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2015年1月26日 (月)

NICTのJR大阪駅実証実験に関する調査報告書について(7)

独立行政法人情報通信研究機構(NICT)が公表した『大規模センサー実証実験調査報告書』について、執筆者の一人という立場から、考えを述べる。これは委員会の総意ではなく、個人的見解であることをあらかじめお断りする。

 

報告書は、画像データが消去された後の「特徴量情報」は、識別非特定情報だから個人情報ではない、と述べた。この理解は、「識別」(誰か一人の情報であること)と「特定」(誰であるかがわかること)という基準を立て、「識別特定情報」のみが個人情報であるとする内閣府IT総合戦略本部パーソナルデータに関する検討会の技術検討WGの立場と同じである。しかし、この基準によると、氏名や住所は識別性を欠くから個人情報ではなくなるし、顔画像は特定性を欠くから個人情報ではなくなることになって、個人情報に関する従前の理解と矛盾することになる。

それでは、技術検討WGは何故このような基準を立てたのだろうか。

技術検討WGの構成員ではないが、当委員会の委員である高木浩光氏のプレゼン「個人識別性の再考と法改正に向けた提案」(20131222日)によると、このプレゼンは技術検討WGの「識別」「特定」基準を紹介したうえで、「従来は、識別非特定情報は個人情報でないとされてきた」として、いくつかの例を紹介して批判し、結論としては「識別非特定情報を保護する必要性」があると主張している。なお、紹介された「個人情報ではない識別非特定情報」としては、「RFIDタグの固有番号でトラッキングして集積される情報」や、「車両のナンバープレート番号」、「クッキー技術を用いて生成された識別情報」「契約者固有ID」といった、経産省・総務省もしくはその諮問機関となる研究会の見解が挙げられている。

この文脈から推定するに、高木氏は、上記の例で個人情報ではないとされた情報のうち、ある種の情報を保護する必要がある、と主張する文脈の中で、「識別非特定情報」という概念を持ちだしたことが分かる。

だが、高木氏が批判する経産省・総務省や、その研究会が、「識別」(誰か一人の情報であること)と「特定」(誰であるかがわかること)という基準に従い、かつ、「識別非特定情報は個人情報ではない」という判断をしていたのか否かは、当の本人以外、誰も分からないことだ。いいかえるなら、「おい、識別非特定情報を個人情報ではない、という君の考えは、グローバルスタンダードに合わないぞ」と批判しても、「いや、識別非特定情報が個人情報ではない、などという基準で仕事してませんから」と返されてしまえばおしまいの議論をしていることになる。

新保史生慶應技術大学総合政策学部教授は、『自由と正義』201412月号の特集記事「パーソナルデータの利活用を促進するための枠文の導入等」において、「(技術検討WGによる)分類は、現行の個人情報保護法が『特定の個人』の『識別』をもって個人情報に該当するとしている解釈とは異なるものであり、『今後における議論のために別概念の定立を新たに試みたものとみるべき』[1]との指摘のとおりである。」と述べているし、その通りだと思う。

新保教授らの見解に従うなら、技術検討WGによる分類は、現行個人情報保護法の解釈論ではない、ということになる。そうだとすれば、本件実証実験が現行個人情報保護法に違反するか否かを検討する際の基準として、技術検討WGによる分類を持ち出すのは、論理的に間違っているという結論になる。

 



[1] 岡村久道「パーソナルデータの利活用に関する制度見直しと検討課題(中)」NBL102070頁(2014年)

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2015年1月19日 (月)

内藤頼博の理想と挫折(68)

占領下の日本で、裁判所法起草の中心となり、給費制を創設するなど、現代司法制度の礎を創ったのは、内藤頼博(よりひろ)判事ら、戦後の日本人法曹である。彼らが描いた理想と挫折の軌跡を追う。

 

木戸幸一と内藤頼博(9

 

