2013年2月22日 (金)

御社がモビルスーツを工場に導入する際の法的注意事項(2)

労働安全衛生法上、もう一つ問題になるのは、パワードスーツが産業用ロボットにあたるか、という点だ。労働安全衛生規則36条31昭和58年労働省告示第51は、産業用ロボットを次のように定義している。

 マニプレータ及び記憶装置(可変シーケンス制御装置及び固定シーケンス制御装置を含む)を有し

 記憶装置の情報に基づきマニプレータの伸縮、屈伸、上下移動、左右移動若しくは旋回の動作又はこれらの複合動作(単純な繰り返し動作を除く)を自動的に行うことができる機械で、

 80Wを超える定格出力の駆動用原動機を一つ以上持つもの

この規定は、自動車などを自動で製作する上腕型の産業用ロボットを念頭に置いている。しかし、パワードスーツがこれに該当するときには「さく又は囲いを設ける」などして、人間と産業用ロボットを物理的に隔離する必要が発生することがある。そうなると、身体に装着することはできないのだろうか。

③の要件を満たす前提で、①②を考えると、いくつか問題を指摘できるだろう。

たとえば、パワードスーツの場合、そもそも「記憶装置」を有しているのか、有しているとしても、装着する人の動作に「追随」して動作するため、「記憶装置の情報に基づき…動作を自動的に行う」といえるのか、が問題となろう。

マニプレータの定義規定は法令上存在しない。「ビジネス用語辞典」によると、「人間の手や上肢と同等の機能を持たせ、人間の作業を代替させる機械やロボットのこと」とある。パワードスーツの場合、ハードディスクがなければ記憶装置は存在しないし、装着者の動作に追随して動作するだけだから、プログラム通りに動作するわけでもなく、その機能においてマジックハンドにすぎないから、マニプレータにあたらないという意見もあろう。しかし、パワードスーツの動作は、人間の動作を単純に追随するわけではなく、筋電センサ等を通じて人間の動作を先取りし、プログラムに基づいて人間の動作をアシストするものであるし、プログラムに基づく様々な自律制御を行うのだから、その記憶装置は存在するし、その情報に基づく動作を行うし、それは一種の自動制御といえるだろう。また、法令はマジックハンドをマニプレータと区別して定義していない。ちなみに、足に装着するものもマニプレータに該当するというべきだろう。要するに、あらかじめプログラムされ予測される動作を行う典型的な産業用ロボットに比べ、予測できない複雑な動作を行うパワードスーツは、人体に接触する可能性が高く、出力如何によっては危険である以上、労働安全衛生法の目的に照らし、産業用ロボットに該当するというべきである。

パワードスーツが労働安全衛生規則の定義する産業用ロボットに該当する場合、同規則150条の4は、「事業者は、産業用ロボットを運転する場合…において、当該産業用ロボットに接触することにより労働者に危険が生ずるおそれのあるときは、さく又は囲いを設ける等当該危険を防止するために必要な措置を講じなければならない」と定めている。それでは、労働者がパワードスーツを装着することは許されないのだろうか。

この点については、パワードスーツの可動部分が物理的に装着者に接触しないように設計すれば、この規則は関係ない、とも考え得る。確かに、そのような設計は可能だろう。しかし、パワードスーツの潜在的危険は、可動部分の物理的接触だけではない。最もリスクが高いのは転倒だ。パワードスーツが転倒すると、装着者は手をつくなど適切な防護動作ができず、顔面を強打するなどして負傷する危険がある。したがって、パワードスーツが転倒した場合でも装着者が怪我をしないよう、安全ベルトやキャノピー等の措置が必要と考える。もちろん、リスクが低い場合にはヘルメットで足りる場合もあろう。

労働安全衛生規則150条の4に関して、もう一点考慮しなければならないのは、装着者以外の労働者である。『エイリアン2』には、パワーローダーを後進させるときに「Clear behind!(後ろに立つなよ!)」と操縦者が叫ぶ場面があるが、もしこんなヤツに足を踏まれたら、「いたたたた」と片足で跳ね回るだけでは済まない。幸いなことに当該条文は、「労働者に危険が生ずる恐れのあるとき」とあるから、恐れがない場合にまで隔離措置を要請していない。だから当該パワードスーツの重量や、四肢の動作速度等に応じ、接触により怪我をさせる危険がある場合に限り、生身の労働者を同じスペースで働かせることは許されないことになる。

パワードスーツについては、他にも法律問題がある。読者が御社の工場にモビルスーツやレイバーを導入する際は、是非事前に相談されたい。

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2012年5月 9日 (水)

ヒューマノイド規制法について

大阪毎日放送ラジオの大谷邦郎ディレクターの依頼を受けて,平成18年1月6日のラジオ番組に出演した。この番組は,ロボットの未来像を探るというコンセプトのもと,数人のロボット関係者へインタビューを行い,その結果を編集して放送するというものであり,私もやや門外漢ながら,インタビューに応じた次第である。

このとき大谷ディレクターが私に出した質問は,「将来,ロボットにどのような法規制が科されると思いますか?また,ロボットが社会に受け入れるためにはどのような法律が必要ですか?」というものであった。番組内で,この質問に旨く応えられたか否かははなはだ疑問であるが,このとき,私が考えたことは次のようなことである。

