いわゆる大野病院事件について,福島地方裁判所は被告人の医師に無罪判決を出した。この事件は,医師の強い関心を呼び,マスコミも注目した。テレビでは,複数の医師が,「大野病院事件で逮捕・起訴されるのならば,医師は通常の医療行為を行えない」と主張していた。これは医師の素直な本音だろう。
しかし他方,このインタビューを見て,「思い上がるな。何を甘ったれているのだ」と心中つぶやいた一般市民は少なくないと思う。この市民感覚も,素朴に頷けるところがある。
そこで,筆者なりに,この素朴な市民感覚の解説を試みるとともに,なぜこのような医師の主張が成立しうるのかについて考えてみたい。
業務遂行上の過失によって他人を死亡させれば,業務上過失致死罪という刑事責任を問われるのは,医師であると否とを問わず,当たり前のことである。業務上過失致死罪を疑われれば逮捕され,起訴されることも,同様に当たり前だ。医師だけを特別扱いする制度上の根拠は存在しない。
現行犯以外の逮捕権限は警察官と検察官が,起訴権限は検察官が,裁判する権限は裁判所が独占している。つまり,刑事責任の有無を判断する権限を,司法権が独占している。これは,刑事罰という強力な国家権力の行使を公正に行うための制度的保障だ。とはいえ警察官も検察官も人間だから,間違いもする。間違いでなくても,人による評価の違いもある。警察官と検察官が「過失あり」と判断して逮捕・起訴しても,裁判所が「過失なし」と判断すれば無罪になる。それだけのことである。大事なことは,この一連の刑事司法手続きに関して,他の職業人に比べ医師だけを優遇する法制度上の根拠は,何一つ無いということだ。
つまり,「大野病院事件で逮捕・起訴されるなら,医師は通常の医療行為を行えない」という主張は,法律的に見る限り,「交通事故で逮捕・起訴されるなら,仕事はできない」とタクシーの運転手が主張することと全く差異がない。医師であろうがタクシーの運転手であろうが,業務上過失致死罪と判断されれば逮捕・起訴されることもあるし,その結果,有罪になることも無罪になることもある。業務上過失致死罪で逮捕・起訴されるリスクを負うのは,人の命を預かる職業である以上,当然負うべき責任である。同じく人の命を預かるのに,医師だけが優遇されるのは不公平である。医師の主張を聞いて「甘ったれるな」と素朴に感じる市民感覚は,この不公平感に根ざしている。この感覚はとても真っ当なものだ。
しかし筆者は,医師の主張が甘ったれているか否かという視点でこの事件を論じても,あまり意味がないと考える。大事なポイントは,医師の主張が甘ったれているか否かではなく,なぜこのような主張が成立し,かつ,医師以外からも支持されるかという点である。実際,判決翌日の各紙社説は無罪判決に好意的であり,また,医療事故に対して司法は抑制的であるべしと主張する社説も見受けられた。なぜ,法律上の根拠がないのに,医師の過失だけが大目に見られなければならないのだろう。
その答えも既に報道されている。慢性的な医師不足,特に産科医の決定的な不足である。とりわけ,大野病院事件は,その後の「産科離れ」を加速したと報じられている。加えて少子化対策は,現代日本の国家的命題である。不公平だろうが依怙贔屓だろうが,産科医を優遇して増やさないことには,日本は存亡の危機に直面する。このような共通認識が背景にあるから,マスコミも世論も,医師の主張に好意的なのだ。
筆者は先日,「公的資格制度論で忘れられたもの」で,「公的資格制度は,人材と特権と責任の三本柱で支えられている。特権を薄くし,責任を重くすれば,人材は去ってしまう」と書いた。大野病院事件を整理するにつけ,この思いを強くする。
医師は,通常の過失では刑事責任を問われないという「不逮捕・免責特権」を事実上保障されている,と思っていた。法律実務家の感覚で言うと,別段医師に特権を保障したのではなく,有罪立証の困難性から逮捕・起訴に及び腰になっていたに過ぎないのだが,医師側は,不逮捕・免責特権が保障されていると漠然と信頼していたのだろう。この信頼を裏切り,特権を剥奪して刑事責任を問うたのが大野病院事件だった。その結果,産科医という人材が,大挙して去ってしまい,少子化対策上,重大な支障をきたすに至った。人材を取り戻すためには,医師の刑事責任を軽くし,特権を厚くして優遇しなければならない。大野病院事件を巡る世論の動きは,こう整理できる。
大野病院事件を契機として,現在,異状死体の警察署への届出義務を医師に課す医師法21条を廃止し,代わりに医師を含めた第三者委員会を設立することが検討されている。各紙社説も,この委員会設立に好意的だ。この委員会は,国内法上国会議員にしか保障されていない不逮捕・免責特権という最高度の特権を,部分的にせよ医師に正式に保障するものとなるだろう。それは例えば産科医増加というメリットを生むかもしれないが,デメリットもあろう。例えば医療過誤事件で医師の民事責任を問うのは,今まで以上に困難になるだろう。こうしたメリットデメリットを勘案した上で,医師を優遇するという国家的意思決定をするなら,筆者は特に反対しない。
ところで,日弁連はかつて,「弁護士の特権を剥奪したら,地道に人権活動を行う弁護士がいなくなる」と主張した。今も,いわゆる反主流派の弁護士がこのような主張を行っている。この主張は,論理構造としては,大野病院事件に対する医師の主張と同じである。しかし,世論は医師の主張を肯定し,他方,日弁連の主張を「思い上がるな。何を甘ったれているのだ。」と罵倒した。この差はなぜ生じるのだろう。大野病院事件は,いくつかの示唆を含んでいると思う。(小林)
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