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2015年1月 5日 (月)

ウェアラブル端末と「洗練された奴隷制」について

2015年は、ウェアラブル端末が本格的に普及する年ともいわれている。とはいえ、まず普及するのは産業用の端末だろう。すでに一昨年の放送だが、201311月のNHKクローズアップ現代 ウェアラブル革命~”着るコンピューター”働き方を変えるでは、二つの産業用ウェアラブル端末を紹介していた。

一つは、ムラタシステム株式会社販売する手術準備支援システムである。放送によれば、一回の手術に必要となる医療器具は、50種類、100点以上に及ぶため、その準備は、看護師の大きな負担であったという。そこでこのシステムは、メガネに装着されたディスプレイで医療器具の名称と保管場所を指示し、目的の器具を右手に装着したバーコードリーダーで読み取り確認することにより、医療知識を全く持たない派遣労働者による手術器具の準備を可能にした。取材された派遣労働者の女性は、装着したウェアラブル端末を「先生」と呼んでおり、京都第二赤十字病院医療情報室長の田中聖人医師は、「経験の無い方でも、やっていただけるようなシステムを作ることで、プロフェッショナルの方の仕事が少し楽になる。スキルのある方、資格のある方には、それを生かすほうにシフトしていただきたい。」と述べていた。

もう一つは、日立製作所が開発した「Business Microscope」というシステムである。見かけは首からぶら下げる社員証のようなもので、「従業員が座ったり、立ったりする動作や、歩く速さを計測できる加速度計、従業員どうしの位置関係や会話を把握できる、赤外線センサーなどが組み込まれており、この端末を身につけることで、従業員が社内のどこで、どんな仕事を、どれくらい集中して行っていたのか、誰が誰に話しかけ、会話がどれくらい盛り上がり、何分間、話をしていたのかまでもが計測できる」という。取材された女性の従業員(SUICAと書かれたカードをぶら下げていることから、JR東日本関係の人材派遣会社か)は、「ちょっと恥ずかしいっていう部分が、正直あるんですけれども、そのあたりは、ちゃんと情報の管理とか、ちゃんとしていただいていると思いますし…。」「会話を聞かれるわけじゃないんで、監視っていう感じはしないです。」と答えているし、これによって、従業員がお昼休みの休憩時間をバラバラに過ごすよりも、同僚と一緒におしゃべりをして楽しく過ごした方が、業績の上がることが発見されたとしている。しかし、国谷裕子キャスターと、ゲストの黒崎政男東京女子大学教授は、プライバシーとの関係について、懸念を隠せないという趣旨のコメントをしていた。

法律的な観点から見てみると、まず、ムラタシステム社の「手術準備支援システム」について想定されるリスクとしては、プログラム等の欠陥により、誤った手術器具が用意されてしまったことがありえよう。この場合には、メーカーが契約上または製造物責任法上の法的責任を負うことがありうる。もっとも、このシステムの方が、人間が準備するより効率的で、ミスも少ないということであるならば、製品そのものを排除する理由にはならない。

もっとも、このビデオを見て感じることは、コンピューターと人間の関係が逆転し、人間がコンピューターに使われていることに対する違和感である。この点は、派遣社員がウェアラブルデバイスを「先生」と呼んだことに象徴されていよう。システムを導入した病院の担当医師が、利点として「プロフェッショナルの仕事が楽になること」「スキルや資格のある人が、それを生かす職制にシフトできること」を挙げているが、この言葉はそのまま、プロでない人、スキルや資格のない人に跳ね返ってくる。すなわち、プロフェッショナルとなる人間がコンピューターに命令し、コンピューターがスキルのない人間に命令するヒエラルヒーだ。ややセンセーショナルな表現を許していただけるなら、洗練された奴隷制とでもいうべきシステムと言えよう。

次に、「Business Microscope」は、休憩時間を含む勤務時間中における従業員の行動履歴を丸ごと把握する点で、「職場監視」にあたるのではないかとの問題が生じる。この点に関する法令は存在しないが、経済産業省が策定した個人情報の保護に関する法律についての経済産業分野を対象とするガイドライン」(平成21年10月9日厚生労働省・経済産業省告示第2号)には、【従業者のモニタリングを実施する上での留意点】として、次の点が定められている。

 モニタリングの目的、すなわち取得する個人情報の利用目的をあらかじめ特定し、社内規程に定めるとともに、従業者に明示すること。

 モニタリングの実施に関する責任者とその権限を定めること。

 モニタリングを実施する場合には、あらかじめモニタリングの実施について定めた社内規程案を策定するものとし、事前に社内に徹底すること。

 モニタリングの実施状況については、適正に行われているか監査又は確認を行うこと。

また、ガイドライン上には、「雇用管理に関する個人情報の取扱いに関する重要事項を定めるときは、あらかじめ労働組合等に通知し、必要に応じて、協議を行うことが望ましい。また、その重要事項を定めたときは、労働者等に周知することが望ましい」との記載がある。

いずれにしろ、このガイドラインは法令ではないから、法的効力は存在しない。したがって、ガイドラインに従って端末の装着を義務づける就業規則を設けたとしても、拒否する従業員に対して装着を命じることができるか、あるいは、装着拒否を理由とした懲戒や、雇用契約の更新拒絶が許されるか、といった法的問題は残る。非常に難しい問題だが、少なくとも、休憩時間中の従業員に端末を装着する法的義務はない筈だし、休憩時間中における従業員同士の私的なコミュニケーション状況を雇用主が把握することについては、プライバシー権侵害の疑いが濃いように思う。

 

 

 

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