10月11日のTBS系「報道特集NEXT 日本襲う空前の大不況 住宅ローンを返せない人々」で,田丸美寿々キャスターが,マイホームのローンを帳消しにする「秘策」を伝授する不動産業者を紹介していた。
番組によると,その「秘策」というのはこうである。
3500万円のローンをかかえているが,マイホームの市場価格は2200万円しかないため,マイホームを手放しても債務がなくならず,頭を抱えている債務者がいるとする。債務者は,不動産業者に2200万円でマイホームを売却し,代金全額を銀行に返済する。一方不動産業者は,このマイホームを2500万円で,債務者の親戚に転売するのだ。もちろん,多くの親戚は新たにローンを組んでこのマイホームを購入することになる。
そうすると,元々の債務者は,親戚からこのマイホームを賃借することになる。そこで債務者は,この親戚に家賃を払い,親戚は家賃をローンの返済に充てるわけだ。そして不動産業者は,2200万円で購入したマイホームを,2500万円で転売するわけだから,300万円の儲けになる(もっとも,短期譲渡所得税の負担はあるが)。
「ちょっと待ってくれ。その債務者は,3500万円のローンを負っていたのに,マイホームは2200万円でしか売れなかったわけだから,1300万円のローンが残っているだろう。結局債務者が支払わなければならない金額は同じではないのか?」という疑問を持たれたと思う。実際そのとおりである。しかしそこに「秘策」の「秘策」たるゆえんがある。
3500万円の債権を担保するため,マイホームに抵当権をつけていた銀行には,マイホームが2200万円で売却されることによって,担保のない1300万円の債権が残る。しかし,この債権を持っていても回収の見込みがない。そこで,銀行は債権回収会社(サービサー)に,二束三文でこの債権を売ってしまい,損金として処理する。二束三文とは高くて10万円,私の経験では1000円ということもある。こうやって債権を譲り受けた回収会社としては,債務者に対して1300万円を支払えと請求するわけだが,実際のところ,とても安く譲り受けているので,交渉次第では,100万円で和解できることもある。そうなれば,債務者としては,1300万円だった債務が100万円で帳消しになるうえ,破産してマイホームを失うこともない。法的には所有権は親戚にあるわけだが,以前と変わらず住み続けられるので一挙両得,というわけである。
確かに,一見,魔法のような「秘策」である。しかし,弁護士から見ると,このやり方には,かなり問題がある。
おそらく最大の問題は,この「秘策」は要するに,その親戚に,多大なリスクと負担を負わせるという点だ。この債務者は「家賃」の名目で親戚が新たに背負うローンを支払うわけだが,この「家賃」の支払が滞れば,親戚は身銭を切ってローンの支払いを続ける羽目に陥る。まして,万一この債務者が結局破産した場合,この親戚は「資産隠し」に協力したと疑われ,否認訴訟の被告になる訴訟リスクを負う。また,この親戚は,不動産業者からこのマイホームを2500万円で購入するわけだが,その時点でこのマイホームの市場価値は2200万円だし,銀行は2200万円の物件に対しては1500万円くらいしか貸し付けないから,結局1000万円の身銭を切る必要がある。
これだけのリスクを親戚に負わせる「秘策」に300万円の価値があるのだろうか?かなり疑問といわざるを得ない。
この300万円の儲けは,実質的には「秘策」を伝授したコンサルタント料と,銀行と担保抹消の交渉を行った対価ということなのだろう。そのほかに,将来の債権回収会社との交渉代金も含まれているのかもしれない。しかし,そうだとすると,このやり方は,弁護士以外の者の交渉業務を禁止する弁護士法72条に違反する可能性がとても高い。
それならどうするべきか。一肌脱いでくれる親戚がいるなら,もっと良いやり方がある。ローンの支払いを停止すればよい。
ローンの支払いを停止すれば,銀行はマイホームを競売にかける。競売にかけられたからといって,誰かが競落するまでは,その家に居続けてかまわない。そして,競売される価格は,市場価格よりかなり低いから,2200万円のマイホームなら,せいぜい2000万円だろう。そこで,その親戚が2200万円で入札すれば,ほぼ確実に落札することができる。その後は上の事例と同じである。債権回収会社と交渉して債務を減らせばよい。事情によっては自己破産を選択するべき場合もあろうし,弁護士に依頼した方が良い場合もあろうが,これらの場合でも,300万円のコストがかかることはあり得ない。例えば当事務所なら,弁護士費用が事情により30万円から50万円,実費(管財型破産事件となる場合)が多くて30万円というところだし,これは当事務所が特段に安いというわけではない。なお,破産をすると直ちにマイホームを明け渡さなければならないとお考えなら,それは誤解である。最近では多くの裁判所において,明らかなオーバーローン(不動産の時価よりローン残高が多いこと)の場合,マイホームを明け渡す必要がないという取扱がなされている。
このやり方のリスクとしては,その親戚が入札価格をケチると,マイホームを落札できない可能性があるということ,競売代金は現金決済なので,一瞬のことだが,銀行からお金を借りるときにそのマイホームを担保に入れることができない(別の担保を入れるか,それとも無担保で借りるかしないといけない)という点くらいである。(注;下記コメントでご指摘があったとおり,この記述は間違いでした。一定の条件の下で,競落物件を担保に入れてお金を借りることができます。お詫びして訂正致します。)でも,親戚に一肌脱いでもらうのだから,このくらいは覚悟しても良いと思う。
米国のサブプライムローン問題に端を発した世界同時不況は,ゆとりローン返済期間が経過した若い家族を直撃するといわれている。そうなったとき,というより,そうなる前に,是非弁護士に相談してほしい。相談費用が心配なら,事前に電話して確認すればよい。30分5000円が相場だし,初回の相談なら無料という弁護士も多い(当事務所も無料です)。それでも弁護士の敷居が高いなら,多くの弁護士会では,無料相談をしているから,そちらに行ってほしい。大事なことは,業者に頼む前に,弁護士の意見を聞いてほしいということだ。(小林)
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