『木戸幸一日記』によれば、内藤頼博は昭和8年(1933年)228日、木戸幸一方を訪れ、山口魏宮内庁事務官学習院大学の教授である馬場轍石井國次学習院大学教授らの右派勢力を糾弾した。しかしこのとき、学習院は、華族の子弟共産主義に基づく活動を行い、治安維持法違反で検挙されるという「赤化事件」に揺れていた。

浅見雅男著『反逆する華族―「消えた昭和史」を掘り起こす』(2013年 平凡社新書)によれば、この赤化事件でも、木戸幸一は黒幕として大いに活動したとされる。

木戸は、宮内省の担当者として、「赤化華族」に対しては厳しい処分で望む方針であったとされる。ところが、八条隆孟と森俊守に実刑の一審判決が下された昭和9125日の4日後、『木戸日記』には次に記述が見られる。

「広幡君来室、赤化子弟父兄処分の件につき、御上に於いてもご心配にて、亀井茲常、山口正男等の気の毒な事情等を御引例になり、御注意ありしとのことなりし故、決して将来の立場を失うが如き処分は為さざる旨奉答方、依頼す」

浅見によれば、これは、昭和天皇が、逮捕された亀井茲建の父であり天皇の侍従であった亀井茲常や、山口正定の父であり、天皇の母貞明皇后の女官の息子であった山口正男らが、「赤化華族」の縁者として不利益を被らないよう、木戸に対して内々に意思を表明し、木戸がこれを承知したことを示している。そして木戸は、昭和93月、逮捕され釈放された森らを宮内庁に呼びつけ、「ギュウギュウしぼりあげた」が、公式の処分は譴責などの軽い処分とされた。また、逮捕勾留中であった岩倉靖子については、「山村良子」という偽名で留置されており、看守にさえ本名が知られない処置が執られていた。これは、「木戸たちの必死の根回しによる結果だったとしか考えられない」としている。

以上の事実から推定されることは、木戸は、昭和初期という時代の中で、宮中や華族社会から右派も左派も排除することによって、天皇(家)の権威を守ろうと奮闘していた、ということである。木戸から見れば、内藤頼博は左派ないしリベラル勢力の一員と分類されていたのであろうし、木戸自身、河上肇に私淑していた経歴に照らせば、左派ないしリベラルな思想に共鳴するところはあったと思われるが、実務においては、内大臣としての職務に徹したということなのだろう。

『木戸日記』昭和9317日付には、赤化華族問題に携わることを「つくづく嫌な仕事だと思う」との記述がある。

 

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2015年1月13日 (火)

内藤頼博の理想と挫折(67)

占領下の日本で、裁判所法起草の中心となり、給費制を創設するなど、現代司法制度の礎を創ったのは、内藤頼博(よりひろ)判事ら、戦後の日本人法曹である。彼らが描いた理想と挫折の軌跡を追う。

 

木戸幸一と内藤頼博(8

 

『木戸幸一日記』によれば、内藤頼博は、昭和7921日に木戸幸一と面会し、学習院の同窓会である桜友会の理事として、同窓の先輩である木戸に意見具申を行った。また、翌昭和8年(1933年)228日、二荒芳徳伯爵らとともに木戸幸一を訪問し、山口魏宮内庁事務官学習院大学の教授である馬場轍石井國次学習院大学教授を糾弾した。彼らは、かなり強烈な右翼思想の持主として、当時の学習院を差配しようとしていたと推測される。そして、内藤らの意見を受けた木戸幸一は、馬場ら更迭の「黒幕」として行動したようだ。

しかし、当時の学習院を悩ませていたのは右傾化問題だけではない。華族やその子女の「赤化問題」もまた、木戸にとって頭の痛い問題であった。

学習院赤化問題の発端は、浅見雅男著『反逆する華族―「消えた昭和史」を掘り起こす』(2013年 平凡社新書)によれば、大正14年及び昭和3年に行われた石田英一郎の逮捕・起訴が嚆矢であり、内藤が二回目に木戸を訪ねた昭和8年より5年以上前のことだ。だから、石田英一郎の逮捕・起訴は、内藤の木戸訪問とは関係がない。関係があるのは、昭和8年以降に起きた、一連の逮捕事件である。

