2008年11月21日 (金)

最低男

「妻が第1子を出産した直後や,臨月のころに,夫が愛人を作って妻を捨てるなんて,こんな最低男,信じられますか?」

…という相談は,私に限らず,弁護士であれば,かなりひんぱんに受けていると思う。つまり,この男は確かに最低男だが,よくいるタイプだ。世の奥様方は,注意した方がよい。

妻が幸福の絶頂にあるのに,また人生の一大事業の真っ最中なのに,なぜこの最低男は最低のことをするのだろう。私の思うところ,女性にとって妊娠や出産は「体験」だが,男性にとっては「想像」でしかない。女性は体調の変化や,つわりや,胎動によって,現実の体験としてじわじわと妊娠を実感するが,男性にとって妊娠は突発的な事件である。特に想像力の乏しい一部の男性は,妻のおなかが信じがたいほど膨らんできて初めて,とんでもないことが勃発したと実感するのだ。そこで,この事態を受け入れられない最低男は,逃避行動に走る。しかも,このような人間に限って甘ったれだから,別な女に救いを求めるのだ。

このような最低男の行動原理は,弁護の余地が無い。無いけれども,このような心理は,多かれ少なかれ,男性というモノの本質に根ざしている。だから,女性の皆様には,パートナーがこのような最低男でないか,よく気を付けて欲しい。また,あらかじめ,親戚の赤ちゃんを抱かせたりして男を教育することや,逃げ道をふさいでおくことも重要だ。あまりやりすぎると結婚前に男が逃げ出すことになるが,そんな男とは結婚しない方がよい。これも立派な法的紛争予防である。(小林)

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2008年11月14日 (金)

離婚と子の氏の変更

多くの弁護士は日常業務として離婚を扱う。そして,離婚の事後処理として,子どもを父母どちらの戸籍に入れるかという問題がある。筆者は子どもの戸籍業務は通常おこなわず,依頼者に自分でやってもらう。それほど手続が簡単で,弁護士費用をいただく程のことはないからだ。

離婚すると,夫婦は別々の戸籍になる。日本では多くの場合,妻が夫の戸籍を出る。その際,婚姻後の氏を名乗るか,婚姻前の氏(旧姓)を名乗るかを選択するが,同時に,「もとの戸籍に戻る」(多くの場合実家の親の戸籍に戻る)か,それとも,「新しい戸籍を作る」のかを選択しなければならない。

そして,子どもがいない場合や,子どもを自分の戸籍に入れない場合には,どちらを選んでもよいが,子どもを自分の戸籍に入れる場合には,離婚しても,親の戸籍に戻ることはできない。なぜなら,戦後,家長制度を廃止した日本の戸籍制度は,親子三代が同じ戸籍に入ることができないからだ。したがって,子どもを自分の戸籍に入れる場合には,「新しい戸籍を作る」を選択しないといけない。

新しい戸籍をつくってそこに自分が入っただけでは,子どもはついてこない。子どもを自分の戸籍に入れるには,「子の氏の変更」を,家庭裁判所に申し立てないといけない。多くの場合,子どもは未成年で,親権を持つ方の戸籍に移るが,このような場合には,裁判所は簡単に氏の変更を認めてくれる。ちなみに,子どもが15歳以上の場合には,子どもが自分で申立ができる。20歳ではない。15歳未満の場合には,法定代理人(多くの場合親権者)が代理人として申立を行う。以上のことは,子どもが成人していて,離婚前の戸籍から独立していなかった場合も同様である。

少しややこしいのは,離婚しても,旧姓に戻らない場合はどうか,という点だ。実はこの場合でも,子どもを自分の戸籍に移す場合には,「子の氏の変更」の申立を行う。

注意しなければならないのは,二人以上の子どもがいる場合,一方を旧姓,他方を婚姻後の姓にしつつ,同じ戸籍に入れるということは不可能だし,親と子が同じ戸籍に入りつつ別の姓を名乗ることは不可能,という点である。これは,日本の戸籍制度が「同一戸籍同一氏(うじ)」を前提としているためである。(小林)

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2008年5月14日 (水)

株主代表訴訟の提訴件数は多いのか

日本では,どれくらいの数の株主代表訴訟が起こされているのだろう,と考える機会があって,少し調べてみた。

株主代表訴訟とは,株式会社の株主が,会社に代わって,会社の取締役や監査役等に対して損害賠償を請求する訴訟のことである。本来,取締役等は,会社に対して法律上の責任を負うから,故意又は過失によって会社に損害を与えた場合には,会社に対して損害賠償義務を負う。しかし現実問題として,会社が社長や重役を訴えることは,いろいろと遠慮があってできない場合が多い。そこで会社法は,一定の要件のもとに,株主が会社に代わって取締役等を訴える制度を設けたのだ。

原典ではないので正確でないかもしれないが,例えばこのサイトによると,株主代表訴訟の提訴件数は1993年(平成5年)の76件から漸増し,1999年(平成11年)の202件をピークに漸減に転じ,2005年(平成17年)には103件となっている。

昭和25年からあるこの制度であるが,1994年以降増加したのは,訴えの手数料が一律8200円になったからだ(現在は13000円)。訴えの増加については,経済界の反発が強く,取締役の責任を軽減ないし免除するさまざまな制度が創設された。2000年以降の提訴件数が漸減したのは,そのせいかもしれない。

