万引き常習犯検知のための顔認証システムについて
2015年11月20日付日本経済新聞電子版に、ジュンク堂書店池袋本店で実施されている万引き防止のための顔認証システムが紹介された。記事によると、土日には5万人が来店する同店では、2014年6月以来の1年間で約500人の「万引常習者」の顔データを蓄積しており、怪しい客が来店すると、店内を巡回する保安員に画像を送信。保安員は送られてきた画像と目視した客が同一人物か否かを判断して監視する仕組みとのことだ。記事の最後には、「万引を繰り返す常習犯の取り締まりに、顔認証システムは絶大な効果をもたらす」という店長のコメントが掲載されている。
この記事は、ジュンク堂池袋支店をプチ炎上させたらしい。twitter上では賛否両論がまとめられているが、批判のtweetとしては、「ジュンク堂さん、これはやめてください。司法機関でもないのに犯罪者認定するのは人権侵害になり得ます」といったものがある。
このシステムは違法だろうか。
まず、録画しない撮影について考えてみる。書店が、売り場内に防犯カメラを設置して来店客を撮影(モニタリング)することについて、法律家の多くは、基本的に(カメラの設置方法などについて問題がない限り)適法と回答するだろう。適切な警告文の掲示を条件とするとの見解もあろうが、そうだとしても、「防犯カメラ設置中」程度の文言で足りよう。弁護士の中には、公道に設置された防犯カメラは違法と考える者もいるが、その立場に立ったとしても、書店は私的な空間であり、オーナーの施設管理権が及ぶから、公道と同視することはできない。
では、警備員が防犯カメラ画像をモニタリング中、万引を目撃したとして、その様子や万引犯の顔画像を録画し保存することはどうか。これが適法であることに異論はないだろう。最近の防犯カメラは常時録画しているが、たとえば営業時間終了後に万引き映像を発見した場合、当該映像を他の映像から切り離して保存する(他の映像は一定期間経過後消去する)ことも適法と考える。
次に、「万引犯」の画像を保存しておいたところ、当人と思われる者が来店した場合、その事実を保安員に連絡するなどして監視することは適法か。これが適法であることについても、異論はないと思われる。
このように見てくると、何の問題もないように見える。ではなぜ炎上したのだろうか。もう少し、報道されたジュンク堂での運用実態に迫って検討してみよう。
第1に、記事によれば、このシステムは、来店客全員の顔画像を数値に変換し、保存してある「万引常習者」リストと突合する仕組みになっている。この過程では、万引犯であると否とにかかわらず、来店客全員の顔画像と、そこから作成された顔認証情報が、店側に保存される。顔画像や顔認証情報は、いずれも個人情報に該当するし、プライバシー情報にもあたるから、店側がこれを保存するには、一定の正当事由が必要だ。この点は記事上詳らかにされていないが、「万引常習者」リストと突合後、該当しなければ速やかに削除されるという前提であれば、適法と認めてよいと考える。また、万引犯リストと突合し、犯人の疑いありと分類された場合であっても、実際に確認して別人であると分かれば、その人の顔画像や顔認証情報は、速やかに削除されなければならない。
第2に、店側に保存された「万引常習者」リストに問題はないのだろうか。上述したとおり、当該リストが、実際に万引を行っている画像であれば、問題はない。問題は、実際の運用上は、「万引をしたと疑われるが、断定まではできない」客の画像がリストに登録されてしまう点にある。この点については、結論として、「万引きしたと合理的に疑われる画像」である限りにおいて、適法と考える。これをジュンク堂書店についてみると、システム導入後1年間に登録された「万引犯」は約500人という。一日平均2万人来店するとして、延べ約700万人中の500人だから、登録率は1万分の1以下となる。この程度であれば、登録されているのは「万引きしたと合理的に疑われる画像」であるとみてよいように思われる。これは店が客の人権に配慮したというより、「疑わしい画像」を何でもかんでも登録したのでは、ハズレの警報が頻発し、システム自体の信頼性が無くなってしまうという、運用上の必要性に基づくものと思われる。