まず基本的な前提として,我が国の法律にはロボットに関する定義規定は存在しないし,ロボットの製造販売を一般的に許可する法規も存在しないということだ。こう聞くと真面目な日本人は「法律がないならロボットは作ってはいけないのか?」誤解しがちであるが,日本は自由主義国であるから,法律が存在しないということは,原則として何をやっても適法であることを意味する。

もちろん,ロボットの製造販売を一般的に禁止する法律がないからといって,個別の法律に違反することはできない。例えば鉄腕アトムを製造販売するのであれば,動力源となる原子炉については原子力に関する各種法規が適用されるし,お尻に組み込んだマシンガンには銃刀法が適用される。アトムが暴走して市民を殺傷すれば,生みの親である天馬博士は業務上過失致死傷罪のほか民法上の損害賠償責任に問われる。もっとも,「育ての親」であるお茶の水博士がどのような法的責任を負うかは難しい問題であるが,それは別の機会に論じるとしよう。

おそらく当面は,ロボットそのものを規制の対象とする法体系は作られないであろう。現時点でロボットを法的に定義して一貫した法体系に組み込むことは極めて困難であるし,現行の法体系でそれなりに対応が可能だからである。

しかし将来は,ロボットそのものを規制の対象とする法体系が必要となると予想される。もちろん,はるか未来(といっても50年~100年先)には,ロボットが一種の「人格」を持つ可能性があり,そうなれば,「ロボット3原則」のような,ロボットそのものを名宛人とする法律が制定されるかもしれない。「アイ・ロボット」や「A.I.」は,ロボットが人格を持った世界を描いた映画である。

しかし,私が予想する「ヒューマノイド規制法」は,ロボット自体が人格を持つ遠い未来の話ではない。ロボット自体が人格を持つ以前であっても,ロボットそのものを規制の対象とする法体系が作られる未来は,さほど遠くないと思う。10年ないし20年先には,「ヒューマノイド規制法」と称する法体系が登場するのではないか。

「ヒューマノイド規制法」が制定される背景には,次世代ロボット技術の進歩により,人間が普通にロボットに感情移入するという未来世界における社会的心理学的現実が存在する。そのロボットは,人間そっくりかもしれないが,人間とそっくりであることは,感情移入の必要条件ではないと思う。現代でさえ,AIBOのオーナーは,数十台の同型のAIBOの中から自分のAIBOを見分けるというではないか。ごく近い将来,老人ホームなどで,愛玩ロボットを巡る三角関係が発生したり,メイドロボットと心中するオタク青年が出てきたりしても,一向に不思議でない。

ロボットから目を転じれば,現代でも,人間が人間以外の物に感情移入する例は多く見られる。ペットがそうであるし,生物以外の物としては人形がその代表格である。法的には自分が所有する人形の首をもごうが,ゴミ箱に捨てようが,何ら問題がない(ペットも最近まで法的には無生物と同様の扱いであったが,動物愛護法の制定によって,自分が所有するペットであっても虐待は刑事罰の対象となった)が,道徳的には許されない。捨てるにしても,一定の敬意を払うか,あるいは宗教的手続に則って廃棄される。逆に言えば,人形はこのような道徳的規範や宗教的規範の枠内で対応が可能であったといえる。しかし,次世代ロボットの登場する近未来においては,おそらく,道徳的・社会的・宗教的規範だけでは対処が不可能となり,法規範の制定が求められるようになろう。

このように考えてくると,「ヒューマノイド規制法」の内容は,次の3点になると思われる。

第1点は,製作における制限である。人間そっくりのロボット製作が禁止されるか,または,実在する(実在した)人間そっくりのロボット製作が禁止されるであろう。交通事故で死亡した息子にそっくりなロボットを製作する天馬博士の行為は違法となるのである。また,性的愛玩用ロボット製造の是非についても議論が必要となろう。道義的には全面違法とすべきであろうが,無理に法的規制を行っても,闇ルートで製作・流通するだけである。

第2点は,使用方法における制限である。これは,ロボットを利用して違法行為や道徳・社会倫理違反の行為をさせない,という規制である。典型的には軍用ロボットや犯罪用ロボット,愛玩用ロボットに対する規制が問題になろう。

第3点は,廃棄の制限である。ある種の次世代ロボットについては,指定業者に引き取らせる方法のみでしか廃棄が許されなくなるであろう。この点は家電リサイクル法の適用ないし改正で対応できるとの見解があるかもしれないが,次世代ロボットの不当廃棄の禁止と,家電製品の不当廃棄の禁止とでは,禁止の目的が異なる。家電リサイクル法の目的は環境保護ないし資源の有効利用にあるが,ヒューマノイド規制法の目的は,ロボットの不当廃棄が社会ないし人心に与える悪影響を排除することにある。

なお,以上の考えは,私のオリジナルではない。押井守監督の映画「イノセント」は,「ロボットに人格が宿る」ということと,「ロボットに人格があると(人間が)考える」こととは違う,ということを明確に示した,私が知る限り最初の作品である。(20071 6 ()

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2012年4月27日 (金)

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