しかしいずれにせよ,年間100件ないし200件である。我が国の株式会社の数がいくつあるかは知らないが,上場会社だけで3600社以上あるらしい。一方,株主が何人いるのか(外国人投資家もいるから,日本人に限らない)も不明だが,機関投資家はもちろん,個人投資家も,複数の会社の株を持つのが普通だ。仮に1000万人が平均10株所持するとして延べ株主数は1億人となる。社員株主など含めると,延べ株主数は数億人に達するとみてよいのではないか。

仮に株主が延べ10億人いるとして,株主代表訴訟の提訴件数が年間100件とすると,提訴率は0.001%である。これは多いか少ないか。とても少ないと言うべきだろう。

「社会のすみずみまで法の支配が行き渡る社会」とは,ここ20年間,日弁連の謳い文句であった。今般法曹人口が大幅に増員されたのも,この「法化社会」を期してのことであった。そして誰より産業界が,法曹人口の大幅増員を企図したのだ。それにもかかわらず,株主代表訴訟の提訴数は低いままである。そうだとすれば,法曹界は,産業界ひいては社会全体の期待に応えるため,株主代表訴訟の提訴数をせめて百倍に増やすべく,努力するべきであろう。(小林)

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2008年3月 6日 (木)

三浦和義氏のイケメン弁護人と法曹人口問題

サイパンで逮捕された「ロス疑惑」の三浦和義もと被告にイケメンのバーライン弁護士が選任された。

今回はこのニュースを法曹人口論の視点から見てみたい。

小学館の日本大百科全書によると,サイパン島は面積122平方キロ,人口7万5800人(2001年現在)の小さな島である。面積でいうと小豆島(95平方キロ)より少し大きく,人口は佐渡島(7万2000人)とほぼ同レベルだ。

そこで,佐渡島に何人弁護士がいるか調べてみると,2007年現在2人である。一人は法テラスであるから,法テラスが設置される前は坂田弁護士お一人の,いわゆる弁護士ゼロワン地区であったと思われる。

一方サイパンには何人の弁護士がいるのだろう。まさか件のイケメン弁護士一人ではあるまい。「サイパンきっての敏腕弁護士」とか言って,実は1人しかいなかった,というのなら笑い話だ。

本年3月3日の読売新聞社説氏をはじめ,法曹人口論に弁護士過疎問題を指摘する人からすれば,サイパン程度の小さな島に,相当数の弁護士がいるという事実は,増員論にブレーキを掛けようとする日弁連や法務省(鳩山法務大臣ら)に対する反論の材料に使える,と考えるかもしれない。

しかし,少し待ってほしい。例えば,サンスポドットコムの記事によれば,バーライン弁護士(43歳)は,「サイパンでは著名な事件を数多く担当し,多くの日本人の弁護を手がけたほか,外国人の刑事事件,労働事件,富豪の遺産相続事件などで手腕を発揮した。現地ではスポーツマンとして知られ,サッカーやラグビーではサイパン代表としてプレーしたほか,ヨットでも地元の大会に出場するなどして楽しんでいるという」とのことである。

バーライン弁護士は筆者とほぼ同年代だが,筆者から見て,とってもうらやましい弁護士である。事件の質量と,生活の豊かさの両面で,同レベルの日本の弁護士としては考えられない豊かさを享受しているからだ。筆者は,日本で同レベル(仕事面と,生活面の両方)の豊かさを享受している弁護士は,殆どいないと確信する。いるとすれば,親が金持ちか,配偶者が金持ちか,悪人か,副業で大いに稼いでいるかのいずれかであろう。筆者だって,著名な事件を数多く担当して,大いに稼ぎ,ヨットが持てて,スポーツを存分に楽しめる余暇を持てるなら,喜んで佐渡島に行く。しかし日本の現実は,そんなものではない。

このような日本(佐渡島)とアメリカ(サイパン)の違いはどこにあるのか。いろいろな見方が可能である。筆者は回答に到達していないが,少なくとも確実に言えることは,弁護士を増やせば弁護士過疎地域が無くなるという議論の底の浅さである。(小林)

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2008年3月 2日 (日)

WEBで知財の質問に答える専門弁護士サービス

NTTラーニングシステムズ株式会社が,「知的財産権問題の早期解決と人件費削減を支援するWebサイト『IPR知財辞典』サービスの提供を開始」すると発表した。例紹介や用語解説のほか、専門弁護士に相談できる機能も設けた。ネット上で簡単に情報を探せるようになるため、企業の法務関連の人件費を節約できるという。個別のケースについて法的な質問があれば、知財に詳しい弁護士にウェブ上で直接何度でも質問し、メールで回答を得ることができる。月額利用料は社員100人未満の企業で5万2500円の基本料に加え社員1人あたり500円など企業の従業員数によって異なる。社員1000人以上の企業では315000円の固定料金となるそうだ。

この報道は,色々な見方が可能だろう。

私のような一般の弁護士から見ると,具体的事例に関する法的質問をWEBで答えるのは,一般的には,非常に難しいし,リスクが伴う仕事だ。でも,知財に限定すれば,WEBで答えられる範囲は限定されているし,リスクも少ないだろう。この手の法的サービスを求める需要は多いのかもしれない。

コストの面から見ると,中小企業なら月額5万円で「知財専門の顧問弁護士」を雇えるというメリットもある。もっとも,上記のとおり,個別具体的な事例になったら,WEBでは無理だろうが。