第3に、記事によれば「監視カメラで撮影していることを来店客に伝える張り紙がある」とのことだが、上記のような照合システムを運用するにあたり、この程度の文言で足りるだろうか。足りないとする立場に立てば、たとえば、「当店はお客様の顔画像を万引犯リストと照合するシステムを運用しています」との文言が必要となろう。確かに、当該システムは単なる監視にとどまらず、来店客の顔画像を万引犯リストと照合する点で特異性があるから、この点を告知する必要はあると思われる。
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コメント
この事象の因は既知のことですが、
さて、話は飛びますが、その因念に迫りましょう。
>洋品店で不審な動き、警備員に追われる 「ららぽーと横浜」で転落死の高2男子
の事案が発生しました。
詳細不明なので、確定的な言質は避けなければなりませんが
来場者の安全の為には自らの生命の担保をもいとわない
崇高な理念に基づいた民間私的警備員の努力には
ただ脱帽するばかりです。
銃器にはその自らのドテッパラを(人体は銃弾の遮蔽には極めて有効
さらして、来場者をお守りする姿を想起します。
かつてのTVザ・ガードマンを彷彿とさせますかもね。
しかし、仮にこの仏さまが無実であっとしたら
この警備会社は殺人会社ということになることは自明。
司法警察員という縛りの無い、無法警備員の暴走を
どこかで、歯止める手段がそろそろ、認識されなければ
ならないでしょうね。
司法の無力は、おぞましい歴史が証明していますから
御ブログの限界も観察しながら
監視カメラや愚店や愚警備員による殺人誘発もしくは同類行為
を訴えていきたいですね。
投稿: やっこさん | 2016年9月18日 (日) 09時17分
小林先生
2016年9月15日、日本弁護士連合会から、警察庁長官、個人情報保護委員会委員長、総務大臣、都道府県知事、及び政令指定都市市長宛に提出された「顔認証システムに対する法的規制に関する意見書」についてどのように思われますか?
以下抜粋になります。
複数の店舗間で,万引き犯人等の顔認証データを用いた顔認証システムを導入している例がある。いずれの場合も不正利用の危険性はあるが,特に万引き犯人等の顔認証データを用いた顔認証システムは、顔認証データが類似しているというだけの理由で本人の知らない間に監視の対象にされているという事態が起こりかねず,プライバシー権等の侵害に当たるおそれがある。
顔認証システムは,警察が対象として設定した特定の人物について,顔認証データさえ収集すれば,監視カメラ画像によってその所在を検索及び追跡することができるものである。
いったん登録されれば,例えば,警察庁及び都道府県警察が自ら設置及び管理する監視カメラと組み合わせることにより,特定地点における特定の個人の出現の有無を自動的に検出することが可能であると考えられる。また,「選択した地点の全ての顔検知画像と登録顔画像の照合が可能であること」とされていることから,複数の地点において,特定人の出現の有無を自動的に検出することもできると考えられる。
現時点において,検索の精度の詳細については不明であるが,仮に高い精度で運用されているとすれば,過去に起こった事件の捜査のためだけでなく,事件の発生とは関係なく,現時点における特定人の行動を監視することもできてしまう。
顔認証データのデータベースに,顔認証ソフトを使用して,他から収集した精度の高い顔画像を照合すれば,特定の個人の顔認証データを自動的に抽出することができる。
従来の監視カメラであれば,人間が動画を直接目視して,被疑者の存否を確認する必要があったため,捜査利用への効率及び正確性の確保といった利便性はあまり高くなかった。これに対して,警察が顔認証ソフトを保有していれば,捜査目的で広く民間団体等から監視カメラのデータを収集すると,その画像が一定程度以上の精度であれば,顔認証データを生成することができ,これを集積した顔認証データベースを作成することができる。警察が自ら街頭や施設内に設置している監視カメラ画像からも,同様のことが可能である。
