2017年9月21日 (木)

公衆浴場の更衣室に防犯カメラは違法か

公衆浴場の更衣室に、防犯カメラが設置されるようになって、久しく経つらしい。

新聞を見ると、最初の報道は平成11年3月24日の讀賣新聞朝刊「男子脱衣所に防犯カメラ 利用者から賛否両論 下仁田町営『荒船の湯』」との見出しで、男子脱衣所で盗難事件が発生したため、警察から防犯ビデオカメラ1台を借りて設置したが効果が無かったため、60万円を投じてビデオ二台を購入「防犯カメラ」と大きく表示したところ、盗難はなくなったという。

記事は、「人権侵害とまではいえない」とする前橋地方法務局の見解や、利用客の賛否の意見を紹介したうえ、「『防犯カメラを購入するお金があるのならカギつきロッカーを備えたら』というもっともな意見もある」としている。

平成21年3月30日、小泉郵政改革で名を馳せた東洋大学の教授(当時)が、東京都練馬区の温泉施設のロッカーから財布やブルガリの腕時計を盗んだとして、窃盗容疑で書類送検された。当時は世間の耳目を集めた事件だが、これを報じる3月31日の讀賣新聞には、「防犯カメラに容疑者に似た男が写っていた」とある。この防犯カメラは脱衣所に設置されていたと推測される。

平成25年の中日新聞朝刊三重版には、先頭の脱衣所で財布から現金を盗んだとして24歳無職の男が逮捕されたと、ベタ記事で報じている。「脱衣所の防犯カメラの映像から割り出した」という。

防犯カメラは女性用の脱衣所にも設置されている。「トリップアドバイザー」のサイトには、東京の温泉施設の女性脱衣所に監視カメラが設置されているという抗議の書き込みがある。その他、「温泉&防犯カメラ」や、「更衣室監視カメラ」でググれば、会社や学校の更衣室に設置されたカメラについて、賛否両論(否定的意見の方が多いようだ)の書き込みがあるし、防犯サービスの会社のサイトを見ると、「銭湯、温泉、娯楽施設での防犯カメラ導入事例」として、火災報知器にカモフラージュした隠しカメラを宣伝している。

これらのカメラ設置は違法だろうか。

カメラ設置の合法性判断基準に決まりはないが、私は①目的の正当性、②撮影と目的の合理的関連性、③合理的代替手段の不存在、④被侵害利益の重大性と比較し、撮影されても受忍限度内にあるといえるか、の4つの基準をクリアすることが必要だと考える。

この基準に照らした場合、①の防犯目的は正当だし、②カメラの設置と防犯目的の達成の間には、合理的関連性がある。だが、問題は③と④だ。

上の記事にもあるとおり、更衣室内の盗難は、カギつきロッカーの導入や、貴重品預かり所の設置によってある程度対処可能だから、合理的代替手段不存在の基準を満たすかは疑問がある。また、全裸を撮影されないという法的利益は、かなり重大なプライバシー上の権利である。これ以上プライバシー性の高い場所は、トイレの個室とベッドルームくらいしかないだろう。結論としては、違法の疑いが強いと考える。

もし適法とされる余地があるとすれば、録画映像を人間が見るのは盗難事件等が起きた場合に限られることとし、平時は人間が見ることなく、一定の期間経過後に自動的に消去される、という運用がなされている場合だろうか。この場合でも、適正な運用を担保する手当は欠けているが、そこは信頼関係の問題といえるのかもしれない。

更衣室の監視カメラが適法だというなら、JR大阪駅通行人を撮影し人流統計データを作成したり、ジュンク堂が来店者撮影して万引犯のリストと照合したりする行為が違法となる余地はないだろう。

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2017年9月 8日 (金)

カメラ画像をもとに人流統計情報を作成する際、目的の通知は必要か

画像解析技術の進歩により、カメラ画像から人流統計情報を作成することが可能になっている。

具体的には、「カメラA」の画角を右から左に歩いて行った人と、「カメラB」の画角を上から下に歩いて行った人の画像から抽出された特徴量情報同士を突き合わせ、同一の特徴量であれば、その人が「カメラA」の撮影範囲から「カメラB」の撮影範囲に移動したとみなし、この作業を多数人について統合することによって、人流統計情報を作成するものである。

