注;本エントリの記載に誤りがあるとご指摘を受けたので、訂正しました。訂正したのは、輸出貿易管理令別表16項(1)は大量破壊兵器キャッチオール規制ではなく、通常兵器キャッチオール規制である、という点です。ただ、この点を訂正しても、全体の文意には全く変更がないので、下記のとおり、加筆と抹消線で対応することとしました。ご指摘ありがとうございました。
TDKと昭和電工が中国企業と合弁して進めようとしていた高性能磁石生産計画が暗礁に乗り上げているという。その背景は、こうである。
エコカーのモーターに使われる高性能ネオジム磁石は、日立金属、TDK、信越化学の3社が世界シェアを独占しているが、その原料となるジスプロシウムというレアアースの大半は、中国で生産される。しかも、ネオジム磁石の基本特許は、2014年7月に期限切れを迎える。また、中国の輸出制限により、ジスプロシウムの価格高騰が続いている。
日本企業から見れば、ジスプロシウムの価格高騰と特許期限切れのダブルパンチによって、このままではネオジム磁石の国際競争力を失うことは必至。その足下を見た中国が、同国企業との合弁による現地生産を誘っている。つまり、中国進出企業にジスプロシウムを安く供給する代わり、製造技術を手に入れようというわけだ。日本企業は、将来的にはジスプロシウムに頼らない高性能磁石の開発を目指しつつも、短期的には、中国企業との合弁もやむなしと判断していた。
一方、日本企業の動きに神経をとがらせたのが経産省である。中国企業との合弁は中国の「思うつぼ」であるとして、中国進出を思いとどまるよう、上記メーカーを説得する(2011年11月12日週間東洋経済)とともに、2012年3月13日、欧米とともに中国をWTO提訴した。
しかし、「(WTOで)仮に主張が認められても中国が規制を解除するには時間がかかるとみられる」(3月25日日経)。一方日本の自動車メーカーは相次いで中国に進出し、エコカーの製造に着手している。待っていられないと判断した日本企業は、中国企業との合併に動いた。3月22日の日経朝刊は、「信越化学、中国にレアアース合金工場」と報じ、4月27日には、TDKと昭和電工が中国企業との合弁事業の検討に入ったと報じた。日立金属もこのころ、中国企業との合弁に動き出した。
だが、TDKらの行為は、ネオジム磁石生産技術の囲い込みを狙う経産省の逆鱗に触れた。経産省は、輸出貿易管理令の改正に着手し、7月13日閣議決定、19日の公布を経て、8月1日に施行した。改正点は、輸出貿易管理令の別表16に掲げる禁輸品(米国など一部の国と地域を除く)として、「焼結磁石」及び、その「製造用の装置又はその部分品」を加えたうえ、その仕様として、「輸出貿易管理令別表第一及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令及び貿易関係貿易外取引等に関する省令の一部を改正する省令」によって、「残留磁束密度が800ミリテスラ以上のもの」と定めた。
要するに、ネオジム磁石、その製造装置及び部品の輸出を禁止し、経産省の許可がなければ中国に輸出できないようにしたのである。
初めから規制していたというならまだしも、これは明白な「後出しジャンケン」である。
その結果、ネオジム磁石の製造シェアを独占する日立金属、TDK、信越化学は、中国企業との合弁を断念し、「工場建設の無期限延期」を伝えることとなった。7月28日の日本経済新聞朝刊は、「自動車メーカーなどへの安定供給を優先する企業と、先端技術の中国流出を懸念する経産省との立場の違いが浮き彫りになった」と報じ、また、「(輸出)貿易管理令の改正に中国側は反発を強めている」として、日本企業から中国への磁石半製品等の輸出が事実上のストップをうけていると報じた。8月4日の日経社説は、経産省の対応を批判している。
さて、以上の経緯を法律的な観点から見ると、どうなるのだろう。
最も重要な視点は、本来自由であるべき日本企業の経済活動を、なぜ経産官僚の「後出しジャンケン」で禁止できるのか?という点だ。なるほど、中国企業との合弁を阻止することは、国益に合致するかもしれない。だが、純然たる私企業であるTDKらに、自らの利益を犠牲にしてまで国益に殉じる義務はない。そもそも、経産官僚の考えの方が国益に合致すると、誰が決めたのか。政令と省令の制定手続さえ適法ならいいのか。その政省令によって利益を奪われる国民に、異議を述べる機会が保障されなくて良いのか。
ところで、経産省による禁輸処置の根拠法は外為法である。この法律は、国際安全保障以外にわが国経済の健全な発展をも目的にしている(1条)から、同法に基づき、経済発展目的に基づく規制を加えることは可能だ。
だが、この法律は貿易の自由を前提とし、必要最小限の規制のみを許しているから、これに反する規制は違法となる。
ネオジム磁石に関する、輸出貿易管理令の改正は、同令別表第1の16項を改正する形で行われた。しかしここは本来、通常大量破壊兵器の開発製造等に用いられる製品や技術の輸出規制(キャッチオール規制)の根拠条項である。経産省は表向き、兵器転用のおそれを輸出貿易管理令改正の根拠に掲げているが、一般民生品をも規制する運用がなされていることは、これにより日本企業が中国企業との合弁を事実上断念した経緯からして明白であろう。
このような、建前と運用が分裂した法律は、建前の部分においては、必要最小限の規制であることを疑わせる。日経社説が指摘するとおり、高性能磁石と通常大量破壊兵器との関係が疑問だからだ。また、通常大量破壊兵器規制の建前でありながら、エコカー用磁石を規制する運用は、目的に反するとして違法とされる可能性が高い。
また、「残留磁束密度が800ミリテスラ以上の」ネオジム磁石を禁輸品とする以上、形式的には、該当磁石を使用する自動車の輸出も禁止されることになる。だが実際にはもちろん、このような運用はなされないだろう(中国側が、日本から輸入したプリウスをバラして磁石を取り出し、それを部品として通常大量破壊兵器を製造する「おそれ」は否定できないのに!)。そうだとするなら、なぜ中国企業との合弁だけが許されないのか、疑問である。
より大きな問題は、日本企業に、違法の疑いのある法運用を争う方法が存在しない、ということだ。経産省の説得を無視してまで、中国企業との合弁に踏み切った日本企業が、輸出貿易管理令が改正されるや、唯々諾々とこれにしたがうのは、争う方法が存在しないからだ。日本企業にとって、政府の命令(=政令)は絶対なのである。だが、この態度は、日本人の美徳かもしれないが、民主主義国国民の態度ではない。民主主義国家と言えるためには、法令の制定に国民が関与することのみならず、法令の適用に国民が異議を唱える権利が、実質的に保証されなければならないからである。
だが、外為法の適用に関して、日本企業が政府に楯突くことはない。かつて政府は、政省令のかなり無理な解釈を強弁して、ヤマハ発動機による中国向け無線操縦ヘリ輸出を摘発し、数人の社員を拘束した上、会社を起訴して罰金に処した。この時以来、日本の企業は、政府の決定がどんなに横暴であろうと、それに従う以外の選択肢を失ったのである。
この国は、われわれが思うほど、文明国ではないのである。
最近のコメント