2009年5月26日 (火)

「基準違反」とにかく回収?

5月26日の毎日新聞朝刊は、標題の特集記事で、基準値に違反する食物を何でも捨ててしまう風潮に警鐘を鳴らした。この記事は、基準値を超える(とはいえ一生食べ続けても健康にはまず影響のない濃度の)農薬等が検出されたため捨てられたウナギや、禁止されたシジミ漁、製品には何の異常もないのに井戸水から基準値を超えるシアン化合物が検出されたため製品自主回収に追い込まれた伊藤ハムを紹介したうえ、基準値を超えたら何でもダメという思考停止状態を批判している。

記事の主旨自体に異論のある人は少ないだろう。しかし、この記事のような漠然とした書き方では、解決策を見いだせないと思う。大きく3つに場合分けをして考えてみたい。

第一は、食品が、国が定める基準値を単純に超えた場合である。この場合、科学的に健康に対する影響が僅少であっても、客観的に食品衛生法に違反する以上、事業者には廃棄したり、漁を中止したりするほか選択肢はない。日本の基準値だけが極端に高くて不当だというのなら、国の基準値を改訂するほか無い。

第二は、記事にはないが、賞味期限シールの張替偽装や、産地偽装等に見られるケースである。このケースでは、多くの場合、健康に対する悪影響は全くない。しかしこの場合、事業者は、賞味期限切れであればその製品を購入しなかった消費者を騙して購入させたことになるから、消費者は、売買契約を取り消したり、瑕疵のない商品との交換を請求できる。よって事業者が偽装等した商品を回収するのは当然である。もったいないが、悪いのは事業者だ。

第三は、食品自体には上記のような問題が全くないのに、その製造・採取過程に何らかの瑕疵があったと場合である。この場合には、企業が適切な説明責任を果たした上でなら、食品の販売を継続しても問題はないと考える。「適切な説明」とは、例えば、「当社○○工場にて、食品の洗浄に使用している井戸水から法定基準値を超える○○が検出されましたが、当該食品の○%についてサンプル調査を行ったところ、異状はありませんでしたので、販売を継続します」ということになる。

ところで、伊藤ハムの事例はどうだろうか。上記の第三にあたり、必ずしも自主回収の必要はなかった事例だろうか。

まず指摘すべきは、「問題がない」という客観的状態と、「問題がないことが確認された」という企業の認識とは違う、という点だ。食品製造企業には、適切な方法で安全であることが確認された食品を消費者に提供する義務があるというべきだから、安全を脅かす相当な事情が発生した場合には、新たに安全を確認してからでなければ、その商品を提供することは許されない。伊藤ハムの事例では、商品の安全性を脅かす井戸水の汚染という問題が発生した後約一ヶ月間、製品の安全性を確認せずに販売を継続したという問題があった。この問題を前提にする限り、既販売食品の自主回収という伊藤ハムの選択はやむを得ないと考える。

この記事には無いが、ダスキン肉まん事件というものがあった。これは、ダスキンが中国の工場につくらせていた肉まんに、日本では認可されていないTBHQという添加剤が使用されていた事件である。この添加剤は、認可する国も多く、健康に対する懸念は無いといわれている。そこで、添加物の使用を知った二人の取締役は、その安全性を確認した上で、日本国内での販売継続を指示した。その結果、300万個を超える無認可添加物を含む肉まんが販売され、消費された。健康被害は出ていない。

読者はこの事例をどう思われるだろうか。記事の論調に従えば、この取締役の行為は何ら咎めるに値しない、むしろ捨てる方がもったいないということになるのだろうか。(小林)

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2009年3月20日 (金)

事故米事件を反省するなら(6)

三笠フーズによる事故米穀の不正転売は,平成20年(2008年)8月に発覚した。しかし,その前年1月になされた投書を的確に処理していれば,早期摘発が可能だった。

この投書の意味するところは,こうである。

平成18年(2006年)11月,農水省東京農政事務所が,事故米穀の売却をインターネットで公告した。それは平成15年中国産もち米で,残留農薬メタミドホスが基準値(0.01ppm)を超える0.05ppm検出されたので,工業用糊に用途限定して売却するというものだった。そして,このもち米は平成18年(2006年)1117日,三笠フーズに売却された。

三笠フーズは平成19年(2007年)1月,この事故米穀を焼酎や米菓の原料として売り込みをかけた。売り込みの際,三笠フーズが配付した資料には,同年112日付で,厚生労働省が作成した検査成績書が添付されており,基準値以上のメタミドホスは検出されないと記載されていた。

しかし,この売り込みに疑問を持った業者が2社あった。1社は,インターネットで同じ品番のもち米を検索したところ,残留メタミドホスが0.05ppmと表示されているのに,三笠フーズが配布した資料にはメタミドホス不検出と記載されているのは矛盾している,三笠フーズが検査させた米はすり替えられたのではないか?と考え,売却元の農水省東京農政事務所に投書した。もう1社は,そもそも事故米穀でないのなら,なぜ農薬の検査成績書が添付されているのか?その成績書に問題がないのに,なぜ相場の半値で売られているのか?という疑問を持って投書した。いずれも,文章はやや拙いものの,核心をついた指摘である。

ところが,この投書を受け取った農水省の対応は,全くピントがずれていた。

投書が告発する三笠フーズの不正行為は2点ある。1点は,「事故米穀を不正に転売しようとしている」点であり,もう1点は,「事故米穀の検査を偽装した」点である。

ところが,農水省は,事故米穀について「横流しがなされた疑いがある」と考え,売却した事故米穀が全量三笠フーズにあるか否かを確認すれば,「横流しがなされたか分かる」として,福岡農政事務所に,在庫確認を指示した。

これでは,告発の内容と検査の内容が合致していない不正転売「既遂」の告発なら,適切な在庫確認によって「既遂」の事実を確認できようが,告発は不正転売「未遂」であるから,在庫を確認しても無駄だ。。「夜中にマッチとガソリンをもってうろうろしている不審者がいる」という通報があったのに、「どこにも火事が起きていないから大丈夫」と判断したようなモノだ。この時農水省が行うべきは,三笠フーズが行っていたという売り込みの事実を確認することだった。また,厚生労働省の三笠フーズ宛検査成績書の写しがある以上,三笠フーズに対して,その原本の有無を確認するとともに,「工業用糊として買い受けた事故米穀について,なぜ食用の安全性を確認する検査を行うのか」「残留農薬0.05ppmの事故米穀を再検査したのに,なぜ農薬不検出という結果になるのか」を問い質すべきであった。

なぜここまでピントのずれた対応になったのか。怠慢では済まない,癒着があったのではないかと疑われても仕方がないほどの,農水省担当者の無能ぶりではある。

このほか,平成18年(2006年)9月には,東大阪市の米卸会社「日本ライス」が,ブランド米に別銘柄の古米や外国産米,「規格外のくず米」,「加工用米」を混ぜて偽装して販売し,JAS法違反で摘発された事件(この会社は農水省の幹部や大阪府職員に接待攻勢をかけていた事実も明らかになった),平成19年(2007年)9月には,岐阜県梅津氏の米穀卸販売業「伊藤謹」が,他業者から精米の委託を受けた加工用国産米を輸入米とすり替えて納品し,加工用国産米は主食用として外食産業に販売していた事件など,事故米事件を彷彿とさせる事件は,事故米不正転売発覚以前から度々起こっていた。これらの事件について,全国の農政事務所が情報を共有していれば,三笠フーズらの不正も,もっと早く摘発できたかもしれない。(小林)

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2009年3月18日 (水)

事故米事件を反省するなら(5)

事故米事件をシンプルな視点から見直すなら,第一の問題は「なぜそれを防げなかったのか?」であり,それは前回までに述べた。

第二の問題は,「なぜもっと早く摘発できなかったのか?」である。

三笠フーズの事故米穀不正転売は,平成20年(2008年)822日,農水省福岡農政事務所の「商品表示110番」宛になされた匿名の電話と,同月27日になされたより詳細な通報がきっかけで摘発された。

しかし,その前年の129日,農水省関東農政局東京農政事務所宛,三笠フーズを告発する匿名の投書があった。22日には再び投書がなされている。この時適切な対応がなされていれば,1年半早い摘発が可能だった。

129日の投書は,次の内容である(伏せ字は農水省によるもの)。

「前略 突然の手紙で,失礼いたします。 沖縄,鹿児島●●に焼酎原料として売込みの話があるもち米の件で,お尋ねいたします。 このもち米は平成1811月頃インターネットで見ました15年度産の残留農薬0.05%と発表されたもち米と同品ですか? (同品だとしたら別紙同封の分析表は他の米とブレンドして分析したデータか?) ●●中国もちJH-002 (●●?,●●?)●●中国もちZL-014 (●●?,倉庫?)」

22日の投書は,次の内容である。

「東京農政事務所 消費流通課 殿 広島,岡山方面に米菓用で売り物の話が出ていますもち米の件,この品は500トンから800トンくらいあると聞いていますが,売主の分析表を見ると九州方面にあるようです 通常価格の半分くらいの値段で売物がでています。 残留農薬0.01%以下はOKとなっていますが通関の切れた品を何のために分析をしたか。 価格を見ると事故品等で飼料用か工業用アルコール用で売却された品物ですか。 米菓原料卸売業から」

両方の投書とも,厚生労働省が三笠フーズ宛に発行した米残留農薬の検査成績書が同封されており,それには平成19年(2007年)112日付で,メタミドホス「不検出」(0.01ppm未満)との記載がなされていた。また,問題となっている中国産もち米は,東京農政事務所が平成19年(2007年)1117日に三笠フーズに売却した事故米穀約500㎏である。

投書を受けた東京農政事務所は,この500㎏について横流しがないかの調査を福岡農政事務所に依頼し,130日から25日にかけて検査したところ,結果的に米3袋の不足が判明したが,全部で16665袋のうち3袋であって少量であり,数え間違いも考えられる上,業者間の取引では10トン単位が通常であることから,横流しの事実はないとして処理された。

このとき,適切な検査がなされていれば,事故米事件は,これほどの大問題にならなかったかもしれない。(小林)

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2009年3月16日 (月)

事故米事件を反省するなら(4)

余談になるが,事故米事件は政府の陰謀だとする見解に触れておく。

これは,「物品(事業用)の事故処理要領」において,「事故品」の売却処理手順を定めた「第44の(2)」に,「事故米穀を主食用として卸売業者に売却する場合において」と記載されていることを根拠に,「事故米穀を主食用として売却することは政府の方針だった」とする主張である。

平成20年(2008年)1025日付「しんぶん赤旗」で報じられ,同月31日の東京新聞でも報道された。共産党の紙智子参議院議員は,平成20年(2008年)1113日の参議院農林水産委員会でこの点を取り上げ,誤記ではありえないと政府を追及した。この問題は裁判の世界にも波及しており,平成20年(2008年)1126日の新潟日報によると,事故米穀を不正転売したとして買主から7億円超の損害賠償請求訴訟を提起された新潟の島田化学工業は,「事故米澱粉の食用販売は農水省方針に添った扱いだった」と主張した。

こうなると冗談ではすまされないが,「物品(事業用)の事故処理要領」上に「事故米穀を主食用として卸売業者に売却する場合において」とあるのは,文脈上明らかに「事故品を主食用として…」の誤記であり,政府の陰謀と大騒ぎするほどのものではない。それでも「事故品を主食用として売却するのはけしからん」という主張は成立しうるが,それは「事故品」の定義の問題にすぎない。島田化学工業に弁護士が就いているのか否かは知らないが,就いているとすれば,その弁護士は愚かな主張をしたものである。(小林)

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2009年3月13日 (金)

事故米事件を反省するなら(3)

事故米事件は,農水省から見れば,工業用糊等に用途を限定して払い下げたのに,三笠フーズらがこれに違反したという,契約違反行為に過ぎない。この事件の社会的影響に比べ,この極端なアンバランスは,事故米穀の払い下げ制度そのものに欠陥が存在することを示唆している。

事故米穀払い下げの根拠となったのは,「物品(事業用)の事故処理要領」という内部通知だ。これによれば,基準値を超える農薬に汚染された米穀であっても,米菓や酒の原料として売却してよい。しかし,そのようなことをすれば,食品衛生法違反となる。いうまでもなく,内部通知より法律が上位だから,法律に違反する部分は無効である。よって,「物品(事故品)の事故処理要領」は,食品衛生法に反する限りで無効だ。だから,事故米穀の払い下げを行う担当官は,自らの行為が食品衛生法その他の法律に違反するのではないか,という視点を持つことが必要だった。これが,「法律による行政」の考え方であり,農水省の担当者は,この考え方を実践していなかったと思われる。

「そんなことはない。実務上は工業用糊等に用途を限定したのだから,やるべきことはやっている」との反論が聞こえてきそうだ。しかし,用途限定は,担当官が裁量に基づいて権限を行使したのに過ぎない。ここには,「用途を限定すれば業者は転用しないだろう」という上から目線しかなく,「権限を行使しなければ自分が法的責任を問われる」という,法を敬う発想はない。これは大きな違いである。

事故米穀の払い下げが最初に問題となったであろう昭和40年代後半,農林省の担当官は,「物品(事業用)の事故処理要領」に従って処理することだけを考え,より上位の法律に違反するか否かを考えなかった。これが,事故米穀の不正規流通を招いた制度的欠陥であり,そもそもの原因である。言い換えると,このとき農水省は,「内部通知による行政」のみ行い,「法律による行政」を怠ったのだ。

もちろん,農水省が,「物品(事業用)の事故処理要領」の問題点に気付くチャンスは,その後何度もあった。保管前から汚染されていたが,保管開始後の基準変更により販売できなくなったコメは,文言上「事故品」にあたらないのだから,「物品(事故品)の事故処理要領」を適用することに躊躇があって当然だった。また,カドミウム汚染米や臭素汚染米については,独自の処理要領が設けられていったのだから,それ以外の汚染されたコメについても,独自の処理要領を設けるべしという発想が出て当然だった。平成5年(1993年)には緊急輸入のタイ米の残留農薬が大きく懸念されていたし,平成16年(2004年)4月には,ミニマムアクセス米からカビ毒のアフラトキシンが検出されており,外国産米の農薬問題は大きく報道されていたから,このとき,独自の処理要領を設けるという発想を持つことは可能だった。平成16年(2004年)以降,農水省は毎年「食の安全・安心のための政策大綱工程表」を発表しており,その策定に際して事故米穀の処理手順を見直すこともできた。

このように,「物品(事業用)の事故処理要領」の問題点に気付くチャンスは何回もあったにもかかわらず,悪しき前例主義により,すべてスルーされてしまったと思われる。(小林)

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2009年3月11日 (水)

事故米事件を反省するなら(2)

いわゆる事故米穀の不正転売問題は,遅くとも,政府保管米に余剰が発生しだした昭和40年代後半から発生していたと見るべきである。そうだとすれば,ウルグアイラウンドも,ミニマムアクセス米も,事故米問題には直接関係がない。

では,当時,事故米の不正転売は,なぜ防げなかったのだろう。それは一言で言うと,政府による事故米払い下げ制度に,食の安全に対する配慮が足りなかったからだ。

保管米には,環境状の影響や自然災害など,様々な要因で,水ぬれやカビ発生などの事故が発生する。何百万トンも保管しているのだから,どうしても一定の割合で事故が発生することは防げない。この事故米は,従前「物品(事業用)の事故処理要領」という,昭和40年(1965年)に当時の食糧庁長官が出した通知に従って処理されてきた。これは,政府所有物品が事故にあって失われたり,損傷したりしたときに,速やかに処分して,政府の損害を最小限に止めることを基本方針とするものだ。このような基本方針だから,食の安全に対する配慮は副次的なものでしかない。