この場合、画像は特徴量情報抽出後直ちに消去するので個人情報の取得にあたらない、との立場はとりうるとしても、特徴量情報が個人識別符号として個人情報にあたることは疑いない。ただ、カメラの運用者が最終的に取得するのは人流統計情報であって、個人情報ではない。この場合、個人情報保護法の定める利用目的の通知(18条)は必要なのだろうか。

この点に関し、個人情報保護委員会公表するQ&A25には、「個人情報を統計処理して特定の個人を識別することができない態様で利用する場合」には、「利用目的の特定は「個人情報」が対象であるため、個人情報に該当しない統計データは対象となりません。また、統計データへの加工を行うこと自体を利用目的とする必 要はありません。」と記載されている。これによれば、人流統計情報作成目的で撮影していることは、通知する必要がないことになる。

これに対して、JR大阪駅ビル事件における第三者委員会報告書は、画像や特徴量情報の取得が個人情報の取得にあたるとしたうえで(当時は個人情報保護法の改正前なので、解釈の余地があった)、目的の特定や告知が必要であるとしている。

私は、個人情報保護委員会のQ&Aは、法律の解釈として間違っていると考える。

こちらのエントリで述べたとおり、撮影画像から年代や性別などの個人を特定しない属性情報を抽出し、直ちに画像を消去する場合、規範的にみて個人情報を取得していないとみなすことは可能だし、利用目的の通知も必要ないと考える。しかし、今回のエントリで述べた事例では、人物画像を突き合わせ同一人物と同定するために特徴量情報という個人識別符号を抽出し、利用している。これは明らかに、「個人情報を取得したとき」(個人情報保護法181項)にあたるのだから、利用目的の通知公表が必要だ。

個人情報保護委員会に対し、このQ&Aの意味を確認したところ、「『個人情報』に該当するけれども、特定個人の情報として利用するのではない場合には、利用目的の公表・告知は不要」と整理している、との回答に接した。しかし、個人情報保護法181項が例外を定めていないにもかかわらず、Q&Aが「個人情報を取得しても、個人情報として利用しないとき」を除外しているのは、明らかに解釈の範囲を逸脱しているというべきであろう。

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2017年9月 6日 (水)

万引犯から万引画像の開示を求められた場合、開示に応じる義務はあるか

百貨店などの防犯カメラ画像は、原則として、一定期間が経過すると自動的に削除されるが、例外として、万引などの犯罪行為が撮影された場合には、保存されることになる。保存される映像には、明らかな犯罪行為はもとより、犯罪行為であることが客観的に強く疑われる場合も含む(例えば、二人組の客の片方が防犯カメラの画角を遮っているが、その陰で万引が行われていると強く疑われるような場合)と解される。店舗によっては、来店客の顔画像と保存した万引犯の顔画像を照合するシステムを導入しているところもある。

では、客が店舗に対して、「私は万引犯人として登録されていますか?」と尋ねたとき、店舗は情報開示義務を負うだろうか。

個人情報保護法281項は、「本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができる」と定め、2項は「個人情報取扱事業者は、前項の規定による請求を受けたときは、本人に対し、政令で定める方法により、遅滞なく、当該保有個人データを開示しなければならない」と定めている。

個人情報保護委員会のQ&Aによれば、防犯カメラの画像は、そのままでは検索できないので「個人情報データベース」に該当しないとされている。個人情報データベースを構成しない個人情報は「個人データ」に該当しない(個人情報保護法226号)ので、開示請求の対象にならない。もっとも、デジタルビデオカメラの録画像は検索が可能なので、この解釈の当否は疑問である。

では、防犯カメラ画像そのままではなく、万引犯またはその疑いありとして切り取られ保存された画像はどうか。個人情報保護法227号は、個人データのうち、「その存否が明らかになることにより公益その他の利益が害されるものとして政令で定めるもの又は1年以内の政令 で定める期間(6ヶ月)以内に消去することとなるもの以外のものをいう」と定めており、これを受けて個人情報保護法施行令42号は「当該個人データの存否が明らかになることにより、違法又は不当な行為を助長し、又は誘発するおそれがあるもの」は「保有個人データ」から除外されると規定している。

