり、一方通行の向きを間違えて事故を起こしてしまったりした場合には、空間台帳の提供者は賠償責任を免れない。ただ、個々のロボットのセンシングによって事故が避けられたという場合、免責または「過失相殺」がありうることになる(ロボット同士の過失分配、というやっかいな法的議論はひとまず措く)。

もっとも、上記のような恒久的な情報の場合、データが頻繁に書き換えられることはないし、正確を期する時間的余裕もあるから、実際問題として、不正確な情報が提供される場面は想定しにくいし、後述する不正アクセスに対しても、セキュリティシステムで対抗しうるだろう。

むしろ問題は、一時的な情報(例えば事故情報や路面情報、ショッピングモール内における障害物の設置・移動)について、空間台帳が不正確だった場合だ。なぜなら、一時的な情報は、空間台帳の提供者自身が記録するのではなく、個々のロボットが空間台帳に提供して記録するからである。

Google Mapの渋滞情報を例にとって説明しよう。ご存じの通り、Google Mapでは、現在渋滞している道路が赤く着色される。その仕組みは謎だが、想像するところによれば、携帯電話等のandroid端末に内蔵された加速度センサーが、所持人の乗っている交通機関を判別し、自動車と判別したものについては、通行している道路の制限速度と比較して、極端に低速度で移動した場合に「渋滞」と判断し、該当部分を赤く染めていると思われる。

つまり、android端末という「ロボット」の情報に基づいて、Google mapという「空間台帳」が書き換えられていることになる。

この通りであるとすれば、次のような「不正な空間台帳の書き換え」が可能であろう。すなわち、android端末の所持人が、渋滞していない高速道路の路側帯で、超低速で移動することにより、「虚偽の渋滞情報」を表示させることができる。

では、虚偽の渋滞表示に騙され、高速道路に乗らなかったため、コンサート会場に遅刻した者は、Googleに対して慰謝料等の支払いを請求できるだろうか。

もとより、一番悪いのが虚偽の渋滞情報を作出した者であることに疑いはない。だが、Googleも、虚偽の渋滞情報を修正できたにもかかわらず、修正しなかった場合には、法的責任を負うという考え方もありうる。Googleは無償で空間台帳を提供しているのだから、不正確な情報提供について法的責任を負わせるのは酷である、との考え方もありうる。しかし、Googleは、android端末の

購入・利用料を得ているし、端末からの位置情報等のプライバシー情報の提供を受けて、Google mapを更新しているのだから、厳密な意味で無償行為とは言い難い。また、上記のような虚偽の渋滞情報を発見・訂正する方法は容易に考えられる。たとえば、渋滞情報が出ているにもかかわらず、同じ場所の本線を通常速度で通行する端末があれば、渋滞情報と矛盾する情報と判断することは可能だ。

以上により、空間台帳が誤った情報を提供した場合における法的責任については、次のように考えることができよう。すなわち、道路幅や通行可能車高、法的規制のような恒久的情報については、原則として責任を追う(ただし、過失相殺の可能性がある)。これに対して、ロボットによってリアルタイムに書き換えられる一時的な情報については、その誤りを発見し、訂正できたにもかかわらずしなかった場合には責任を負う。

ところで、このような自律移動型ロボットについて、「乗っ取り」の危険性が論じられることがある。確かに乗っ取りは不可能ではないだろうが、技術的困難さや乗っ取りに要するコストを考えると、要人暗殺や軍用ロボットでない限り、現実的ではないように思われる。むしろ現実的なのは、空間台帳に不正アクセスして破壊したり、虚偽情報をばら撒いて混乱させるようなテロや愉快犯の出現であろう。空間台帳の提供者としては、このような不正アクセスを防止するため必要な最低限どのセキュリティを保持する義務を負うし、この義務に違反した場合は、損害賠償責任等の法的責任を負うことがあろう。

表題に戻ろう。Googleはどうやって自動車交通を支配するのか、もうお分かりであろう。Googleは、Google mapのような地図情報によって、自動車を支配する訳ではない。Googleが支配し、世界中に何十億台と散らばるandroid端末が、リアルタイムに空間台帳を書き換えることによって、自動車を支配するのである。自動運転自動車の普及した世界では、Googleのサーバーがダウンしただけで世界中の交通機関が麻痺することになるのだ。

 

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2014年12月 3日 (水)

内藤頼博の理想と挫折(66)

占領下の日本で、裁判所法起草の中心となり、給費制を創設するなど、現代司法制度の礎を創ったのは、内藤頼博(よりひろ)判事ら、戦後の日本人法曹である。彼らが描いた理想と挫折の軌跡を追う。

木戸幸一と内藤頼博(7

昭和初期、内大臣木戸幸一を悩ませたのは、学習院の赤化問題だった。

すなわち、学習院に学ぶ家族の中に、明治政府体制に公然と反逆し、コミンテルンの指導の下に君主制の打倒を目指す日本共産党の活動に加わり、その結果、治安維持法違反に問われ検挙される者が現れたのである。

浅見雅男著『反逆する華族―「消えた昭和史」を掘り起こす』(2013年 平凡社新書)によれば、維新の志士の一人として、男爵に叙せられた石田英吉の長男英一郎(明治36630日生)は、旧制一高入学後、菊川忠雄の勧誘を受け、校内の社会思想研究家に参加し、マルクス主義の研究に没頭した。同時に貧民街での奉仕活動を熱心に行い、自らの出自と裕福さに悩む日々を送る。京都大学に進学し(浅見雅男によれば、河上肇の講義を聴きたかったからではないかとのこと)たが、大正14121日、京都府警特高課が京大等の学生の住まいを令状無しで捜索し、33名の身柄を拘束した「京都学連事件」で逮捕され、不敬罪で起訴された。石田英一郎は爵位を返上し、京都大学を退学、禁固10ヶ月の判決を受ける。保釈後、非合法組織であった日本共産党に入党する。その後、昭和3315日に全国で一斉に行われた共産党員検挙事件(3.15事件)で逮捕され、懲役6年の実刑判決を受け服役し、昭和9年夏に出所した。転向したわけではないが、服役中に共産主義への失望を深め、出所後は文化人類学者としての道を歩む。戦後は昭和23年に法政大学文学部教授に就任、東大教養学部、東北大学文学部などの教授を歴任し、日本民俗学協会理事長に選ばれるなど、日本の文化人類学研究を主導する一人として、第一線を歩み続けた。