この「物品(事業用)の事故処理要領」は,損傷を受けた政府所有物品を「事故品」と定義し,このうち,担当官が主食用不適と認定した米穀を「事故米穀」と定義している。大事な点は,事故米穀はあくまで主食用,つまりお米として食するのが不適と認定されただけで,食用に適さないと認定されたわけではない。後に,「病変米のため主食用不適認定された米穀…については…非食用に処理する」との条項が追加されただけで(いつ追加されたかは資料不足のため不明),これとて,非食用として処理される米穀は「病変米」に限定されており,政府所有後に基準値以上の残留農薬が検出された米穀は含まれていない。カビが発生したコメが「病変米」に含まれるかも,解釈上疑義が残る。

すなわち,この要領だけからは,農薬に汚染された事故米穀をせんべいや酒の原材料として売却することは可能であり,何の問題もないことになる。今回,三笠フーズらの行為が摘発されたのは,事故米穀を売却するに際して,担当の地方農政事務所長が,「工業用糊等」と用途を限定したにもかかわらず,それ以外の用途に横流ししたからである。

つまり,農水省から見れば,三笠フーズらは,「地方農政事務所長の指示に違反した」という契約違反を犯しただけだ。この事件の引き起こした影響にくらべ,違反の程度は,形式的にはとても低い。この極端なアンバランスは,どこかに制度的な欠陥が存在することを示唆している。(小林)

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2009年3月10日 (火)

事故米事件を反省するなら(1)

平成209月,三笠フーズ等による政府保管事故米穀の横流しが発覚したことに端を発するいわゆる事故米問題は,「じたばた」発言の太田農水大臣と農水事務次官の辞任など,重大な社会問題に発展した。

政府や農水省は,事故米問題の反省点を探るため,膨大なレポートを作成しているが,どれも非常に難しい。背景が複雑すぎるからである。

そこでいっぺんシンプルに考えてみてはどうかと思う。事故米問題を反省するという視点に立つなら,第一の問題は,「なぜそれを防げなかったのか?」である。

そして,実際には事故米問題を防げなかったのだから,第二の問題は,「なぜもっと早く摘発できなかったのか?」である。

この順番で,事故米問題を見直してみたい。

第一の問題「なぜそれを防げなかったのか?」について,問題を無用に複雑にしているのは,不正転売された事故米が,いわゆる「ミニマムアクセス米」だったという点だ。「ミニマムアクセス米」とは,GATT(関税貿易一般協定)の多角的貿易交渉のウルグアイラウンドで平成5年(1993年)に合意されたものであり,日本は高関税で外国産米の輸入を制限する代わりに年間77万玄米トンの「ミニマムアクセス米」の輸入を行ってきたが,人気がないため余剰米となっていた。そのため,「要りもしない外国産米を輸入するから事故米事件が起きたのだ」という,いささかヒステリックな指摘がなされている。

しかし,ミニマムアクセス米は,不正転売された事故米穀の一部にすぎないから,本来,事故米事件と直接の関係はない。また,報道から推測するに,平成9年(1997年)に三笠フーズに吸収合併された「宮崎商店」は,ミニマムアクセス米の輸入開始より前から,事故米穀の不正規流通ビジネスに手を染めていたと思われる。

政府は,昭和17年(1942年)の東条英機内閣のとき制定された食糧管理法に基づき,すべてのコメを買い上げる政策をとってきた。しかし,戦中戦後の食糧難の時代はともかく,昭和40年代後半になると「古米古々米古々古米」と揶揄されたコメ余り時代を迎える。政府の倉庫で長年保管された古米の中に,カビ等の事故米穀が多量に発生したことは想像に難くない(冷温保存が実施されたのは昭和60年(1985年)からである)。その多くは非主食用または非食用として安価に払い渡されたであろうが,これを不正転売する悪質業者がいたことは,十分想像がつく。事故米問題は,実は昭和40年代後半から発生していたと見るべきである。ただ,それが発覚しなかっただけなのだ。(小林)

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2009年1月26日 (月)

伊藤ハム事件を振り返る(7)

調査委員会報告書に戻ろう。調査委員会報告書は,報告遅れを指摘したが,より詳細には,検査担当部署から工場長への報告遅れ(9月24日から10月15日までの22日間)と,工場長から本社への報告遅れ(10月15日から22日までの8日間)に二分される。二分されるが,共通点もある。それは,自分の部署で問題を解決した後,上司に報告するという姿勢だ。これが報告遅れの背景にあることは,調査委員会報告書でも指摘されていない。

水質検査担当部署は,異常値に接し,何とか自分の部署で正常値に戻そうと努力したが,2号井戸の処理水のみならず,2号井戸の原水や3号井戸の処理水からも異常値が検出されて手に負えなくなり,工場長に報告したようである。これに対して工場長は,報告を受けた後2度の検査を実施し,異常値が検出されないことを確認してから本社に報告した。報告書によれば,工場長はあわせて保健所へ相談に赴くことを提案したようだが,保健所から公表と自主回収を要請されるとは想定しなかったのではないか。その証拠に,伊藤ハムが事件公表と自主回収を決断したのは,調査委員会報告書によっても,保健所に相談した後である。

一般論として言えば,自分の部署で問題を解決した後に上司に報告するという態度は,責任感の表れとも言えるし,日本人の美徳の一つとさえ言われる。しかし,この態度は同時に責任逃れの行動である。つまり,自分の部署に問題が起きたとき,自力で解決してから報告しないと,責任を問われ,マイナスの評価を受けるため,自力で問題を解決する方を優先するのだ。このままでは,問題解決を後回しにして報告を優先する風土など,生まれるはずもない。

調査報告書を一読して,特に体制の問題について感じることは,「マニュアル整備」「コンプライアンス意識の徹底」といった表面的な言葉に終始し,問題の根本原因にまで踏み込んでいない,という点である。マニュアルは,どんなに整備しても,想定外の事態は発生する。また,マニュアルを詳細に規定するほど,全部を理解し覚えるのが困難になる。コンプライアンス意識の徹底というが,この報告書を読む限り,具体的な場面で何を優先すべきなのかという規準は不明確なままである。

今回の事件は,伊藤ハムにとって,不幸な偶然であった面を有することは否定できないと思う。しかし,大事なのは,個人に責任を取らせたり,表面的な対策を取ったりしてお茶を濁すことではないはずだ。我々は個人に責任を問いがちであるが,個人責任を問うても解決しない問題もある。次に想定外の問題が起こったとき,どのような体制を取っておけば最も適切に対応できるのかという視点が,最も重要である。この視点が,今回の調査報告書に最も欠けている点であったと思う。(小林)

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2009年1月23日 (金)

伊藤ハム事件を振り返る(6)

食品製造企業,特に大規模食品製造企業には,品質管理部門に製造ラインの停止権限を持たせ,かつ,結果的に製造ライン停止の判断が誤りであった場合でも,安全側に間違ったものである以上は責任を問わないという考え方「フェイルセーフ」を導入するべきであると書いた。しかし,この思想が独り歩きすると今度は,何か問題が起きるとすぐに製造ラインを止める事態が頻発しかねない。それは確かに安全かもしれないが,企業利益追求の観点からは到底容認できない。

そこで,「フェイルセーフ」の思想を導入すると同時に,「デュープロセス」(適正手続)の思想をあわせて導入する必要がある。これは製造ラインの停止など重大な決断をするにあたっては,決断に至る手順を具体的かつ厳格に定めて守らせる一方,手順を履行した以上は結果について責任を問わないという考え方だ。

ハリウッドの軍隊ものの映画では,ときどき,副官が上司を解任するという場面がある。古典では「ケイン号の反乱」,近いところでは「K-19」(舞台はソビエトだけど)もそうだ。これらの場面では,副官は必ず証人を立て,時刻を記録させてから上司の解任を宣言する。映画では特に説明もない。特に説明がなされないということは,軍隊において副官が一定の要件のもとに上司を解任できることは,米国人の常識に属することを示している。

作戦行動中の軍隊では,部下が上司の命令を聞かなければ,まして上司を解任して拘束すれば,その場で銃殺されても文句は言えない。しかし,米軍では,一定の条件を満たせば上司の命令を聞かず,解任して拘束しても,その場で銃殺にはならないことが,常識として浸透している。もちろん,解任したことの是非は後に軍事法廷で裁かれるが,定められた適切な手順を踏むことによって,「その場で銃殺」のリスク回避は保障されている。これがデュープロセス(適正手続)ということの意味である。言い換えると,これは「手続責任」を負わせることによって,「結果責任」を問わないという考え方である。我々日本人は,どうしても,結果責任を,しかも個人に問うことに傾きがちであるように思う。(小林)

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2009年1月21日 (水)

伊藤ハム事件を振り返る(5)

伊藤ハム事件で,対応が遅れた根本原因は,井戸水の水質検査を管理部ES課の権限とし,品質管理室の権限としなかったことにある。では,品質管理室の権限とすれば,品質管理室はどのように対応するべきだったのだろうか。

もちろん,直属の上司である工場長を通じ,本社に報告を入れるべきである。しかし大事なことは報告ではなく,製造ラインを直ちに停止することにある。食の安全という見地からすれば,製造ラインを直ちに停止さえすれば,報告など,後回しでよい。

本件では,最初の異常値に対して,再検査が指示されただけで,製造ラインは止まらなかった。これに対しては,再検査などせず製造ラインを止めるべきだったとの批判もあろう。しかし現代の精密な検査方法は,手順の軽微なミスやごく微量の検査対象外部室の混入でしばしば不正確な結果を出すから,再検査の指示は当然である。調査委員会報告書でも,原水について異常値が報告されたにもかかわらず,再検査が行われなかったことが批判されている。

そこで問題は,再検査結果が出るまでの間,製造ラインを止めるべきか,という点となる。

もちろん,食の安全を確保するためにはラインを止めるべきだ。だが,再検査の結果,最初の検査が誤りと判明したらどうか。一日数万食を製造する伊藤ハムのような大規模食品製造企業の製造ラインは,数日止めるだけで数億円の損失を生む。その責任を問われるリスクがある以上は,担当部署に製造ライン停止の決断を期待することは難しい。

したがって,担当部署に製造ライン停止を決断させるためには,結果的にその判断が間違っていても責任を問われないことを保障する必要がある。つまり,人間の判断には常に間違いが起きることを前提に,「安全側」に間違ったら責任を問わない,その代わり「危険側」に間違ったら重い責任を問う,という制度を整えておくことによって,判断を安全側に誘導するという考え方である。この考え方は,「フェイルセーフ」と呼ばれ,機械などに関する安全工学の分野では常識だが,食の安全の分野にも導入すべき時機が来ていると思う。

本件の場合,品質管理室に検査権限を与えるべきだと書いたが,その品質管理室か,または直属の上司である工場長に製造ライン停止権限がなければお話にならないし,製造ライン停止権限があっても,その後最初の検査結果が誤りであった場合に責任を問われるリスクがある限り,製造ライン停止という重大な決断を期待することはできない。(小林)

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2009年1月16日 (金)

伊藤ハム事件を振り返る(4)

調査委員会報告書についての感想だが,原因究明については,不満は残るが,やむを得ないというべきなのだろう。実験室ではない現実世界で過去に起き,現在起きていない出来事を科学的に完全に説明することは,実際のところ,とても難しい。重要なのは,科学的に説明できないからといって,可能性を排除するのではなく,想定できない事故でも必ず起こる,という認識を前提とした危機管理体制を構築することであろう。

このような観点で本件を見るとき,まず指摘されるべきは,水質検査体制の不備である。担当課長は異常値を聞いたが,「塩化シアンについての正確な知識に乏しく,当該事実の重大性について認識を欠いた」ため,報告が遅れたという。しかし,シアンと聞けば,素人でも,青酸カリを連想するほどの毒物である。知識の不正確さ故に不必要な過剰対応をしたというのなら分かるが,事態の重大性に気付かなかったというのは,信じがたい常識欠如というほかはない。これが事実であるなら,問題は,このような能力の人物を水質検査担当課長に据えた人事か,あるいはこの部署に水質検査権限を配分したことにこそある。ちなみに,水質検査担当部署は東京工場の管理部の下にある「ES課」である。「ES課というのは何の略ですか?」と伊藤ハムに電話して聞いたところ,「さあ,私らもESESと言っていまして,何の略かは存じません。当社では機械の保守などを担当しています。」という牧歌的な答えが返ってきた。一般的にはESというのはEmployee Satisfaction(従業員満足)の略で,我が国では作業環境の整備を受け持つ部署のようだ。食の安全という観点からすれば,このような部署に水質検査権限を付与すること自体が間違っているし,仮に管理権限を付与するなら,水質に関する基本的な知識を与えなければいけない。報告書から推定されることは,ES課は,水質検査権限を受け持っていたが,異常な検査結果がでることは想定していなかったようだ。これは,危機管理体制構築以前の問題である。伊藤ハム東京工場には,別に品質管理室が存在するのだから,品質管理室こそ,水質検査を受け持つべきである。

つまり,調査委員会報告書が指摘した「報告遅れ」も確かに問題だが,大事なことは,長いルートを情報がスムースに流れるようにすることではない。ルートそのものをできるだけ短くすることなのだ。今回,水質管理部門がES課ではなく,品質管理室であったなら,事態の展開は変わっていたはずだし,変わっていなければいけない。(小林)

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2009年1月12日 (月)

伊藤ハム事件を振り返る(3)

その後舞台は調査対策委員会に移る。調査委員会は12月5日までに5回の会議を行い,同日中間報告書を公表すると共に,25日に調査委員会報告書を公表した。

同委員会の関心は主として原因の解明と,危機管理体制の再構築であった。3本の井戸水は毎日検査されたが,委員会発足以降,規準を超えるシアン化物又は塩化シアンが検出されることは一度としてなかった。水源そのものが汚染されたのなら,異常値が継続的に観察されないのは不可解である。同様の理由で,産経新聞が報じた「戦前の毒ガス工場原因説」も否定された。また,人為的混入の可能性も検討され,排斥されている。

委員会は当初の検査結果も疑ったが,なぜか検体が残存していないため,追試のしようがないし,1度ならず2度までも異常値が検出された以上,この検査結果が正確なものであることを前提に,井戸水の処理過程に原因を求めていく。そして,学術文献をもとに,消毒用の塩素量が不適切である場合には,本件井戸水の処理過程においてシアン化合物が生成されることや,現場では4月以降,塩素酸の基準値オーバーが続いており(これは水道法違反だが食品衛生法違反ではない),担当者が独断で次亜塩素酸ナトリウムの投入量を減らし,シアン化合物が生成されやすい濃度になったという状況証拠もあることから,これが原因ではないかと推定した。もっとも,この推定は実験室レベルで再現できただけであり,実際の処理過程で再現できたものではない。つまりこれは,「実際に起きたことを化学的に説明することは可能」ということが証明されたに過ぎない。また,処理水については,処理過程の不備で説明が可能であるとしても,処理前の原水について異常値が検出されたことは説明できない。この点は調査委員会報告書ではかなり明確に,検査手順の誤りと推論しているが,これは積極的な根拠があるというより,消去法による推論である。

次に対応における問題点としては,中間報告書では余り触れられていないが,最終報告書に詳しい。調査委員会報告書では,①担当者から工場長へ,工場長から本社幹部への報告遅れと,②井戸の使用停止・出荷停止・製品回収の検討の不十分さの2点が主たる問題点であるとされ,その主要な原因として,①社内規定・マニュアルの不備,②コンプライアンス意識の不十分さ,③法令に対する理解の不十分さ,④安易な自己判断の4点が指摘されている。(小林)

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2009年1月 9日 (金)

伊藤ハム事件を振り返る(2)

