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2016年2月22日 (月)

法定利率もマイナス金利へ

最高裁判所と法務省は、4月1日から民事法定利率を年マイナス0.5パーセントとすることを定め、関係各機関に通知した。民事法定利率のマイナス金利は、民法制定以来はじめて。

貸金などの利息は、当事者が合意した利率が原則として適用されるが、合意がない場合に適用されるのが法定利率。法定利率は明治29年の旧民法制定以来、年5%と固定されていたが、バブル崩壊以来続くデフレにより、「銀行の定期預金金利さえ1%未満なのに、5%は高すぎるのではないか」との声が経済界を中心に上がったため、昨年の民法改正で、日銀の政策金利を基準として最高裁判所と法務省とが共同して定める「変動金利」となった。

日銀の政策金利は20162月に初のマイナス金利を導入して以来下がり続け、この4月からマイナス3%になることが決まっている。民事法定利率は3年間「ゼロ金利」だったが、政策金利の引き下げに合わせ、マイナス0.5%に引き下げられることになったもの。

日弁連はマイナス金利を歓迎している。その理由は、法定利率がマイナス金利になると、損害賠償請求訴訟を起こしても、時間が経つほど賠償金額が減ることになるからだ。そのため、「一日でも早く訴訟を起こそうという動機になる」と訴訟増加を期待する。

日弁連はまた、貸金利息の上限は年18%でも高すぎるとして、利息制限法の違憲訴訟を準備中だ。「法定利率が5%でも高いというなら、利息制限法の18%は論外。借金で苦労する市民の立場からみれば、利息制限法の金利こそマイナス金利になってしかるべき」(日弁連幹部)と鼻息は荒い。もっとも、「弁護士は過払い金ブームの再来を願っているにすぎませんよ」という穿った見方もある。

日弁連の内情に詳しい小林正啓弁護士は、「弁護士がマイナス金利を歓迎するのは別の理由です。お金を払う側の弁護士からすれば、訴訟を引き延ばせば引き延ばすほど、賠償金額を減らせるからです。もちろん私は、こんな恥ずかしい訴訟戦略はとりません。差し支え攻撃?そんな言葉、聞いたことがありません」と述べた。

 

このエントリはフィクションです。実在する団体や個人とは一切関係ありません。

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2016年2月19日 (金)

「コンピューターを人とみなす」とした米運輸当局の見解について

2016年2月12日、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)が、Googleに対して、コンピューターをドライバーとみなせる可能性があるとの見解を示したと報じられた。

この報道について、坂村健東大教授は2月18日付毎日新聞『坂村健の目』で、「メーカーに重い賠償責任を突きつけた」と報じる日本のマスコミは間違いで、むしろ「メーカーにとって福音」と歓迎する考えを示した。その理由は、「米国では懲罰的賠償で、製造物責任は何十億ドルものリスクになる。しかし『コンピューターはドライバー』ということになれば、製造物責任ではなく通常過失の対象(となり)公判前の和解がほとんどで、訴訟コストも低い」から、としている。

しかし、この理由づけはおそらく間違いである。

米当局がGoogle Carの「コンピューターをドライバーとみなす」としたのは、行政当局が自動車の有「人」走行のみを前提とする法律について、「人」は自然人ではなく人工知能も含むと解釈変更して、現行法上も(=法改正をしなくても)公道走行を認めた、ということを意味するに過ぎない。Google Carが事故を起こした場合の責任について言及したものではなく、まして、メーカーの賠償責任を軽減させたものではない。

そもそもの誤解は、行政当局の判断と、事故が起きたときの司法判断をごっちゃまぜにしていることが原因だ。米国は日本と同じ三権分立制だから、行政判断と司法判断は異なるし、行政府の法解釈が裁判所を拘束することもない(米国でもある種のレベル以上ではあるかもしれないが、少なくとも『見解を示した』レベルの行政判断が裁判所を拘束することはありえない)。ただ、運輸当局が法解釈を変更した結果、Google Carが公道を走行しても、日本の道路交通法にあたる法令違反として検挙されることはなくなるので、事実上大手を振って公道を走行できるということに過ぎない。

いいかえれば、行政当局の恩恵が及ぶのはここまで。事故を起こした場合の責任の有無内容は、裁判所の管轄であり、行政当局には差配できない。

したがって、「コンピューターがドライバーとみなされれば、事故が起きても過失責任となり、製造物責任とならない」という理解も間違いとなる。たとえば、人間のドライバーが赤信号を見落として交差点に進入し事故を起こせば過失だが、仮にGoogle Carの人工知能がある種の環境(たとえば夕日などの強い逆光)下で赤信号を認識できず交差点に進入し事故を起こせば、メーカーが問われるのは過失責任でなく、製造物責任である。