昭和434月、石田英一郎は多摩美術大学の学長となる。当時の多摩美大は、学生運動の嵐が吹き荒れていた。同学の非常勤講師であった奥野健男によれば、石田は、「紛争が起きるや学長室を四六時中学生に開放したばかりではなく、学生の中にとびこんで自ら理論闘争の口火を切った」という。

だが、石田英一郎は昭和43119日、学長就任から僅か7ヶ月にして、肺癌のため死去する。65歳であった。

ちなみに内藤頼博は、昭和50年、同じく多摩美術大学の理事長に就任し、54年には学長に就任している。内藤と石田が直接の知り合いであった文献は見当たらないが、お互い旧華族であり、知己であった可能性は否定できない。

また、石田が師と仰いだとも言われる河上肇の治安維持法違反事件を担当したのは、藤井五一郎裁判官であり、この裁判を若き日の内藤頼博判事が注目していたことは、以前ご紹介したとおりである。

石田英一郎を共産主義の道に勧誘した菊川忠雄は、特に逮捕されることも転向することもなく、全日本労働総同盟本部総主事・日本労働組合総同盟総主事を歴任した後、日本社会党から衆議院議員に当選して3期務めたが、1954926日、洞爺丸事故で遭難死した(享年53歳)。この事故で、菊川と共に遭難した冨吉栄二衆議院議員は、戦前の衆議院選挙(翼賛選挙)で落選し、占拠妨害を理由に大審院で選挙無効を勝ち取った人物である。軍部の圧力に負けず、選挙無効の判決を言い渡し、「気骨の判決」賞賛されたのは吉田久判事であり、内藤頼博判事は、吉田を応援する座談会「法律新報」紙上、『戦時下における裁判道』と題する座談会に最若手として出席した。

このように、人々の糸は、どこかで少しずつ繋がっている。

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2014年12月 1日 (月)

NICTのJR大阪駅実証実験に関する調査報告書について(4)

独立行政法人情報通信研究機構(NICT)が公表した『大規模センサー実証実験調査報告書』について、執筆者の一人という立場から、考えを述べる。これは委員会の総意ではなく、個人的見解であることをあらかじめお断りする。

 

報告書は、撮影画像から生成した「特徴量情報」について、元画像が消去された後は、一人ひとりは識別されるが、その一人が誰であるかは分からない「識別非特定情報」である以上、「個人情報」には該当しない、と判断した。この判断は、内閣府IT総合戦略本部パーソナルデータに関する検討会の技術検討WGの理解に基づいている。

すなわち、同WGの主査を務める佐藤一郎教授プレゼン(下図)によると、「氏名、住所、顔画像」は個人情報であるが、「パスポート番号、端末番号、位置情報、クレジット(カード)番号、メールアドレス、指紋、身長、会員番号、体重、血液型」は「グレーゾーン」であるという。これを、佐藤教授の提唱する基準に照らすと、「氏名、住所、顔画像」は「識別特定情報」すなわち、「個人が(識別されかつ)特定される状態の情報(それが誰か一人の情報であることがわかり、さらに、その一人が誰であるかがわかる情報)」であり、「パスポート番号、端末番号、位置情報、クレジット(カード)番号、メールアドレス、指紋、身長、会員番号、体重、血液型」は、「識別非特定情報」一人ひとりは識別されるが、個人が特定されない状態の情報(それが誰か一人の情報であることがわかるが、その一人が誰であるかまではわからない情報)にあたる、ということになる。

だが、この定義に照らしたとき、「氏名」は個人情報なのだろうか?具体的に言うなら、WG主査の氏名である「佐藤一郎」は、「識別特定情報」なのだろうか?

ためしに「佐藤一郎」でググってみると、いるわいるわ、同姓同名の「佐藤一郎」氏がたくさんヒットする。ググってみなくても、「山本太郎」や「田中一郎」等と並んで、「佐藤一郎」が同姓同名の多い名前であることに、おそらく異論は無いだろう。このことから明らかなように、「佐藤一郎」は「誰か一人の情報」であるとは言えないし、「その一人が誰であるかがわかる情報」であるとも言えない。したがって「佐藤一郎」は個人情報ではない、という結論になる。

ちなみに筆者の氏名も、ググってみると同姓同名がヒットする。このように、「氏名」は、よほど珍しいものでない限り、同姓同名がいる以上、「識別特定情報」にはあたらないから、「個人情報」ではない、という結論にならなければおかしい。

「住所」も同様であり、多くの「住所」には同居人がいるから、識別性も特定性もない以上、「個人情報」ではない、という結論になる筈だ。

それでは、佐藤一郎主査はなぜ、「氏名」や「住所」を「個人情報」に分類したのだろう。憶測をするなら、「氏名」や「住所」については、個人情報保護法制定以来、個人情報に該当することに争いがなかったから、ということなのだろうか。だが、もし万一それだけの理由で「個人情報」該当性を肯定したなら、「特定」「識別」という概念を持ちだして分類したこととの一貫性を問われることになる。

Satoh_2

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