以上は,事件発生時の報道を整理したものである。12月25日に公表された調査委員会報告書に記載された経緯は,当時報道された事実と微妙に異なる。

報告書で判明したことには,伊藤ハム東京工場の3本の井戸水は,それぞれの原水と殺菌処理後の水(処理水)について,1本ずつ,外部業者による定期検査が行われていた(つまり6回の定期検査が入れ替わり行われていた)。そして9月24日,2号井戸の処理水について,基準値を超えるシアン化物と塩化シアンが検出されたと,担当者と担当課長に報告されるが,担当課長は「シアン化物イオン及び塩化シアンについての正確な知識に乏しく,当該事実の重大性についての認識を欠いたため,上司に報告することもなく,特に何らの対応もしなかった」。担当者は独断で2号井戸を再検査させるが,10月2日,やはり異常値が出たとの報告を受けたにもかかわらず,採水後の10月1日に行った「次亜塩素酸ナトリウム入れ替えにより,今後はその数値が基準値以下に安定すると思い,この報告結果を課長に報告しなかった」。しかし,10月9日には3号井戸の処理水が基準値を超えたと報告があり,14日には2号井戸の原水で異常値が報告される。しかし同日この報告を聞いた課長は,「事実の重大性についての認識を欠いたまま」,工場長への報告を怠った。

工場長が担当課長から報告を受けたのが10月15日であり,このときは異常値が検出された2号井戸と3号井戸の処理水を直接製品に混入する用途に使用しないよう指示したが,翌16日,異常値が高かった2号井戸の使用中止を決定した。そして,14日及び17日の再検査では異常値が検出されなかったとの報告を受け,22日,初めて本社生産事業本部長,生産管理部長,品質管理部長に事実関係を報告した。そして,23日に柏市保健所への報告が行われ,25日の記者発表に至る。

調査委員会報告書の記載と事件当時の報道とを比較して,疑問が残る点は,調査報告書によれば,10月24日に柏市保健所が行った東京工場井戸水の水質検査において法令の基準値を超えるシアン化物イオン及び塩化シアンは検出されなかったと発表したとあるが,10月28日の毎日新聞朝刊には,「柏市保健所は27日,地下水から基準値(1リットル当たり0・6ミリグラム)の約2倍に当たる1・1ミリグラムの塩素酸を検出したと発表した。」とある。いずれも事実とすれば,調査委員会報告書は塩素酸検出の記載を故意に落としたことになり,その公正性がやや揺らぐことになろう。(小林)

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2009年1月 5日 (月)

伊藤ハム事件を振り返る(1)

伊藤ハム東京工場の地下水からシアン化合物が検出された事件に関し,同社は12月22社長,東京工場長など9名に減給,降格,出勤停止などの処分を行い,25日に調査委員会報告書を公表した。事実上の終結宣言と思われるが,我々はこの事件から何を学ぶべきか。報道等と伊藤ハムの公開資料をもとに,おさらいしてみる。

第1報は10月25日,NHKニュースである。日経テレコン21によれば4放送。まとめると,9月18日に実施された3ヶ月毎の定期検査で,3本のうち2本の井戸から基準値の2~3倍の「シアン化物及び塩化シアン」を検出したため,同日から水源切替前の10月14日にかけて製造した食品(13品目194万個)の自主回収を公表した。

初めて異常値が確認されたのは9月24日,再検査結果判明は10月2日,担当者から工場長に報告されたのは15日,担当保健所に相談したのは23日,直ちに公表を指示されたにも関わらず,生産事業本部長が記者会見を行い,自主回収を公表したのが25日午後8時。もちろんこの報道は伊藤ハムの記者発表に依存しているから,真実かどうかは確信できない。この報道発表に基づき,初めて異常値が確認されてから1ヶ月以上放置されたことに非難が集中し,生産本部長は「不適切な対応だった」と謝罪した。

この時点では報道にもやや混乱がある。25日のNHKニュースでは,2本の井戸のうち1本は使用を再開しているとあり,また,26日の報道では保健所の検査で異常は発見されなかったと報じられているが,28日の報道には,保健所の再検査で27日に基準値の約2倍の塩素酸が検出されたとある。これを受け,伊藤ハムは28日,東京工場の稼働停止と,外部有識者を交えた調査対策委員会を立ち上げると発表した。すでに15日に水源を切り替えている以上,今さら工場の稼働停止が必要なのかという気もするが,このとき同時に同じ工場で生産されたウィンナーから異臭がするとの苦情があり,微量のトルエンが検出されたことを受けての稼働停止であろう。この二つの事件が偶然であるなら,「最悪の危機は必ず最悪のタイミングで起きる」というマーフィーの法則(?)を地で行く展開である。

調査委員会のメンバーは11月1日に公表され,4日に第1回会議が開催された。委員の中には西村あさひ法律事務所の川合弘造弁護士もいるが,その代理として主に出席したのは同法律事務所の尾崎恒康弁護士だ。議事録によれば,原因特定の方法と,管理体制に関する問題が協議され,その中には,「異常データを把握しながら,組織の報告ルートを通して情報があがらなかったことが重要な問題の一つである」との指摘もある。翌5日の記者会見には,河西力社長が事件発生後初めて出席し,「危機管理マニュアルはあったが,それが実現していなかった」と謝罪した。(小林)

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2008年12月10日 (水)

食品業界の信頼性向上セミナーを終えて

東京海上日動リスクコンサルティング株式会社が主催した標記セミナーの講師として,全国15カ所の講演行脚が終了した。沖縄など,はじめて行けた地域もあり,優秀なスタッフと熱心な受講者に支えられて,よい経験をさせて頂いた。同時に講演があった食品会社のコンプライアンス体制も,大いに勉強になった。かつて同じような不祥事を起こした企業でも,企業カラーの違いが対応の違いに出ていたりして,大変興味深かった。

私が講演で雪印乳業集団食中毒事件を取り上げるとスタッフに申し上げたところ,同社のコンプライアンス担当者らと面会する機会に恵まれた。この事件は,患者数1万3000人を超える戦後最大級の集団食中毒事件であるが,その原因は,北海道大樹工場の停電にあったことが後に判明している。雪解けの始まる3月,工場の軒先にぶら下がったつららが落下し,その下にあった電線に穴を空けたのが,停電の直接の原因だったそうだ。

印象に残ったのは,この点に関する担当者の述懐である。「当日,大樹工場では,つららの落下を含め,7つのインシデント(出来事)がありました。その6つ目までは,事故とさえ言えない軽微なものでしたが,その一つが欠けても,停電は起きませんでした。しかし停電は起き,対応の過ちが集団食中毒の発生に結びついたのです。」

当時の担当者の対応の誤りは,後に有罪判決を受けているし,背後にある企業体質にも問題があった。しかし他方,事件のもともとの原因が,惑星直列のような偶然の一致にあったことも見落とされるべきではない。不可抗力とは何で,過失とは何であるのか。人は,あらゆる可能性を事前に想定できるのか。想定できないとすれば,最善の方策は何か。

色々と考えさせられた一件であった。(小林)

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2008年12月 9日 (火)

うなぎ蒲焼偽装事件続報

すでに当ブログでも触れたが,うなぎ蒲焼偽装事件について,11月中旬,関係者8名が逮捕された。容疑は不正競争防止法違反ということだったが,その後の報道によると,詐欺罪での立件に向けた詰めの捜査が行われているとのことである。詐欺罪ということになれば,当事者は実刑を覚悟しなければならないかもしれない。他方,詐欺罪で立件するためには,「騙す」「騙される」関係が必要であるが,偽装が横行していたこの業界において,「騙された」被害者を特定することは,案外難しいかもしれない。(小林)

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2008年11月15日 (土)

うなぎ蒲焼偽装事件で逮捕

遅すぎたと言うべきか,本年6月末に発覚したうなぎ蒲焼偽装事件で,魚秀の元社長と福岡営業所長,神港魚類の元担当課長,高松市の水産卸販売会社元専務とその弟,東京都の商社社長の6名を逮捕し,高知県南国市の水産加工会社社長と同社役員の逮捕状を取ったと報道された。容疑は,不正競争防止法違反であり,詐欺罪ではないらしい。

すでに当ブログで触れたことであるが,この事件は,一見,うなぎ蒲焼という特殊な食材の事件でありながら,食の偽装に関わる様々な問題が凝縮しており,なぜ偽装が無くならないのかを教えてくれる。

本事件の背景は大別して二つある。一つは,国産うなぎの蒲焼が,中国産に比べて極端に高いのに,その割には,味に差がない点にある。言い換えれば,国産に対する信仰に近い信頼が,偽装の動機となった。

本事件の背景の二つ目は,ルールの曖昧さが,偽装の蔓延を許してきたことである。驚くべきことに,うなぎに限らず,養殖水産物の原産国表示基準に関しては,法律上の規準も,省令・通達上の規準もなく,「原産地表示に関する基本的考え方(一般ルール)」という農林水産省の根拠無き見解だけがルールであり,その適用範囲も曖昧だった。これがうなぎそのものの偽装を横行させ,蒲焼にも波及した。これは推測であるが,ルールを曖昧にしておくことは,農林水産省にとっても,業界にとっても,そして政治家にとっても,利益だったのだろう。

2007年以降頻発したうなぎ(蒲焼きを含む)偽装事件では,多数の企業が摘発されているが,その中で刑事事件に発展したのは,今回の事件が2例目である。その根拠は,今回の偽装の手口が,他に突出して悪質だった点にある。もっとも,悪質と言っても,とても稚拙であり,「モノ」「カネ」「カミ(帳簿・伝票)」を追えば,容易に露見する程度の偽装だった。

魚秀の社長と福岡営業所長,詰め替えとラベルの張り替えを実行した高松市の水産卸販売会社元専務とその弟は覚悟の逮捕だろうが,神港魚類の元課長は一貫して容疑を否認しているという。しかし報道を見る限り,元課長が実情を知らずに取引していたとは思われない。

他方,徳島県に本社を持つ魚秀の親会社は,現時点では疑惑を免れたようである。報道によれば,魚秀はこの親会社の100%子会社であり,前社長は親会社社長の子息(たぶん)であり,逮捕された中谷社長は親会社の従業員でもあり,親会社の一角に魚秀の事実上の営業所が置かれていた。これだけ緊密な関係にあったのに,今回の事件では無関係と判断されたようである。また,理由は分からないが,「帳合」という取引方法で偽装蒲焼の流通に関わったとされる東京の商社2社のうち,一社の社長のみが検挙された。その理由は明らかでない。

私の見る限り,今回の偽装事件の中心人物は,魚秀の中谷社長や神港魚類のもと課長ではなく,高知県南国市の水産加工会社社長と同社役員である。社長は中国名であり(国籍までは分からないが),役員は中国に名の知られたうなぎブローカーだった。同社や,これらの社長や役員のことは,なぜか,いままでほとんど報道されていない。しかし,本件の真相を明らかにするためには,この2名の身柄確保が是非とも必要である。また,この事件が不正競争防止法違反で終わるか,詐欺罪での起訴にこぎ着けられるかは,この2名の供述にかかっている。この2名がなぜこの時期に中国に行っているのか分からないが,少なくとも,行かせてしまった捜査当局の落ち度は否定できない。(小林)

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2008年11月 5日 (水)

馬肉偽装報道の顛末

2008年10月30日から31日にかけて,「熊本産」馬肉の偽装が報道された。

報道や農水省のプレスリリースによれば,熊本県の業者Aが,カナダ原産の馬肉を,原産地を表示せずに大阪の仲卸会社ショクリューに販売し,同社もやはり原産地を表示せずに佐賀県の小売業者ヤマフに販売したところ,ヤマフはこれを「熊本産」と表示し,約163キログラムを一般消費者に販売した。報道内容と処分を整理すると,次の表のとおりである。

御者名

問題となった行為

業者の分類

管轄

認定

業者名処分

処分内容

A社(後に(株)三協畜産と判明)

馬肉の原産地「カナダ」を表示・伝達せずショクリューに販売

県域業者

熊本県

原産地表示もれ

非公表

文書指導

(株)ショクリュー

馬肉の原産地「カナダ」を表示・伝達せずヤマフに販売

 

農水省

原産地表示義務違反

公表

指示

(株)ヤマフ

原産地を確認せず「熊本産」と表示して販売

ブロック域業者

九州農政局

不適正表示

公表

指示

熊本県域業者Aに関しては,農水省から熊本県に対して,「厳正な措置を取るよう要請した」が,熊本県は30日,業者名を公表せず,文書指導にとどめたと発表した。しかし各紙は,A社が三協畜産であることを31日に報道する。これを受けて三協畜産は31日,ホームページにお詫びと説明のコメントを発表した。翌11月1日以降,後追いの報道はない。

この事案の背景となる事情は,次のとおりである。

まず,熊本県は馬肉の本場だが,熊本県で生まれ育った馬の肉は,おそらく全体の1割に満たない。大半は海外か北海道生まれであり,海外の中ではカナダが多い。熊本県に来た馬は,牧草に代わって穀物で肥育され,適度に脂がのったところで食肉にされる。

2005年9月までは,これらの馬肉は出生地にかかわらず,「熊本産」として販売されてきた。JAS法上の原産地表示に関して,農水省内の「原産地表示の基本的考え方(一般ルール)」によれば,複数地域を経由して肥育された生鮮食品について,最も長く肥育された地域をもって原産地とされてきたが,畜産物については例外として,輸入した日から,牛については3ヶ月,豚については2ヶ月,その他の家畜については1ヶ月以上肥育すればその地域名を表示して良いという,いわゆる「三ヶ月ルール」(平成12年3月31日農林水産省告示514号生鮮食品品質表示基準)が定められていたので,馬肉については熊本に連れてきた日から1ヶ月以上肥育すれば「熊本産」と表示できたためである。

この「3ヶ月ルール」は,いうまでもなく国内の畜産業者を利するためのものであり,そしておそらく,それ以前の慣行を追認したものであるが,合理的根拠のない,あまりに露骨な業者保護の制度として批判の対象になり,平成16年9月14日農林水産省告示1706号により撤廃され,上記「原産地表示の基本的考え方(一般ルール)」が適用されることになった。これを受けて,熊本県の生産業者12社でつくる「熊本県馬さし流通協議会」は,純粋に熊本県で生まれ育った馬の場合「熊本産馬さし」,県外から来て熊本県で4ヶ月以上肥育した馬の場合「熊本馬さし」と表示わけした上「原産地○○(例えばカナダ)」「肥育地熊本県」と表示するという自主ルールを制定した。

今回問題となった馬肉が熊本県内で4ヶ月以上肥育されたものであるか否かは不明だが,いずれにしろ,三協畜産は原産地表示を何もせず販売したことが,問題の発端となった。

この一連の報道からうかがわれる問題点は,次のとおりである。

第1に,農水省と熊本県の足並みの乱れが指摘される。農水省は,熊本県に対し,三協畜産に対する厳正な措置を要請したにもかかわらず,熊本県は業者名公表を拒否した。その理由として熊本県は,外食産業に生鮮食品を販売する売主には原産地表示義務がないところ,三協畜産は外食産業と誤信して原産地を表示せず販売した「表示もれ」にすぎないからとしている。しかし,「外食産業に生鮮食品を販売する売主には原産地表示義務がない」とする条項はどこにもなく,解釈としても間違っている。三協畜産の行為は「明白なJAS法違反」とする農水省の主張が正しい。業者名はあっさり突き止められてしまったことからすると,熊本県の業者名公表拒否は,同県の評判を下げただけで終わったと言うべきだろう。

第2に,上記「原産地表示の基本的考え方(一般ルール)」という,法律でも省令でも告示でさえもない,単なる内部的解釈が一人歩きしていることも問題なら,その例外としての「3ヶ月ルール」もいい加減であり,これが撤廃された後の業界自主ルールも,相当問題である。なぜなら,一般消費者には「熊本産馬さし」と「熊本馬さし」の違いなど分からないからだ。この自主ルールは,それ自体が不正競争防止法に違反する可能性さえある。いずれにせよ,三協畜産がこの自主ルールを守っていれば,今回の騒動は起きなかった。とすれば,法令を含めた原産地表示ルールの不備不徹底が問題の根本にある。

