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2015年10月13日 (火)

「ロボット法学会設立準備会」に寄せて

1011日、お台場の科学未来館で開催されたロボット法学会設立準備会に出席し、10分ほど話す機会をいただいた。以下は、その際話したことを多少修文したものである。

 

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本日は、「なぜロボット法学が必要なのか?」という問いに対して、私なりに考えた「4つのNEW」という話をしたいと思います。

 

第一は、NEW Machineです。

機械は、かつて道具でした。有史以来、機械は複雑化の一途をたどり、人間に莫大な力を与えてきましたが、それでも、人間に完全に服従していました。機械が他人に危害を加えることもありましたが、そのとき法律は、機械を支配していた人間の責任を問えば足りました。「あいつを撃ったのは私ではなくピストルです」と弁解する人はいなかったのです。

しかし、技術の発達は人工知能を生み、人工知能を備えたロボットを登場させようとしています。これらのロボットは、自分で考え、自分で判断し、自分で動作するという「自律性」を備えています。たとえば、昨年プロ棋士を破った電脳戦に登場したロボットは、制作者が強く育て上げたわけではありません。制作者が教えたのは、将棋を勉強する方法であり、あとは人工知能が自分で勉強して、自分で強くなったのです。プロ棋士を破ったロボットのプログラマーはこう言っています。「勝ったのは私ではありません。このロボットです」と。

同じことが、将棋以外の世界でも現実化しようとしています。「あいつを殺したのは私ではありません。ロボットです」という弁解が生まれることになります。そのとき、我々はロボットに責任を問うべきでしょうか。おそらくそれは、数十年早いでしょう。そうだとすれば、責任を問われるのは、人間でなければなりません。責任の根拠は、製造責任、教育責任、監督責任といったものになるでしょう。いずれにせよ、この点に関する法律的研究は、まだ全くなされていません。NEW Machineの登場は、新たな法律学を必要としています。

たとえば、80歳の老人を乗せた完全自動運転自動車が走行中、対向車のトラックがセンターラインをオーバーしてきたとします。ブレーキをかけても間に合いません。ハンドルを右に切れば衝突を避けられますが、その先には登校中の小学生の列があります。この状況において、自動車の人工知能は、どのような判断をするべきでしょうか。

この問題には、いろいろな答えがあってよいと思います。ただここで指摘したい重要なことは、第一に、人工知能は、危機的事態における判断の優先順位を、あらかじめ教えられていなければならない、ということです。第二に、その優先順位は、自動車やメーカーによってまちまちであってはならない、ということです。したがって、そのルールは世界共通であることが求められます。このようなルールを策定するためには、どうしても法律家が必要です。ちなみに、わが国の磁土運転に関する国交省の会議には、法律家が一人も参加していません。わが国の自動車産業は、知能化でイニシアティブをとらなければ、家電産業と同じ運命をたどることに、気づいていないのでしょうか。

 

第二は、NEW Relationshipです。何の関係かというと、人間とロボットとの関係です。かつて蒸気機関は産業革命を、コンピューターは情報革命を起こしました。ロボットは感情の世界に革命を起こすと、私は予想しています。ヒューマノイドが普及すれば程なく、メイドロボットと心中する青年が現れるでしょう。

ロボットが人間と感情的な交流を行うためには、相手の様々なプライバシー情報を取得する必要があります。たとえば私が新保先生と親しくお話ができるのは、顔と名前が一致するからであり、性別年齢など基本的な属性や、社会的地位を承知しているからであり、以前の会話の内容を覚えているからです。しかし、ロボットに同じことをさせようとすると、様々な法的問題にぶつかります。

2013年秋、NICTが大阪駅で行おうとした顔認証の実証実験は、マスコミや市民団体などの反発を浴び、延期を余儀なくされました。このように、顔認証の技術は市民の反発を買いやすく、具体的なルールがないことが問題を深刻にしています。われわれ法律家は、人間とロボットがプライバシー情報をやりとりすることについて、適切なルールを策定しなければなりません。法律家の中にも、顔認証技術はおよそ禁止するべきだという人もいます。しかしそれでは、鉄腕アトムもドラえもんも生まれないことになります。

人間とロボットの関係は、良い関係ばかりではないかもしれません。たとえば今のカーナビは、ドライバーがルートに従わなくても文句を言いませんが、これからのカーナビは、文句を言ったり怒ったりするかもしれません。さらに進んで、営業車を運転するドライバーに、寄り道をするな、スピード違反をするな、上司に報告するぞと脅すようになるかもしれません。このように、人工知能を備えたロボットが、いわば中間管理職のような立場で現場の人間を管理する未来は、すでに実現しつつあり、私はこれを「洗練された奴隷制」と呼んでいます。法律家は、このような時代に即応した労働法の考察を求められています。

 

第三は、NEW Lawです。以上述べたNEW MachineNEW Relationshipは、新しい法律を必要としています。一方、既存の法律で対処できる場面も多くあります。また、既存の法律で対処できるが、解釈を変更しなければならない場合もありうるでしょう。

たとえば、ロボットに命じて人を殺したら殺人罪、ものを盗ませたら窃盗罪が成立します。これは既存の刑法で十分対処できます。しかし、ロボットに命じて他人の家に侵入させても、既存の刑法解釈を前提にする限り、住居侵入罪は成立しません。それではおかしい、ということであれば、従前の法解釈を変更しなければなりません。

また、自動車同士が衝突すれば、追突事故など一方が100%悪い、という事故でない限り、両方の自動車の運転手に、相応の過失があるとされます。これを過失相殺と言いますが、完全自動運転自動車同士の事故の場合にも、過失相殺の考え方が適用されるかもしれません。しかし、そのとき法律家は、機械の過失とは何か?という疑問と向き合うことになります。

 

第四は、NEW Generation です。

ロボット法学は、人間のための学問ですが、人間の中でも、次の世代のために、必要です。

私自身の経験で言えば、子どものころ電車を見るのが大好きでしたし、飛行機の離発着に心躍る少年でしたし、アポロ11号の月着陸に興奮した世代でした。ロボットは、今の子どもたちに、かつての子どもが味わったような興奮と、未来への希望を与えてくれると、私は確信しています。ロボット法はそのために存在するのであり、決して、子どもからロボットを奪うようなものであってはならないと思います。

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