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2016年7月25日 (月)

人工知能は人間の仕事を奪うのか?(『洗練された奴隷制』再論)

人工知能やロボットは、人間の仕事を奪うのか?という問題が議論されている。

この問題を考える上で、ムラタシステム株式会社の提案する「手術準備支援システム」は、とても参考になる。

外科手術は、どんな簡単なものでも、数十点の器具を準備する必要がある。従前、この準備は資格を持つ看護師が行っていたし、チューブの口径を1ミリ間違えただけでも人命に直結する、非常に神経を使う仕事であった。

手術準備支援システムは、準備すべき器具を入力するコンピューターと、その情報を受け取るポータブル型PC、ウェアラブルグラスと、バーコードリーダーから構成されている。準備作業を行う職員が、ポータブル型PCを腰に、ウェアラブルグラスを目に、バーコードリーダーを手の甲に装着すると、準備する器具と、その所在する棚の場所がグラスに表示されるので、その場所に行って器具を手に取り、バーコードリーダーをかざして確認する。間違っていなければ、グラスに次の器具が表示される、という仕組みである。

看護師は手術器具の準備から解放され、その負担が一日あたり3時間以上減ったという。NHK『クローズアップ現代』のサイトによれば、看護師長は「一瞬で準備ができるというのは、圧倒的に機械が速い、確実。」と述べる。

また、看護師に替わって準備を行っているのは派遣労働者であるが、「私一人じゃ、絶対に心もとなくて、本当に先生という感じです。」と述べ、コンピューターを「先生」と呼んで頼り切っている。

ビデオを見ると、派遣職員の女性は、棚の隙間の狭い通路を、器用に移動して手術器具を集めている。このような移動は、ロボットにはできない。他方、派遣労働者の女性は、コンピューターに指示された場所に行き、指示された器具を収集するだけで、その器具が何であるか、その器具を使っていかなる手術が行われるかを知らないし、知る必要もない。

とても合理的なシステムだと感心するが、ふと、「どちらがロボットなのか?」と思う瞬間がある。

人工知能やロボットは、今後も職場に進出し、人間の仕事を代替していくだろう。しかし、そのこと自体は、「自動化」「機械化」と呼ばれる旧知の現象であって、人類社会が産業革命以降経験してきたことだし、乗り越えてきたことでもある。人工知能やロボットが職場にどのような影響を与えるかという議論は、産業革命以来の「進化」と質的に異なる変化があるのか、という問題として検討されなければならない。

ムラタシステムの「手術準備支援システム」は、使用するコンピューターのレベルこそ低いが、人工知能の時代に特徴的な職場の変化を垣間見せてくれる。従来の「自動化」や「機械化」によって職場に進出してきた機械は、いずれも人間の操作を受け、人間の指揮命令に従って動作してきた。つまり、職場のヒエラルヒーとしては、人間は機械の上位にいたのである。

これに対して、近未来の職場においては、人工知能が、現場の人間を操作し、指揮命令するようになる。現場の人間は仕事の意味や目的を知らず、知るのは人工知能だ。従来の「自動化」や「機械化」と決定的に異なるのは、現場の人間と人工知能とのヒエラルヒーの順序である。もちろん、人工知能の「上」には人間がいて、高度な意思決定(たとえば、この患者に〇〇という手術を行う)を行っている。したがって、職場全体のヒエラルヒーとしては、人間人工知能人間という順序となる。一言でいうと、「中間管理職の人工知能化」が進むことになる。

私は、人工知能が進出することによって初めて実現する、このような職場の形態を『洗練された奴隷制(Sophisticated Slavery)』と呼んでいる。

洗練された奴隷制は、直ちに現場の人間を不幸にするわけではない。『クローズアップ現代』でインタビューを受けた派遣労働者の女性のように、コンピューターの指示どおりに働けば給料がもらえるし、ミスする心配もしなくてよい。労働時間の管理も人工知能がきっちりやってくれるだろう。

ただし、懸念すべきこともある。この種のシステムは、図や記号、数字や矢印で大概の指示を出せるので、必ずしも言語がいらない。だから、教育のない人間や、言語の異なる外国人であっても、同レベルの仕事を行うことができる。これは、現場の人間の給料を押し下げる要素として働く。結果として、「人工知能の上にいる人間」と「人工知能の下にいる人間」との格差は、広がっていくことになる。

ヒエラルヒーの上位にいる人間も、安穏としてはいられない。人工知能が東大入試にチャレンジする『東ロボくん』プロジェクトのリーダーである新井紀子国立情報学研究所社会共有知研究センター長は、「銀行の窓口業務より、『半沢直樹』がロボットに代替される方が先。与信審査は、膨大なデータをもとに投資の成功率を予測する仕事であり、これを確率的に最適化する能力は、人工知能の方が上」と予言しているし、これは筆者が述べてきたことと同じことである。ただ問題は、『半沢直樹ロボ』は、経営者に対して一定の経営判断を上申することになるし、「上」にいる人間といえども、その上申を争うことが困難になるだろう。

想像してみてほしい。あなたが銀行の部長であるとして、ある会社に100億円を融資すべきかどうかについて、『半沢直樹ロボ』と意見が対立したとする。『半沢直樹ロボ』の判断の的中率が80%であるとき、あなたは、自分の地位や行内での信用をかけて、『半沢直樹ロボ』と対決できるだろうか。

膨大なデータを分析し、「買うべきか、売るべきか」を確率的に最適化する能力が人間より優れているならば、為替相場や株取引は、ほどなく、人工知能がその大半を支配することになるだろう。そのリスクは、十分に検討しておく必要があると思う。株式自動売買システムの暴走がブラックマンデーを引き起こしたように、人工知能の暴走が、為替や株の異常な暴落を引き起こさない保証はない。

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