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2017年3月21日 (火)

GPS捜査に関する最高裁大法廷判決について

3月15日の最高裁大法廷判決は、令状なくGPS装置を被疑者等の自動車等に取り付けて位置情報を把握する捜査手法について、令状主義に反し違法とした。

判決は、GPS捜査は、「その性質上,公道上のもののみならず,個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて,対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。このような捜査手法は,個人の行動を継続的,網羅的に把握することを必然的に伴うから,個人のプライバシーを侵害し得るものであり,また,そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において,公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり,公権力による私的領域への侵入を伴うものである」と判断した。そして、憲法35条は私的領域に侵入されることのない権利を保障しているのであるから、GPS捜査は「個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって,合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法」である以上、憲法35条の趣旨に照らし、令状なしには許されない強制処分にあたるとした。

前回のエントリで、最高裁はGPS捜査を違法とまでは断じないだろうとした予想は外れたことになる。ここまで端的に、しかも全員一致で違法と断じるとは思わなかった。

もっとも、私自身は、判決の理由は物足りないと考える。判決は、憲法35条の「侵入」を私的領域への侵入とすることにより、現行法制度と整合的な解釈論を展開したともいえるが、その結果、より警戒すべき電子監視一般に関する見解を述べるに至らなかったからだ。

すなわち、判決はGPS端末という物的装置を、自動車という私有物に装着することが、「私的領域への侵入」であることをとらえて、憲法35条の要求する令状主義に服するとの理論を展開している。しかし、この理論からすれば、物的装置を被疑者等の私物に装着しさえしなければ、令状主義には違反しないとの反対解釈を導きかねない。具体的には、街中の監視カメラと顔認証技術を使って追跡しても、違法ではないとの結論になる可能性がある。また、ドローンを使って四六時中追跡することも、違法でないとの結論になりかねない。道路中にNシステムを設置して、被疑者の乗る自動車のナンバーを追跡することが合法なら、(より少ない予算で同じ効果を得られる)GPS捜査はなぜ許されないのかと、警察側は思うだろう。

実は、2012123日にアメリカ連邦最高裁判所におけるUnited States v Jones判決において、全く同じ議論がなされている。

この判決は、麻薬不法取引の捜査のためGPS装置を自動車に装着し4週間にわたり被疑者の位置情報を追跡した事案について、連邦最高裁判所の担当判事は、いずれも捜査が違法との判断を行ったが、その理由付けは大きく二分されていた。

一方の意見を述べたスカリア判事は、「本件では政府が情報を収集する目的で私有財産を物理的に占拠した。このような物理的な侵害が、修正第4 条の採択時に意図されていた『捜索』とみなされることには、疑いの余地がない」と述べた。

これに対してアリート判事は、スカリア判事の意見には「4 点の問題点がある。第1 に、GPS 装置の取り付けを重視しすぎて何が本当に重要かを看過していることである。(スカリア判事の)意見は、長期間にわたるGPS 監視装置の使用よりも、運転それ自体には軽微な影響しか与えない物理的な装置の取り付けを重視している。捜査官がGPS装置を取り付けると修正第4 条違反になるのに、連邦政府が自動車メーカーに対してGPS 装置をあらかじめすべての車に取り付けることを要求または要請した場合、最高裁の理論は何の保護も与えないことになる。第2 に、警察がGPS 監視装置を取り付けてほんのわずかな間使用しただけでも修正第4 条違反になるのに、警察が長期間にわたって覆面パトカーで追跡して監視し空からの監視の援助も受けたとしても、この監視は修正第4 条の問題にならない。第3 に、(スカリア判事の)理論では、州によって適用が異なることになる。(中略)第4 に、法廷意見の理論は物理的な手段を伴わず、純粋に電子的な手段によって監視が行われた場合には適用できない。」

ところで、Nob’s Blogによれば、「2012814日、米国第6巡回区控訴裁判所は、警察が、令状によらずに、容疑者の携帯電話から発するGPSの信号を追跡して位置情報を確認することは、修正4条に違反しないと判断した。上記のJones事件とは異なり、物理的な侵入を伴っていないこと及び位置情報の利用を本人が許諾している点が、GPSによる追跡がプライバシーの合理的な期待を裏切るものではないという結論の理由としてあげられている」とのことである。携帯電話のGPS信号を追跡する捜査は、日本では令状を取って行われている(ことになっている)ので、米国と一律に同視することはできないが、この判決はアリート判事の懸念を早速目に見える形で提示したことになろう。