治安維持法違反で逮捕されたのは、八条隆孟(118日逮捕、47日起訴)、森俊守松平定光327日逮捕)、久我通武と山口定男(328日逮捕)、上村邦之丞岩倉靖子329日逮捕)、亀井茲建420日逮捕)、小倉公宗(422日逮捕)、中溝三郎であった。

昭和8年11月8日の大阪毎日新聞は、「赤色線に暗躍する華族の子弟実に二十名 八条、森は遂に起訴さる 驚くべし学習院にメンバー結成」との見出しのもと、次のように報じている。

「非常時共産党にあっては「理論より実行へ」のスローガンをかかげ「目的の割には手段を選ばず」とてあるいはギャングとなり、あるいは武器を蒐集するなど全く従来にない兇悪性を示したがフランス革命の故智にならって華族階級の赤化を企て多数の華族子弟を獲得していた事実が暴露した、警視庁特高課では、事の重大性に鑑み毛利特高課長は検事局、内務省と、しばしば協議を重ね、その対策を議し断乎一斉検挙の方針に決し本年正月上旬赤阪区青山南町一ノ三三貴族院議員子爵八条隆正氏の次男隆孟(二九)を検挙したのを手はじめとして約二十名の華族子弟を検挙した

この華族赤化の経緯は昭和五年末学習院高等科出身田口一男(二六)が党上部の指導のもとに学習院在学生や卒業生などに働きかけ、間もなく当時学習院在学中の三重県の大地主の息伊藤満(本年四月検挙)や久我通武などを獲得し学習院生徒と卒業生の左翼団体として「目白会ケルン(中核)」なるものを組織し更に学内組織としては「突撃隊(ザリヤー)(曉の光の意で帝政時代のロシアの戦闘艦の名)なるものを組織し桜葉会(学習院校友会)の改革問題の闘争を通じて学習院内赤化に努めるとともに女子学習院にも働きかけて故海軍多少上村彦之丞氏の令孫上村邦之丞の実姉春子(死亡)および公爵家岩倉靖子などを獲得した、目白会ケルンが学習院を中心とした華族の子弟赤化の機関であったのに対し、昭和六年五月、党家屋資金局ブルジョア班のなかに「五月会」なる社交団体を作り、これを足場として学習院関係外の華族子弟獲得を行った、かくて学習院在学生卒業生のなかに多数のメンバーを獲得したが党上部はこれに対して資金調達の活動をなさしめ、その資金活動を通じてかれ等を左翼的に訓練したのであった、党中央部が資金調達にエロ手段をとったのにならってかれ等も長島栄次郎(二六)―学習院高等科卒―をキャップとしてエロ班を組織し十二枚一組のエロ写真を作り華族間の知人の間に一組二十五円で売りつけ三百五、六十円を獲得、これを党資金に提供したほか某代議士の娘をエロ仕かけで手なづけかの女をとりとして大いに資金を獲得せんとしたり上流子弟として全く想像し得ぬ悪辣な暗躍を行い、また男爵家中溝三郎(二七)は京都の華族間にメンバーを獲得し京都班を組織しようと同地で暗躍したが意の如くならず本年八月帰京したところを検挙されたのであった、今回検挙された学習院在学生や卒業生は森昌也(二五)小谷義雄をはじめ四十名にのぼっており起訴者も前記両名のほか数名におよんでいる、上流子弟である学習院生徒や華族の子弟が赤い運動に身を投ずるに至った原因は種々あるが、その大部分は家庭であることは当局を暗然たらしめた、なお学習院の馬場学生課長は学習院からかく多数の赤化分子を出した責任を感じて辞職した。

学習院の赤化運動を指揮していた一人で同院高等科を卒業し東京帝大を卒業した□□□□□は一〇・三〇検挙が開始されるや身辺の危機を感じ昨年末行方をくらましたが最近になって同人が満洲新京に潜伏し満洲国官吏養成所である大同学院在学中であることが判り近く逮捕の手が伸ばされることになった