この条項の解釈について、個人情報保護委員会のガイドライン27は、「事例 1)暴力団等の反社会的勢力による不当要求の被害等を防止するために事業者が保有している、当該反社会的勢力に該当する人物を本人とする個人データ 事例 2)不審者や悪質なクレーマー等による不当要求の被害等を防止するために事業者が保有している、当該行為を行った者を本人とする個人データ」を例として挙げている。だが、この事例は、本人が「暴力団等の反社会的勢力」であることや、「不審者や悪質なクレーマー等」であることを前提としているから、これらに該当するか否か分からない者からの要求は想定していない。

また、万引犯人として登録されているか否かという開示請求に対しては、告訴するか否か未定の時点では個人情報保護法施行令44号の「当該個人データの存否が明らかになることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障が及ぶおそれがあるもの」に該当するといえようが、店側で保存するだけで告訴する意思のない場合には、同条項にあたらない。また、「あなたは万引犯として登録されていますよ」と回答し、それがその通りであれば、開示請求者が今後その店舗で万引を行うことは通常ないと考えられるから、「違法又は不当な行為を助長し、又は誘発するおそれがある」とはいえないだろう。

また、「保有個人データ」に該当する場合であっても、「当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれが ある場合」(個人情報保護法2822号)には開示請求を拒否できるが、万引犯として登録されている者からの開示請求に対して、この条項をもとに一律に拒否ができるとはいえないように思われる。

したがって、万引犯(又はそれを強く疑わせる)画像が「保有個人データ」に該当し、開示請求の対象となることは、ありうるものと考えるべきであろう。

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2017年9月 4日 (月)

クレーマーの防犯カメラ映像を保存することの合法性について

百貨店などに設置されている防犯カメラの映像は、一定期間が経過すると自動的に消去されるが、例外として、万引などの犯罪行為が録画された場合、その映像は保存される。かかる保存行為が合法であることについて、議論の生じる余地はすでにないと思われる。

しかし、百貨店など施設管理者が保存する映像は、実は犯罪行為だけではない。クレーマーや、店内で宗教勧誘やナンパを行う者の映像を保存していると公言する事業者もいる。

もとより万引犯にも肖像権やプライバシー権はあるが、店側にも被害回復のため証拠を保全する権利がある。万引など犯罪行為の場合に、店側の権利が優先することについて争いはなかろう。だが、必ずしも犯罪とはいえないクレーマーや、宗教活動やナンパについては、来店客の肖像権やプライバシー権が優先するとはいえないのだろうか。

個人情報保護委員会のQ&A6-7には、「いわゆる不審者、悪質なクレーマー等からの不当要求被害を防止するため、当該行為を繰り返す者を本人とする個人データを保有している場合」を前提とする記載がある。このことから、個人情報保護委員会としては、「いわゆる不審者、悪質なクレーマー等が当該行為を繰り返す場合」に記録することは適法と解釈しているものと思われる(もっとも、このQ&Aはカメラ映像ではなく、氏名、電話番号及び対応履歴等としている)。

しかし、百貨店などの顧客は、店に対して買物に専念する債務を負うものではないから、店内で求愛行動をしたり、宗教的勧誘行為をしたりしても、直ちに違法になるわけではないし、店の対応に非があれば、苦情を述べる正当な権利を有する。これらの映像を保存することは、明らかに行き過ぎだろう。

店側の立場に立ち、犯罪行為の記録は当然として、犯罪に至らない民事上の違法行為については証拠保全の権利があると考えたとしても、店内でのナンパや宗教勧誘行為、苦情を述べる行為が、すべて民事上の違法行為になるわけではない。

このように考えてくると、個人情報保護委員会が「悪質なクレーマー等の…繰り返し」に限定してQ&Aを作成しているのは、いいかえれば、「悪質ではないクレーマー」や、「悪質なクレームでも繰り返しにあたらない場合」に記録することは違法、と限定する意図を含むものと解される。

だがそれでも、「悪質」性や、何回目からが「繰り返し」かを誰がどの基準で判断するのか、という問題が残る。店側が専権的に判断でき、だれもチェックできないなら、歯止めがないことと同じだからだ。

また、「防犯カメラ」という利用目的でありながら、犯罪でない行為の保存が許されるのか、という問題もある。

結局のところ、「悪質なクレーマーの…繰り返し」行為についてのみ、記録・保存は合法であるとする個人情報保護委員会の見解は、その妥当性を客観的に判断する仕組みが無いかぎり、中途半端である、といわざるを得ない。