なお、上記アメリカ最高裁判決文の訳文は、湯淺墾道情報セキュリティ大学教授による『位置情報の法的性質―United States v. Jones判決を手がかりに―』からの引用(一部省略等した)である。この論文は、とてもわかりやすくまとまっているので、興味のある方は是非ご参照いただきたい。

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2017年3月14日 (火)

GPS捜査の合法性について

3月22日の日本経済新聞によると、最高裁判所大法廷は同日、裁判所の令状なしで全地球測位システム(GPS)を使う捜査の違法性が争われた窃盗事件の上告審で、検察・弁護双方の意見を聞く弁論を開き、結審した。下級審での判断が分かれていることから、統一判断を示すとみられている。

令状主義とは、逮捕や捜索など、一定の捜査方法については、裁判所が事前に発する令状がなければ実行できないとする規範(ルール)である。令状が必要な捜査を強制捜査、そうでないものを任意捜査という。強制捜査なのに、令状がなければ原則として違法となる。一方、任意捜査なら何をやっても良いというわけではないから、場合により違法とされる場合もある。令状主義に違反して得られた証拠は、裁判の証拠から排除されることがある。

下級審での裁判例は、ばらばらに分かれている。大阪地裁は平成2765日、「本件GPS捜査は,対象車両使用者のプライバシー等を大きく侵害することから,強制処分に当たる」として、捜査を違法と断じ、得られた証拠の一部について、証拠から排除した。これに対して、同じ事件の大阪高裁判決は、「本件GPS捜査は令状主義の精神を没却するような重大な違法があるとする(地裁判決には)必ずしも賛同できない」として、証拠能力を認めた。名古屋では、同一事件について地裁(平成271224日)と高裁(平成28629日)が強制処分であることを認め、令状なき捜査を違法と断じたが、証拠能力は否定しなかった。広島では、地裁(平成28216日)と高裁(平成28721日)が、「任意捜査である尾行の補助手段としてGPS発信器が用いられたに過ぎず、違法な点はない」(地裁)、「車両の使用者にとって、その位置情報は、基本的に、第三者に知られないですますことを合理的に期待できる性質のものではなく、一般的にプライバシーとしての要保護性は高くない」(高裁)として、令状が必要な強制捜査ではないし、違法な任意捜査でもないとした。

警察がGPSを捜査に用いるようになったのは、平成18年より前とされている。というのは、東京新聞の2月1日付夕刊によると、「捜査対象者の車などに衛星利用測位システム(GPS)端末を取り付けて尾行する捜査を巡り、警察庁が平成18月に都道府県警に出した通達で、端末使用について取り調べの中で容疑者らに明らかにしないなど秘密の保持を指示していたことが、警察当局への取材で分かった。捜査書類の作成に当たっても、記載しないよう徹底を求めていた」からである。この報道を受けて毎日新聞の2月2日付社説は、「捜査の名目で際限なくこの手法が利用される。立ち寄り先によっては、思想信条や交友関係などプライバシー情報が浮き彫りになる。その対象者は警察の恣意(しい)的な判断で決められる。刑事裁判にならないケースもある。その場合、警察内部に蓄積されたGPS捜査による個人情報はどうなるのか。捜査の痕跡を消そうとするような警察の姿勢の先には、超監視社会を招く怖さを感じる」として、「一定の歯止めが必要だ」と主張した。

判例検索ソフトによれば、GPSによる捜査の適法性が裁判の争点になったのは、平成27年以降のようである。とすれば、秘匿を命じていた通達が、平成27年までの間に変更されたことになる。

さて、当エントリで論じたいのは、これらの裁判例の分析や、GPS捜査の適法性如何、という点ではない。「人間がやれば適法なのに、機械を介すると違法になりうるのはなぜか?」という点である。この論点には、来たるべき(というかもう来ている)高度情報化社会に潜む一つの重要な問題が含まれていると考えるからだ。結論を先に書いておくと、警察がGPSを使用して追跡を行うことを規制する法制度は必要と考える。ただし、これは犯罪捜査に限った話ではない。