華族子弟氏名

検挙され華族の子弟のうち重なるもの

男爵令弟山口定男(二五)▲子爵次男八条隆孟(二九)▲男爵長男上村邦之丞(二〇)▲子爵長男森俊守(二五)▲公爵令妹岩倉靖子(二二)▲男爵次男久我通武(二四)▲子爵長男松平定光(二四)▲伯爵長男亀井茲建(二四)▲子爵令弟小倉公宗(二四)▲男爵中溝三郎(二七)

そのうち八条、森の二名は起訴他はいずれも起訴留保の形式で釈放された」

逮捕された10名のうち、八条、森、岩倉以外は起訴留保で釈放された。多くは転向を約束したものとみられている。転向の意思を明らかにしなかった八条と森は起訴され、昭和9125日、八条に3年、森に2年の実刑判決が下された。八条は刑に服し、出所後は「模範転向者」として社会に復帰した。森は控訴し執行猶予判決を受けたが、昭和20629日に死去している。

岩倉靖子は逮捕後、警察はもとより親戚知人の説得も聞かず転向拒否を貫いたが、起訴された後である昭和99月、師と仰いでいた横田雄俊の転向を聞いて転向の意思を表明し、1211日、釈放された。その10日後、自宅の布団に横たわったまま剃刀で右の頸動脈を切断して自殺した。見苦しくないように着物の裾を縛っており、駆けつけた医師は「見事な最期だ」とつぶやいたという。

岩倉靖子はいうまでもなく、岩倉具視の子孫である。岩倉具視の孫には有馬記念で知られる有馬頼寧、曾孫には哲学者の森有正、玄孫には俳優の加山雄三、来孫には参議院議員の亀井亜紀子、女優の喜多嶋舞といった名前が並ぶ。

岩倉靖子を共産主義の道に導いた横田雄俊は、大審院院長(192396日―1927819日)であった横田秀雄の四男であり、長兄の横田正俊は、戦後最高裁長官となった。横田は、前任の横田喜三郎最高裁長官ほどではないにせよ、リベラルな立場をとったとされ、東大剣撃部の後輩である石田和外に次代の最高裁長官の地位を譲った。また、横田秀雄の妻秀野の夫である霜山精一も大審院院長(1944915日―194759日)であった。

 

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2015年1月 5日 (月)

ウェアラブル端末と「洗練された奴隷制」について

2015年は、ウェアラブル端末が本格的に普及する年ともいわれている。とはいえ、まず普及するのは産業用の端末だろう。すでに一昨年の放送だが、201311月のNHKクローズアップ現代 ウェアラブル革命~”着るコンピューター”働き方を変えるでは、二つの産業用ウェアラブル端末を紹介していた。

一つは、ムラタシステム株式会社販売する手術準備支援システムである。放送によれば、一回の手術に必要となる医療器具は、50種類、100点以上に及ぶため、その準備は、看護師の大きな負担であったという。そこでこのシステムは、メガネに装着されたディスプレイで医療器具の名称と保管場所を指示し、目的の器具を右手に装着したバーコードリーダーで読み取り確認することにより、医療知識を全く持たない派遣労働者による手術器具の準備を可能にした。取材された派遣労働者の女性は、装着したウェアラブル端末を「先生」と呼んでおり、京都第二赤十字病院医療情報室長の田中聖人医師は、「経験の無い方でも、やっていただけるようなシステムを作ることで、プロフェッショナルの方の仕事が少し楽になる。スキルのある方、資格のある方には、それを生かすほうにシフトしていただきたい。」と述べていた。

