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2015年6月10日 (水)

金融庁、弁護士の預かり金を監督へ

金融庁は、弁護士および弁護士法人の預り金を監督対象とするべく、銀行法改正の検討に入った。

現行銀行法は、預金などの受け入れと、貸し付けを両方行う業者を「銀行業」と定義し、金融庁の監督対象としている。改正銀行法は、一定の条件のもと、預金の受け入れのみを業とする業者をも監督対象とすることになり、具体的な監督対象としては、弁護士業のほか、複数の業種が検討されているという。

きっかけとなったのは、相次ぐ弁護士の横領事件。526日には、横浜弁護士会所属の弁護士(43)が預かり金1500万円を横領して逮捕されたほか、6月9日大阪弁護士会所属の弁護士が、2億5000万円預り金を着服した疑いで逮捕された。

銀行法が改正されると、弁護士(法人)は金融庁に対し、顧客からの預かり金額を報告する義務を負い、指定銀行に預かり金を預金する義務を負うとともに、改正後3年以内に、事業規模に応じ300万円から1億円の引当金を預金する義務を負う。金融庁は、預かり金が実態に即しているかを調査するほか、必要に応じ、引当金の増額を命じる権限をもつ。また、各弁護士会は5年以内に、預り金保証制度の創設を義務づけられ、弁護士が預り金を着服した場合には、依頼者に対して、着服金の8割を支払う義務を負うことになる。

金融庁が弁護士(法人)を監督することに対し、日弁連は、「弁護士自治に対する重大な侵害行為」と反発し、対策本部の設置を決定した。ところが、本部長に内定していた弁護士が、預かり金着服による業務上横領罪で逮捕されるという「オウンゴール」(日弁連幹部)のため、意気消沈している。

金融庁幹部は、弁護士を対象に独自に行った調査結果を公表し、「顧客からの預かり金額は平均200万円。常時1000万円以上預かっている弁護士も少なくない。一方、申告所得が300万円を下回る弁護士も多く、これでは預かり金に手をつけるなという方が酷。金融庁は事件内容に口出しするわけではないから、弁護士自治の侵害という日弁連の反発はお門違い」と、銀行法改正の背景を説明する。大阪市の主婦(67)は、「(金融庁に)監督してもらったほうがそりゃ安心ですわ。そもそも弁護士に監督官庁がなかったなんて、知りませんでした。最近はえげつない弁護士も増えているというし、どんどん監督してほしい」という。

銀行法の改正案は今国会に提出され、早ければ来年4月に施行される見通し。

 

弁護士業界に詳しい小林正啓弁護士「銀行預金の強制には反対です。昔は口座を開くと、ティッシュとかくれたものですが、今はくれないし。」

 

このエントリはフィクションです。実在の人物、団体と一切関係ありません。

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2015年6月 1日 (月)

「底が抜けた」法曹人口問題

内閣官房法曹養成制度改革推進室は、「法曹人口の在り方について検討結果とりまとめを公表した。この案は、司法制度改革後、司法試験合格者が1500人を下回る可能性にはじめて言及したものとして、注目に値する。

「法務省と文科省の妥協の産物」「玉虫色」といった評価もあるが、そんなことは、今にはじまったことではないから、本とりまとめ案の特色とは言えない。さまざまな利害対立の中でも、1500人を下回る可能性に言及したことに、大きな意味があると思う。

なぜなら、法科大学院制度は歴史的にみて、司法試験合格者を1500人からさらに増やすことを前提に創設されたものなので、政府が1500人未満に言及したということは、法科大学院制度の立法事実を、政府自ら否定したことを意味するからである。案文に「法曹の輩出規模が現行の法曹養成制度を実施する以前」という文言があるけれど、この文言は、「現行の法曹養成制度」が失敗したとの自白に等しい。これは、無謬性を旨とする政府の立場からすれば、異例というほかはない。

政府の法曹養成制度関係閣僚会議は2013年、3000人の撤回と、5年後の文科省による「共通到達度確認試験」の実施予定を公表した。その意味するところは、司法試験合格者数は年2000人程度を維持しつつ、法科大学院の統廃合によって受験者母数を減らして合格率を上げ、5年後までの事態沈静化を見越したものであることは、すでに述べた。上記とりまとめ案が閣議決定されれば、2013年の閣議決定も、わずか2年にして、事実上撤回されることになる。

司法試験合格者年3000人の閣議決定から、その撤回まで12年かかったことに照らせば、ここ2年間における政府方針の相次ぐ変更には、それなりの重要な原因があるとみるべきだろう。先日の日弁連総会では、幹部弁護士が、日弁連のロビー活動の成果と胸を張っていたけれど、もとよりそんなものは、蟷螂の斧にもなりはしない。

これは想像だが、司法試験合格者の質の低下、特に、下位合格者の学力が、目を覆うレベルに落ちていると考える。その低下は余りにもひどく、2000人維持を唱える法科大学院や文科官僚をしても絶句させるほどなのだろう。

さらに問題なのは、受験者の層が薄くなっているため、合格ラインを1点切り下げることによる質の低下が顕著になってきたことだ。どういうことかというと、かつての受験者のうち合格レベルにある層は、上下に潰れたピラミッド型(どんぐりの背比べ型)をなしており、1点差に多数ひしめいていた。「合格者を増やしても質は下がらない」との議論が出た所以である。これに対して、現在の受験者層は、「ロングノーズ」型であるため、合格点を1点下げると、レベルが大きく下がってしまうのだ。

すなわち、いまの司法試験は、1500人の維持に固執すると、とんでもない低レベルの合格者を出す危険が現実のものとなっており、法務省がその具体例を示したため「ぐう」の音もでなかった文科省が沈黙した結果が、異例ともいえる「1500人未満」への言及だったのではないか。

なぜ受験者層が薄くなったのだろうか。かつて私はブログに、「アベノミクスで景気が劇的に回復しない限り、受験者数の増加はありえない」と書いたことがある。今の景気は、劇的ではないにせよ、全体としては回復基調にあるとみてよいだろう。それにもかかわらず、受験者層が薄くなった理由は、考えてみれば当然のことで、景気が回復しつつある民間と、相変わらず不況風の吹く弁護士業界のどちらを若者が選ぶかといえば、自明だからである。

なお、司法試験合格者の質が低下しているとの「想像」だが、傍証としては、かつて1500唱えつつ一定の留保を述べていた公明党が、今回のとりまとめ案に対して、全く異論を唱えていないことが挙げられる。この事実は、司法試験合格者が1500人になっても、創価大学出身者の合格者数は影響を受けない、と公明党が判断したことを示している。創価大学から法曹を目指す若者の学力レベルは、大学の性質上、他大学より一定していると考えられるから、同大学出身者の合格率が安泰ということは、その分、全体としてのレベルが低下したことを示すとみてよいと思う。

以上からいえることは、司法試験制度の「底が抜けた」ということなのかもしれない。弁護士業界の景気回復を示す指標は乏しく、困窮を示すニュースばかり流れる昨今、膨大な資金と3年という時間を使って司法試験に挑戦する意味は、いよいよ失われていくだろう。

何より問題なのは、法科大学位制度を今すぐ廃止したところで、抜けた底を直すことはできないだろう、ということである。

 

 

 

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