顔認証データは,顔認証ソフトの適用により,誰の顔認証画像であっても簡単に生成することができ,多数の監視カメラの連続的な日時情報や位置情報と合わせることにより,どこで何をしていたかまで分かる。そのため,指紋やDNA型試料と違って,特定の人の行動や私生活を覗き見るのと同じようなことができるという深刻な問題を孕んでいる。
デジタルデータ保存媒体や通信技術の発達により,従来は蓄積が困難であった監視カメラの映像データを長期間大量に保存し転送することが容易になってきている。つまり,いったん警察によって監視対象とされた市民は,過去の,長期間の,広範な場所における行動履歴を,全国の警察によって組織的に検索され監視され利用される状態に置かれることになる。
そもそも,事件に無関係な市民の画像を網羅的に収集したり,顔認証データを生成したりすることは,憲法が保障する基本権であるプライバシー権を制限するので,これを行う場合は強制捜査として位置づけるべきであり,強制処分法定主義(刑事訴訟法第197条第1項ただし書)に則り,事前に捜査方法として法律で許容されていない場合は,実施されるべきではない。
上記システムの規制は,捜査の便宜に偏りがちな警察内で作成される規則や通達・通知によるべきでなく,法律によって許容される条件が規定され,厳格に運用されるべきである。
顔認証データを顔認証データベースに登録すれば,その後,全国の警察が捜査活動で収集した顔画像から顔認証データを生成し,顔認証データベースに登録されている顔認証データと照合することが可能となるため,捜査機関にとっては極めて便利である。しかし,このような状態は,顔認証データを顔認証データベースに登録されている者にとっては,常に潜在的犯罪者として監視下に置かれ,全国の様々な場所における犯罪場所での行動の有無を監視されるということを意味する。これは,自分の行動履歴を他人に知られるという意味においてプライバシー権と衝突するだけでなく,犯罪が起これば,常に潜在的被疑者として扱われるという意味において人格権とも衝突するものといえる。
顔認証システムは,現在,一部の警察で試験的に活用が行われており,犯罪捜査への活用が進む可能性があるが,その仕組や検索の精度についてはほとんど公表されていない。
誤って顔認証データベースに登録されてしまった者には,自己の顔認証データが当該データベースに登録されているか否かを問うための個人情報開示請求権が認められるべきである。これを認める前提として,誤って登録された顔認証データの抹消請求権が認められるべきである。
抜粋は以上です。
犯罪を犯していない無実の市民が誤って顔認証データベースに登録されると、警察によって常に潜在的犯罪者として監視下におかれ、防犯カメラのあるすべての場所で顔認証され、即座に位置情報を把握され行動や私生活を覗き見られる状況と同等な状況になります。それは深刻なプライバシー権の侵害であり、法的規制の必要性が述べられています。
店舗等での顔認証システムの運用基準において、不当に登録された人の人生は破綻します。
投稿: | 2016年9月22日 (木) 22時11分
2016年 8月29日 日本経済新聞 「顔は個人情報」対応急ぐ
このような新しい記事が掲載されています。
法解釈は日進月歩。個人情報の重要性、利用価値は高まっている。
第三者による監査なき自主ルールには 公正公平な企業倫理がない。
投稿: 樅の木は残った | 2016年10月 3日 (月) 11時32分
企業のトップは現場の被害者の声を聞いているのだろうか。
地域社会におけるコミュニケーションの断絶になりかねない慎重さが必要な問題だ。いきすぎた防犯活動やシステムは犯罪や暴力につながるのではないかと危惧している。
投稿: akikaze | 2016年10月15日 (土) 12時21分