謳い文句に「企業の法務関連の人件費を節約できる」とあるのは,気になるところだ。法務部門の人件費節約の要求が,すでに経済界に一般的になっているとすれば,すでに余り始めている弁護士の行き先がいよいよ狭くなっていることを意味する。弁護士へのアクセス障害は古くから言われていることだが,このニュースが端的に示すとおり,ITは簡単にアクセス障害を埋めていく。この種のサービスを経済界が求めるなら,弁護士が異論を唱える余地はない。しかし,国の政策で増やされ,結局余った弁護士はどうすればよいのだろう。(小林)

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2008年2月24日 (日)

消費者契約法と不動産取引

消費者契約法という法律がある。この法律は,もともと,押し売りやキャッチセールスによる消費者被害を念頭に置いて成立した法律であることから,不動産の売買や建築請負契約にも適用されることは,あまり知られていない。

東京地方裁判所が平成18年8月30日に出した判決は,マンションの売買に消費者契約法の適用を認め,売主である東急不動産に対して,マンション売買代金全額の返還を命じた。

この事件は,マンションの3階部分を販売するにあたり,「風通しや日差しに配慮し,開放感のある角住戸」と宣伝し,現場での具体的な説明においても,担当者は「窓を開ければ遊歩道の緑が見える」と言ったという。そして,売買契約に先立って行われた重要事項の説明では,「将来,周辺の土地に建物が建築されることにより,本物件の眺望・通風・景観などに変更が生じうること」という説明がなされた。

しかし実はこの時点ですでに,隣の土地に3階建ての建物が建築されることが予定されており,売主は,このことを知っていたが,買主には告げなかったというものである。

東京地裁判決は,建物の眺望・採光・通風は消費者契約法の定める重要事項であることを認めたうえ,東急不動産が隣に3階建て建物の建築予定があることを知りながら,こういった具体的事情を買い主に告げず,重要事項説明程度の一般的な説明にとどめたのは,「本件建物の眺望・採光・通風といった重要事項について,買い主の利益になる旨を告げたものであり,また,将来隣に建物が建って本件建物の眺望等が害される事実を知りながら告げなかったのは,眺望や通風等が失われるといった住環境が悪化するという買い主に不利益となる事実ないし不利益を生じさせるおそれがある事実を故意に告げなかった」と認定し,原告によるマンション売買契約の取消を認めた。

この判決は東急不動産が控訴したようであり,確定していないが,不動産売買にも消費者契約法が適用されるとした点,眺望・景観・風通しといった事項が消費者契約法の規定する「重要事項」に該当するとした点,重要事項説明書で一般的な説明をしただけでは業者は免責されないとした点で,注目に値する判決である。(小林)

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2008年2月19日 (火)

田中森一元弁護士実刑確定

元弁護士の田中森一氏の実刑判決が確定した。同氏は従容として刑に服するとの声明を自身のホームページに発表している。

「反転」は,読み物としては大変面白かった。ただ,同じ法律関係者として,一般の読者に誤解されかねない点があったので,注意喚起のため指摘しておきたい。

第1点目は,田中氏は明らかに「特捜のエース」でも何でもないという点だ。良く言って,「特捜の突撃隊長」か「特捜の鬼軍曹」といった役回りだろう。田中氏自身認めているように,彼には生まれつき,社会の裏側で生きる人たちと波長の合う所があり,そこを特捜部に買われたのだろうが,所詮,それ以上の存在ではない。

第2点目は,「弁護士としての一線を越えたことはない」と田中氏が公言している点だ。これは弁護士の名誉のために言っておかなければならないが,彼は一線も2線も3線も越えている。筆者が弁護士になったごく初期のころ,弁護士の大先輩から,「君らはいつか必ず,客でも何でもない人から目の前に札束を積まれるときが来る。そのときは,絶対に札束に手を出してはいけない」と言われたことを,今でも覚えている。幸か不幸か,「その時」はまだ来ていないが,札束に手を出すことは,弁護士として踏み越えてはならない一線を踏み越えるときだと,筆者は肝に銘じている。

「反転」によれば,田中氏は事務所開きのご祝儀として,6000万円以上の現金をもらったそうである。正直うらやましい話であるが,弁護士になった第一日目から,彼は一線をはるかに踏み越えていたのだ。(小林)

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2008年2月15日 (金)

鳩山法務大臣の「冤罪」発言について

鳩山法務大臣が,前後の脈略は不明であるが,「富山の事件は冤罪だが,鹿児島県志布志の事件は冤罪ではない」と発言して,謝罪に追い込まれた。

まことに軽率な発言であり,不当な捜査によって甚大な損害を被った人びとに対して失礼極まりない態度である。

ただ,鳩山法務大臣がどういう趣旨でこのような発言をしたのかは,やや気になるところである。そこで二つの事件を比べてみると,富山の事件は,有罪判決が確定した後で無実が判明した事件であり,鹿児島の事件は,起訴されたが一審判決で無罪になった事件である。つまり,刑事手続きとしては,一度有罪判決が確定したか,していないか,という点で違いがある。しかし,だからといって法律的には,一度有罪が確定したのち無実になったら冤罪で,有罪が確定していないときは冤罪ではない,という定義は存在しない。辞書でも(鳩山法務大臣も広辞苑で調べたようだが),そのような違いはない。法律的にも国語的にも,鳩山法務大臣の発言は誤りである。