もう一つは、日立製作所が開発した「Business Microscope」というシステムである。見かけは首からぶら下げる社員証のようなもので、「従業員が座ったり、立ったりする動作や、歩く速さを計測できる加速度計、従業員どうしの位置関係や会話を把握できる、赤外線センサーなどが組み込まれており、この端末を身につけることで、従業員が社内のどこで、どんな仕事を、どれくらい集中して行っていたのか、誰が誰に話しかけ、会話がどれくらい盛り上がり、何分間、話をしていたのかまでもが計測できる」という。取材された女性の従業員(SUICAと書かれたカードをぶら下げていることから、JR東日本関係の人材派遣会社か)は、「ちょっと恥ずかしいっていう部分が、正直あるんですけれども、そのあたりは、ちゃんと情報の管理とか、ちゃんとしていただいていると思いますし…。」「会話を聞かれるわけじゃないんで、監視っていう感じはしないです。」と答えているし、これによって、従業員がお昼休みの休憩時間をバラバラに過ごすよりも、同僚と一緒におしゃべりをして楽しく過ごした方が、業績の上がることが発見されたとしている。しかし、国谷裕子キャスターと、ゲストの黒崎政男東京女子大学教授は、プライバシーとの関係について、懸念を隠せないという趣旨のコメントをしていた。

法律的な観点から見てみると、まず、ムラタシステム社の「手術準備支援システム」について想定されるリスクとしては、プログラム等の欠陥により、誤った手術器具が用意されてしまったことがありえよう。この場合には、メーカーが契約上または製造物責任法上の法的責任を負うことがありうる。もっとも、このシステムの方が、人間が準備するより効率的で、ミスも少ないということであるならば、製品そのものを排除する理由にはならない。

もっとも、このビデオを見て感じることは、コンピューターと人間の関係が逆転し、人間がコンピューターに使われていることに対する違和感である。この点は、派遣社員がウェアラブルデバイスを「先生」と呼んだことに象徴されていよう。システムを導入した病院の担当医師が、利点として「プロフェッショナルの仕事が楽になること」「スキルや資格のある人が、それを生かす職制にシフトできること」を挙げているが、この言葉はそのまま、プロでない人、スキルや資格のない人に跳ね返ってくる。すなわち、プロフェッショナルとなる人間がコンピューターに命令し、コンピューターがスキルのない人間に命令するヒエラルヒーだ。ややセンセーショナルな表現を許していただけるなら、洗練された奴隷制とでもいうべきシステムと言えよう。

次に、「Business Microscope」は、休憩時間を含む勤務時間中における従業員の行動履歴を丸ごと把握する点で、「職場監視」にあたるのではないかとの問題が生じる。この点に関する法令は存在しないが、経済産業省が策定した個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」(平成21年10月9日厚生労働省・経済産業省告示第2号)には、【従業者のモニタリングを実施する上での留意点】として、次の点が定められている。

 モニタリングの目的、すなわち取得する個人情報の利用目的をあらかじめ特定し、社内規程に定めるとともに、従業者に明示すること。

 モニタリングの実施に関する責任者とその権限を定めること。

 モニタリングを実施する場合には、あらかじめモニタリングの実施について定めた社内規程案を策定するものとし、事前に社内に徹底すること。

 モニタリングの実施状況については、適正に行われているか監査又は確認を行うこと。

また、ガイドライン上には、「雇用管理に関する個人情報の取扱いに関する重要事項を定めるときは、あらかじめ労働組合等に通知し、必要に応じて、協議を行うことが望ましい。また、その重要事項を定めたときは、労働者等に周知することが望ましい」との記載がある。

いずれにしろ、このガイドラインは法令ではないから、法的効力は存在しない。したがって、ガイドラインに従って端末の装着を義務づける就業規則を設けたとしても、拒否する従業員に対して装着を命じることができるか、あるいは、装着拒否を理由とした懲戒や、雇用契約の更新拒絶が許されるか、といった法的問題は残る。非常に難しい問題だが、少なくとも、休憩時間中の従業員に端末を装着する法的義務はない筈だし、休憩時間中における従業員同士の私的なコミュニケーション状況を雇用主が把握することについては、プライバシー権侵害の疑いが濃いように思う。

 

 

 

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