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2017年8月23日 (水)

カメラ付きマネキンと個人情報保護法について(2)

前回のエントリでは、喉仏のあたりにカメラを仕込んで来客の属性を記録するマネキンに法的な問題がないか、検討した。結論としては、画像を直ちに消去する(あるいは、保存しない)のであれば、問題ないと考える。

では逆に、画像を消去せず、記録するマネキンを店内に置くことは、違法だろうか。とりあえず、万引防止用の防犯カメラとして利用しており、かつ、「ここに防犯カメラがあります」等の表示がない場合を前提に考えてみる。

個人情報保護委員会のQ&Aを見ると、「防犯カメラにより、防犯目的のみのために撮影する場合、『取得の状況からみて利用 目的が明らか』(法第 18条第4項第4号)であることから、利用目的の通知・公表は不 要」とされている。しかし、この解釈は、防犯カメラとしての使用が外観上明白である場合を前提にしているから、マネキンに仕込まれたカメラには該当しない。

それならば、警備員の格好をさせたマネキンであれば、喉仏にカメラを仕込んで防犯カメラとして利用することは許されるだろうか。迷うところであるが、警備員の格好をさせたマネキンと言うだけでは、「撮影している」という「通知・公表」としては不足しているように思われる。

では、警備員の格好をさせたマネキンが頭を常時左右に動かしたり、客のいる方に顔を向けたりするようにさせたらどうだろうか(もはやマネキンではなくロボットではないか、という議論は措く)。この場合は、「撮影している」という「通知・公表」があるものとみなしてもよいように思われる。

ただし、このように考えてくると、「警備員の格好をさせる必要はないのではないか」という指摘が出てこよう。店内であれば、警備員だけでなく、一般の店員も万引の警戒をするものである。したがって、「客の動静に呼応して顔を向けるなど、『撮影している』ことを動作で示すマネキンであれば、特段の通知・公表なく防犯カメラとして使用可能」という結論が導かれることになる。

買物中、ふと視線を感じたらマネキンがこっちを見ていた、という百貨店は、あまりぞっとしないが、いずれ慣れるのだろう。

それでは、カメラを積んだマネキンが、「撮影している」ことを動作で示すなら、特段通知・公表をしなくても、マーケティング等防犯以外の用途で利用することは可能だろうか。少なくとも現時点における個人情報保護法の解釈では、無理と思われる。

しかし、PEPPERは、既に顔認証システムが搭載可能になっている。報道では、客の同意がなければ客の顔を覚えない運用を前提にしているようだが、技術的には、同意は不要だ。今後、ロボットが普及すれば、当然に顔認識装置を備えているものとして、社会に受け容れられていくと予想される。一台一台のロボットが、個人情報保護法に基づく撮影目的の通知・公表を行うというのは、実際的ではない。そうだとすれば、変わるべきなのは、個人情報保護法(又はその運用)ということになる。

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2017年8月21日 (月)

カメラ付きマネキンと個人情報保護法について

 

8月18日のNHK NEWS WEBは、ニッポンのマネキンはすごい。題してハイテク技術を盛り込んだ最新のマネキンを紹介した

その中でも、紹介された京都のマネキンメーカーが「特に力を入れている」というのが、画像認識ができるマネキンである。NEWS WEBによると、「首の部分に、小型のカメラを内蔵。通常のマネキンと同じように店頭に立ちながら、目の前で商品を眺めた客のデータを収集するのです。年齢や性別、立ち止まった時間などを瞬時に分析できるため、人手をかけずに、販売戦略を練るためのデータを集めることが可能になる」とのことだ。

メーカーのホームページを見てみると、ちょうど喉仏のあたりにカメラが仕込まれている様子であるが、一見してカメラとは分からないだろう。そこで、これは一種の隠しカメラではないか、プライバシー上大丈夫なのかが問題になりうる。

この点につき、記事は「メーカーによると、撮影した映像は一切残らない仕組みになっている」とだけ述べている。これだけではよく分からないが、カメラが取得した画像は、システム上、揮発性のメモリに一時的に置かれ、性別や年代といった属性情報を判別し取得した後は、対象人物が画角を外れると同時に削除される(厳密には、削除されるというより、そもそも保存されないのかもしれない)ものとも推測される。もしそうであるとすれば、肖像権の侵害にはあたらないというべきだろう。