しかし,「盗人にも三分の理」という諺もある。筆者は,一点だけ,鳩山法務大臣の発言に酌むべき点があると思う。おそらく大臣は,法務大臣としての立場から,「起訴して無罪になった場合は,無実の人が最終的に有罪とされた場合に比べて,国(司法)はそんなに悪くない」と言いたかったのだと思う。この点は,刑事裁判の今後を考えるうえで,大事な部分を含むと思う。

ご承知のとおり,日本の刑事裁判は現在,99%以上の有罪率を「誇る」。これは,捜査機関が,ほとんどの場合,本当に罪を犯した人だけを起訴しているからだ,との見方も可能だが,その裏面として,99%以上の有罪率を確保するために,重罪で一度逮捕したら何が何でも有罪に持っていく,という影の部分もある。富山の事件や鹿児島の事件のような,自白を無理矢理取る違法捜査も,99%以上の有罪率が捜査官を追いつめている,という部分もある。

このような影の部分を無くすためにはどうすればよいか。それは,有罪率99%を諦めることである。言い換えれば,起訴したが無罪になった,という事件でも,捜査機関は悪くない,と国民が納得することが必要である。無罪判決が出るたびに,マスコミや国民に徹底的に叩かれるようでは,捜査機関は99%を諦めることができないのである。もちろん,有罪率が下がりすぎても問題であるが,80%前後の有罪率なら,国民として許容してあげなければならないと思う。正当な捜査をして,被疑者を逮捕し,正当な取調の結果起訴した場合には,裁判所が無罪判決を出しても捜査機関は悪くない,ご苦労様でした,と国民が思ってあげなくてはいけない,ということである。これは日本では大変難しいことだが,とても重要なことだ。

誤解の無いように付け加えておくと,無罪になったときでも捜査機関は悪くない,と言ってもらえるのは,正当な捜査を尽くした場合に限られる。捜査を尽くさなかったために無罪になった場合はもちろん,違法不当な捜査をした場合にも,捜査機関は許してもらえない。「冤罪は悪いが,無罪は悪くない」という鳩山大臣の意向をくんで,今後「冤罪」の定義をする必要が出てきたら,「違法又は不当な捜査により刑事手続上の不利益を被った場合が冤罪」と定義しても良いと思う。

そこで富山の事件と鹿児島の事件を見てみると,どちらも,不当な自白強要が問題となった事例である(富山の件については弁護人の不手際も問題になっているが,本稿では触れない)。先の定義からすると,どちらの事件も「冤罪」である。従って,鳩山法務大臣の発言は,やっぱりダメである。(小林)

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2007年11月 4日 (日)

第50回日弁連人権擁護大会シンポジウム

平成19年11月1日,日弁連が浜松市「アクトシティ浜松」で開催した人権擁護大会シンポジウムの第1分科会「市民の自由と安全を考える」を聴講した。人権派とは言い難い私であるが,監視カメラやネットワークカメラの問題を専攻する以上,現時点における日弁連の到達点を知る必要があると思い,はるばる浜松まで出張した次第である。シンポジウムには弁護士のほか報道記者や一般市民,学生など,800人を超える出席者があり,盛況であった。

シンポジウムの前半は600ページ近くに及ぶ基調報告書の紹介と寸劇,後半は監視社会の問題に取り組む国内外の著名人によるパネルディスカッションだった。パネラーは大谷美紀子弁護士木下智史関西大学教授,フリージャーナリストの斎藤貴男氏,田島泰彦上智大学教授,浜井浩一龍谷大学教授,エンパワメント・センター主宰の森田ゆり氏,そして米自由人権協会共同代表を務めたバリー・スタインハード氏であった。バリー氏は「1992年から2002年まで、米自由人権協会(American Civil Liberties Union: ACLU)の共同代表を務め、2002年からテクノロジーと自由に関するプログラム部長を務めている。1990年代後半から2000年頃、米国におけるインターネット盗聴捜査の拡大に反対して活動してきた。現在の関心は、反テロ愛国法の成立にともなう、個人情報の国家による一元管理と監視システム問題など。NSA(国家安全保障局)が主導する、全世界の大量の通信を傍受するスパイ・システム「エシュロン」の存在を明らかにした人物としても有名」だそうである。もっとも,出席者が多すぎて掘り下げが足りず,後半全体としてはやや欲求不満の内容となった。

さてシンポジウムの前半に戻るが,まずは長大かつ詳細にわたる基調報告書をまとめ上げたスタッフに敬意を表したい。しかし,内容が多岐にわたりすぎたせいか,全体として散漫になったという印象をぬぐえない。

まず,シンポジウムの副題を「9.11以降の時代と監視社会」とする以上,9.11同時多発テロが国家や社会にもたらした変化に主題を絞るべきであった。9.11以降に発生した人権侵害事例や監視社会化の兆候といえども,全てが9.11の影響を受けて発生したものではないだろう。そうである以上,今回取り上げる事例は,9.11の影響を強く受けたものに限定するべきである。ところが,シンポジウムでは,公安警察が青年法律家協会の総会に参加するため宿泊したホテルに宿泊者名簿の提出を求めた事件が紹介された。けしからん話であることは分かるが,このような事例は数十年前から繰り返されてきたはずであって,9.11と直接の関係があるとは思えない。どうせ紹介するなら,例えば自衛隊情報保全隊が自衛隊イラク派遣に反対する集会をスパイしていた事件などが,9.11による監視社会化を象徴する事件として紹介に値しよう。