第3に,そもそも純粋な熊本産馬肉などほとんど無いことは業界の常識であるという立場から,従来これを知って放置してきた農水省の豹変を批判する主張がある。例えば2ちゃんねるには,「輸入した馬を2・3か月肥育して適当にサシが入ったところが一番ウマいんだろうが,みんなやってるし,地元じゃみんな知ってるだろ 産地偽装が話題になったから,後出しで農水省が運用を変えたんじゃないか。これを産地偽装というなら国産の馬刺しはなくなるぞ この偽善者どもめが」という意見が投稿されている。

この意見は確かにポイントを突いているのだろう。しかし重要なことは,今後農水省の立場がもっと消費者寄りになりこそすれ,業界保護に軌道修正することはありえないという点だ。

最後に,この報道がすぐ沈静化した理由を考えておく必要がある。これは想像だが,真の原産地が「カナダ」であった点は,一つの大きな理由だろう。これが「中国」だったら,全然違った展開になっていたと思う。つまり,今回の問題は,消費者の「食の安全」のアンテナを刺激しなかったのだ。ちなみに,Wikipediaによれば,世界の馬肉生産第1位は中国とのことであるから,今後,中国産馬が輸入されてくる可能性がある。そうなったとき,未だに原産地表示ルールが不備不徹底のままなら,問題が再燃するだろう。

報道が沈静化して,業界関係者は胸をなで下ろしていることと思う。しかし,原産地が熊本でなかったことを知っても消費者が怒らなかったということは,それだけ熊本のブランド力が無いことをも意味するのだから,安心してばかりしてもいられないと思う。(小林)

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2008年10月29日 (水)

伊藤ハム問題のポイント

伊藤ハムが,東京工場の水源から基準値を超えるシアン化物等が検出されたとして,商品の自主回収を公告した。

井戸水の汚染自体は不可抗力だったかもしれないが,工場がこれを検出してから会社上層部が知るまで1ヶ月もかかったことや,知った後の上層部の対応も遅れたことについて,非難が集中している。

しかし,この点はこの問題のポイントではないと思う。ポイントは,品質管理部門という組織上の問題であると考える。

もちろん,伊藤ハムほどの会社でありながら,今時,品質管理部門が存在しなければ論外だ(この点,現在の伊藤ハムのホームページからは確認ができない)。しかし多分,品質管理部門はあるのだろう。品質管理部門があるのなら,食品に接する水の管理は,品質管理部門の管轄でないといけない。だから,今回の水質検査は,品質管理部門が行うべきであるし,そうでないとすれば,そのこと自体がまず問題である。

次に,仮に品質管理部門が水質検査を行ったとして,あるいは,水質検査は品質管理部門が行わなかったとしても,検査直後に検査結果を知ったとして,検査結果が会社上層部に報告されるまでの間,品質管理部門に生産ラインの停止命令権限が無かったとすれば,問題は,品質管理部門に生産ラインの停止権限を与えておかなかったことにある。一日何万食も生産するような大規模食品製造会社における品質管理部門の存在意義は,実にこの点に存在するはずだからだ。

もちろん,品質管理部門が早くから水質基準違反の事実を知っており,しかも,生産ライン停止権限が与えられていたにもかかわらず,その権限を行使しなかったのであれば,その事実だけで,担当者は全員クビである。品質管理部門は,適正手続に従って判断した限り,「安全側」に間違っても責任を問われるべきではないが,「危険側」に間違った場合には,極めて重い責任を問われなければならないからだ。

真相が上記のいずれにあるにせよ,上層部への連絡が遅れたか否かは,本件において,些末な問題であると思う。(小林)

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2008年10月16日 (木)

殺虫剤入中国産冷凍インゲンと日本企業のコンプライアンス

1011日,東京都八王子のスーパーマーケットで中国産冷凍インゲンを購入した女性が舌のしびれとむかつきを訴えた。このインゲンからは,基準値の35000倍近い農薬のジクロルボスが検出された。これはほぼ原液であるため,厚労省や警視庁は,残留農薬ではなく故意に混入されたとの見方を強めている(1016日日本経済新聞)。中国工場の責任者はテレビのインタビューに対し,流ちょうな日本語で,被害者へのお見舞いを述べていた。

現時点では,袋に穴が空けられた痕跡はなく,かといって同ロットの他の製品からジクロルボスは検出されていない。従って捜査機関等は当面,被害者の自作自演を含め,あらゆる可能性を想定し,これを一つずつ潰す作業に追われることになろう。冷凍餃子事件も未解決の現時点において,今回の事件が起こったことは,冷凍餃子事件が偶発的かつ例外的な事件ではなく,今後も同様の事件が起こりうる可能性を我々に突きつけている。

ところで今回考えてみたいのは,このような事態を受け,中国産食品の輸入に携わる日本の企業は,故意による毒物添加の可能性を排除する責任があるか,という点である。

もちろん,一般論としては,そのような責任は無い。故意による毒物添加の可能性を排除するにはサンプリングでは足りず,全品検査しかないが,これは現実問題として不可能だからだ。

しかし,無理と決めつけることに多少の躊躇もある。冷凍インゲン及び冷凍餃子事件が中国内製造過程における故意犯罪と仮定するなら,その犯人には,消費者の健康を害する明白な悪意が認められるが,「たぶん日本人」という以上に,特定の誰かを害する意図はない。とすると動機は何かが問題となるが,犯人を劇場型愉快犯と仮定すると,冷凍食品を選ぶのに不自然さが残る(なぜなら,いつ消費者が食べて事件が起きるか分からないからだ)し,報道された限りでは,恐喝目的もないし,政治目的も窺えない(政治目的があるなら,犯行声明等があってしかるべきだろうし,やはり,いつ事故が起きるか分からない冷凍食品を標的にするのは不自然である)。

そうなると,犯人は単純に,不満の発露として,毒物を混入した可能性が出てくる。その不満とは例えば,工場幹部に比べて,作業員である自分の待遇が極めて劣悪である,すなわち搾取されている,という不満だ。

ここで気になるのが,工場長の流ちょうな日本語である。この工場は,中国法人とはいえ,資本は日本企業だろうし,日本企業の支配が相当程度及んでいると想像される。もちろん,そのこと自体は何ら問題がない。現地法人の社長が中国人なのは,中国政府の意向だろう。しかし,仮に工場内に歴然とした待遇差別と現業労働者の搾取が存在し,かつ,日本企業がこれを指導ないし黙認しているとするならば,労働者の悪意が,工場とその背後にいる日本企業と日本人とに向いても不自然ではない。万一このような背景が存在するならば,これを法的責任といいうるか否かはさておき,当該日本企業も一定レベルの責任を免れないと思う。

もちろんここに書いたのは,筆者の憶測でしかない。報道機関には是非,この点を検証してみてほしいと思う。(小林)

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2008年9月25日 (木)

事故食品の自主回収と穢れの思想

土門英司氏のブログ「そもそも非食用米から作ったデンプンに有害物質は含まれているのか?」は,「どの植物のデンプンも精製する際にはタンパク質や脂質、ポリフェノール類による着色等を取り除くために、希薄なアルカリや界面活性剤、さらにはそれらを除くためにしつこく洗う。コメ・ デンプンも例外では無いだろう。原材料は兎も角も、島田化学工業のデンプンの品質が確かであれば、殺虫剤もアフラトキシンB1も検出限界以下になっている可能性が高い」と指摘している。

たぶんそのとおりだろう。この件に限らず,現在話題になっている食品偽装や禁止薬物混入の問題は,我が国内では,どれも健康被害の可能性がないか,無視してよいほど少ない場合である。このような場合,食品メーカーの法的責任はどの程度あるのだろう。

       販売すれば食品衛生法違反(刑事罰)に問われる。

       食品衛生法違反には問われないが,回収義務はある。

       回収義務はないが,汚染物質を使用していることを告知する義務がある。

       汚染物質使用の事実を告知する必要さえない。

もちろん数字が若いほどメーカーの責任は重い。そして土門衛氏も指摘するとおり,食品衛生法違反にはならないと思う。では自主回収義務や告知義務はどうだろうか。科学的には全く健康に危険がないのに,自主回収義務や告知義務があるとすることは,合理的であるべき法理論に,非合理的な「穢れの思想」を持ち込むことにならないか。

実は,法理論だからといって,「穢れの思想」と無縁ではない。自殺のあった家屋については,裁判実務上,売主に告知義務があり,隠して売ると契約解除や損害賠償義務を課せられる(東京地裁平成20428日判決など)。

筆者としては,売買対象家屋で自殺があったことは法的告知義務の対象になることは支持しつつも,この思想を無闇に拡大することはいかがなものか,と思う。

そこで,食品安全の問題に関しては,毒性が希釈ないし除去されておよそ危険でなくなった食品を回収する法的義務はメーカーにないと考える。告知義務があるか否かは,場合による(例えば,主たる原料の半分以上が汚染された物質である場合には,仮に健康被害が発生し得ないとしても,告知する義務がある)というべきであろう。(小林)

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2008年9月22日 (月)

事故米・メラミン汚染牛乳問題と自主回収

事故米問題が農林大臣と事務次官の辞職に発展したと思ったら,今度はメラミン混入ミルク事件である。メラミンとは樹脂を製造するための工業原料であり,現代日本では食品に混入されることなど考えられないが,窒素含有量が多いため,中国では,食品に含有されるタンパク質料をごまかす目的で食品に混入されることがある。これを贋造という。メラミンには直ちに健康に害を及ぼす毒性は無いが,腎臓結石を促す作用がある。報道によれば,丸大食品は,メラミン混入原料を使用した可能性のある5品目の自主回収を開始した。

基準値以上の残留農薬を含有する事故米や,メラミンの混入したミルクを,その事実を知りながら,そのまま販売すれば,食品衛生法6条違反に問われるおそれがある。ただ,今回報道されたように,事故米を非事故米で希釈して販売したり,メラミン混入ミルクを原料の一部に使用したり,という程度で食品衛生法違反に問われるかは疑問だ。

食品衛生法62号は,「有毒な、若しくは有害な物質が含まれ、若しくは付着し、又はこれらの疑いがあるもの(ただし、人の健康を損なうおそれがない場合として厚生労働大臣が定める場合を除く)」の販売を禁止している。違反は3年以下の懲役又は300万円以下の罰金という刑事罰だ。社団法人日本食品衛生協会「新訂早わかり食品衛生法」によると,現実的に健康上の被害を生じさせる程度でなくても,同条項が適用されるとしているし,「疑い」だけで罰せられることになっているが,罪刑法定主義に照らせば,およそ健康被害の可能性がない程度まで希釈されたものを販売しても,食品衛生法には違反しないというべきだろう。食品衛生法62号は,罪刑法定主義からみると,とてもいい加減な規定であるともいえるし,刑事罰で食の安全を守ることの限界を露呈しているともいえる。

刑事罰に問われないとして,かつ,不法行為や製造物責任もしくは債務不履行に問われる可能性がないほど,汚染米やメラミンが希釈されていたとすれば,民法上も,企業に自主回収の法的義務はない。残る問題は,代表訴訟リスクになるのだろう。つまり,自主回収を行わず,その事実が露見して会社が損害を被った場合,取締役等は会社に対して損害賠償義務を負うのかという問題である。ダスキン事件大阪高裁判決の論理からすれば,取締役には積極的なリスクアセスメントを行う義務はあっても,必ず公表する義務まではない,ということになるのだろうが,「公表する」という積極的行動に比べ,「公表しない」という不作為は,積極的なリスクアセスメントの結果であるという主張が,実際問題として,通りにくい。その結果,現場におかれた取締役の判断は,どうしても「公表,自主回収」という選択をせざるを得なくなるのだろう。(小林)

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2008年9月18日 (木)

食品偽装問題と農林水産省の責任?

食品偽装で著名な事件を追ってみると,国も責任を免れないと思われる事例が散見される。一例が,うなぎの偽装問題(蒲焼きではなく,活鰻の偽装)だ。この例では,根拠となるべき法令が,とても曖昧なまま放置されてきたことが,背景になっている。

2008年(平成20年)6月18日,農林水産省は,愛知県一色の漁業協同組合が,中国産うなぎを「一色産」と表示して販売した食品偽装を摘発するとともに,「複数国を経由し養殖されるうなぎの原産地表示の適正化について」と題する通達を業界・市場関係者等に通知した。

通知の概要は,次のとおりである。

    JAS法に基づく農林水産省告示514号により,水産物の販売業者には,原産地の表示義務がある。

    複数の場所で養殖した場合,全ての養殖場所,養殖期間を販売先に伝達しなければならない。

    今般,一部の養鰻業者にJAS法違反の偽装が認められた。法令遵守を徹底されたい。

一見,まことにもっともな通達である。しかし,子細に検討してみると,二重,三重のカラクリが隠されていることが分かる。

最も重要な点は,養殖水産物について,「国産」と「輸入品」を区別するための定義規定が存在しないことだ。定義規定が存在しない以上,何をもって国産と言うかは,様々な解釈が成立しうることになる。もちろん,生まれ育ちが終始日本なら国産,終始外国なら輸入だ。だが,両方を渡り歩いて育てられた養殖水産物はどうなのか。生まれた場所なのか,死んだ(=食品に加工された)場所なのか,育った場所なのか。育った場所とするなら,どれだけ長く暮らせばいいのか。

実は,農林水産省内には,「原産地表示に関する基本的考え方(一般ルール)」というものが存在した。これは,「複数の産地を経由した畜産物や水産物は,最も期間の長い場所を原産地として表示するルール」であり,水産物にも適用されていた。このルールが,「里帰りうなぎ」による産地偽装に悪用されたのである。

現在,農林水産省は,このルールは水産物には適用されないとの立場を取っている。しかし,同省内の公式資料がアサリを例に挙げていたことからも明らかなとおり,かつては水産物にも適用されていた。

いずれにせよ重要なことは,この「ルール」なるものには,法令上の根拠が存在しないということである。上記通達で農林水産省が引用する告示514号にも,国産と輸入品の表示を区別すべしとは書いてあるが,何をもって国産というかはどこにも書いていない。つまりは農林水産省が勝手に言っていただけ,なのである。

次に,「複数の場所で養殖した場合,全ての養殖場所,養殖期間を販売先に伝達しなければならない。」とのくだりであるが,これも,法令上の根拠はない。もとより,一般消費者の立場から見れば,全経由地を記載してもらった方が望ましいことは言うまでもない。しかし,農林水産省という行政府が一般国民である業者等に対して「…する必要がある」と通知する以上は,本来,法令上の根拠が必要である。法令上の根拠がないなら,お願いベースの通知をしなければならない。そして言うまでもなく,「お願い」に違反しただけでは,違法とはいえない。

ここまで読めば,読者は,「国産・輸入の判別規定も,全養殖場所・期間表示義務も存在しないのに,なぜ一部養鰻業者の行為が違法として摘発されるのか?」という疑問を持たれると思う。実は,この点がこの通知書最大のカラクリである。この通知書がJAS法違反と指摘しているのは,実際の養殖地・養殖期間と,伝票上・表示上の養殖場所・養殖期間が違う点であって,「輸入品を国産と表示した」とか,「全養殖地・養殖期間表示義務に違反した」とかいう点ではない。

つまり,通知書前段に書いてある「ルール」と,後段に書いてある「違法行為」とは,別の話なのだ。言い換えれば,農林水産省は,それ自体として明らかな違法行為を摘発することによって,その行為が違反した法律とは違うルールを,あたかも法令上のルールであるかのように布告したのである。

「それのどこが問題なのか。農林水産省が今回やったことは正しいじゃないか」と思われるかもしれない。確かに,農林水産省の動機は,専ら消費者と,食の安心・安全とを保護することにある。この動機は間違いなく善意に満ちている。しかしそうだとしても,行政庁が何ら法令に根拠のないルールを布告することは,法を司る立場から見れば,大いに問題がある。

我が国は民主主義国家(のハズ)であり,民主主義国家には,「法律による行政」という憲法上のルールがある。これは,「行政府は,国会が作った法律に基づかないことはしてはいけない」,というルールだ。現実には,国会が行政府に白紙委任する例もあるのだが,それでも,「法律による行政」の建前は維持されている。今回の通知も,その前の「原産地表示に関する基本的考え方」も,何ら法令に根拠なきルールを行政庁が勝手に定めた点で,「法律による行政」のルールに違反している。