問題点を復習しておこう。後述するように、GPS捜査と一口に言っても、一人の被疑者を尾行する補助に使用する単純なものから、多数の端末を用いて多数の人間を長期間網羅的に追跡するものまで、様々な段階がある。しかしどの段階にせよ、同じことを人間の刑事が行った場合、少なくとも、犯罪捜査として違法とされることはない。これも後述するように、いわゆる公安警察が特定の政治集団等を監視し、多数の刑事によってつけ回すような行為は、政治的あるいは法的非難に値する場合もありうるだろうが、それは犯罪捜査とは別の問題である。アリババと40人の盗賊を監視するために、警察が延べ41万人の捜査員を動員して盗賊一人あたり1万人の刑事を貼り付け徹底的に尾行したとしても、違法捜査ではないかとの疑問が呈されることはない。それならば、GPSを使って同じことをやった場合、違法捜査ではないかとの指摘が発生するのはなぜだろうか。

GPS捜査と同様、刑事訴訟法制定当時想定していなかった科学捜査と令状主義との関係が問題となった有名な事例としては、覚せい剤事犯における強制採尿がある。この問題についても、最高裁判所第1小法廷の昭和551023日判決で実務上決着するまでは、様々な見解があった。とはいえ、尿道にカテーテルを挿入して尿を採取する手法が、重大な人権侵害であって強制処分にあたること自体に争いはなく、強制処分であるとしても人道的に許されるか、許されるとしても必要な令状は何かが問題とされていた。

強制採尿に比較すると、GPS捜査による人権侵害の程度が、かなり低いことに異論はないだろう。GPSが自動車につけられた場合、利用者のプライバシー権が侵害されることは間違いないが、人間の刑事が四六時中尾行した場合に比べて人権侵害の程度が特段に高いかと言えば、そうではあるまい。

近い将来、小型化されたGPS発信器が靴底や衣服などに装着されることも可能になるだろう。自動車に装着するより、プライバシー侵害の度合いが高いことに疑いはない。では、GPS発信器を自動車に装着することは適法と考える場合、靴底や衣服に装着することはどうなるのだろうか。

また、監視カメラネットワークが発達すれば、GPS発信器すら不要になり、顔認証システムを使って特定の人を追跡することが可能になるだろう。監視カメラネットワークを使用した追跡と、GPS発信器を使用した追跡とでは、プライバシー侵害の度合は異なるのだろうか。

結局のところ、GPS捜査の問題を、追跡される個人のプライバシー権侵害の問題として考える限り、その強弱は程度問題にすぎないとしか、いいようがない。いいかえると、GPS捜査の問題を、プライバシー侵害の強弱の問題として論じる限り、解決はできないと考える。

思うに、GPS捜査の問題点は、尾行のコストを革命的に安くしたことに起因する。たしかに、警察官を何千万人も雇用すれば、ありとあらゆる人を尾行することが可能になるかもしれないが、コストが全く見合わない。その結果、警察は経費が許す範囲でしか尾行ができず、それが結果的に行き過ぎを抑止することになっていた。ところが、GPS捜査は、捜査のコストを革命的に安くしたため、行き過ぎを防止することができなくなってしまった。その結果、政治的な活動をしただけでGPSを装着され追跡されるリスクに晒されることが現実化した。これでは、健全な市民社会や民主主義社会が育たないので、行き過ぎを規制する必要が発生するのである。すなわち、GPS捜査を抑止する根拠は、非追跡者の人権ではなく、健全な市民社会あるいは健全な民主主義国家という、社会的・国家的法益にあるというべきである。

おそらく、立法論としては、いわゆる通信傍受法に準じた令状発布制度を設けるべきなのであろう。通信傍受(いわゆる盗聴)は憲法が明示で保証する通信の秘密に対する例外であるため、要件が相当厳しくなっているが、GPS捜査は、一定の限定は必要だが、通信傍受法ほど厳しくなくてもよいであろう。また、通信傍受に比べ、緊急性を要する場合があるだろうから、事後的な令状発布が許されることになる。

だが、最高裁大法廷判決は、立法解決を促しつつも、裁判所に係属する刑事事件の判断としては、GPS捜査を任意処分として、令状が必要であったとの判断まではしないと予想する。一つの理由は、GPS捜査の秘匿を指示していた警察庁の通達が平成27年頃以降撤回されているということは、「最高裁が強制処分と判断しない」という見通しがついたためと思われるからだ。また、強制採尿や盗聴など、当然令状が必要な捜査手法に比べ、GPS捜査はそこまでの必要はない、と判断されると予想されるからである

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