また,9.11以降の監視社会化を,国家権力対市民という,いかにも左翼の伝統的思考様式にあてはめてしまったことも感心しない。パネラーの中では唯一斎藤貴男氏が「現代の監視社会化は国家権力のみならず,商業的圧力によって推進されている」と指摘したが,他の出席者の反応はほぼゼロであった。さらに,現代監視社会化の基盤にある情報テクノロジーの高度化に全く触れられなかったことも残念である。私の理解によれば,現代の監視社会化は,いうまでもなく9.11以前から進行していたが,主としてこれを支えたのは高度に発達しつつある情報テクノロジーであって,9.11はかかる意味での情報テクノロジーの商業的価値を瞬時に開花させたものである。つまり,9.11以降の時代と監視社会の問題は,市民が高度に発達しつつある情報テクノロジーとどのように向き合うかという問題であり,この問題はユビキタス社会との関係性とも通底する,近未来社会の最重要課題である。この点に全く触れないでは,9.11以降の監視社会化を論じる意味はないと言って過言でない。その理由は長くなるので省略するが,一言で言うならば,テクノロジーこそ,人類にとって「エデンの園のリンゴ」だからである。

最後に,私が専門とする監視カメラの問題について触れておくと,その内容が2004年に九州弁護士会連合会が開催したシンポジウムから一歩も進化していなかった点も残念であった。監視社会化を支える情報テクノロジーの驚異的な進行速度に照らせば,この3年間の研究が全く進化も深化もしなかったことは致命傷に近い。商店街や公共施設に設置されている監視カメラは原則として違法というのが主宰する弁護士の立場であるならば,弁護士である以上,自分で裁判を起こして違法な監視カメラの撤去を求めるくらいの気概を持つべきであろうし,裁判の中でこそ,研究が進化するという面もあろう。このシンポジウムは政治集会ではなく,法律実務家の主催する集会なのだから。

以上,監視社会問題に対する日弁連の到達点を知るという趣旨で出席した日弁連人権擁護大会であったが,その内容は必ずしも満足できるレベルではなかったと言わざるを得ない。私と立場は違うが,彼らにも彼らの信念に基づく一層の努力を期待したい。(小林)

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2007年10月27日 (土)

「反社会性を司法判断の中心に」について

平成19年10月26日日本経済新聞25面「経済事件と司法(下)」に掲載された清水剛東京大学准教授の論説「反社会性を判断の中心に」は,法律家として考えさせられる文章であった。

論説は,日興コーディアルグループとライブドアの「粉飾決算」事件を比較し,反社会性の程度は,日興コーディアルグループ事件の方が大きいにもかかわらず,法律違反の程度は,形式的に見る限りライブドアの方が大きかったため,日興コーディアルグループは証券取引等監視委員会の課徴金という制裁が科されただけであるのに対し,ライブドアは代表者の実刑という重い司法判断が下されたと分析して,「反社会的であっても形式的に法令違反とされる可能性の低い,この意味で『巧妙な』やり方については制裁が機能しない」という問題点を指摘している。

論説の指摘はまことに正論であると思う。但し,准教授も指摘しているように,法律の世界,特に刑事司法の世界では,「罪刑法定主義」をはじめとするさまざまな縛りがある。そのため,ずるがしこい巨悪ほど,法の網をかいくぐって「世にはばかる」ことは,指摘された事件に限らず,古今東西の一面の真実であることもまた事実である。だから,法の手が及ばない悪人を「違法に」退治する「必殺仕事人」とかが世間の支持を受けるわけだ。もちろん,脱法行為に対しては,法改正によってその後の同様の行為を禁止することが可能であるが,特に金融の分野では,おそらく,刑事法改正が全く追いつけないほど,さまざまな脱法行為が日々開発されているのだろう。これに対して「事後的に」どう対応していくか,あるいは,企業の意思決定にかかわる弁護士であれば,「違法ではないが反社会的」な行為に対してどのような判断をするかが問われることになると思う。(小林)

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2007年9月 7日 (金)

光市母子殺害事件弁護団に対する懲戒請求について

光市母子殺害事件弁護団に対する懲戒請求が4000件近くに達しているという。平成19年9月5日には,この懲戒請求を扇動したとして,弁護団の一部が橋下徹弁護士に対して損害賠償請求訴訟を提起したと報道された。

私は報道されたレベルでしか事件を知らない。件の弁護団は,報道されていないレベルで,一部または全部無罪を勝ち取りうる優秀な弁護活動を展開しているかもしれないが,あくまで報道される範囲に限って言うと,疑問に思う点もある。被告人にとってあまりにリスクの大きい弁護活動を展開しているような気がする。この弁護活動を,いろいろな視点から批判することは基本的には自由である。しかし,批判することと懲戒請求を申し立てることは意味が違うし,橋下弁護士自らが懲戒請求するのではなく,マスメディアを通じて懲戒請求申立の「扇動」を行うことは,もっと意味が違う。今回弁護団が言うような扇動を橋下弁護士がしたとすれば,法的責任を免れないであろう。懲戒請求は自由にやって良いものではなく,不当な懲戒請求者には,損害賠償義務が発生するという最高裁判所の判決もある。今回懲戒請求を行った数千人は,弁護団に損害賠償金を支払うリスクを覚悟しないといけない(もっとも,その後の報道によれば,弁護団は懲戒請求者本人に対しては損害賠償を請求しない予定とのことである)。