また、性別や年代、マネキンの前に何秒間滞留したか、といった情報は、本人のプライバシー情報にあたるだろうが、この程度の情報取得は受忍限度の範囲内であり、法的なプライバシー権の侵害とまではいえない。

さらに、個人情報保護法に照らしてみた場合、仮に筆者が推定するシステムであるとして、このような瞬間的な顔画像の取得に対して、個人情報保護法の適用があるのか、が問題となる。

この点は意見が分かれるところであるが、筆者としては、このような瞬間的な顔画像の取得については、個人情報保護法の適用はないと考える。いいかえれば、このような場合にまで、個人情報保護法の求める目的の通知や、苦情対応等を義務づける必要はない。

確かに、撮影されている方から見れば、撮られた画像は一瞬で消去されるのか、それとも保存されているのか、分からないし、そもそも画像が撮られているのか否かすら分からない。しかし他方、属性情報のみ取得して画像は一切保存しないシステムに個人情報保護法上の義務づけを行うべきだとすると、商品をレコメンドする自動販売機や、デジタルサイネージなど、将来性のある商品群が、軒並み窮屈なことになってしまうと危惧する。

「このマネキンは個人情報を一切取得していません」もしくは「取得した個人情報は直ちに消去されています」と表示させるべきだ、という意見もあり得るが、個人情報を取得していないのであれば、個人情報保護法に基づく義務づけは論理矛盾となる。また、この種の表示を義務づけしたら、数年後の商店街は、この種の表示だらけになってしまうが、それでもよいのだろうか。

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2017年6月30日 (金)

停止中のカメラは停止中であることを示す必要があるか

以前のエントリに記したとおり、個人情報取扱事業者は、取得した(する)個人情報の内容を、本人に通知または公表しなければならない。このことは、個人情報保護法に明記されていないが、当然のことである。規定がないのは、会員登録やアンケート・応募用紙の投函等の場合、提供する個人情報の内容を、本人自身が承知しているからに過ぎない。したがって、カメラ等、取得される個人情報の内容を本人が知らない場合には、原則に戻って、取得した(する)個人情報の内容を、本人に通知する義務が発生する。

とはいえ、具体的にはいろいろな問題がある。たとえば、カメラの中には、およそ個人情報を取得しないものがある。たとえば、極端に低解像度のカメラ、温度や光量、混雑度合だけをセンシングしているカメラのような場合である。

個人情報を取得していないカメラについて、その運用者は、「個人情報を取得していない」という事実を告知・公表する義務はあるだろうか。

NICT(独立行政法人情報通信研究機構)大阪駅実験に関する報告書は、改正個人情報施行前、設置されたカメラが撮影した画像を直ちに破棄することから、個人情報を取得したとはいえないのではないか、との疑問に対し、「カメラの設置、撮影、記録に関する 事実関係が被撮影者に事前に説明されることなく、またはその 事実関係が外形上不明である場合は、カメラで撮影された情報 は、『個人情報』として取り扱われるべきであろう。」と述べた。この部分を担当したのは私ではない。私としては、個人情報を一切取得していないカメラについて、その旨を告知する義務を負わせるのは、個人情報保護法の解釈としては無理だと考える(もっとも、大阪駅の事案については、カメラが画像の代わりに取得する特徴量情報が個人情報に該当することについて、現行法上は決着がついている)。

同様の議論は、稼働停止中のカメラについても成立する。カメラを向けられている人からすれば、そのカメラが撮影中なのか、稼働停止中なのかは分からない。そのため、稼働停止中であっても、撮影中であることを前提とする振る舞いをすることが合理的選択となる。その結果として、「やりたいことがやれない」という萎縮効果(パノプティコン効果)が発生するとも言われている。また、カメラが稼働中であろうがなかろうが、カメラを向けられている人に対して、一種の不安や嫌悪感を与える、という指摘はありうるだろう。上述した大阪駅事件の第三者委員会内においても、「カメラが撮影中か否か分かるように、リボンや看板で明示するべきである」との議論があった。その趣旨は理解できるが、これらの問題を個人情報保護法の解釈によって図るのは、やはり法文の限界を超えており、難しいと思う。

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2017年6月26日 (月)

