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2016年7月11日 (月)

小学校の人文字撮影や企業内運動会等撮影目的のドローン飛行に国土交通省の承認は必要か

 航空法132条の2の第4は、「(無人航空機を)祭礼、縁日、展示会その他の多数の者の集合する催しが行われている場所の上空以外の空域において飛行させる」場合、国土交通大臣の承認を要すると定めている。

 

 では、ドローンを使って小学校の人文字を撮影する場合や、企業内運動会を撮影する場合、国土交通大臣の承認は必要だろうか。

 

 すなわち、「多数の者」の上空ではあるけれども、その「多数の者」が不特定多数ではなく、同一組織に属していて、ドローンの飛行をあらかじめ知っていたりする前提で行われる飛行について、航空法132条の2の第4号の適用があるか、という問題である。

 

 回答を先に述べておくと、国土交通省は、承認不要という運用を行っているらしい。だが、この運用は違法である。したがって、未承認で飛行させれば航空法違反となる。

 

 その理由を述べよう。まず、航空法1322号は、「国土交通省令で定める人又は家屋の密集している地域の上空」における無人航空機の飛行を禁止している。そして、禁止空域外であっても、「祭礼、縁日、展示会その他の多数の者の集合する催しが行われている場所の上空以外の空域において飛行させる」場合には、国土交通大臣の承認を必要と定めている。しかも、承認は「飛行させることが航空機の航行の安全並びに地上及び水上の人及び物件の安全を損なうおそれがないことについて」なされることとなっている。

 

 すなわち、航空法132条の24号の趣旨は、「人口密集地域」の上空ではなくても、「多数の者の集合する催しが行われている場所」の上空であれば、地上の人及び物件の安全が損なわれる危険があるから、国土交通大臣の承認を必要としたものである。

 

 なお、平成271117日(ご指摘により訂正しました)に公表された無人航空機にかかる規制の運用における解釈についても、「多数の者の集合する催しが行われている場所の上空においては、無人航空機を飛行させた場合に故障等により落下すれば、人に危害を及ぼす蓋然性が高いこと」が承認を要する趣旨であるとしている。同意の有無を問うていないことに留意されたい。実際のところ、同意していようがしていまいが、墜落した場合に怪我をする危険に差はない。

 

 では、どの程度の集まりであれば、承認を要するだろうか。人口密集地の基準が国勢調査の結果に基づく人口集中地区(4000人/㎢)とされた(航空法施行規則236条の2)ことと同様の人口密度を計算し、100メートル四方あたり40人以上集まるのであれば、承認を要する人数に該当するというべきであろう。100メートル四方あたり40人というのは、大雑把にたとえると、小学校の校庭に、一クラス分の人数が散らばっている感覚である。これで「多数の者が集合」したといえるのか、といわれてもピンと来ないが、同じ人口密度の人数が屋根の下で暮らしている地域の上空を飛行することが禁止されていることにくらべれば、屋根のない場所にいること自体、危険性が高いといえるから、現行法解釈の統一性をはかる以上は、こう考えるほかないだろう。それで不合理だというなら、そもそも平方キロあたり「たった」4000人を「人口密集地」とみなす航空法施行規則236条の2を改正してもらう必要がある。

 

 その集まりの参加者全員が、ドローンが上空を飛ぶことに同意していた場合は、国土交通大臣の承認は不要だろうか。そんなことはない。航空法は公法なので、私的な同意の有無によって、公法上適法になったり違法になったりすることはない。航空法上適法であっても、空域下の土地所有者の同意がなければ、飛行が違法になる場合もある。同じように、空域下の人の同意があったとしても、航空法上適法になるとは限らない。上述した無人航空機にかかる規制の運用における解釈についても、『多数の者の集合する催し』に該当する例として『祭礼、縁日、展示会のほか、プロスポーツの試合、スポーツ大会、運動会、屋外で開催されるコンサート、町内会の盆踊り大会、デモ(示威行為)等』を挙げている。もとよりこれは、参加者全員がドローンの飛行に同意したとしても、国土交通大臣の承認を要することを意味する。

 

 なお、撮影される参加者が、同一組織に属するとして、承認不要とする見解もあるが誤りである。確かに、無人航空機の操縦者本人や、操縦についてその指揮命令下にある者については、30メートル規制をはじめとする航空法上の規制の適用はないといってよい。しかしこの解釈は、操縦者本人をはじめとして、ドローンの操縦に直接関わる数人ないし、せいぜい十数人に適用されるだけであり、小学校の生徒や、企業の従業員に適用されないことは自明である。校長や社長の指揮命令下にあるからといって、ドローン操縦スタッフと同一視してよいという理屈は存在しない。この理屈が適用されうるのは、たとえば野外コンサートをドローンで撮影するとして、本番には承認を要するが、スタッフだけのリハーサルには承認を要しない、といった程度だろう。

 

 以上からすれば、小学校の人文字撮影や、企業内運動会の撮影のためであっても、ドローンの飛行に国土交通大臣の承認を要することは明らかであろう。

ではなぜ、国土交通省は承認不要という運用をしているのだろうか。答えは簡単で、彼らはサボっているのである。自分で厳しい規制を敷いておきながら、許可・承認申請が殺到して首が回らなくなったので、手を抜き始めているのだ。

「固いこと言わずに、所轄官庁が許可・承認不要と言っているのだから、甘く運用するならさせておけばいいじゃないか」という意見もあろう。だがこの意見は間違っている。確かに航空法に基づく許可・承認の所轄官庁は国土交通省だが、違法を摘発するのは警察だ。したがって、万一人文字撮影中のドローンが墜落して小学生に怪我をさせた場合、操縦者は傷害の罪のほかに、航空法違反の罪をも問われることになる(墜落しなくても、航空法違反の罪を問われる可能性があることは同じだが)。そのリスクを避けるためには、法に則って承認申請を行った上、承認不要という回答をもらい、その回答を記録しておく必要がある。

 

 これが法の支配であり、法律による行政のあるべき姿である。法律を遵守してみて具合が悪ければ、担当官庁がサボるのを容認するのではなく、法律を改正する(させる)。これが、大げさなようだが、民主主義というものである。

 

 

 

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