ところで,面識もないし名前も知らないが,私が尊敬する弁護士の一人に,松本サリン事件で最初に被疑者となり,後に完全に濡れ衣であることが明らかになった人の代理人を務めた方がいる。この弁護士は,日本中が(もちろん私自身も)「あの人が犯人だ」と確信していた時期に,無実を釈明する記者会見を,現地の自宅兼事務所で行った。繰り返すが,この時点では,この人が無実になるとは限らなかったのである。もし警察が捜査方針を転換せず,それ以降もこの人を犯人と取り扱ったとき,この弁護士が日本中から激烈なバッシングにあったことは,想像に難くない。それほど大きなリスクがあるのに,自宅を記者会見場に設定した弁護士の勇気には,感服するしかない。弁護士には,このような種類の勇気が必要であると思う。

それならば光市事件弁護団の弁護方針を,勇気ある行動として私が賞賛するかと聞かれれば,そんなことはない。では,この弁護団と,松本サリン事件の弁護士と,どこが違うのかと問われても,よく分からない。たぶん,弁護士にとって勇気よりも大事なのは,真実を見通す眼力なのだろう。この眼力が間違っていると,弁護士本人にとっては勇気に基づく正義の行いであっても,はたから見たら茶番にすぎない,ということなのかもしれない。(小林)

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2007年3月 6日 (火)

当座貸越契約の消滅時効

「平成4年に大阪のSS信用金庫のカードローンで5万円借りたのですが,その後この借金は返したものと思って放っていたのです。ところが平成19年の2月になって,利息込みで32万円返せと請求してきたんですよ。これって時効じゃないんですか?」という相談があった。

私はもちろん時効になっていると回答した。ちなみに銀行借入金の消滅時効期間は5年である。そこで,時効です,という内容の通知書を出したらSS信用金庫の弁護士から回答が来た。この回答によると,「本件カードローン契約は,当座貸越契約です。当座貸越契約に基づく債務の消滅時効の起算点は,当該当座貸越契約の終了時というのが判例です。ところで,本件カードローン契約は,3年ごとの自動更新になっているので,平成18年12月にSS信用金庫が更新を打ち切るまで,終了していません。従って,お客様のカードローンの消滅時効期間は,平成18年12月が起算点ですから,まだ時効消滅していません。」ということである。

おわかりだろうか。弁護士というのは何とめんどくさい言い回しをするなあ,と思われるかもしれないが,要は三段論法である。つまり,

       本件カードローン契約は自動更新で,平成18年12月まで続いていた。

       判例上,カードローンの時効は,契約が終了したときから数え始めることになっている。

       だから,本件カードローンの時効は,平成18年12月から5年たたないと,時効にならない。

と言っているのである。

 時効か,時効でないか。相手の弁護士の論理は,一見,理路整然としているように見えるが,この理論が正しいのであれば,カードローン契約を自動更新にさえしておけば,時効は永久に成立しない。永久に成立しない時効なんて概念矛盾である。SS信用金庫としては,数年間一円の出し入れもなかったのであれば,顧客に当座貸越契約を継続する意思はないものと見なして,貸越金を請求することができたのであるから,それを10年以上も放っておいて,自動更新も何もないもんだ,と思う。

 自慢にも何もならないが,私は弱いものの味方ばかりしている弁護士ではない。しかし,ごくたまにこのような事件に接すると,ホコリをかぶっていた弁護士の魂がむくむくと頭をもたげてくる。さてどうなりますやら。(小林)

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2007年2月19日 (月)

司法改革と共通一次

昭和20年代後半の大不況による就職難時代,「大学は出たけれど」が流行語となった。今年は,「司法試験に受かったけれど」が流行語になるかもしれない。

日本弁護士連合会の試算によれば,司法試験に合格して2007年中に法律事務所への就職を目指す2200人前後の司法修習生のうち,最悪の場合400500人の就職浪人が出る可能性があるそうだ。これは悲観的予測かもしれないが,間違いないことには,この予測はここ数年,悪くなることが確定している。つまり日弁連の予測は,今年はあたらないかもしれないが,数年後には間違いなくあたる,ということだ。そもそも司法試験合格者数の増員は,検察官の増員を企図して始められたはずだ(そうですよね,堀田力さん。)。ところが合格者3000人を迎えようとする今,裁判官や検察官は全く増員されず,余った者は弁護士を目指し,しかし,5分の1は就職できない時代が来ようとしている。

失われた10年以降,大学生の就職が最高の売り手市場になっているのに,である。

このような状況で,あえてリスクを負い,高い学費を支払って司法試験を受験しようとするのは,よほどの物好きか,理想に殉じる覚悟をお持ちの方であろう。その昔,「でもしか教師」という言葉が流行ったが,「でもしか弁護士」という言葉が登場する日も近い。これで弁護士の質の向上など望むべくもない。

法曹界では,今年を司法改革仕上げの年,と言うらしいが,一体司法改革で何を目指そうとしていたのか。

話は変わるが,私は昭和37年生まれで,ちょうど共通一次が導入されて2,3年目に大学を受験した世代である。そのため,受験時代は,共通一次の制度改革が右往左往するニュースに振り回された。私の記憶では,そもそも,共通一次は大学間の格差を解消し,受験戦争の弊害を減少させる目的で始まったはずだ。ところが共通一次導入の結果,東京大学を頂点とする大学の序列が固定され,偏差値による受験生の評価と振り分けが一般的となったことはご承知のとおりだ。