行政庁が「法律による行政」に違反して勝手にルールを布告するようになると,恣意的な運用を許し(前記「原産地表示に関する基本的考え方(一般ルール)」の朝令暮改ぶりは良い例だ),不正な癒着の温床になり,個々の行為は善意に基づくものであっても,最終的には国民の利益を害する。少なくとも法律家の多くは,そう信じている。

もちろん,国産・輸入の判別基準を含めた体系的な法整備が必要であることは,他ならぬ農林水産省自身が認識していることだろう。そしておそらく,さまざまな政治的要因(地方出身の議員センセイを含む)が,その障害になっているのだろう。しかし,JAS法が制定されてから60年もの間,養殖水産物の国産と輸入品との区別が付けられず曖昧なまま放置されてきた責任の一端は政府と農林水産省にあるはずだし,このような悪弊は将来に向けて断ち切らなければならない。農林水産省は,水産養殖物に国産,輸入を判別する法的根拠が無いことを,正直に公表するべきであると思う。(小林)

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2008年9月11日 (木)

偽装問題と取引先の対応

偽装事故米事件が波紋を広げている。農水省は当初隠していた事故米の販売先を公表した。これは有名焼酎の回収騒ぎに発展し,醸造業者が怒りの記者会見を開いた。

こういった偽装に手を染めた企業が責任を負うことは当然だが,偽装企業と取引を行っていた企業は,どのような対応を取るべきなのだろうか。

今回の偽装事故米事件の場合,取引先業者は事故米であることを知らず仕入れていたのだろう。しかし,農水省は二重帳簿の裏付けを取るため取引先に照会しただろうから,その際に事故米の販売を告げたのであれば,その時には,事故米の仕入れを知ったことになる。

事故米を仕入れていると知った時点で,企業は使用を中止しなければならない。基準値以上の残留農薬入り事故米を食品製造に利用すれば,食品衛生法違反に問われる可能性がある。また,直ちに,事故米を原料に製造された在庫品の安全性検査に着手しなければならない。これは,消費者への情報提供としてはもちろん,根拠のない健康被害のいいがかりを退けるためにも必要だ。

企業が事故米を使用した製品の公表や自主回収を怠ったために,健康被害が拡大した場合には,権限ある担当者は業務上過失致死傷罪に問われる可能性がある。雪印乳業集団食中毒事件のとき,対応の遅れが健康被害を拡大させたとして,事件当時の社長が書類送検された(但し不起訴)。食品製造工程で危険物質が消滅したり,検査の結果食品の安全性が確認されたとしても,事故米使用事実の公表を安易に見送ることは禁物である。積極的なリスク判断を行わなかった取締役に善管注意義務違反に基づく損害賠償を命じた裁判例(ダスキン事件大阪高裁判決)もある。

以上述べたことは,食品偽装だけでなく,工業製品の偽装にもおおむね当てはまる。もちろん,食品衛生法の適用はないが,食品の原産地偽装に適用される不正競争防止法は,商品の「品質,内容,製造方法」の虚偽表示を禁止しており,工業製品にも適用される。リサイクル率等の「エコ表示」が品質に関する表示といえるかについては異論もありうる。「エコ」である方が,性能としては劣る場合もあるからだ。しかし,現代においては「エコ表示」自体が製品の購買力や競争力を高めているから,品質に関する表示にあたると言うべきである。したがって,原材料の品質等偽装を知りつつ,完成品に同様の虚偽表示を行った場合,不正競争防止法違反を問われる可能性がある。企業のコンプライアンスが厳しく問われる現在,偽装は刑事事件に直結する可能性があることを,企業幹部は肝に銘じるべきだろう。

事故米を原料とした製品や,欠陥を有する部品を持つ工業製品によって健康被害や財産上の損害が発生した場合,製造者は製造物責任法または民法上の瑕疵担保責任,場合により債務不履行または不法行為に基づく損害賠償責任を負う。この場合,企業は自らが最終的な責任者で無いことをもってしても,消費者・取引先に対する責任を免れない。もちろん,もともと偽装を行った企業に対しては債務不履行責任や不法行為責任等を問いうるし,消費者に対して支払った賠償金は最終的な責任者に求償できるが,この最終責任者が倒産するなどして資力がなければ,補償は得られない。特に,製造物責任や瑕疵担保責任は無過失責任なので,注意が必要だ。(小林)

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2008年9月 7日 (日)

事故米偽装転売事件雑感

大阪の三笠フーズが,殺虫剤やカビで汚染された輸入米を焼酎などの原料として転売していたと報じられた。事実であるとすれば,毒入り餃子を転売した中国企業と五十歩百歩のとんでもない話である。

報道によれば,農林水産省は食品衛生法による告発を視野においているという。おそらく,食品衛生法6条(有毒な,若しくは有毒な物質が含まれ,若しくは付着し,又はこれらの疑いがあるものの販売等禁止)違反であろう。罰則は3年以下の懲役又は300円未満の罰金である。意外にも,不正競争防止法による産地偽装の罪(5年以上の懲役若しくは500万円以下の罰金)より軽い。消費者の健康を保護法益とする食品衛生法の方が,刑が重くてしかるべきであろう。

三笠フーズの社長が弁護士同席で記者会見に臨み,偽装が自らの指示であったと認めた。テレビで見る限り,準備不足やうろたえぶりは見受けられなかった。これが弁護士の適切なフォローによるものであったか否かは不明だが。弁護士は,潔く事実を認めた方が,事件の早期収束につながるとアドバイスしたのだろう。ただ,このアドバイスは,社長が一切事実と異なる発言をしないことが前提となる。

もう一つ報道を見ていて気になった点として,消費者行政担当の野田聖子大臣が記者会見したのに,太田誠一農林水産大臣が一切テレビに露出していない点が挙げられる。確かに,どちらかと言えば生産者側に立つと思われる農林水産省より,消費者側に立つ野田聖子大臣が農林省に苦言を呈するという構図の方が,国民目線の政治という印象を受ける。福田首相の置きみやげとなった消費者庁構想だが,本件はその存在意義をアピールする絶好の機会だったと言える。もっとも,単に野田聖子大臣のスタンドプレーであるとか,太田誠一農林水産大臣が記者会見に出ると,話題が事務所経費問題になってしまうからとか,それだけの原因なのかもしれない。

9月6日のお昼,産地不明のうなぎの蒲焼きを愛媛県産と表示して販売した疑いで,愛知県伊予市のうなぎ加工会社「サンライズフーズ」が,不正競争防止法違反で強制捜査を受けた。

沖縄県では9月4日,台湾産マンゴーを宮古島産と偽って販売したとして,通信販売会社「美ら島フーズ」社長と二人の役員を不正競争防止法違反で逮捕した。

事実関係は未確定だが,食品の産地偽装は刑事事件に直結する(ように取扱が転換した)という事実は,食品関係者に銘記して頂いた方がよいだろう。(小林)

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2008年8月30日 (土)

うなぎ蒲焼きの産地偽装問題について(4)

Ⅳ 偽装の手口

大阪市の株式会社魚秀や神港魚類株式会社などを舞台に行われたうなぎ蒲焼きの産地偽装事件は,うなぎの内外価格差や,価格差ほどの味の差がない,という事情を背景にして,JAS法の不備につけ込んだ,「里帰りうなぎ」という産地偽装の手法が横行していた。2007年になり,ヨーロッパと台湾が相次いでシラスうなぎの禁輸を宣言する中,中国産うなぎから禁止農薬が検出され,消費者の国産指向がいよいよ高まる中,輸入うなぎの大量在庫を抱えた国内のうなぎ業者は,何としてでも在庫をさばく必要に迫られた。これが,うなぎ蒲焼き産地偽装事件の直接の背景である。

新聞報道などを総合すると,魚秀・神港魚類などを舞台にした産地偽装問題の経緯は,次の通りである。

20077月,徳島魚市場が同年3月に輸入したうなぎから禁止薬物の代謝物が検出されたと報道された。徳島魚市場には返品が殺到し,その子会社である魚秀でも,風評被害を受けて大量の輸入うなぎが返品された(報道によれば,800トンに達した)。徳島魚市場の吉本隆一社長は,同社の社員でもある魚秀の中谷彰宏社長に対し「損をしてでもうなぎの在庫を売れ」と指示したという。

20081月,魚秀の従業員と神港魚類の担当課長が協議し,在庫をさばくために一色産に偽装することが決められる。担当課長は「今年の国産うなぎは高騰する」と役員会に提案し,大量の「国産うなぎ」買い付けの承認を得た。

200826日から318日にかけて,徳島魚市場の関連会社倉庫に,「中国産」うなぎ249トンが入庫され,27日から順次搬出された(もっとも,魚秀の中谷社長は入出庫記録を作成指示しないよう倉庫側に指示したと報道されている)。搬出された「中国産」うなぎは香川県高松市の運送会社「シコクセイカ高速」の倉庫内で,常時78人の手によって「一色産」のラベルと張り替えがなされたと見られている。この倉庫を手配したのは香川県高松市の大洋水産の役員(当時)であるが,同社の親会社であり地元の大手スーパーであるマルナカの中山芳彦社長は,会社ぐるみの関与を否定し,元役員の独断だったとしている。630日の朝日新聞によれば,中谷社長から相談を受けた「高知県南国市の水産加工会社役員」が,偽ラベルの手配を含め,偽装工作全般を仕切っていたという。

偽装されたうなぎの蒲焼きは,256トンが神港魚類に卸され,200834日から614までの間に,約49トン(39万匹)が販売された。

ところで,この時期は,うなぎの産地偽装業者が相次いで摘発されていた。そこで魚秀の中谷社長らは,製造者として架空の会社を表示するとともに,架空会社名義の産地証明書を偽造していた。また,架空会社が特定されないように,架空会社と神港魚類との間に中間流通業者2社を噛ませた(現物を扱わず,帳簿だけの取引を『帳合』というが,単品の帳合は異例であり,農林水産省はこの中間流通業者も偽装に気づいていたのではないかと疑っているという。なお,これらの中間流通業者に帳合を持ちかけたのは魚秀の『非常勤役員』であると報じられているが,これが,事件の黒幕となった高知県南国市の水産加工業者役員と同一人であるか否かは報道からは不明である)ほか,魚秀は神港魚類から一部(15トン)のうなぎを買い戻し,あたかも神港魚類の下流にいるかのように装った。これらの隠蔽工作は,他の偽装事案に比べ突出して手が込んでいた。

しかし,2008523日,「異常に安い一色産うなぎが流通している。ネットで調べたが一色フードという会社は見あたらない」という通報が農林省にあったほか,神港魚類に対しても告発の電話があり,手の込んだ偽装工作にしては,割とあっさりと露見してしまった。結局のところ,「モノ(中国産ウナギ)とカネと帳簿」が揃っている以上,いかに複雑なルートを通しても,一旦当局に疑いを持たれた以上,逃げようがないのである。

偽装が露見するまでの間に販売されたうなぎ蒲焼きの売り上げは73000万円。仕入れを差し引いた利益が約3億円であり,このうち1億円余りが,偽装工作を仕切った「高知県南国市の水産加工会社役員」から,偽装工作を請け負った「高松市の水産会社元専務」に支払われ,4000万円が中間流通業者に,1000万円が「謝礼」として神港魚類の担当課長に渡ったとされる。但し,神港魚類の担当課長は,「1000万円はお茶の袋に入っており,自宅に帰るまで現金と気付かなかった。謝礼ではなく口止め料だと思った」と弁解している。課長がいつ現金に気付いたかはともかく,1000万円の受け渡しが農林水産省が調査に乗り出した後であることからして,その趣旨は謝礼ではなく口止め料と見るべきだろう。

魚秀の手取りは18000万円あった。それだけで見ればボロ儲けであるが,800トンの過剰在庫のうち49トンしか処分できず,立件されて全てを失う社長本人にしてみれば,全く割の合わない話である。

事件の謎,というより,事件報道の謎としては,偽装工作全般を仕切ったとされる「高知県南国氏の水産加工会社役員」の氏名も,会社名も,マスコミが明らかにしていない点がある。筆者の知る限り,事件発覚直後である2008628日や71日の各紙が,阪神百貨店は魚秀と役員が兼任している「高知県南国市の水産加工会社」のうなぎ蒲焼きを販売停止にしたと報道した際,同社の社名が報じられたが,これと「黒幕」の会社と同一会社か否かは不明なままである。しかし,マスコミが同社名や役員氏名を知らない訳ではない。2008724日の毎日放送「VOICE」で担当記者は,「中国ウナギ業界のドン」と呼ばれる中国畜産貿易紹介ウナギ部門理事長徐利明氏にインタビューを試みた際,「高知県南国市の水産加工会社役員」について,「彼は余りに大胆すぎます。偽装に関するウワサは,たしか聞いたことはありますね」という発言を引き出したり,この役員の自宅を訪れたりしている。それにもかかわらず,なぜこの役員と「高知県南国市の水産加工会社」名だけ匿名で通されているのか。記事からは弁護士が関与していることが窺われるが,そのせいなのか。それとも,別の力学が働いているからなのか。

現在,兵庫・徳島両県警が,不正競争防止法違反及び詐欺罪での立件に向けて,膨大な証拠の精査を行っているという。報道によれば,立件は数ヶ月後とのことであるが,この「高知県南国市の水産加工会社」もと役員を突破口に,どこまで事件の背景が明らかになるのか,注目される。根拠がないし,あってもブログには書けないが,うなぎ蒲焼きの偽装事件は,日本の暗部と繋がっている可能性がとても高いと思う。(小林)

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2008年8月26日 (火)

うなぎ蒲焼きの産地偽装問題について(3)

Ⅲ 偽装の背景3(続発した産地偽装)

大阪の株式会社魚秀と,神港魚類株式会社,その他数社が舞台となったとされるうなぎ蒲焼きの産地偽装事件は,20086月から7月にかけてマスコミを賑わしたので,まだ人々の記憶に新しい。しかし,事件の直前,多くのうなぎ業者の産地偽装が摘発されたことは,忘れ去られようとしている。

2006225日には,フジ活鰻産業(静岡市)高知支店の産地偽装について,同年411日には高知県土佐市の大熊の産地偽装について,それぞれ農林水産省が改善指示を行った。

2007年は,国産うなぎ価格の高騰要因がいくつも重なった。稚魚の不漁と,EUの稚魚輸出制限,台湾の禁輸措置が,日本に入ってくるシラスうなぎの絶対量を減少させ,これに,ハウス養育に必要な重油価格の高騰が追い打ちをかけた。しかも,改正食品衛生法に対応するための,中国うなぎ養殖場の設備が間に合わず,さらに,輸入した中国産のうなぎからたびたび禁止薬物が発見されたため,中国産うなぎの国内流通量が激減した。2007714日の新聞報道によれば,魚秀の親会社である徳島魚市場が同年3月に輸入した中国産うなぎ蒲焼きから,禁止薬物の代謝物が検出されたため,徳島魚市場が自主回収を始めた。この一連の事件により,国内のうなぎ業者は,輸入うなぎの大量在庫を抱えることになったと思われる。その中で,少なからざる業者がうなぎの産地偽装に手を染め,農林水産省がその摘発に乗り出した。

20079月,農林水産省は九州の十数業者に対し,台湾などから輸入した生きたうなぎを国産と偽り販売していたとして,大規模な立ち入り調査を行い,宮崎市の「原田穂積商店」と「石橋淡水」が県から厳重注意処分を受けた。また11月には,産地を確認せず「国産」との証明書を発行したさいたま市の「山商水産」,静岡市吉田町の「山政」と「マルニうなぎ加工」が,12月には,熊本県の「岩本水産」と「九州生鮮」が台湾産などのうなぎを国産と偽り,加工業者などに販売していたとして,県から厳重注意処分を受けた。20082月には,静岡市の「東海澱粉」が農林水産省から厳重注意処分を受けるとともに,従業員二人が不正競争防止法違反容疑で逮捕された。