取得した(する)個人情報の告知・公表について

個人情報保護法18条1項は、「個人情報取扱事業者は、個人情報を取得した場合は、あらかじめその利用 目的を公表している場合を除き、速やかに、その利用目的を、本人に通知し、又 は公表しなければならない。」と定めている。2項は、締結した契約書等に記載された個人情報を取得する場合には、「あらかじめ、本人に対し、その利用目的を明示しなければならない。」と定めている。つまり、利用目的を通知公表するタイミングは、契約書締結の場合を除けば、事後でもよい。

では、本人に通知または公表するのは、目的だけでよいか。あなたがウィンドショッピングをしていたところ、店員が近づいてきて、突然こう話しかけてきたらどう思うだろうか。

「お客様、あなたの個人情報は、〇〇の目的に利用しますので、あしからずご了承ください。では、ごきげんよう。」。

いやちょっとまて、とあなたは思うだろう。その店員にいろいろ言いたいことは出てくるだろうが、まず尋ねるべきことは何だろうか。「私の個人情報だって?何を取得したんだ。」だろう。

個人情報保護法上、個人情報取扱事業者が本人に通知または公表しなければならないのは、利用目的だけのように見える。しかし利用目的を通知する以上は、当然、取得した(する)個人情報の内容を通知または公表しなければならない。そのことが法文に書いていないのは、会員登録させたり、アンケート用紙や応募用紙を投函させたりする等の場合、提供した個人情報(たとえば氏名や住所、生年月日など)は何かを本人が承知しているので、あえて告知・公表を義務づけなくてよいからである。

しかし、取得された個人情報が何かを、本人が分からない場合もある。カメラがその典型だ。かつては、カメラは画像を撮影するものと決まっていたが、現在は違う。放熱量や放射線量を記録しているかもしれないし、歩容や虹彩を記録しているかもしれない。このように、取得された個人情報が何かを、本人が分からない場合においては、個人情報取扱事業者は本人に対して、いかなる個人情報を取得した(する)のかを、告知または公表しなければならない、と解するべきであろう。

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2017年6月19日 (月)

「防犯カメラ」の二つの意味について

個人情報保護法は、取扱事業者に対して、個人情報の利用目的を「できる限り特定しなければならない」し、「予めその利用目的を公表する」か「速やかに、その利用目的を本人に通知し又は公表しなければならない」と義務づけている。そのため、街頭などにある一般的な防犯カメラについては、「防犯カメラ作動中」などの張紙がなされている。

だが、「防犯カメラ」の目的は「防犯」ではない。厳密に言えば、直接的な、あるいは第一次的な目的ではない。

なぜなら、防犯とは、犯罪が起きる前に、犯罪を防止することだからだ。犯罪が起きた後の対応を防犯とはいわない。この違いは、「防火」と「消火」の違いと同じだ。

防犯カメラの目的は、犯罪を記録し、その記録を犯罪捜査や司法手続きの証拠とすることにある。そこから派生して間接的又は二次的に犯罪者に萎縮効果を与えて犯罪を予防することもあるが、これらは直接的あるいは第一次的目的ではない。従って、個人情報保護法上「できる限り特定しなければならない」防犯カメラの利用目的は、本来、「犯罪の記録と証拠化」であるべきだ、ということになる。

ただ、この点について特段文句も出ず、「防犯カメラ」との呼称が受けいれられているのは、「防犯」の意味の中に、「犯罪の記録と証拠化」が含まれるという社会的合意が存在するからである。

ところで、以前のエントリで紹介した最新型の防犯カメラシステムは、万引犯の画像をあらかじめ登録しておき、犯人が来店すると警報を鳴らす。これは、犯罪の発生をあらかじめ防止するものだから、言葉本来の意味での「防犯カメラ」ということになる。

すると結局、従来型の一般的な「防犯カメラ」と、最新の「防犯カメラ」システムは、同じ「防犯」目的を掲げているものの、その機能や、個人情報の利用のありかたは、全く異なる、ということになる。

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2017年3月21日 (火)

GPS捜査に関する最高裁大法廷判決について

3月15日の最高裁大法廷判決は、令状なくGPS装置を被疑者等の自動車等に取り付けて位置情報を把握する捜査手法について、令状主義に反し違法とした。

判決は、GPS捜査は、「その性質上,公道上のもののみならず,個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて,対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。このような捜査手法は,個人の行動を継続的,網羅的に把握することを必然的に伴うから,個人のプライバシーを侵害し得るものであり,また,そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において,公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり,公権力による私的領域への侵入を伴うものである」と判断した。そして、憲法35条は私的領域に侵入されることのない権利を保障しているのであるから、GPS捜査は「個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって,合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法」である以上、憲法35条の趣旨に照らし、令状なしには許されない強制処分にあたるとした。