しかも、製造物責任は懲罰的賠償で何十億ドルのリスクだが、過失責任は公判前和解がほとんどで賠償金額も少ないという理解もかなり不正確だ。米国のPL訴訟も公判(トライアル)前の和解がほとんどだし(以前調べた記憶によれば9割程度だった)、製造物責任だから懲罰的賠償ということもない。過失はその性質上、一般的に「懲罰的賠償」になじまないだけで、過失による事故でも、証拠を隠したりすれば、懲罰的賠償はありうる(と思う)。

では坂村教授の主張が法律的に全部間違いかというと、そうではない。米当局の判断を歓迎する教授の主張は、「完全自動運転自動車の方が、人間が運転する自動車より安全」という認識があり、その認識は、一般論としては正しい。この認識を前提とするかぎり、道路交通の安全確保を目的とする道路交通法規において「コンピューターを人とみなす」という法解釈は成立しうる。米国らしいプラグマティックなアプローチであるし、文言解釈を重視する日本の法律家も少しは見習え、という限りにおいて、坂村教授の主張は一理ある、ということになろう。

 

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2016年2月12日 (金)

弁護士人口ピラミッドの将来予測

明けましておめでとうございます。

年初以来ブログが更新できなかった最大の理由は、日弁連会長選挙に関わったからである。今回いわゆる主流派から立候補した中本和洋弁護士(大阪弁護士会)とは、同じ会派に所属して近しい関係にあり、応援することになった。加えて、データベースの構築や管理を一手に引き受けたため、選挙期間中、全く時間がとれなかった。

選挙も終わったので、上記の立ち位置から選挙を経験して感じたことを、数回に分けて記したいと思う。

今回は「弁護士人口ピラミッド」のお話である。

日弁連会長選挙に向けて、有権者である会員のデータベースを構築して気づいたのは、その人口分布のいびつさだ。

 

 

Kibetu_bunpu_2

 

頭では分かっていても、形で見ると、近年の人口増の極端さには改めて驚く。

しかも、このグラフは正確には「人口ピラミッド」ではない。なぜなら、ピラミッドのような末広がりではなく、花瓶のように底辺に向け収束しているからだ。これは、ここ数年の合格者人口抑制の結果である。

この「人口花瓶」は、これからどう変化するだろうか。予測してみた。

将来予想にあたっては、今後8年間で、弁護士登録数が年100人ずつ減り、800人で止まると想定した。司法試験合格者数でいうと、年1000人まで減少し、任官は200人という想定である。また、上位10期の先生方には、失礼ながら毎年1割ずつご退場いただく想定にしている。

以上の想定に基づき、25年後の2041年までを予測したグラフは、次の通りである。

 

 

Kibetu_bunpu_yosou_2

こうやって見ると、軽く寒気が走りますね。いうまでもなく、人為的に作り出されたこの「団塊の世代」の未来に対して。

グラフで明らかなとおり、1期あたり2000人を超えた60期から62期までを頂点とする、59期あたりから75期あたりまでの「団塊の世代」が、人口比として突出したまま、今後25年以上、推移することになる。この世代だけで、27000人を超える。たとえば同世代での競争率は、40期台の4倍を超えている。60期といえば、独立する人は独立を終えている世代だ。しかも、独立や結婚、子育てや学費にコストのかかる時期を迎えている。彼らの競争は熾烈を極めていることだろう。

しかも、競争はますます厳しくなる。

下のグラフは、上記想定で算出した弁護士人口の推移と、日本の人口に関する公的な統計・予測とを組み合わせたものだ。弁護士人口の増加と、人口の減少は、きれいなX字を描いて交差している。

 

 

Jinkouhi_2

 

ちなみに、日本人の将来人口を弁護士の将来人口で除し、弁護士一人あたりの国民数を算出したグラフは、次の通りだ。

 

 

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弁護士一人あたりの国民数は、2000年には7411人だったのが、2015年には3477人と半減以下、2040年には1947人となり、40年間で4分の1近くに減少する。これで2040年の弁護士が、2000年と同レベルの事件数や収入を確保しようというのは、どだい無理な話だろう。

もちろん、この予測はかなり大雑把である。弁護士一人あたりの事件数等を予測するため必要な資料としては、人口のほか、企業数や、GNPなどがあろう。だが、これらの資料の中で、今後25年で数倍の成長が見込まれるものがあるのだろうか。あったら指摘してください。お願いだから。

 

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