2008618日,農林水産省は,「養殖うなぎの原産地表示の適正化について」と題するプレスリリースを行い,「複数国を経由し養殖されるうなぎの原産地に関しては,販売先に対し,経由した全ての養殖場所,養殖期間を伝達するよう周知を行った。

このとき問題となったのは,国産うなぎ生産量日本一とされる,愛知県一色町の「一色うなぎ漁業協同組合」の「産地偽装」であった。620日の産経新聞によれば,「一色漁協は,一色町で16ヶ月養殖したうなぎ約18万匹を徳島県の卸売業者から鹿児島県の輸出業者を使って台湾に輸出し,そのうなぎを輸入したとしていたが,台湾から輸入したうなぎは約26万匹に増えていた。しかも,農林水産省の調査では,一色産の幼魚が台湾の池に入ったことは確認できなかった。漁協の組合長は,「輸入業者から,書類が揃っているので『国産または一色産』と表示できると持ちかけられた」とか,「仲介業者が間違えた」とか,いかにも被害者であるかのような言い訳をしている。」と報じている。同日付の日本経済新聞によれば,一色漁協にうなぎの輸入を持ちかけたのは,上述したさいたま市の「山商水産」である。

ここで報じられた「徳島県の卸売業者」が誰を指すのかは不明である。しかし,大阪の魚秀とその親会社である徳島魚市場株式会社が,うなぎ蒲焼き産地偽装事件の舞台として世間の注目を集めるのは,わずか1週間後のことである。(小林)

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2008年8月22日 (金)

うなぎ蒲焼きの産地偽装問題について(2)

現時点(2008812)で未解決の「うなぎ蒲焼きの産地偽装事件」であるが,この事件には,「多額の内外価格差」と,「その割には味の違いがない」という二つの背景があった。

しかし,これだけならめったに偽装は起きない。大概の人には「良心」というものが備わっているので,「偽装をすれば儲かる」と分かっていても,よほどのことがない限り,明白に「悪事」に属する産地偽装に手を染めることはない。

ところが,うなぎに関しては,良心を麻痺させたもう一つの事情があった。それが「里帰りうなぎ」である。

うなぎは,人工ふ化技術が無いため,シラスと呼ばれる稚魚を採捕して養殖する。シラスは繊細なので,稚魚のうちは,高い技術を持つ日本が適している。しかしある程度育てば,コストの安い台湾や中国でも養殖ができるから,日本からクロコと呼ばれるウナギの幼魚が輸出されてきた。そして日本は,うなぎの成魚を再輸入する。何十年も前から,日本はクロコを台湾や中国に輸出し,成魚になった「台湾産」や「中国産」のうなぎを輸入してきた。そして,その多くは「台湾産」や「中国産」として日本国内で販売された。もっとも一部の業者は,原産地名は最終加工地でよいとする改正前のJAS法規準を悪用し,中国産うなぎを静岡で焼いて「静岡産」とのラベルを貼って販売していたが。

しかし,2002年,原産地名は最終加工地ではなく生産地名とすべし,とJAS法の適用基準が改正される。すると,日本と中国・台湾の両方で育ったうなぎの場合,どちらが生産地になるのかという問題が発生する。なにしろ内外価格差が大きいから,国産になるか否かは大問題だ。

この点について,農林水産省は,「最も長く育った場所を原産地とする。」と,運用基準を定めた(この点報道によれば,JAS法や政令にその定めがあるように読めるが,筆者はその資料に接することができない。どうも単なる運用基準のような気がする)。この運用基準は,理屈としてはありうるところだが,うなぎに関していえば,「一匹いっぴき,日本と中国で何日育ったかなんて,分かるわけがない」という,適用上の限界があった。牛ならば,一頭毎に管理されているから,どの地域で何日育ったかを把握することもできよう。しかし,様々な産地のうなぎが,何千・何万匹と一つの池で育てられる状態では,一匹ずつの生育日数の把握は全く不可能である。

もとはといえば,食の安全と信頼を確保するため,消費者に適切な情報を提供するためのJAS法運用基準であったのに,それが不正の温床になったというのは,皮肉な話である。JAS法運用基準によれば,一日でも多く日本で育ったうなぎは国産と表示して良い。そして,そのうなぎが,日本と中国・台湾で,それぞれ何日育ったかは,誰にもわからない。そうだとすれば,書類上で辻褄が合ってさえいればよい。うなぎを扱う多くの業者が,そう考えたとしても,何の不思議もない。

「里帰りうなぎ」とは,文字だけを見ると,「日本から台湾・中国に行き,再び帰ってきたうなぎ」を意味する。そして,日本での生育期間の方が長いなら,国産と表示してもJAS法違反にならない。しかし,そのうなぎが本当に「里帰り」をしたうなぎなのか否か,まして,日本と台湾・中国のどちらの生育期間が長いのかは,誰にも分からない。

すなわち,「里帰りうなぎ」とは,JAS法運用基準の不備をついて,輸入したうなぎを国産と表示するために,業者の誰かが考え出したロジックである。しかし,その実体は,書類が揃っているというだけで,うなぎそのものは,台湾や中国で育ったものかもしれないのだ。輸入物とはいえ,特に台湾のうなぎの品質は国内産に匹敵しており,台湾で長く育ったうなぎを国産として販売したからといって,消費者のクレームも健康被害も発生しない。また,シラスうなぎの漁獲高は減少傾向にあり,しばしば不漁に見舞われるため,国内のうなぎ業者は常に生活の危機にさらされている。このような事情から,2002年ころ以降,国内の少なからざるうなぎ業者が,「里帰りうなぎ」を隠れ蓑にして,事実上の産地偽装に手を染めていった。

繰り返しになるが,このような産地偽装が横行した背景には,国産うなぎに対する過剰とも言える消費者の信頼があった。これは信頼を通り越して信仰と言っていいほどのものである。このような「信仰」が背景になって,経済学的または科学的に説明がつかないほどの価格差が発生したことが,偽装の遠因となった。とすれば,経済学や科学では説明のつかない価格差が存在する商品については,うなぎに限らず,偽装が発生する可能性があることになる。(小林)

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2008年8月18日 (月)

うなぎ蒲焼きの産地偽装問題について(1)

農林水産省は2008625日,株式会社魚秀及び神港魚類株式会社に対し,「中国産うなぎ蒲焼きに,製造や販売の実体のない架空会社を表示し,愛知県三河一色産として販売していたことを確認」したとして,JAS法に基づく指示を行ったと報道発表した。

筆者は,東京海上日動リスクコンサルティング株式会社主催の「食品業界の信頼性向上セミナー」に講師として参加する関係上,ネタ集めのため,新聞報道を中心にこの事件を勉強してみたが,恐ろしく奥が深くて,泥縄では手に負えない。しかし,食の安全とコンプライアンスの問題を考えるとき,すなわち,食品偽装はなぜ無くならないのかを考えるとき,この事件を避けて通ることができない。

そこで,恥ずかしながら,現時点での到達点を示すため,この事件について筆者が理解したことを記しておくことにする。

Ⅰ 偽装の背景1(内外価格差と内外同品質)

日本人は,世界の食用うなぎの7割を消費している。このうなぎは,ほぼ99%が養殖だ。ところが,うなぎの卵を人工ふ化させる技術は実用化されていない。そのため,毎春,「シラスうなぎ」と呼ばれる稚魚を沿岸で採捕している。このことは,シラスうなぎの漁獲高が,うなぎの養殖量と市場供給量,ひいては,零細な鰻養殖業者の生活に直接影響することを意味する。しかも,シラスうなぎの漁獲高は近年減少しており,しばしば,漁獲量を巡る国際紛争に発展する。国際紛争の主たる当事者は,養殖を営む日本,中国,台湾3国のほか,シラスうなぎを中国に輸出するEUだ。

国際紛争の概要は,こうである。20076月,EUは資源保護の見地から,シラスうなぎの漁獲・輸出規制を2009年から2013年までに6割減少させるという大幅規制策を決定した。シラスうなぎの輸入量減少に困った台湾政府は,日本政府に対して輸出を要請したが,日本政府は,輸出貿易管理令上,シラスうなぎは輸出禁止とされているとして断った。これに対抗して台湾は,200710月,日本に対するシラスうなぎの輸出を禁止した。この一連の国際紛争は,国内産うなぎの価格高騰をもたらした。

国内産うなぎの価格が高騰する原因はもう一つある。2000年ころから,中国産うなぎから,しばしば,許容量を超える残留農薬が検出された。台湾産うなぎから残留農薬が検出されたこともあるが,報道数は中国産うなぎの方が多い。これは,台湾に比べ北方でうなぎを養殖する中国では,温室を使うため,うなぎの養殖密度が高いこと,漁獲量が安定しているが,病気に弱いヨーロッパうなぎを多く養殖するため,薬品への依存度が高いこと,が原因とされている。詳しくは,「ウナギをめぐる情勢変化とわが国への影響」(農中総研 調査と情報)を参照されたい。

一方,食品安全に対する意識の高まりを受け,20022月にJAS法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)の新基準が適用され,うなぎの蒲焼きについて,原産地名を最終加工地ではなく原料生産地とすることが義務づけられた。つまり,それ以前は,中国産のうなぎを静岡で焼いてタレをつければ「静岡産」と表示してもJAS法違反にならなかったのである。

JAS法新基準が適用され,国内産と輸入物の表示が峻別されると,消費者は「多少高くても国内産を買う」という購買行動を見せた。その結果,うなぎ蒲焼きの内外価格差は広がっていった。禁止薬剤使用発覚を受け,2003年と2005年の二回にわたり,中国政府がうなぎの禁輸を行ったことも,消費者の国産への信頼と,うなぎの内外価格差を助長することとなった。

うなぎの内外価格差は,輸入物を国内産と表示すれば儲かる,という偽装の動機となる。しかし,うなぎ蒲焼き産地偽装問題の背景にあるのは,内外価格差だけではない。これと同等に重要なのは,「味が変わらないから偽装してもばれない」ということだった。

JAS法新基準が適用された当時から,「台湾産うなぎの方が安くて旨い」という評判はあった。日本に比べ温暖な台湾では,露地池養殖がなされており,ハウス養殖を行う日本よりコストが安く,しかもうなぎは広い池でのびのび育つので,味も良い。蒲焼き工場の機械も日本と同等になったため,消費者には,味の上での区別がつかなくなっていたのである(蒲焼きってタレの味で食べているようなものだし)。一連の事件報道が中休みとなった2008年7月,台湾政府は日本で台湾産ウナギの安さと安全性のキャンペーンを始めた。うなぎ偽装事件は,高いだけの国産うなぎに壊滅的な打撃を与えるかもしれない。

まとめると,うなぎには「内外価格差」が大きいことと,「味の差」がほとんど無いこと,という二つの特質があり,これが,うなぎ蒲焼き産地偽装事件の背景となったのである。

話は変わるが,筆者はこの問題を勉強するまで,「中国産うなぎの蒲焼き」は「中国産うなぎ・の蒲焼き」であって,日本で焼いていると思いこんでいた。「中国産うなぎの蒲焼き」が,実は「中国産・うなぎの蒲焼き」であり,中国で焼いたあとに冷凍していると知ったことは少なからずショックであった。なんでショックなんだ,という気もするが,スーパーで「中国産うなぎの蒲焼き」を買う気がかなり薄れたのは間違いない。(小林)

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2008年7月25日 (金)

和歌山カレー事件で原因が特定されるまでを振り返る

食品に毒物が混入されていた場合,原因を特定することがどれほど困難であるかを実証する例として,和歌山カレー事件を振り返ってみる。和歌山カレー事件は,1998年(平成10年)725日,和歌山県園部市で,夏祭りの際住民に配られたカレーに混入されたヒ素により,60人以上が下痢や嘔吐の症状を訴え,4人が死亡した事件である。この事件は,発生当時,マスコミによってどのように報道されたのだろう。

事件の翌日である726日の東京新聞朝刊は,60人の患者を「食中毒症状」と報じ,和歌山市保健所は集団食中毒事件として調査を始めたとしている。カレー事件の第一報は,集団食中毒事件であった。

しかし事件の2日後である727日の日本経済新聞は,食べ残しのカレーと患者の吐瀉物から「青酸が検出された」と報じ,担当医師の「はじめから青酸化合物と分かっていれば,中和剤を投与するなどの手段もあったのだが」とのコメントを紹介した。この日から,事件名は各紙とも,「和歌山青酸カレー事件」となり,地下鉄サリン事件以来の大ニュースとして報じられる。青酸検出情報を受け,和歌山市の中谷病院では,青酸反応の報を受け,青酸中毒の解毒に用いられるチオ硫酸ナトリウムを患者全員に注射した。結果的には全く無駄な治療であり,不要な解毒剤による二次被害が出なかったことは幸いであった。

728日の中日新聞は,「今回の青酸カレー事件は当初『食中毒では』と診断されて青酸中毒の処置がなされず,4人が死亡した」と報じ,名指しは避けながらも,保健所の対応を非難している。

729日の日刊スポーツは,カレーを食べた後9時間後に死亡した人がいること,農工業で使用される青酸化合物特有の不純物が検出されなかったことから,「致死量ギリギリの高純度青酸カリ」が原因と報じた。しかし,この報道の根拠は,検出された青酸反応が極めて微少だったことにあった。結果論を言えば,このとき警察・報道機関・医療機関は,青酸以外の毒物の存在を疑ってしかるべきであったが,すでに関係者の頭は「青酸カレー事件」で一杯になっており,他の可能性を思いつかなかったようだ。82日の熊本日日新聞は,青酸中毒に気付かなかったと保健所所長を名指しして,その不手際を非難した。

ところが83日,事件は二転する。同日の日本経済新聞朝刊は,犠牲者の胃の中からヒ素が検出されたとし,「捜査本部は犯人がカレーに二種類の毒物を混入した可能性が高いと判断」と報じた。この時点ではまだ,青酸の可能性は排除されていなかったことが分かる。その後捜査機関とマスコミが,青酸の可能性を排除し,ヒ素中毒事件であることが公式に明らかになったのは,事件後3週間を過ぎた821日のことであった。

実は,和歌山カレー事件の原因がヒ素であったことは,事件当初から示唆されていた。青酸中毒特有のアーモンド臭がなかったこと,青酸中毒では見られず,ヒ素中毒の症状である下痢が報告されたこと,事件直後に毒物の混入を指摘する匿名電話があったこと,我が国の毒物混入事件でヒ素の使用は比較的多いこと,等の情報からすれば,ヒ素中毒の可能性は疑われてしかるべきだったとも言える。また,捜査本部がヒ素を検出する2日前には,患者の症状を聞いた外国の医師から,「ヒ素中毒を疑うべき」とのメールが寄せられていた。あとからみれば,これだけの情報が揃っていてもなお,当時の関係者は「食中毒」と「青酸中毒」との思いこみから抜けられなかったのである。

和歌山カレー事件に見られる原因特定を巡る混乱は,なぜ生じたのだろうか。警察,保健所,マスコミがそろいも揃って平均以下の知能しか持たなかったからなのか。筆者はそうとは思えない。後知恵で,結果論を振り回すことは誰にでもできる。しかし,その時現場に置かれた人間は,どんなに有能であっても,事実を見ることがとても難しいのだ。

和歌山カレー事件の3年前,地下鉄サリン事件で警察は,事件直後に毒物をサリンと特定した。しかしこれは,その前年の松本サリン事件があったからだ。松本サリン事件では,原因物質の特定に6日間を要し,その遅れが世間の非難を浴びていた。その警察も,和歌山カレー事件の報に接し,サリンと同種の有機リン酸系毒物の使用を(青酸とは別に)疑ったようだが,それ以前の毒物犯罪で多く用いられたヒ素の可能性には思い至らなかった。結局のところ,人間の応用力というものはこの程度のものだということなのだろう。