前回のエントリで、最高裁はGPS捜査を違法とまでは断じないだろうとした予想は外れたことになる。ここまで端的に、しかも全員一致で違法と断じるとは思わなかった。

もっとも、私自身は、判決の理由は物足りないと考える。判決は、憲法35条の「侵入」を私的領域への侵入とすることにより、現行法制度と整合的な解釈論を展開したともいえるが、その結果、より警戒すべき電子監視一般に関する見解を述べるに至らなかったからだ。

すなわち、判決はGPS端末という物的装置を、自動車という私有物に装着することが、「私的領域への侵入」であることをとらえて、憲法35条の要求する令状主義に服するとの理論を展開している。しかし、この理論からすれば、物的装置を被疑者等の私物に装着しさえしなければ、令状主義には違反しないとの反対解釈を導きかねない。具体的には、街中の監視カメラと顔認証技術を使って追跡しても、違法ではないとの結論になる可能性がある。また、ドローンを使って四六時中追跡することも、違法でないとの結論になりかねない。道路中にNシステムを設置して、被疑者の乗る自動車のナンバーを追跡することが合法なら、(より少ない予算で同じ効果を得られる)GPS捜査はなぜ許されないのかと、警察側は思うだろう。

実は、2012123日にアメリカ連邦最高裁判所におけるUnited States v Jones判決において、全く同じ議論がなされている。

この判決は、麻薬不法取引の捜査のためGPS装置を自動車に装着し4週間にわたり被疑者の位置情報を追跡した事案について、連邦最高裁判所の担当判事は、いずれも捜査が違法との判断を行ったが、その理由付けは大きく二分されていた。

一方の意見を述べたスカリア判事は、「本件では政府が情報を収集する目的で私有財産を物理的に占拠した。このような物理的な侵害が、修正第4 条の採択時に意図されていた『捜索』とみなされることには、疑いの余地がない」と述べた。

これに対してアリート判事は、スカリア判事の意見には「4 点の問題点がある。第1 に、GPS 装置の取り付けを重視しすぎて何が本当に重要かを看過していることである。(スカリア判事の)意見は、長期間にわたるGPS 監視装置の使用よりも、運転それ自体には軽微な影響しか与えない物理的な装置の取り付けを重視している。捜査官がGPS装置を取り付けると修正第4 条違反になるのに、連邦政府が自動車メーカーに対してGPS 装置をあらかじめすべての車に取り付けることを要求または要請した場合、最高裁の理論は何の保護も与えないことになる。第2 に、警察がGPS 監視装置を取り付けてほんのわずかな間使用しただけでも修正第4 条違反になるのに、警察が長期間にわたって覆面パトカーで追跡して監視し空からの監視の援助も受けたとしても、この監視は修正第4 条の問題にならない。第3 に、(スカリア判事の)理論では、州によって適用が異なることになる。(中略)第4 に、法廷意見の理論は物理的な手段を伴わず、純粋に電子的な手段によって監視が行われた場合には適用できない。」

ところで、Nob’s Blogによれば、「2012814日、米国第6巡回区控訴裁判所は、警察が、令状によらずに、容疑者の携帯電話から発するGPSの信号を追跡して位置情報を確認することは、修正4条に違反しないと判断した。上記のJones事件とは異なり、物理的な侵入を伴っていないこと及び位置情報の利用を本人が許諾している点が、GPSによる追跡がプライバシーの合理的な期待を裏切るものではないという結論の理由としてあげられている」とのことである。携帯電話のGPS信号を追跡する捜査は、日本では令状を取って行われている(ことになっている)ので、米国と一律に同視することはできないが、この判決はアリート判事の懸念を早速目に見える形で提示したことになろう。

なお、上記アメリカ最高裁判決文の訳文は、湯淺墾道情報セキュリティ大学教授による『位置情報の法的性質―United States v. Jones判決を手がかりに―』からの引用(一部省略等した)である。この論文は、とてもわかりやすくまとまっているので、興味のある方は是非ご参照いただきたい。

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