私は司法改革がうまくいくとは思わないし,教育改革も失敗すると確信している。この確信の原点は,おそらく,自分の受験時代の体験にある。

太平洋戦争終了直後,教科書を墨で塗りつぶし,教師や言論人が昨日と今日とで正反対のことを恥ずかし気もなく唱える様を目の当たりにした世代は,かなり強烈な懐疑主義を体得している。司法改革に対する私の疑念も,スケールはかなり違うが,似たような体験に基づいている。(小林)

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2007年2月12日 (月)

現代日本の治安と「怒りの文化」について

 現代日本における治安が大きく悪化しているのか否か?という問題は,防犯カメラの設置を推進するべきか否かを論じる際,非常に重要な背景をなす。この問題の理論面については,別に論じることにして,今回は,やや直感的・感情的な文章でお茶を濁したい。

私自身は,直感的には,日本の治安が現在極めて悪い状態にあるとの指摘に対しては,やや「?」という立場である。多少悪くなっているとすれば事実であろうし、将来悪くなるか、という問いに対しては悲観的であるが、首都大学東京の前田雅英教授のように,「戦後の混乱期を上回り,戦後最悪の状況になった」などと言われると,「そんな馬鹿な」と思う。私自身は昭和37年生まれだから,戦後の混乱期がどのようなものか実感はないが(ちなみに前田雅英教授も昭和24年生まれだから戦後の混乱期の実感はないはずであるが),戦後の混乱期を伝える歴史書や歴史小説,テレビドラマ,黒澤明監督の「野良犬」や「天国と地獄」などから想像する限り,現在の治安状況が戦後の混乱期より悪いはずがない,と思う。もし犯罪統計が戦後の混乱期より悪い数値を示しているのであれば,それは数値の方が間違っていると考える。

私が現在の日本の治安がそれほど悪化していない,と直感的に思う一つの根拠に,今の日本に「怒りの文化がない」ということがある。ここで「怒りの文化」というのは,政府や国家社会といった制度,親の世代やブルジョアジーなどの権威,その他なんでもよいから,何かに対する怒りを表明する文化(小説,映画,音楽など)のことをいう。ちなみに「怒り」と「悪意」は違い,反抗心に近いニュアンスである。

「怒りの文化」は,社会不安の原因となる一般市民の「怒り」を正当化し,または昇華するメディアである。一般市民の多くが「怒り」を持つとき,これに応えるため,「怒りの文化」が発生する。だから,「怒りの文化」が盛んな社会は不安定な社会である。逆に,「怒りの文化」が無いということは,社会不安の原因となる「怒り」が一般市民の中にたまっていないことを意味する。「怒りの文化」には,多くの一般市民の怒りのはけ口として作用することにより,社会の安定を守る効用もある。

 こう書くと怒りを持つことは悪いことのようだが,決してそういう趣旨ではない。むしろ,人は,特にハイティーンは,何かに怒るようにDNAにプログラムされており,それは時として,社会変革の重要なエネルギーになる。だから,「怒りの文化」は,ハイティーンの文化としてまず登場することが多い。

ところが最近,日本で「怒りの文化」を目にすることはほとんど無い。例えばヒップホップやラップは,アメリカでは,典型的な怒りの文化の一翼を担っているが,これと同じような格好をして同じようなリズムを奏でる日本の若者は,しかし,とっても健全なことか,そうでなければレゲエのようなけだるい幸福感を歌っている。20年遡れば,尾崎豊や浜田省吾や中島みゆきなどが「怒り」をテーマにした歌を堂々と歌っていたし(いまでも『世情』は好きです),それより前なら,「仁義なき戦い」を見るお父さん達は,会社組織でのストレスを発散させていたはずだ。健全なことや幸福なことを歌うことは決して悪いことではない。しかし,昭和37年生まれのおじさんとしては,何だかなあ,と思うのだ。ねえ,君たちは本当に幸せなのか?何かに怒ってはいないのか?それは君たちにとって健康なことなのか?と。(小林)

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2007年2月 2日 (金)

裁判員,8割近くが消極的

 2009年から始まる裁判員制度について,政府が世論調査を行ったところ,78.1%が「あまり参加したくないが,義務であるなら参加せざるを得ない」「義務であっても参加したくない」となり,「参加したい」(5.6%),「参加してもよい」(15.2%)を大きく上回ったそうである。

 マスコミは,市民の消極的姿勢を問題視するトーンで報道しているようであるが,考えてみれば,仕事や家事を休まざるをえず,たいした報酬もなく,責任の重い仕事をやらされるのであるから,消極的な方が当たり前である。むしろ,「本当はやりたくないけれど,国民としての義務であるから,やむを得ず参加する」という意識で臨んで頂いた方が,慎重なご判断を期待できるという見方もあろう。

 むしろ注意するべきなのは。「参加したい」と回答した5.6%の方ではないだろうか。その方達全員に問題があるわけでは勿論無いが,この中には,「被告人の刑が軽すぎる」とか,逆に,「被告人の権利がないがしろにされすぎる」などの「熱い思い」で参加される方もいよう。それ自体は,今後の司法改革の原動力となりうるから歓迎するべきであるが,その「熱い思い」が行き過ぎやしないか,という心配もある。東山の金さんや少年探偵団のように自分で捜査活動をしたり,推理小説の読み過ぎで飛躍した論理を展開し,有罪(または無罪)に固執したりする裁判員もあらわれるであろう。生兵法はなんとやら,という格言もある。法律実務家としては,今後も繰り返されるであろう同様の調査に注目していきたいと思う。(小林)