私も万引きなどした事も無いのに、不当に強制登録され、日本全国で私の顔が不審人物として出回っているようです。どこに行っても不審者として見られるため、就職もままばらず、どうやって生きて行けばいいかもわかりません。これなら普通の犯罪者の方がよっぽど社会復帰できます。何故なら忘れられるから。しかし、これに登録されると、一生不審者として警戒される訳です(店や会社に入ると警備にデータが送られるようなので、普通に考えれば皆警戒しますよね)したがって、一般の犯罪者の様に忘れられる事も無く、人の噂も75日、なども通用しないのです。これは人権侵害であり、自由に生きる権利を奪われます。因みに、これに登録されると本人にしかバレないように、上手くイジメられます。もちろん、店員は情報を知っているので、周りにも知れ渡り、社会から孤立し、村八分にされます。実際に私の情報が町BBSに書かれたりしていました。このような人権侵害を、一刻も早く無くなるようにしてほしいです。私も個人で今後、様々な活動を行い行動しようとは思っていますが。
投稿: | 2016年10月15日 (土) 14時53分
警備会社と契約をしていない会社は、今とても少ないと思います。就職をしたくとも、面接に行った途端に、通報が入るという事になり仕事に付けなくなります。就活中の身でこれを強く感じます。
投稿: | 2016年10月21日 (金) 07時22分
警備会社と契約をしていない会社は、今とても少ないと思います。就職をしたくとも、面接に行った途端に、通報が入るという事になり仕事に付けなくなります。就活中の身でこれを強く感じます。
投稿: | 2016年10月21日 (金) 07時25分
2016年10月15日 14時53分様へ
経済活動の自由を奪われている、ということでしょうか。
就職やアルバイトなどの機会を妨害されている被害者がいます。
このような反社会的な行為は許されない。
しっかり声を上げていきましょう。
マスコミの皆様。万引き特集の報道は誤認冤罪の可能性もあることなど、公平公正な報道をお願いします。
投稿: 許さぬ 個人情報の窃盗 | 2016年10月21日 (金) 11時47分
始めて投稿致します。
「えっ?!」と思った瞬間、日常を失いました。
この数カ月もしかして万引きとかしそうと思われてる?と思うことが何回かあったのですが、何もしていないから堂々としていようと思っていました。
ところがこれは、完璧犯罪者扱いだと思った出来事があり、
ネットで調べると私のような被害者の方がたくさんいらっしゃるとわかりました。
これは暴力です。
でも、誰に言っても信じてもらえません。
気のせいだと言われてしまいます。
皆は顔認証システムのことすら知らないのです。
私も少し前までは、そんな善良な市民でした。
こんな暴力が社会の中でまかり通って良いのでしょうか。
私はこの先どう生きて行けば良いのでしょうか。
好きな買い物が気持ち良くできる日は又やって来るのでしょうか。
投稿: | 2016年11月24日 (木) 07時30分
社会市民の個人情報を利用する企業は、広い意味で想定しうる万引き冤罪の危険性を考えてなお一層の不利益を受ける該当者の了解を受けたうえで、万引き情報共有システムの実行に踏み切るべきでありましょう。
・客を犯罪者とする決定が拙速であった過失。
・説明義務違反
・万引き犯人認定マニュアルの得失、長短について十分に比較検討しなっかった過失。
・犯行誤認の過失。(注意義務違反)
・情報管理の過失。
以上の様な市民個人の風評被害につながるルールをやめてほしいと思うのはごく普通の感情でしょう。
投稿: 大雪 | 2016年11月26日 (土) 11時50分
2017.1.3 SNSでのつきまといを規制対象とする改正ストーカー法が施行された。インターネット上のつきまとい「ネットストーカー」を幅広く規制対象とし凶悪事件を未然に防ぐのが狙い。
関係者様。被害者の声を聞いて下さい。
防犯カメラを利用した「盗撮」「付きまとい行為」「デジタルトゥー」においても規制対象とする法改正を願います。
画像データーの利用に大きなパラダイムシフトが起きている。
防犯カメラの画像を無断録画利用する旧悪習慣。溶けゆく企業倫理。
投稿: 溶けゆく企業倫理 | 2017年1月 5日 (木) 11時18分
病院にもこのシステムがあるとすれば、病気になっても病院へ行く勇気が出ないと思います。なんとか、法の整備を早急にお願いします。
投稿: | 2017年8月24日 (木) 09時46分