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2016年10月17日 (月)

人工知能による法律相談は実現するか?

「実は、外に子どもがいるんです。」

いまから20年ほど前の12月の朝。弁護士会館の相談室を訪れた中年の男性は、こう切り出した。

このとき、弁護士になってまだ1、2年だった私の脳裏には、暖房のない廊下で一人待つ子どものイメージが浮かんだ。私はこう答えた。

「それなら、中に入れてくださって結構です。」

だが、これは誤解だった。男性はすこし苛立って、「妻ではないの女性との間に、子どもがいるのです」と言い直した。私の顔は赤くなったと思う。このとき、男性の横に座っていた女性の顔に浮かんだ落胆と不信の表情は、忘れられない。

今なら、こんな恥はかかない。まず確認するのは、同席した女性が妻か否かだ。妻なら、この男性は、平日の昼間に仕事を休んで自ら(妻に代理を頼まず)相談に来る必要があったことを意味する。妻が同席しているのは、妻にも付き添うべき理由がある(それどころか、実質的な利害関係は妻にある)ことを意味する。だから、「実は」と聞いただけで、相談の中身はおおむね想像できる。また、二人の年齢や健康状態、身なりや所持品から分かる経済状態や社会的地位、二人の間に漂う空気から関係を読みとれば、何が回答のポイントかも分かる。「すごい」と思う人がいるかもしれないが、弁護士としては、ごく普通のことだ。当時の私が、あまりに未熟だっただけである。

ところで、10月10日の日本経済新聞は、弁護士ドットコムが、人工知能(AI)を使った法律相談サービスの開発を検討していると報じた。弁護士でもある元榮太一郎社長は、法律面の課題を指摘しているという。弁護士法72条は、弁護士以外が有償で法律業務をすることを禁じているからだ。元榮社長は、「AIが有償で顧客の相談に乗る場合、(弁護士法72条に照らし)どういう扱いになるか分からない」と述べたという。

だが、元榮社長の危惧は杞憂である。少なくともいま、人工知能の法律相談の合法性を検討する必要性は全くない。

人間同士のコミュニケーションは、膨大な「言外情報」(それまでの文脈、常識や基礎学力、当事者の関係や性別、社会的身分や経済力など、あらゆる周辺事情)によって成り立っている。いいかえれば、「言語情報」だけでは、真意が伝わらず、誤解が発生するのだ。「外に子どもがいる」の「外に」は、「部屋の外に」を意味すると考えても、辞書的には誤りではないが、冒頭の状況下では、明らかに誤りとなる。

現在の人工知能にとって、「言外情報」を学ぶことは至難の業であるため、多くの研究者がこの問題に挑んでいる。たとえば、人工知能に東大入試を突破させようというロボくんプロジェクトは、試験問題文から出題者の意図を正確に推定する人工知能を開発する試みであるともいえる。試験問題はその性質上、出題意図に誤解が発生しないよう、一意的に意味が通じるよう作成されているので、人工知能に「言外情報」を学ばせる「とっかかり」としては、最適の分野なのだ。それでも、たとえば「1時間に2分進む時計があります。いま、時計が1時0分を指しているとき、1時間後に何時何分を指しているでしょうか?」という問題が出たら、初期の人工知能は「1時2分」と答えただろう。これは、アナログ時計の針の運行という「基礎知識」や、「時計は狂うことがある」という「常識」といった「言外情報」を人工知能が知らないことが原因だ。

ディープラーニングの実用化は、人工知能の進化に大きく貢献した。しかし、人工知能が法律相談に対応できるようになるためには、あと数個のブレークスルーが必要だろう。それまで何年かかるか分からないが、人工知能による法律相談が2、3年後に実用化することはないと断言してよい。

 

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