内閣府の世論調査の結果についてはこちらhttp://www8.cao.go.jp/survey/tokubetu/tindex-h18.html

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2007年1月13日 (土)

七夕のドタバタ(4)

 聖マタイ病院の救急救命センターで死に瀕していたムハマンドは,私たちが駆けつけた時にはすっかり回復していた。妻はムハマンドに抱きつき,泣きながら言葉を交わした。担当の女医はてきぱきと複数の救急患者に対する指示を出しながら,ムハマンドはおそらくストレス性の一時的な呼吸障害であり,1時間ほど様子を見て問題がなければ,入院の必要はないと言う。警察官が近づいてきて,刑事訴訟法上は,被疑者ムハマンドは警察官の立ち会い無く弁護人と接見できるが,今回は特別に病室にいることを許してほしいと聞いた。私は構いませんと答えた。どうせ通訳がいない以上,話もできないのだ。ただ,ムハマンドの妻に事情を聞いたりするのは止めてほしいと伝えた。警察官は笑って,もちろんですと答えた。彼は捜査担当ではないし,イラン人と話ができないことは私と同じだった。

 2時間ほどして,救急車が到着し,ムハマンドは警察署に護送されることになった。豪雨は止み,晴天の空には星が光っていた。腰縄をつけられ連行されるムハマンドに,妻が駆け寄って抱きついた。担当警察官も素知らぬふりをして,別れの時間を与えた。

 「そういえば,今日は七夕ね」

 私の隣で見送っていた担当の女医が,突然そう言った。見ると,眼鏡の奥で,救急車の赤色灯がきらきらと光っていた。 (小林)(完)

(この記事は実話ですが,登場した個人名,団体名はすべて匿名にしてあります。)

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2007年1月 9日 (火)

七夕のドタバタ(3)

 東京の山手線を時計の文字盤にたとえると,東京駅は3時,聖マタイ病院は4時の右下あたりになる。当時私の自宅があった川崎市は8時の左,ムハマンドの妻が住んでいた大久保は10時といったところか。私とムハマンドの妻は7月7日午後11時に新宿駅で待ち合わせ,地下鉄で聖マタイ病院に向かった。

 ムハマンドの妻は,レストラン用のおしぼりを袋に詰める工場でパート勤めをしていた。夫の給料と合わせても月数万円にしかならない給料は,それでも母国での収入を上回る。彼らは僅かな収入の半分を帰国後に作る予定の子どもらのため貯蓄している。突然夫を失うかもしれないという知らせに,彼女の表情は硬く,向かいの窓に映る自分の顔を見つめて身じろぎもしなかった。彼女の運命のように,地下鉄は漆黒の闇の中を疾走した。 (小林)(続)

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2007年1月 5日 (金)

七夕のドタバタ(2)

聖マタイ病院救急救命センターからの電話は緊迫していた。ムハマンドが私と接見した後しばらくして呼吸が停止し,直ちに病院に搬送された。直ちに近親者に会わせたいが,自宅の電話番号が分からず,連絡が取れないという。彼は,同じく不法滞在者である妻を守るために,自宅の電話番号を警察に言っていなかったのだ。私は直ちにムハマンドの妻に電話をしたが,日本語と英語のチャンポンで話しても全く要領を得ない。通訳のイラン人と電話が通じ,事情を話してムハマンドの妻に伝言してもらい,午後11時に新宿駅前の待ち合わせ場所までつれてきてもらうことになった。「ムハマンドがなぜ倒れたか分かりますか」と聞くと,通訳氏は「そういえば,彼の顔色は悪かったですよ。気づきませんでしたか」という。しかし申し訳ないが,私にはイラン人の顔色の区別はつけられないのだ。 (小林)(続)

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2007年1月 1日 (月)

七夕のドタバタ(1)

 総合病院の救命救急センターから電話をもらったら,誰でも,その患者はもうすぐ死ぬと思うだろう。まして,夜10時の電話である。7月7日夕刻から降り始めた雨は豪雨となり,カーテン越しに遠雷が不気味な光を放っていた。私は,自分の弁護活動上のミスのために一人の男が死に瀕しているという事実の前に慄然としていた。

 

 男の名を仮にムハマンドとしよう。彼は不法滞在のイラン人である。弁護士になって当時2年目の私は,当番弁護士として弁護士会から派遣され,7月7日午後,警察署の接見室でムハマンドと面会した。

 「私には妻が日本にいます。強制送還されたくありません」

 ムハマンドは必死に訴えるが,彼を強制送還から救う方法は無かった。イランに帰っても仕事がないと言われても,答えようがなかった。私は,妻への伝言はないかと聞いたが,イラン人の妻は日本語も英語も分からないというので,同行したイラン人の通訳に伝言を頼み,自宅の電話番号を聞いて,我々は警察署を引き揚げた。外国人の不法滞在事案は,弁護人として打つ手がほとんど無いという意味において,比較的気楽な事件である。当時の私には,そのような考えと多少の慢心があったかもしれない。(小林) (続)

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