さて,筆者が今頃になって和歌山カレー事件を振り返るのは,この事件に,中国製毒入り餃子事件との共通点を感じるからである。毒入り餃子事件の場合,最初の被害発生から約1ヶ月間,販売業者が事件を公表して製品を回収しなかったことについて,マスコミの非難が集中した。しかし,最初の被害(餃子を食べた千葉県市川市の一家5人が有機リン系中毒とみられる症状を訴えた被害)をもって,メーカーが事件を公表して製品を回収することが可能だっただろうか。それは,和歌山カレー事件で,事件直後に,事件に使用されたカレールーのメーカーが,商品の自主回収を行うことに等しい。もし,事件の第一報を受けた直後に冷凍餃子を回収しなかったジェイティフーズが非難に値するならば,和歌山カレー事件の直後にカレールーを回収しなかったメーカーも同程度の非難に値しなければならない。ところが,和歌山カレー事件では,カレールーのメーカーは,非難どころか,話題にも上っていない。当時の客観的可能性としては,カレールーに毒物が混入されていたこともあり得たはずである。和歌山カレー事件で事件直後にカレールーを回収しなかったメーカーが非難に値しなければ,事件の第一報だけで冷凍餃子を回収しなかったジェイティフーズも,同様に非難に値しないはずである。「回収しておけば良かった」という識者の指摘は,後知恵にすぎない。

このように,著明な事件を引き合いに出して再発防止策を検討するに当たっては,後知恵を排除することは,とても難しいが,とても大切なことである。(小林)

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2008年7月19日 (土)

ダスキン事件を振り返る(4)

以上,ダスキン事件を,食の安全とコンプライアンスの視点から振り返ってみた。では,当時のダスキン幹部としては,結局,どうすれば良かったのだろうか。実は,この点については,事件の真相が何だったのか,という検討をせずに語ることはできない。

筆者は先に「これ以上立ち入らない」と書いたものの,ダスキン事件を振り返ると,「実際に起きた事実(つまり神様が見た事実)」と,「ダスキンが会社として発表した事実」と,「訴訟でダスキンないし取締役が主張した事実」との間にズレがあり,それが,事件のわかりにくさに輪をかけているような気がしてならない。

「当時ダスキンにはかなり深刻な派閥抗争があった」という筆者のカンが正しいと仮定するならば,A社の製造する肉まんに無認可添加物が使用されていたことは,かなり早期から,社内の特定の部署では「公然の秘密」となっていたのではないかと思う。そして,それまで肉まんなど作ったこともないC社が参入に名乗りを上げたこと,誰かがC社社長に無認可添加物使用の事実を耳打ちしたこと,その後のダスキンがC社社長に「口止め料」を払った役員を処分しC社との契約を切ったこと,あえて「口止め料」と言う言葉を使って記者発表したこと,などは,すべて一方派閥の描いた絵である可能性があるし,他方,無認可添加物使用の告発は,他方派閥(またはC社)の逆襲である可能性が否定できない。また,件の取締役会で,無認可添加物の使用を「積極的には公表しない」と決定した,という点も,「積極的には公表しない」という言葉を使用した点において(裁判所がこの言葉に敏感に反応するとは想定していなかった点において),株主代表訴訟における取締役側弁護士のミスである可能性もあると思う。実際には,件の取締役会では無認可添加物の使用に関する対応は,もっと前に,もう少しきちんと検討されていたが,その内容は,「諸般の事情」により,裁判で主張するわけにはいかなかったのではないかと邪推する。

いずれにせよ重要なことは,ダスキン事件については,不祥事を知った幹部社員または取締役が法律的に適切な対応を取らなかったのは,自らの社内的地位の保全のためであった,ということである。コンプライアンスやCSRの教科書にはよく,「会社の利益のためではなく,社会の利益を考えて行動しなさい。それが結局は会社の利益です。」と書かれているが,人間の行動原理の中には,会社の利益のほか,本人の利益という重要なものがあることを,この事件は教えている。(小林)

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2008年7月15日 (火)

ダスキン事件を振り返る(3)

次に,問題の肉まんが全て売れてしまった後に事実を知った(とされる)11人の取締役はどうか。これらの取締役に対しても,株主代表訴訟が提起され,1審の大阪地裁(平成121222日判決)では元専務一人に5億円余の損害賠償を命じ,のこり10名の取締役については責任を否定した。これに対して2審の大阪高裁(平成18610日判決)は,11人の取締役全員に損害賠償を命じた。その金額は,2名に5億円余,9名に2億円余であった。

この11人の取締役の法的責任に関する最大のポイントは,彼らが事実を知った(とされる)時点で,既に無認可添加物が使用された肉まんは完売され,消費者の胃の中に収まっていて回収は不可能であり,かつ,当該添加物の使用は形式的には食品衛生法違反であるが実質的には危険性はなく,1300万個も販売されたのに健康被害は1件も起きていない,という点である。このような状況において,事後に事実を知った役員は,法律の観点から見た場合,どうするべきであったのだろうか。

高裁判決の認定によれば,これら11人のうち幹部二人は,事実を知った後,「事実を公表すれば消費者の非難は免れず信頼を損ねると判断し,積極的には公表しない」という方針を決定し,取締役会でこれを聞いた残りの取締役は,特に異議を唱えず黙認した。高裁判決は,この対応について,2億円ないし5億円の損害賠償責任を認めたわけである。

2006年(平成18年)828日の日本経済新聞によれば,原告株主側弁護団長の中山巌雄弁護士は,「企業が不祥事を自ら『公表する義務』を認めた画期的な判決」と評価し,記事自身,「不祥事を公表する義務」が取締役にあるとの論調である。

しかしこれはミスリードであろう。該当部分の判決文は,次のとおりである。「(事実が明らかになれば,ダスキンは消費者の信頼を失い,マスコミにたたかれ,企業存亡の危機をもたらすことは当時十分に予想されたのだから),そのような事態を回避するために,そして,現に行われてしまった重大な違法行為によってダスキンが受ける企業としての信頼喪失の損害を最小限度にとどめる方策を積極的に検討することこそが,このとき経営者に求められていたことは明らかである。ところが(9人の取締役は),そのための方策を取締役会で明示的に議論することもなく,『自ら積極的には公表しない』などというあいまいで,成り行き任せの方針を,手続的にもあいまいなままに黙示的に事実上承認したのである。それは,到底,『経営判断』というに値しないものというしかない。」

厳しい言い回しではあるが,この判決は,中山弁護団長が言うような「不祥事公表の義務」を認めてはいない。「不祥事を公表するか否かを含めて,対策を積極的かつ十分に検討する義務」を認めているだけである。つまり,幹部取締役の決めた方針だからと,批判的な検討を放棄することは,取締役の会社に対する善管注意義務違反であり,厳しい法的非難に値すると言っているのだ。平たく言えば,しゃんしゃん取締役会は駄目ですよ,と言っているのであり,それ自体,至極まともなことであって,驚くに値しない。深読みをすれば,取締役が不祥事公表のメリットデメリットをあらゆる観点からきちんと検討し,その結果,公表しない方がよい,という結論に達した場合には,仮に結果として事実が漏洩し,会社に莫大な損害が発生したとしても,取締役は法的責任を負わない,とも読み取れる。もっと意地悪な深読みをすれば,軽々に不祥事を公表して,莫大な損失を会社に与えたときには,取締役は損害賠償責任を負う場合があるという論理的帰結さえ,ありうる。つまり,この判決のポイントは,「不祥事を公表したか否か」ではなく,「不祥事を公表するか否かを十分に検討したか否か」なのである。

この点に関し,上記記事は,大阪弁護士会の山口利昭弁護士のコメントとして,「『不祥事を公表しない経営判断は許されない』との司法判断を役員は重く受け止める必要がある」と警告していると紹介するが,この記事も同様にミスリードであるし,何より山口弁護士のブログを見る限り,同弁護士はこうは言っていない。(小林)

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2008年7月13日 (日)

ダスキン事件を振り返る(2)

まず,最初に事実を知ったとされる二人の取締役について,少なくともその後に販売された300万個の肉まんについては,販売を停止しなかった責任を免れることはできない。実害があろうが無かろうが,無認可添加物が使用された食品を販売することは,刑罰によって禁止された明白な食品衛生法違反であり,その販売を正当化することはできない。

ただ,現実問題として,当時の二人の取締役に,問題が指摘された肉まんの販売を中止するという選択が可能であったかはかなり疑問である。なぜなら,一時的にせよ各地の「ミスタードーナツ」の店頭から肉まんが消える事態は,無認可添加物の使用を公表するに等しいし,それは,ダスキンに重大な損失をもたらす可能性があった。他方,この添加物は日本では許可されていないとはいえ,実際には危険性は無いといって良いものだった。形式的には食品衛生法違反(3年以下の懲役または300万円以下の罰金)とはいえ,実際に下された処罰は20万円の罰金だったことも,実質的な違法性の低さを示している。

これに加え,当時のダスキン中枢部が深刻な派閥抗争の最中にあったという筆者のカンが正しければ,この二人の取締役が担当部署の失態を自ら明らかにすることは,その時点で,派閥抗争に敗北し,会社を放逐されることを意味する。実際のところ,この二人が翌年の派閥抗争で敗北しなければ,この件をヤミから闇へ葬ることは可能だったはずだ。このような状況で,この二人の取締役に,目前に迫った確実な危機と,将来起きるかもしれない危機の可能性の,どちらを回避するかと選択させたら,前者を選ぶのは当然といえよう。

この二人の取締役を被告とする株主代表訴訟において,1審の大阪地方裁判所(平成17210日)は,食品衛生法6条違反という具体的な法令違反が認められること,C社に支払った6300万円が,口止め料という,違法とは言えないまでも不当な隠蔽工作を行ったことを根拠に,ダスキン事件で同社が被った損害の全額である106億円余という膨大な損害賠償を命じた。続く大阪高等裁判所の判決は,事実認定はほぼ1審判決と同じであるが,取締役と損害との因果関係については,一審判決と違う判断をした。すなわち,仮に当時事実を公表しても,相当の損害がダスキンにもたらされることは避けられなかった,として,隠蔽による損害は全損害の半分と認定し,約53億円の賠償金の支払いを命じたのである。

京都大学の北村雅史教授は,53億円という「非情とも言える額の賠償責任」が妥当かを論じ,「(実際に多数の)健康被害を生じさせた雪印乳業の事件などに比べれば,(事件を公表しないことによるダスキンの)信用低下はそれほどひどいものにならないと予想していたのではないか」とし,そうであるとすれば,ダスキンが実際被った106億円余という巨額の損失を予見できなかったとして,この二人の取締役の賠償責任を,支払可能となる金額にとどめることができたのではないかと指摘する。これは示唆に富む指摘というべきであり,少なくともこの二人の代理人弁護士としては,実質的には危険性がなかった添加物の使用について,ヒステリックと言えるほどの世論の沸騰までは予見できなかった,という主張をするべきだったのではないかと思う(実際にそのような主張をしたか否かは未確認だが)。

この判決が53億円という巨額の賠償責任を二人の取締役に課したのは,「口止め料」の支払をはじめとする積極的な隠蔽工作を行ったと認定されたことが大きいと思われる。もっとも,これらの判決のうち,C社に支払った6300万円が口止め料であったか否かについては,実のところ,疑問が残る。この金が口止め料であることは,事件発覚の際,ダスキン自身が記者発表して認めたことであるが,その時点でのダスキン経営陣は,この二人の取締役を放逐した対立派閥によって構成されていたことには留意する必要がある。また,ダスキンはその後,C社社長を恐喝罪で告訴したが,結局C社社長は逮捕も書類送検もされていない。さらに,C社とダスキン間の訴訟の判決(大阪地裁平成17916日)では,この6300万円がダスキンとC社双方にとって口止め料と理解されていたとは言えない,と認定されている。確かに,製造委託契約の趣旨に反して無認可添加物入りの肉まんを製造したA社を切り,新たにC社と契約するとともに,設備投資資金として数千万円を交付することそれ自体は,経営判断としてあり得ることとも言える。

いずれにせよ,事実を知った二人の取締役に関して,コンプライアンスという観点からは一つの結論を得た。しかし,C社社長から無認可添加物の使用を聞いた後,300万個の肉まんの販売を中止することが実際には不可能だった,という点に照らせば,食の安全という観点からは,何ら結論が出ていないと言わざるを得ない。(小林)

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2008年7月 7日 (月)

ダスキン事件を振り返る(1)

ダスキン事件とは,清掃用品レンタル最大手のダスキンが全国展開するファーストフード店「ミスタードーナツ」において2000年(平成12年)4月から12月にかけて販売された肉まんに,無認可の添加物TBHQが使用されていた,と報道されたことをきっかけとする一連の騒動である。

この事件も,食品の安全・安心を語るとき,避けて通ることができない重要事件である。ただ,他の著名な事件に比べ,論点が多岐に亘るうえ,真相が薮の中,と思える部分もあって,とても分かりにくい。

わかりにくいときは,当事者に争いのない事実から押さえていくのが,法律実務家の王道だ。

当事者に争いのない事実は,こうである。当時ダスキンが販売していた肉まんは,AB2業者が製造していたが,第三の業者に名乗りを上げたC社の社長が,A社の製造する肉まんに,TBHQが含まれている,とダスキン幹部に告げた。2人の取締役は,無認可添加物の使用を知りつつ,その後約3週間,肉まんの販売を継続させた。また,C社には合計6300万円の現金を支払い,かつ,第三の業者として肉まんの製造を委託した。他の11名の取締役がこの事実を知ったのは,TBHQを含む肉まんが全て販売された後であった。ダスキンは翌2001年(平成13年)夏ころから内部調査を開始し,責任者を処分するとともに,同年末をもってC社との契約も一方的に解消する。ここまではほぼ内密裡に進行したが,2002年(平成14年)39日,C社がダスキンを相手に契約破棄の撤回を求める訴訟を起こし,さらに515日,保健所が匿名の通報を受けてミスタードーナツ8店舗に立ち入り検査を行い,これを嗅ぎ付けた共同通信社がダスキンに取材を行ったため,521日,ダスキン自ら事件を公表した。この時点で既に1300万個,2人の取締役が事実を知ったとされるときからでも,300万個の肉まんが消費されていた。

TBHQというのは,酸化防止剤の一種であり,日本では食品添加物としての使用を認められていない(使用すると食品衛生法62項違反になる)が,アメリカなど十数カ国では使用が認められている。発ガン性を指摘する見解もあるが,多量に摂取しないかぎり,危険はないとされている。つまり,ダスキン事件の最大のポイントは,形式的には明白な法律違反だが,実質的には食の安全に無関係,という点である。実際,1300万個も売れたのに,健康被害は1件も出ていない。

事件の経緯を振り返るときとても奇妙に思われるのは,それまで肉まんを製造したこともないC社がダスキンの取引業者に参入しようとすることも不思議なら(実際,製造に着手した後も,技術的に相当稚拙だったことが窺える),そのようなC社の社長が,競合するA社の製品に無認可の添加物が使用されたことを知ったというのも不思議だし,C社の社長から聞くまでの間,担当者が事実を知らなかったというのも不思議である。これは筆者のカンであるが,当時のダスキン中枢部に,かなり深刻な紛争(要するに派閥抗争ですね)があったと見られるし,担当者も,C社社長に聞く以前から,無認可添加物の使用を知っていた可能性がある。しかし本稿の主題をやや外れるから,一旦措くことにする。

検討したいのは,無認可添加物の使用を知った平成12年末から事件を公表する平成145月までの1年半,組織としてのダスキンの行動に,コンプライアンスないし食の安全上,どのような問題があったのか,という点である。この点については,当初から事実を知っていた(とされる)二人の取締役と,肉まんが全て販売された後に事実を知った(とされる)残りの取締役とに分けて考える必要がある。(小林)

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2008年6月17日 (火)

品質管理と情報管理(2)

「品質情報」は,「品質」とは別に独り歩きする。価値の高い情報ほど,独り歩きのパワーは高い。だから,「消費期限切れ牛乳の使用」という価値の高い情報に接した不二家経営者は,「品質管理」にのみ目を向けず,「情報管理」に目を向けなければいけなかった,というのが,筆者の試論である。

それでは,不二家の経営陣は,どうすればよかったのか。第一に,コンサルタント会社が作成した不必要にセンセーショナルな品質情報が,その内容と体裁とによって,極めて高い情報価値を持つ,ということに気づくべきだったのだ。従って,経営陣としては,会議で配付された資料を,その場で回収するべきであった。実際には,回収完了は翌日にずれ込み,この間密かにとられたコピーが外部に流出したのである。

こう書くと,まるで情報の隠蔽を勧めているようであるが,そうではない。誤解しないで頂きたいのは,資料を回収したところで,情報は無くならない,という点だ。回収した資料といえども社内外のどこかに保管されているはずだし,仮に全て焼却して地球上から抹殺しても,人間の頭の中に情報は残る。つまり情報は不死不滅なのである。だから,不二家経営陣は資料の回収をするべきであったが,それだけでは足りない。情報が不滅であり,かつ価値が極めて高い情報である以上,いつか漏れることを前提に,次の手を打たなければならない。

それでは,資料を回収した後,経営陣は何をするべきであったか。それは,情報の価値を減殺することであった。既に指摘したように,情報の価値を増大させるものもあるなら,減殺させるものもある。情報は実体と離れて独り歩きすると言ったが,もちろん実体と無関係ではない。したがって,例えば,「品質管理情報が間違いである」との情報は,情報価値を減殺する。品質情報が正しかったとしても,適切な対応策をとったとか,社内基準には違反したが消費者の健康には全く影響がないことを証明する情報とかは,先の情報価値を減殺する。マスコミに漏れる前に,プレスコールを行うことも,情報価値減殺効果が高い。経営陣は,このような情報減殺行為を準備しておくべきだったのだ。

なるほど,当時の不二家の経営陣は,「消費期限切れ牛乳の使用」という情報に接したとき,事実確認を指示しているし,その2週間後に,工場に対して抜き打ち検査を実施している。これらの行為は,間違いではない。しかし,「情報管理」の観点から見るとき,これらの行為を指示した経営陣の目的は「品質管理」にのみ向いており,「情報管理」に向いていなかった。これが,不二家にとって,とても深刻な事態を引き起こした原因と考える。

さて,このような視点から不二家問題を概観するとき,不二家経営陣は,どういう体制をとっていれば,報告書の情報価値の高さに気づくことができたのだろう。それは,常に情報の価値を評価する体制をとっておけばよかった,ということになる。ここで大事なのは,情報の価値を評価するのがいつであるか,という点だ。言うまでもなく,マスコミに漏れた時点では遅すぎる。部署を問わず,社内に情報が発生した時点で,これを評価する体制が理想である。例えば,「部課長クラスは,RAI(Red Alert Information)に接したときは,必ずこの情報を情報管理部に通知すること」という内規を定め,情報管理部において,RAIの判断基準や対応体制を事前に決めておく,という体制である。

このように,不二家事件は,「情報管理」の失敗という観点から分析すれば,より理解しやすいし,役にも立つと思う。(小林)

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2008年6月13日 (金)

品質管理と情報管理~不二家事件より(1)

シュークリームの原料に「消費期限切れ」牛乳を使用していたことが報道されたことに端を発する一連の不二家事件に関し,株式会社不二家から依頼を受けた郷原信郎弁護士ら5人の有識者が,平成19330日,「信頼回復対策会議最終報告書」という意見書をまとめた。平易かつ力強い言葉でまとめられたこの意見書は,弁護士を含め,コンプライアンスを考える者にとって必読の文献だと思う。

意見書によれば,一連の事件で不二家が甚大な打撃を被った原因は,同族会社の硬直性と社内意思疎通の悪さを背景に,社長の独断で選んだ外部コンサルタント会社の作成した不必要にセンセーショナルな報告書が社外に流出したこと,これを知った対応の遅れと誤り,捏造に近い誤報を重ねたマスコミにあるとしている。

この意見書の個々の論点については,それぞれ正当な指摘だと思う。ただ,以前から,何回読んでも,何となくしっくり来ないという,漠然とした違和感を覚えていたのも事実である。意見書の標記に不統一が見られることから,起案を分担して合体したようであり,そのせいで全体の印象が多少散漫になったのかもしれないと思っていたが,そうでもないような気がしてきた。以下一つの試論を述べる。

意見書によれば,コンサルタント会社が消費期限切れ原料牛乳の使用を指摘したのは平成181113日(事件が報道される約2ヶ月前)の社内会議の席上である。これに対して経営陣は,事実確認を優先するよう指示し,1129日,品質保証部による工場の抜き打ち検査が行われた。また,1115日には,問題とされた工場を含む全工場に,品質管理体制の徹底とコンプライアンス遵守が指示されている。意見書は,「事実公表を行わず,原因究明も問題の根本的な解決も行わず,『遵守指示』だけを行ったという,この時点での不二家の対応は,全く過ったものと言わざるを得ない」としている。

そうだろうか。少なくとも,これでは,意見を言われた不二家側としては,「じゃあどうすればよかったのですか?」と思っただろう。大事なのは,間違っていたと指摘することより,どうすればよかったかを指摘することだ。

いささか乱暴な試論かもしれないが,筆者としては,「消費期限切れ牛乳の使用」「雪印の二の舞」というセンセーショナルな指摘があった時点で,品質の確認作業とは全然別個に,この情報そのものに対する対応をするべきであったと考える。言い換えれば,「品質管理」と「情報管理」を混同したのが間違いであり,当時の不二家としては,「品質管理」を行うことはもちろん,「情報管理」をすべきであったのに,「品質管理」だけを行い,「情報管理」を行わなかったのが,最大の問題であると考える。つまり,「品質」と「品質(に関する)情報」は,似て非なるものだということだ。もっと平たく言い換えるなら「品質情報」は「品質そのもの」とは別に,「独り歩きをする」ということだ。

不二家事件が明るみに出た発端は,「消費期限切れ牛乳の使用」という「品質情報」が,社外に流出したことにある。これが,「品質情報は独り歩きをする」ということだ。

ちなみに,「独り歩きする」パワーは,情報の価値に比例して高くなる。つまり,報道価値の高い情報ほど,腕白な五歳男児のように,目を離すとどこに行くか分からなくなる。不二家の場合,その前の雪印事件で醸成された「食の信頼崩壊」という社会情勢や,不必要にセンセーショナルな報告書の体裁が,情報の価値を飛躍的に高めていた。(小林)

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2008年6月 4日 (水)

エレベーター圧死事故 シンドラー社は立件されず?

平成20年6月2日の産経webによると,3日で事故から2年を迎える港区エレベーター圧死事故で,警視庁は,管理体制の不備が事故原因であるとして,保守管理業者の立件に向けた詰めの捜査をしている一方,製品の欠陥性は薄いとして,シンドラー社の立件は見送る方針であるという。記事によると,事故原因はブレーキパッドの摩耗であり,事故直前に点検をしながら摩耗を発見できなかった管理業者の責任しか51496ca8_2問えないとのことである。

この報道が事実であるとすれば,事故当初の報道とはずいぶん違う話だ。事故当初からずいぶん長い間,シンドラーバッシングとでも言うべき報道だったと記憶している。当時の新聞の見出しを列挙するだけでも,「シンドラー社捜索 コメントのみで沈黙守る社長ら」(平成18年6月8日日経朝刊),「圧死事故シンドラー社エレベーター 閉じ込めなどトラブル多発」(6月8日西日本讀賣朝刊),「シンドラー社エレベーター『明らかに欠陥商品』石原都知事が批判」と,事故原因特定前から,シンドラー社のエレベーターが原因と決まったような報道ぶりである。シンドラー社の主たる取引先であった公共団体でも,入札業者の指名停止が相次いだ。記者会見や遺族への弔問にあらわれた日本法人社長の容貌が,何となくナチの残党っぽい感じであったこともあってか(失礼!),感情的な反発がとても強かったと記憶する。

事故の1ヶ月後ころから,事故原因はブレーキパッドの摩耗にあり,事故直前の点検作業で摩耗に気づかなかった管理会社に責任があるという方向に収束していくが,世論も遺族もこれを許さなかった。遺族は度々,警視庁と東京地検に対して,シンドラー社の立件を要求しており,事故後2年経ってもまだ起訴がなされていない状況にある。今日に至っても,エレベーターやエスカレーターの事故があると「またシンドラー社」と報道され,「シンドラー・エレベーター」は極めて知名度が高くなっているが,他方,事故当時の管理会社の名前は,誰も思い出せない。

この凄まじいバッシングの中で,シンドラー社は法的責任を否定し,謝罪を拒否し続けた。遺族への情報提供も,捜査中を理由に拒み続けた。2006年(平成18年)12月に日本法人社長が辞任するが,その理由も「日本社会の信頼を失った道義的責任を取る」というもので,法的責任はないとの見解を貫き通した。

この事件は,シンドラー社や報道機関や関係者に,とても重い課題を残していると思う。まずシンドラー社に関しては,結果的に法的責任がなかったとして,一切謝罪しないという対応に問題がなかったのか,問題がなかったとしても,日本で円満に商売を継続するためには謝っておいた方がよかったのではないか,という問題がある。おそらく,スイス人の経営陣には,責任の所在も明確にならないうちに謝るなどということは,考えもつかないことだったのだろう。他方日本人の感覚からすれば,法的責任の有無とは別に,事故後すぐに頭を下げていれば,これほどのバッシングは起きなかったことになる。毒入り餃子事件でも感じることだが,製品事故の当事者が国境をまたぐ場合の対応は,とても難しい。

報道機関についても,大いに問題がある。シンドラー社製エレベーターに対する批判報道の大半は,「閉じこめ」に関するものであり,「圧死」事故とは全く異なる形態であったにもかかわらず,報道機関は故意にこれを混同し,閉じこめ事故が多いなら,圧死事故にも法的責任がある,との論調で報道し続けた。しかし,シンドラー社は,「閉じこめ」は安全装置が働いた結果であるから,同社製エレベーターが安全であることの証明でこそあれ,事故ではないという対応を取り,これがさらなる反発を招いた。

また,有識者の多くは,この事故の背景にはエレベーター製造会社と保守管理業者が分離し,情報の共有が行われなくなったことにある,と訳知り顔で解説するだけであった。それはその通りかもしれないが,それだけでは同種事故の防止にはほど遠い。

経済産業省は,六本木ヒルズ森タワーの自動回転ドア事故のときは6ヶ月でガイドラインを策定したが,エレベーターの監督官庁である国土交通省は,事故後検討委員会を立ち上げたものの,その後ガイドラインを策定したとの報に接しない。

事故から2年。何かよい方に変わったことがあるのだろうか。(小林)

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2008年5月27日 (火)

ヤクルト本社に対する高裁判決の勝者は?

ヤクルト本社が平成5年から平成10年間での間に,投機性の高いデリバティブ取引によって533億円以上の損失を被った事件に関し,株主らが担当取締役もと副社長及び他の取締役と監査役を相手に起こした株主代表訴訟の高裁判決が,平成20521日,東京高等裁判所においてなされた。

マスコミは主に,「高裁も元副社長に67億円賠償命令」(讀賣),「2審も元副社長に賠償命令」(MSN産経ニュース),「二審もヤクルト元副社長に67億円命令」(TBS)という見出しで報道しているが,これは司法記者の不勉強によるミスリーディングと言うべきだろう。巨額の賠償金額を正面に出して読者の耳目を引こうとする浅はかなテクニックである。二審判決では,元副社長が負けたのではない。原告だった株主が負けたのだ。見出しは,「高裁も取締役の監督責任を否定」などとするのが正しい。

この裁判の経緯を振り返ってみると,平成1086日,ヤクルト現・前役員計6人に対して株主代表訴訟が提起されたのが始まりのようである。その後,どういう経緯か分からないが,他の取締役・監査役も被告に加えられ,40人以上が被告になった。このうち,39人の取締役と監査役については,裁判が分離され,平成13118日,これら39人の責任を否定する判決が出される。原告の株主らは控訴したが,東京高等裁判所は平成14215日,控訴を棄却した。要するに,これら39人については全然責任のないグループ,と裁判所が判断して,早めに裁判を終わらせたわけだ。

残りの取締役8人について,東京地方裁判所は平成161216日,元副社長にのみ67億円の損害賠償責任を認め,他の取締役の責任を否定した。これを不服として,原告の株主らが控訴したのが,冒頭の東京高裁判決である。

元副社長側が控訴したかは報道上不明だが,結果として一審判決と同じ金額が認められたに過ぎないから,少なくとも,一審以上の敗訴ではない。他方,原告株主の主目的は,他の取締役の責任を認めて貰うことにあったのだから,これを否定した東京高裁の判決は,明らかに原告(控訴人)株主の敗訴なのである。

ところで,一審判決が元副社長以外の取締役の監督責任を否定した理由のポイントは次のとおりである。デリバティブ取引はリスクの高い有価証券取引であり,会社は本来必要なリスク管理体制を採るべきであるが,デリバティブ取引については,損失発生当時,金融機関でさえ完備されたリスク管理体制が構築されていなかった事情を踏まえ,事業会社でしかなかったヤクルトが当時構築していた,結果的に不十分なリスク管理体制でも,当時の水準に照らす限りは相当なものであり,これをかいくぐった元副社長の取引を探知できなかったとしても,他の取締役の監督責任は問われない,とした点にある。(小林)

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2008年5月21日 (水)

野村證券はなぜ危機管理に失敗したのか

もと特捜検事である郷原信郎弁護士が,3つのインサイダー取引事件における新日本監査法人,野村證券,そしてNHKの3社の対応について,興味深いコラムを書いておられたのでご紹介したい。いずれも企業の信用失墜をもたらす危機的事件だったが,対応の良し悪しが明暗を分けた。

新日本監査法人の場合,事件が報道される1ヶ月前には社内で事件を把握し,弁護士に相談するほか,自主公表の記者会見を予定していた。たまたま記者会見予定日に日経が事件をスクープしたが,その前日には理事長自身が日経記者と接触しており,記者会見では第三者委員会設置などの迅速な対応をアピールし,組織的関与の有無の調査と検証を公約したため,その後の報道は沈静化し,信用失墜は最小限にとどまった。

これに対して野村證券の場合は,社長個人が事件を知ったのが報道当日であった(もちろん,担当部署は事前に知らなかったはずはないのに,情報が社長に届いていなかった)という対応のまずさや,記者会見で社長が組織的関与を否定して報道機関によるバッシングを浴びたことなどが,甚だしい信用失墜を招いた。

対応が後手に回ったとはいえ記者会見を事件当日に行った野村證券に比べ,NHKの場合は報道翌日に記者会見が開かれるという最悪の展開だった。

郷原弁護士によると,企業の危機管理の明暗を分けたポイントは,事前に事件を把握し,報道される以前(少なくとも報道と同時)に公表できるか否かにある。もちろんそのためには,事前に事件を把握できる社内体制が有効に機能していることが必須条件となる。

ところで,郷原弁護士は,野村證券の事例に関し,そもそも,選りすぐりのエリートを配属するはずの部署に,入社したばかりの中国人を配属したことが,コンプライアンス上誤りであったと指摘する。文章の背後に「中国人は信用できない」という,差別的と言われかねない価値判断が見え隠れするが,コンプライアンスを保持する立場からは当然の指摘なのかもしれない。

もっとも,中国人を配属したのがまずかったという指摘は結果論であり,企業側としては,「じゃあどうすればよかったの?」と対応に苦慮するところであろう。毒入り餃子の件を持ち出すまでもなく,現在の日本の企業は,中国人の力を借りなければ,実際問題として立ち行かないからだ。(小林)

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